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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第五部《大崩落》

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第十七話《停止》

胸部装甲の下で、固定具が軋んだ。


持ち上げられた外板は、搭乗槽を覆う最後の一枚だった。


これを剥がされれば、内壁まで直接届く。


「白夜、胸部の固定を全部噛ませて」


《胸部固定機構、作動》


亀裂の周囲で、残っていた留め具が一斉に閉じる。


外板が少しだけ戻った。


指先の動きが止まる。


次の瞬間、装甲がまた持ち上がった。


潰そうとするなら、胸部ごと岩盤へ叩きつければ終わる。


けれど、その手は外板の縁だけを選び、固定具が外れる方向へ力を加えている。


固定具へかかる力が増す。


《固定機構が破断します》


「破断するまで」


一本目が折れた。


二本目が外れる。


三本目は、装甲側の金具ごと引き抜かれた。


白夜の胸部へ残る応答を探す。


左脚はわずかに動く。


腰部固定にも、一か所だけ力が残っている。


立ち上がるには足りない。


倒れた身体の向きを変えるだけなら使える。


「白夜、胸部を右へ」


《腰部駆動、不能》


「立てとは言ってない。倒して」


左脚を外へ開く。


踵を岩盤へ押しつける。


残った腰部固定を一度だけ締め、機体自身の重さを右側へ落とす。


白夜の胸部が傾いた。


手が亀裂から外れる。


白夜が半回転し、右肩の欠損部を下にして横向きになった。


装甲を剥がそうとしていた手が空を掴む。


白夜の左脚を縮める。


「もう一度」


伸ばす。


胸部が岩盤の上を転がった。


一回転にも満たない。


それでも、搭乗槽を伸びてくる手から遠ざける。


すぐに足音が続いた。


二歩で距離が消える。


五本の指が、白夜の左足首を掴んだ。


《左脚部、外圧上昇》


「膝を曲げて」


左脚がわずかに縮む。


握られた足首は抜けない。


地面が動いた。


違う。


白夜が引きずられている。


背部装甲が岩盤を削り、砕けた石が搭乗槽の上を流れていく。


左脚へ逆方向の出力を送る。


膝は応じる。


けれど、踏みしめる場所がない。


身体ごと持ち上げられた。


視界が横へ流れる。


白夜の全身が、片脚を持たれたまま振られる。


壊す力はある。


それでも、搭乗槽を直接潰す角度では落とさない。


外装と接続部へ衝撃が集まる向きだけを選んでいる。


背中から岩盤へ落ちた。


衝撃で固定帯が伸びる。


胸部装甲の内側から破断音が返った。


もう一度持ち上がる。


今度は横向きに投げられた。


白夜の胸部が、突き出た岩へ当たる。


外板が割れた。


搭乗槽の内壁まで亀裂が届く。


循環管の一本が裂け、白く濁った銀色の液体が噴き出した。


生体循環液。


白夜と搭乗者の間で、魔力と血の情報を運ぶための液体だった。


私がこれまで流した血も、ごく薄く混じっている。


銀色の液体が外気へ出た瞬間、相手の胸を流れる黒い循環が一度だけ速くなった。


指の内側へ集まり、裂けた管の位置へ向かう。


足跡へ残していたものと同じ黒い粉が、指の隙間から少量だけ落ちた。


粉は銀色の飛沫へ触れた。


血管のようには混じらず、裂けた管と搭乗槽の隙間へ沈んでいく。


銀色の飛沫が頬へ当たる。


胸の固定帯が一本切れた。


身体が座席から浮き、肩を内壁へぶつける。


右肩の傷が開いた。


血が服の内側へ流れる。


《搭乗槽内壁、破損》


《生体循環圧、低下》


《管理者接続に異常――》


警告の最後が途切れた。


白夜はまだ左脚を動かせる。


搭乗槽の正面へ、血のにじむ手が入ってくる。


広がった胸部の亀裂へ四本の指がかかり、左右へ開こうとする。


「左腕を上げて」


応答はない。


左前腕の駆動機構は、産声を受ける前から壊れている。


動かせないなら、機体を動かす。


左脚を縮め、胸部を前腕の位置へ滑らせた。


砕けた左前腕が、手と搭乗槽の間へ挟まる。


腕としては使えない。


けれど、金属の塊としてなら壁になる。


掌が前腕を押す。


曲がらない関節へ荷重がかかった。


白夜の胸部が後ろへずれる。


左肩の接続部が軋む。


「そのまま」


左脚へ出力を送る。


前腕を挟んだまま、胸部を岩盤へ押しつける。


指先が搭乗槽へ入るのを防ぐ。


肩の接続部が割れた。


一本ずつ固定軸が抜ける。


前腕を押さえられたまま、左腕全体が肩口から引き上げられた。


白夜の残った左腕が、外側へ引きちぎられる。


引きちぎった腕は、すぐに捨てられた。


壊れた部位には興味を示さない。


その奥に開いた胸部と循環管だけへ、手の向きが戻る。


壁がなくなる。


腕を捨てた手が、もう一度胸部へ下りる。


「左脚、押して」


白夜の膝が伸びた。


搭乗槽が掌の下から滑る。


爪が外板を削り、胸部の一部を持っていった。


また掴まれる。


今度は胸部そのものだった。


白夜の上体が持ち上がり、岩壁へ押しつけられる。


外から見えていた岩盤が急に近づいた。


胸部が正面から叩きつけられる。


固定帯がもう一本切れた。


座席が傾く。


操作盤の端へ額をぶつけ、視界に赤い線が走った。


生体循環管が、二本、三本と裂ける。


濁った銀色が搭乗槽へあふれた。


足元を満たすほどではない。


割れた管から壁を伝い、床へ細い流れを作っている。


《生体循環――》


警告が消えた。


白夜の胸部が岩壁から離れる。


手が緩んだのではない。


次に投げるため、引き戻されている。


「腰を固定」


《腰部固定、応答――》


短い音だけが返る。


機体が落ちた。


右肩から岩盤へ当たり、そのまま仰向けになる。


管理者接続が細くなる。


見えていた各部の感覚が、一つずつ消えた。


左足首。


左膝。


腰。


胸部の固定具。


生体循環の流れ。


「白夜、左脚」


返事はない。


出力を送る。


左脚は動かなかった。


「胸部を伏せて」


管理者接続へ命令を通す。


腰部からも、胸部からも反応は返らない。


外では、手が装甲の亀裂へ入り直している。


白夜の胸部が少しずつ開かれていく。


警告は出なかった。


壊れていく音だけが、内壁から直接伝わってくる。


「白夜?」


答えはなかった。


接続の奥を探す。


左脚に残っていた細い出力もない。


腰部の固定もない。


胸部の留め具はすべて折れている。


生体循環液は流れず、裂けた管から漏れている。


管理者接続には、私が送った命令だけが残った。


警告も返らない。


できないという応答さえない。


白夜は止まった。

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