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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第五部《大崩落》

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第十八話《未知血統》

それでも、相手の手は停止した機体をすぐには潰さない。


装甲。


固定具。


循環管。


搭乗槽。


壊しているのではない。


中へ届く順番で、開いている。


搭乗槽の中で、私の呼吸だけが動いている。


額から落ちた血が、傾いた操作盤を伝った。


右肩の傷から流れる血が、切れた固定帯へ染み込んだ。


白夜の側から返ってくるものは何もない。


外板が引き上げられる。


開いた隙間から、深淵の暗さが見えた。


手は止まらない。


装甲の縁がさらに曲がる。


指先から落ちた一滴が、傾いた外板の裏を滑った。


黒い血が搭乗槽の隙間へ向かう。


《血液支配》


落ちる一滴へ命令を伸ばす。


反応はない。


位置は見える。


内部にある流れも感じ取れる。


けれど、動かすための接点がない。


竜血を奪われた時と同じだった。


直接は触れられない。


周囲を見る。


破れた生体循環管から、銀色の液体が流れ続けている。


その中には、同期のために使われた私の古い血が残っている。


黒い一滴ではなく、周囲を動かす。


「こっちは、私の血」


銀色の流れへ混じった赤い成分を糸にする。


一本では弱い。


細い糸を何本も重ね、液体の表面に薄い膜を作った。


黒い血の下へ滑り込ませる。


触れた部分の膜が沈んだ。


命令は届かないまま。


それでも、周囲の液体ごとなら運べる。


銀色の膜を椀のように曲げ、一滴をすくい上げた。


手が外板を引いた。


最後の固定部が裂ける。


胸部装甲が剥がされ、外へ投げられた。


黒い一滴と銀色の膜が空中へ浮く。


血糸を引く。


膜が閉じた。


濁った銀色が一滴を包み、開いた搭乗槽へ飛び込んでくる。


同時に、もう片方の手も入ってきた。


座席の背を掴む。


金属が潰れた。


私は残った固定帯を外し、座席を蹴って前へ抜ける。


壊れた操作盤の裏へ身体を滑り込ませた。


手が座席を引き抜く。


二本目が内壁を擦った。


床板が裂ける。


足を上げ、開いた亀裂を避ける。


銀色の膜が操作盤の上へ落ちた。


弾む。


床へ転がる前に、自分の血を伸ばした。


赤い糸で周囲の銀色だけを囲み、手元へ引く。


掌に、濁った小さな球が収まった。


中心には黒い血がある。


外では、座席を捨てた手が搭乗槽の縁を掴んでいる。


白夜は動かない。


命令を聞く竜血もない。


逃げるための脚も、閉じる装甲もない。


これが何の血なのか分からない。


私の能力で扱える保証もない。


けれど、あの指へ傷をつけた時、流れたのは確かに血だった。


血であるなら、私が使える可能性は残る。


銀色の膜を薄くする。


黒い一滴が掌へ触れた。


熱くない。


冷たくもない。


皮膚へついているのに、温度だけが存在しなかった。


「これは、もらう」


手が搭乗槽の縁を折った。


開口部が広がる。


私は一滴を口へ入れた。


味はない。


血の鉄臭さも、深淵天竜の血にあった熱もない。


舌の上にある位置だけが分かる。


飲み込もうとした。


喉が閉じた。


身体が拒んでいる。


吐き出そうと舌が動く。


黒い血が唇へ戻りかけた。


「呑み込んで」


自分の喉へ命令する。


閉じた筋肉を開き、舌を奥へ押す。


一滴が落ちた。


喉を通る感触もない。


胸の奥へ入った瞬間、暗視の輪郭が二重にずれた。


搭乗槽へ入ってくる手が、近いのか遠いのか分からなくなる。


自分の血流の中へ、知らない流れが重なった。


《血統捕食》


黒い一滴が胸の中心へ向かう。


搭乗槽の外で、黒いものの胸を巡る循環が一度だけ強く脈打った。


長い指の動きが止まる。


白夜の装甲でも、開いた搭乗槽の縁でもない。


瞳が、壊れた内壁の奥にいる私の位置へ正確に合った。


それまで追われていた時とは違う。


探している動きが消えている。


食道を通っているのではない。


血管にも入っていない。


それでも、《血液感知》には位置が見えた。


喉から胸へ。


胸骨の裏を下り、心臓へ近づいてくる。


自分の血が逃げた。


黒い血の進路を避けるように、胸部の循環が左右へ割れる。


「止まって」


命令は届かない。


一滴が心臓へ触れた。


外の黒い循環と、胸の中の一滴が同じ間隔で脈打った。


理由を探す前に、鼓動が止まった。


一拍だけではない。


次に縮むための動きそのものが消えた。


視界が狭くなる。


音が遠ざかる。


遅れて、心臓が逆向きに痙攣した。


押し出されるはずの血が胸へ戻る。


喉の奥まで圧力が上がった。


身体が折れる。


壊れた操作盤へ手をついた瞬間、口から血が噴き出した。


赤い。


吐き出されたのは、私の血だけだった。


呑み込んだ一滴は、胸の中に残っている。


心臓がもう一度動いた。


速い。


縮む順番も、血を送る方向も崩れていた。


右腕の感覚が消える。


次に、左足の指が動かなくなる。


胸から首へ、細い線が皮膚の下を上がってきた。


黒い。


血管に沿っているように見えて、途中から別の経路を作っている。


鎖骨を越える。


喉の横から頬へ伸びる。


《未知血統を検出》


《深血適合――抑制を開始》


自分の血が胸へ集まり、侵入した構造を包もうとする。


触れた場所から、赤い血まで黒く変わった。


《適合限界を超過》


《人間性上限が低下します》


《現在人間性が低下します》


怖くない。


長い指が搭乗槽の内壁を引き裂いている。


次に身体を掴まれる距離だと分かっても、喉は縮まらなかった。


右から二本。


床の裂け目を避ければ、壊れた座席の下へ身体を入れられる。


掴まれるまでに、血糸を三本作れる。


判断だけが鮮明になる。


白夜から応答が消えた時の痛みも遠い。


担架から手を離さなかった父親の顔を思い出す。


その隣で、娘の担架を持ち上げた兵士の顔。


輪郭が重なる。


どちらがどちらだったのか分からない。


それをおかしいと感じる部分まで薄れていた。


《血統制御を喪失》


黒い線が頬骨を越えた。


右目へ向かっている。


私は爪を腿へ立てた。


布を貫き、皮膚へ食い込ませる。


痛みがある。


「まだ、痛い」


声に出す。


痛いと判断できるうちに、胸の中へ意識を沈める。


《血統捕食》


自分のものではない血統が、胸の中で枝を広げていた。


一本の血管を進んでいるのではない。


触れた血と神経を使い、身体の中へ別の循環路を作ろうとしている。


《深血適合》は、それを異物として包もうとしている。


包んだ自分の血から、逆に侵食されていた。


抑えるだけでは止まらない。


排出もできない。


なら、自分の血へ取り込む。


命令の届く範囲へ入れる。


《血統支配》


胸の中心にある一滴へ触れる。


全身の黒い線が強く脈打った。


線の先が右目の下まで伸びる。


「止まって」


頬の下で黒い流れが震えた。


一度、目尻へ進む。


そこで止まった。


消えない。


胸の内側から押し広げられる感覚も残っている。


右腕の感覚は戻らない。


左足の指も動かない。


完全には支配できていない。


それでも、自分へ取り込んだ範囲だけは止められた。


右目へ入る直前。


黒い線は、皮膚の下で脈打ったまま動かなくなった。

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