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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第五部《大崩落》

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第七話《血脈再生》

赤い帯を結ばれた若い女が、第一処置幕へ運び込まれた。


さっき、名前を聞かないまま赤を告げた患者だった。


担架から垂れた髪が地面を擦り、布幕の内側へ消えていく。


首筋へ触れさせていた血糸とは別に、腹部の血管へ止血用の糸を回していた。


心拍は速い。


一度に送り出される血の量が減り、手足の先へ届く流れも弱くなっている。


腹部の奥で、複数の血管が裂けていた。


血糸で周囲を締めれば、出血する速度は遅らせられる。


けれど、完全に塞げば、その先にある組織へ血が届かなくなる。


血糸には、魔力だけでなく私の血も使う。


魔力は足りていた。


白夜が受け取れる限界まで流し続けても、身体の奥からまだ溢れてくる。


それでも、血糸を作るたびに、身体を流れる血は減っていく。


一人なら保たせられる。


二人、三人と増えれば先に私の血が尽きる。


今までと同じだった。


治療兵へ渡すまで、死ぬ時間を遅らせる。


それ以上のことはできない。


「奈落姫、中へ!」


バルガスの声が飛んできた。


第一処置幕へ入る。


二台ある処置台は、どちらも別の赤い帯を結ばれた患者に使われていた。


若い女は、床へ敷かれた外套の上へ寝かされている。


治療兵が腹部の服を切り開いた。


外から見える傷は小さい。


石片に裂かれた皮膚から、細く血が流れているだけだった。


「治癒術を始めます!」


治療兵が両手を腹部へ当てた。


手のひらから淡い光が広がり、女の身体へ沈んでいく。


皮膚の傷が閉じた。


その下にある筋肉も、少しずつ寄り合っていく。


それでも、腹部へ残した血糸から伝わる流れは変わらない。


身体の奥では、まだ血が漏れ続けていた。


「脈が落ちています!」


女の首筋へ触れていた治療兵が声を上げる。


「もっと深く流せ!」


腹部へ当てられた光が強くなる。


魔力は身体の内側へ広く浸透していった。


傷ついた場所にも届く。


傷ついていない場所にも流れる。


奥にある血管の裂け目にも触れる。


けれど、その一点へ留まらず、周囲へ散っていった。


治癒術を見るのは、初めてではなかった。


救護所へ来る前にも見た。


ここへ運び込まれた患者へ、治療兵たちが使うところも何度も見てきた。


折れた骨がつながる。


裂けた皮膚が閉じる。


傷ついた筋肉や内臓が、生き残った部分から修復されていく。


失われたものを、何もない場所から作っているわけではない。


身体が本来持っている治る力を、魔力で急がせている。


治療兵には、傷を治す力がある。


私には、治すべき場所が分かる。


女の腹部へ手を当てた。


治療兵の光が、一度脈打った。


その短い間に、白い文字が視界へ重なった。


《治癒術式の構造理解を確認》


《保有形質との適合を確認》


《未精算の治療・救助実績を確認しました》


《診断のみの対象を除外します》


《治療・救助完了個体――18》


《算定報酬――一名につきSP+2》


《獲得SP――36》


《保有SP――36》


《固有治癒術:《血脈再生》を解放しました》


《Lv.1――治癒速度・対象組織量:低》


《必要SP――10》


《Lv.2――治癒速度・対象組織量:中》


《複数組織への連続修復が可能》


《必要SP――12》


《Lv.3――治癒速度・対象組織量:高》


《複数組織への同時修復・重度多発損傷への対応が可能》


《必要SP――14》


《現在対象の推奨治療レベル――Lv.3》


《失われた血液の生成――不能》


《死滅組織の再生――不能》


《欠損部位の新規再生――不能》


《欠損部位再生――Lv.10で解放》


すべて使えば、何も残らない。


魔力がなくなるわけではない。


けれど、このあと別の能力が必要になっても、取得できなくなる。


白夜は右腕を失ったまま、天杭四番のそばで次の命令を待っている。


白夜の損傷に対応する能力が現れても、選べない。


さらに大きな崩落が起きても、その場で必要な力を得られない。


残しておく理由はいくつもあった。


女の心拍が、また一つ弱くなる。


血糸で遅らせているだけでは、間に合わない。


《血脈再生をLv.3まで取得しますか》


「取得する」


《血脈再生 Lv.1を取得しました》


《保有SP――26》


《血脈再生 Lv.2へ上昇しました》


《保有SP――14》


《血脈再生 Lv.3へ上昇しました》


《保有SP――0》


表示が消えた。


知らない術式の言葉が、頭へ流れ込んできたわけではない。


手の下にある傷も、さっきから分かっていた。


裂けた血管。


傷ついた内臓。


押し潰された筋肉。


違うのは、その傷を見つけた後だった。


今なら、治せる。


「治癒術はそのまま続けて」


治療兵が顔を上げる。


「何をするつもりですか」


「私も治す」


女の腹部へ魔力を流した。


《血脈再生》


手のひらから淡い光が沈んでいく。


血糸を使った時のように、身体から血が失われていく感覚はなかった。


消費しているのは魔力だけだった。


白夜へ送り続けている流れへ、《血脈再生》の消費が重なる。


それでも、身体の奥から溢れ続ける魔力は、ほとんど減らなかった。


治癒の力は腹部全体へ散らず、傷ついた場所へ直接届く。


裂けた血管の端が寄り合った。


生き残った組織がその間を埋め、途切れていた血の通り道がつながっていく。


周囲の筋肉と内臓に走っていた裂傷も、同時に閉じ始めた。


治療兵が息を呑む。


「内部の傷が……」


答えず、治療を続ける。


《血脈再生》だけでも、傷は修復できる。


けれど、すでに流れている治癒術を止める理由はなかった。


治療兵の魔力が腹部全体の損傷を修復し、《血脈再生》が内部の傷へ正確に作用する。


二つの治癒が重なり、修復が速く進んだ。


腹部の内側へ流れ出していた血が止まる。


血糸を緩めた。


出血は増えない。


一本ずつ外していく。


最後の血糸を解除しても、つながった血管から血は漏れなかった。


「出血が止まりました!」


女の首筋へ触れていた治療兵が声を上げる。


「脈はまだ弱いです。意識も戻りません」


女の顔色は青白い。


指先も冷たかった。


傷は治った。


けれど、すでに血管の外へ失われた血液は戻っていない。


「傷は治った。でも、血が足りない」


バルガスが女の首筋へ触れた。


「保温を続けろ。担架で後方へ送れ」


「治癒術はどうしますか」


「脈が安定するまで続けろ。傷が閉じても死なせるな」


治療兵が頷いた。


担架が女の身体の下へ差し込まれる。


毛布が重ねられ、その上から外套が巻かれた。


女の意識は戻らない。


それでも、心拍は少しずつ一定の間隔へ近づいていた。


後方へ運べる状態にはなった。


担架が持ち上げられる。


第一処置幕を出る直前、女の指がわずかに動いた。


《治療完了を確認》


《治療報酬――SP+2》


《保有SP――2》


白い文字の向こうで、女の担架が運ばれていく。


名前は、最後まで聞かなかった。


「奈落姫、こっちも見てくれ!」


隣の処置台から声が上がった。


ロイスが横たわっていた。


顔色は悪い。


腹部へ残した血糸を避けながら、治療兵が外から見える傷へ治癒術を流している。


最初に赤い帯を結ばれた患者だった。


血糸から伝わる出血は、まだ続いている。


私がその場を離れている間も、腹部の内側で血管を締め続けていた。


「糸を外せない」


治療兵が言った。


「緩めると、また血が出る」


「分かってる」


ロイスの腹部へ手を当てる。


裂けた血管の位置は、血糸を通してずっと分かっていた。


その周囲では筋肉が裂け、内臓の表面にも傷が走っている。


《血脈再生》


治癒を損傷箇所へ流す。


先に血管を修復する。


次に、その周囲へ広がっていた裂傷を閉じていく。


今までは、この糸を残しておくしかなかった。


血を使い続けなければ、ロイスの出血を抑えられなかった。


血管がつながる。


血糸を一本だけ緩めた。


出血は増えない。


残りの糸も順に緩めていく。


腹部を流れる血が、修復した血管の中を通っていった。


最後の一本を解除する。


今は、ロイスの腹部へ残しておく理由がなかった。


「もう外していい」


治療兵が腹部へ手を当て直した。


「内部の出血は」


「止まってる。外の傷を続けて」


ロイスの呼吸はまだ浅い。


失った血も戻っていない。


それでも、腹部から命が漏れ続ける状態ではなくなった。


《治療完了を確認》


《治療報酬――SP+2》


《保有SP――4》


表示を確認した時、処置幕の入口から新しい担架が運び込まれた。


「赤! 胸を潰されています!」


男の胸部は大きくへこんでいた。


呼吸のたびに、胸の左右が違う動きをしている。


口元から細い血が流れていた。


血糸を首筋へ触れさせる。


心拍は速い。


片方の肺へ、空気がほとんど入っていなかった。


折れた肋骨が肺を傷つけ、肺の外へ空気が漏れ続けている。


「処置台を空けろ!」


ロイスの担架が持ち上げられる。


男が代わりに処置台へ寝かされた。


治療兵が胸部へ治癒術を流す。


私はその上から手を当てた。


《血脈再生》


肺へ刺さっていた肋骨を修復する。


裂けた肺と血管を同時に閉じていく。


男の身体が一度大きく震えた。


肺の裂け目は閉じた。


それ以上、空気が漏れることもない。


けれど、呼吸は戻らなかった。


肺の外側には、すでに漏れた空気が残っている。


治した傷が、それを消してくれるわけではない。


「肺の傷は閉じた。でも、外へ漏れた空気は残ってる」


治療兵が男の胸部へ耳を当てる。


「排出処置をします!」


器具を持った兵士が処置台へ寄った。


「奈落姫、引き継ぎます!」


手を離す。


器具が胸部へ差し込まれ、溜まっていた空気が細い音を立てて抜けていく。


押されていた肺が少しずつ広がった。


男の胸が、大きく持ち上がる。


「呼吸が戻りました!」


治療兵が処置を続ける。


傷を閉じただけでは終わらない。


残った空気を抜き、呼吸を確かめ、失った血と体温を補う。


人間の治療兵が不要になったわけではなかった。


《治療完了を確認》


《治療報酬――SP+2》


《保有SP――6》


「奈落姫!」


今度の声は、処置幕の外から聞こえた。


黒の区画に残っていた兵士だった。


男は私と、処置台で治療を続ける患者を交互に見る。


「今の術なら、黒も治せるんじゃないのか」


答えず、黒の区画へ向かった。


新しい力を得た。


なら、黒を赤へ戻せる可能性も、確かめる必要がある。


黒い帯を結ばれた患者が横たわっていた。


呼吸は残っている。


心臓も、まだ動いている。


腹部から下が潰れていた。


布と金属片を取り除いた痕があり、その下にある皮膚は色を失っている。


血糸を触れさせる。


胸部には血が流れている。


腕にも届いている。


けれど、押し潰された腹部から下には、ほとんど流れていなかった。


「まだ生きてる」


そばにいた兵士が言う。


「さっきの赤より、心臓は動いてる」


「分かってる」


患者の腹部へ手を当てた。


《血脈再生》


生きている傷の縁が、わずかに反応した。


裂けた皮膚の一部が寄り合う。


血の残っている筋肉だけが修復を始める。


けれど、その先へは広がらなかった。


血流が途絶えてから、長い時間が過ぎている。


治癒を受け取れる組織が、もう残っていなかった。


《死滅組織を確認》


《再生対象外》


魔力を増やしても変わらない。


治癒を流し込む場所そのものが失われていた。


手を離す。


兵士が私を見る。


「治らないのか」


「治せる場所はある」


患者の心臓はまだ動いている。


それでも、身体を保つために必要な範囲までは戻せない。


「でも、この人を戻すには足りない」


兵士は何も言わなかった。


黒い帯を外すこともなかった。


患者のそばへ座り直し、その手を両手で包んだ。


白い報酬表示は現れない。


第一処置幕へ戻る。


中では、肺を傷つけていた患者の処置が続いていた。


隣ではロイスの担架が運び出されようとしている。


治療兵たちの間を、バルガスの声が通った。


「腹と胸の赤は奈落姫へ回せ!」


患者を運んでいた兵士たちが振り返る。


「外傷と骨折は治療兵が続けろ! 奈落姫一人へ全部集めるな!」


バルガスは後方へ運ばれる担架を指した。


「傷が閉じても、脈の弱い者を歩かせるな! 担架で後方へ送れ!」


続けて、処置幕の外へ声を飛ばす。


「奈落姫が処置中なら、次の赤は止血を優先しろ! 内部出血はすぐ知らせろ!」


一度、黒の区画を見る。


「黒の担当は持ち場を離れるな! 治せなくても患者だ!」


救護所の人間が動き始める。


赤い帯を結ばれた担架の向きが変わった。


外から傷の見える者は治療兵のいる場所へ。


腹部や胸部を傷つけた者は、第一処置幕の前へ。


傷を閉じた患者は、毛布を巻かれたまま後方へ運ばれていく。


治療兵が外から見える傷を治す。


私が内部の致命傷を治す。


その後も、失われた血と体温を補い、呼吸と心拍を見続ける人間が必要だった。


血糸も不要にはならない。


傷を治せるようになっても、次の患者へ手を伸ばせるまでの時間は必要になる。


「次の赤です!」


二台の担架が、ほとんど同時に運び込まれた。


一人は腹部を押さえている。


布の下で、血が広がり続けていた。


もう一人は胸部を傷つけ、短く浅い呼吸を繰り返している。


二人へ血糸を伸ばす。


腹部の患者は、太い血管を傷つけていた。


出血は多い。


けれど、血管の周囲を血糸で締めれば、まだ待たせられる。


胸部の患者は、片方の肺が急速に潰れ始めていた。


このまま待たせれば、先に呼吸を失う。


「どちらを先に入れる!」


血の流れと呼吸を比べる。


「胸の人を先に」


腹部の患者へ止血用の血糸を回した。


血管の周囲を締める。


出血する速度が落ちた。


その分だけ、身体を流れる私の血が減っていく。


長くは保たせられない。


けれど、今はそれで足りる。


胸部の患者のそばへ膝をつき、手を当てた。


《血脈再生》


折れた肋骨を修復する。


肺へ刺さっていた骨が、元の位置へ戻っていく。


裂けた肺と血管を同時に閉じた。


肺の外へ漏れ続けていた空気が止まる。


今回は、胸の内側へ溜まった空気はまだ少なかった。


患者の胸が、一度大きく持ち上がる。


「呼吸が戻った!」


治療兵が患者を受け取った。


「残った処置はこちらで引き継ぎます!」


私は手を離した。


《治療完了を確認》


《治療報酬――SP+2》


《保有SP――8》


表示を確認するより先に、腹部へ残した血糸が脈打った。


待たせていた患者の心拍が、また一つ弱くなる。


「次は腹の人」


担架の横へ移る。


血糸を通して、裂けた血管の位置はもう分かっていた。


今までは、この糸で死ぬ時間を遅らせるだけだった。


今は、その先がある。


腹部へ手を当てる。


《血脈再生》


魔力が、血糸で締めていた血管へ届く。


裂けた血管の両端が寄り、生き残った組織がその間を埋めていく。


血糸へ伝わっていた出血が、少しずつ弱くなった。


処置幕の外から、また声が上がる。


「次の赤です!」


その声に振り返らず、目の前の血管をつなぎ続ける。


今までは、治療兵へ渡すまで死なせないことしかできなかった。


この患者を保たせても、その先を他の誰かへ任せるしかなかった。


けれど、今は違う。


血管をつなぎ、出血を止め、この患者を次の命まで届かせることができる。


血糸を緩めると、血は修復した血管の内側を正常に流れていた。


「次を入れて」


最後の糸を外し、次の患者へ手を伸ばした。


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