↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第五部《大崩落》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/99

第六話《黒》

赤い布が、ロイスの腕へ結ばれようとしている。


治療兵が指一本分の隙間を残し、布の端を固く結ぶ。


腹部へ回した血糸はまだ残していた。


完全には止められない。


それでも、第一処置幕へ運び込まれるまで、出血する速度を遅らせることはできる。


「赤、第一処置幕へ!」


担架を持った兵士が声を上げた。


進路にいた人間が左右へ分かれ、ロイスの担架が布幕の向こうへ運ばれていく。


ミレアとオルドには、黄色い布が結ばれた。


止血の済んだ上肢欠損。


肋骨と肺の損傷。


どちらも、今すぐ処置しなければ死ぬ状態ではない。


自分で歩ける者には、緑色の布が渡された。


腕へ結べる者は自分で結び、片手が使えない者には近くの兵士が巻いていく。


救護所の中へ色が増えていった。


赤。


黄。


緑。


天杭四番の固定範囲を、担架が途切れず渡っている。


接続の先で、白夜は左腕を岩盤へついたまま動かない。


私が魔力を送るたび、次の命令を待つ感覚だけが返ってきた。


「王城側から追加だ!」


街道の向こうから、搬送班が走ってくる。


担架は足りていなかった。


外された扉。


馬車の荷台から切り離した板。


二本の槍へ外套を通しただけのもの。


その上へ負傷者が寝かされている。


兵士ではない人間も混じっていた。


前掛けを着けた女。


泥で服の色が分からなくなった男。


片方の靴を失った子供。


歩ける者が、歩けない者へ肩を貸している。


「重傷者を手前へ!」


バルガスが声を張る。


「歩ける者は南側! 担架を置いた者は道を塞ぐな!」


最初の男は、額から血を流していた。


呼吸は安定している。


手足も動いていた。


「名前は」


「ベル――」


布幕の向こうで木箱が倒れた。


割れる音と治療兵の指示が重なり、その先は聞こえなかった。


首筋へ血糸を触れさせる。


頭蓋の内側に大きな出血はない。


額の傷も深くなかった。


「緑。頭部裂傷」


「歩けるなら南側へ!」


次の患者は、左脚が途中から不自然に曲がっていた。


血管は傷ついていない。


内臓にも大きな損傷はない。


「黄。左脚骨折」


黄色い布が腕へ回される。


「固定して待機区画へ!」


次は胸を押さえた女だった。


外から見える傷はない。


呼吸が速い。


血糸を触れさせる。


胸部の内側で出血していた。


「胸部出血。赤」


近くの搬送兵が振り返った。


「何色だ!」


「赤!」


赤い布が結ばれる。


私の言葉が終わる前に、担架はもう処置幕へ向かっていた。


次。


腕部裂傷。


出血は多く見えるが、太い血管は傷ついていない。


「黄」


次。


腹部へ石片が刺さっている。


血圧が下がり始めていた。


「赤。石は抜かないで」


次。


右肩が外れている。


自分で立っていられる。


「緑。南側へ」


色を告げるたび、人間が動いた。


誰を先に運ぶのか、担架の前で言い争う声が減っていく。


「奈落姫!」


待機区画から声が上がった。


「この老人の呼吸がおかしい!」


黄色い帯を結ばれた腕が見えた。


上体を起こしたまま寝かされている。


浅い呼吸。


胸を押さえた手。


付き添っていた兵士が、何度も顔を覗き込んでいた。


「オルド。もうすぐ運ばれる。聞こえるか」


オルド。


北門の倉庫番。


そばへ膝をつき、首筋へ血糸を触れさせる。


診断した時より、片方の肺が小さくなっていた。


胸部の内側へ血が溜まり、残された肺まで圧迫している。


心拍も速い。


黄色のまま待たせれば、後方へ運ぶ前に呼吸が止まる。


「その黄、止めて」


担架を持ち上げようとしていた兵士が動きを止めた。


「黄色を外して。赤」


治療兵がオルドの腕を見る。


「赤に変更ですか」


「肺の圧迫が増えてる。今すぐ処置が必要」


黄色い帯がほどかれる。


代わりに、赤い帯が結ばれた。


「オルドを第一処置幕へ!」


バルガスの声が届く。


「胸部損傷だ! 一台空けろ!」


「第一は二人処置中です!」


「腕部裂傷を第二へ回せ! こっちを入れろ!」


オルドの担架が運ばれていく。


付き添っていた兵士が、その横を走った。


「オルド、聞こえるか! 今から治してもらえるぞ!」


赤い布が、処置幕の向こうへ消えた。


次の患者が置かれる。


右腕骨折。


呼吸は安定。


「黄」


次。


腹部打撲。


内部出血なし。


「緑」


次。


意識なし。


呼吸と心拍は保たれている。


頭蓋内部の出血も少ない。


「黄。頭を動かさないで」


しばらくして、処置幕から治療兵が顔を出した。


「北門の老人、呼吸が戻りました!」


付き添っていた兵士が立ち上がる。


処置幕から出てきたオルドの腕では、赤い布が外され、再び黄色い布が結ばれていた。


「オルド。聞こえるか」


老人の瞼が、わずかに動いた。


その横へ、新しい担架が置かれる。


次。


その次。


新しく運び込まれた患者の中には、血糸を触れた時点で、今ある治療では間に合わない者もいた。


「黒をこっちへ移すぞ!」


救護所の端で兵士が声を上げた。


黒い帯を結ばれた患者が、処置幕から離れた場所へ運ばれていく。


そこには布幕が一枚だけ張られていた。


地面へ直接寝かせるよりはよい。


黒の患者を運んだ治療兵が、水袋を枕元へ置き、そのまま処置幕へ戻ろうとした。


「水だけ置いていくな」


バルガスが呼び止める。


「ですが、赤がまだ六人います」


「一人残れ」


「隊長」


「黒も患者だ。治せなくても、一人にはするな」


治療兵が処置幕を見る。


近くにいた兵士が、水袋を受け取った。


「俺が残ります」


「呼吸が苦しい者は横へ向けろ。水は飲ませすぎるな。口を濡らすだけでいい」


兵士が黒の患者のそばへ膝をつく。


身体を横へ向け、布で口元の血を拭った。


「ギド。水だ。少しだけ口を開けろ」


返事はない。


それでも兵士は、もう一度名前を呼んだ。


黒の区画にも心拍がある。


弱いもの。


間隔が崩れているもの。


今にも止まりそうなもの。


そこへ血糸を伸ばせば、赤の診断が遅れる。


次の患者へ触れる。


「黄。腹部打撲」


黒の心拍は、背後に残した。


「奈落姫」


ニクスの声がした。


黒い布を握っている。


その先には、ダリオが寝かされていた。


口元に浮かぶ血の泡が、さっきより増えている。


呼吸のたびに、胸部の潰れた鎧が小さく動いた。


右手には、削りかけの木馬が残っている。


ダリオが黒い布を見る。


「それ、俺のだろ」


ニクスは答えなかった。


「結べよ」


ニクスが膝をつく。


黒い布をダリオの腕へ回し、強く引いた。


ダリオが顔をしかめる。


「止血帯じゃないぞ」


ニクスが結び目を少し緩めた。


「分かってる」


ダリオは咳き込んだ。


口元から血が落ちる。


右手の木馬を、ニクスへ差し出した。


「これ、持っててくれ」


「自分で持ってろ」


「返せって言うまでだ」


ニクスが木馬を受け取る。


「だったら、自分で返せって言え」


ダリオは少しだけ笑った。


呼吸は続いている。


胸部の内側では、血が増え続けていた。


黒。


胸部圧壊。


両肺損傷。


診断は変わらない。


「奈落姫!」


処置幕から治療兵が叫んだ。


「赤が急変した!」


立ち上がる。


ニクスがこちらを見る。


何も言わなかった。


赤い帯を結ばれた患者が、処置幕の前で身体を震わせている。


王城側から運ばれてきた若い男だった。


鎧は着ていない。


泥と血で、服が何色だったのか分からない。


腹部に大きな傷はない。


けれど、血糸を触れさせると、内側で太い血管から血が流れ出していた。


「処置幕へ入れろ!」


「台が空いていません!」


「床でいい!」


バルガスが怒鳴る。


「寝かせろ!」


男が地面へ降ろされる。


血糸を腹部へ回す。


血流が速い。


締める位置を間違えれば、下半身へ血が届かなくなる。


細い糸を一本ずつ回し、流れを弱めていく。


男の身体の震えが小さくなった。


心拍はまだ速い。


血圧も低い。


それでも、さっきより出血は減っている。


「治療術を始めます!」


治療兵が男の腹部へ手を当てた。


淡い光が広がる。


今、血糸を外せば、塞がりかけた傷がまた開く。


黒の区画から、弱い呼吸が聞こえた。


一度。


長い間を置いて、もう一度。


その次はなかった。


黒の区画から、一つの心拍が消えた。


血糸は戻さなかった。


目の前の男は、まだ腹部の内側で血を失い続けている。


治療兵の光が傷へ沈んでいく。


「もう少しです!」


血糸を締めたまま待つ。


男の心拍が、少しずつ落ち着いていった。


出血も減っている。


「今なら外せる」


血糸を一本ずつ緩める。


出血は増えない。


「処置を続けろ!」


バルガスが叫ぶ。


担架が持ち上げられ、男は処置幕の奥へ運ばれていった。


背後から、ニクスの声が聞こえた。


「ダリオ」


足が止まりかける。


黒い帯。


胸部圧壊。


両肺損傷。


削りかけの木馬。


そこまで浮かんでから、名前がつながった。


ダリオ。


振り返る。


ニクスが黒の区画で膝をついていた。


片手をダリオの肩へ置き、もう片方の手に木馬を握っている。


ダリオの胸は、もう動いていなかった。


「奈落姫!」


新しい担架が、私の前へ置かれた。


若い女だった。


顔の半分が、土と髪に覆われている。


首筋へ血糸を触れさせる。


腹部出血。


心拍低下。


呼吸は浅い。


今なら間に合う。


「赤。第一処置幕へ」


治療兵が赤い布を取り、女の腕へ結ぶ。


担架が持ち上がった。


背後で、ニクスがもう一度名前を呼んだ。


私は次の患者へ血糸を伸ばした。


その人の名前は、聞かなかった。

第六話《黒》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。