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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第五部《大崩落》

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第四話《堕ちる》

白夜の背後で、深淵航鯨が深淵天竜の死体を呑み込んでいた。


開かれた巨大な口の奥へ、四百メートルを超える竜の身体が少しずつ消えていく。


周囲へ散っていた血も、砕けた岩も、何もかもがその口に吸い込まれていた。


深淵航鯨はこちらを追っていない。


白夜を見てもいなかった。


目的は、死んだ深淵天竜だけだった。


追われてはいない。


けれど、安全になったわけでもなかった。


左側の岩壁が近づいた。


反対側では、縦に走った亀裂が広がり、暗い空洞が奥へ伸びていく。


岩盤全体が同じ方向へ揺れているのではない。


奈落の片側が押し潰されながら、別の側へ引き裂かれていた。


白夜の背中で、赤黒い二枚の翼が開く。


白夜本来の翼より小さい。


表面を覆う装甲もない。


けれど、薄い血の膜を張っただけのものではなかった。


機体内部に残っていた戦闘循環液と修復用生体媒体が、二本の翼骨と筋束へ組み替えられ、その間へ黒い翼膜が張られている。


私の血は、その構造を白夜へつなぎ止める核になっていた。


長時間の飛行や、もう一度深淵天竜と戦うことには耐えられない。


それでも、白夜の巨体を支えて飛ぶだけの強度はある。


弱いのではない。


残された出力と材料に、余裕がないだけだった。


翼とは別に、白夜の胸部や肩、左腕、両脚には赤黒い鱗が残っている。


深淵天竜の血統構造を再現した竜血装甲だった。


失われた白銀装甲すべてを覆えるほどではない。


衝撃を受ける場所だけを選び、薄い鱗を重ねて補強している。


白夜の右腕は動かない。


位相断裂刃は、深淵天竜の爆発の中で折れ、そのまま失われた。


天杭二番と三番は、切断された深淵天竜の両翼とともに断壁へ残っている。


四番だけは、深淵天竜の下顎の一部とともに、進路の右側にある岩壁へ残っていた。


航鯨に呑み込まれている胴体からは、すでに切り離されている。


《天杭四番――空間固定継続》


杭の周囲だけ、崩れる岩盤の動きが遅かった。


このまま残せば、岩壁と一緒に失われる。


白夜を岩壁へ寄せる。


左脚の鉤爪を突き立て、左手で天杭四番の柄を掴んだ。


《空間固定――解除》


天杭を引き抜く。


固定を失った岩盤へ一斉に亀裂が走った。


深淵天竜の下顎の一部が岩壁から剥がれ、砕けた鱗と骨が深淵航鯨の方へ落ちていく。


白夜は左脚を岩壁から引き抜き、二枚の翼を開いた。


崩れる壁から離れながら、天杭四番を背部兵装架に残っている固定具へ押し込む。


《天杭四番――携行固定》


使えるのは左腕と両脚。


背部推進器の残存出力。


二枚の仮設翼。


それから、回収した天杭四番がある。


「上へ」

白夜が岩壁を蹴った。


赤黒い翼が奈落の空気を押し下げる。


背部推進器の噴射が加わり、白夜の巨体が上昇した。


第三階層から第二階層へ続いていた空間は、もう通路とは呼べなかった。


離れていたはずの空洞が縦につながり、床だった岩盤が壁へ傾いている。


白夜の全身が通れるほど広がった場所もあれば、左右の岩が噛み合い、完全に塞がれた場所もあった。


《前方構造――崩壊進行》


《既存経路との照合――不能》


白夜が観測できるのは、周囲の限られた範囲だけだった。


レムナからの広域観測は戻らない。


上層に残っている道も、人間たちの退路も、今どこまで崩れているのか分からなかった。


私は白夜の左手を岩壁へ触れさせた。


振動が指先から腕へ伝わる。


左側から押されている。


けれど、右側では岩盤が遠ざかっていた。


奈落の中で、いくつもの方向へ異なる力が働いている。


《左側構造――接近》


翼を畳む。


次の瞬間、左側の岩壁が大きく張り出し、直前まで白夜がいた空間を塞いだ。


砕けた岩が白銀の装甲へ降り注ぐ。


白夜の身体を横へ倒し、狭くなった空洞へ滑り込ませる。


右翼の先端が岩壁へ触れた。


翼膜の表面が削れたが、翼骨までは届いていない。


白夜の重量を支える力も残っている。


損傷した表面へ血を薄く回し、それ以上裂けないよう固めた。


修復用生体媒体は少ない。


傷を完全に直すのではなく、広がらないよう押さえる。


道を探している余裕はなかった。


道が消えるより先に、上へ進む。


白夜の近距離観測へ、複数の心拍が触れた。


深淵航鯨でも、魔物でもない。


人間だった。


第二階層の崩落した通路の中に、二十を超える生命反応が集まっている。


そのうち一つだけが、ほとんど移動していなかった。


「止まって」


翼を閉じ、傾いた岩棚へ着地する。


両脚が触れた瞬間、足元が沈んだ。


白夜は膝を曲げ、荷重を左右へ逃がした。


爪先と膝を覆う竜血装甲へ細かな亀裂が走る。


赤黒い鱗が砕ける前に、機体の姿勢が安定した。


前方では、兵士たちが負傷者を運んでいた。


担架。


血に濡れた包帯。


折れた槍。


砕けた盾。


全員が、残っている通路の奥へ進もうとしている。


その後方で、一人の男が岩盤に挟まれていた。


腰から下が、倒れた岩柱と床の間へ押し込まれている。


三人の兵士が岩柱を持ち上げようとしていたが、動かない。


「セド! 目を閉じるな!」


「起きてる……聞こえてる」


「なら返事を続けろ!」


男は答えている。


けれど、声は弱かった。


白夜が近づくと、兵士たちが一斉に振り返った。


槍が向けられる。


今の白夜が、白い騎士に見えるとは思えない。


右腕は力なく垂れ下がり、本来の両翼は失われている。


背中には、赤黒い二枚の翼。


胸部や肩、左腕、両脚では、白銀の装甲へ黒い鱗が重なっている。


破損した装甲の隙間からは、戦闘循環液と修復用生体媒体が、生きた筋肉のようにのぞいていた。


白銀の騎士ではなく、死んだ巨大兵器へ赤黒い魔物が寄生し、内側から動かしているように見えたのかもしれない。


「……味方なのか?」


先頭の兵士が槍を構えたまま言った。


「知らん。下で化け物と戦っていたのは見た」


「負傷者の前を空けるな」


白夜を止められないと分かっていても、槍は下がらなかった。


私は男の手前で止まった。


「その人を出す」


外部音声が、崩れた通路へ響く。


先頭の兵士が、挟まれた男と白夜を交互に見た。


「何をすればいい」


「肩と腰を固定して。合図したら引いて」


「岩を持ち上げられるのか?」


「全部は持ち上げない」


岩柱は、一本だけで倒れているのではなかった。


上部で別の岩盤と噛み合い、通路の天井を支えている。


力任せに持ち上げれば、男を引き出す前に上部構造が落ちる。


白夜の左手を岩柱へ触れさせた。


装甲の継ぎ目から血糸を伸ばす。


細い糸が亀裂へ入り、岩の内部へ広がった。


圧力。


亀裂。


荷重の向き。


岩柱を伝う細かな振動が、血糸を通して戻ってくる。


《局所構造圧――上昇》


《上部構造――沈下進行》


「布を回して」


兵士二人が、男の肩と腰へ布を通した。


別の一人が担架を横へ寄せる。


白夜は右肩を傾いた壁へ押し当てた。


動かない右腕を機体と壁の間へ挟み、右肩から胸部にかけて竜血装甲を厚くする。


上から来る荷重を、右腕ではなく白夜の巨体全体で受ける。


左手の指先には、深淵天竜の鉤爪を再現した。


黒い爪を岩柱と床の隙間へ差し込み、先端だけを血液操作で薄く広げる。


左腕へ力を送った。


岩柱が、わずかに浮く。


「まだ」


その直後、天井で岩が割れた。


予測していた亀裂とは別の場所だった。


白夜の右肩へかかる荷重が急激に増える。


竜血装甲の鱗が砕け、その下の白銀装甲がへこんだ。


機体が沈む。


岩柱を上へ持ち上げるのではない。


男の脚へかかっている部分だけを斜めへずらし、上から来る力を壁側へ逃がす。


血糸を一つの亀裂へ集中させた。


岩の内部で、鈍い破砕音がする。


荷重の向きが変わった。


「今」


兵士たちが布を引いた。


男の身体が岩柱の下から抜ける。


右脚が不自然な方向へ曲がっていた。


左脚も押し潰され、鎧の継ぎ目から血が流れている。


担架へ載せた瞬間、岩柱が落ちた。


白夜の左手が間に残る。


指を覆っていた黒い鱗が砕け、鉤爪の一本が根元から崩れた。


感覚が途切れる前に、右肩で壁を押し返し、その反動で左手を引き抜く。


「行って」


「脚から血が出ている!」


白夜の指先から血糸を伸ばした。


潰れた鎧を無理に外さず、その上から両脚を圧迫する。


兵士が折れた槍の柄を切り、添え木にした。


「布を巻いて」


「ここか?」


「もっと上。そこで締めて」


兵士が布を強く結んだ。


流れていた血が弱くなる。


心拍は速いままだ。


それでも、消えてはいない。


「外へ出たら治療班へ渡す」


兵士が担架の持ち手を握った。


「こいつは俺たちが運ぶ。お前は離れられるのか?」


「運んで」


担架が持ち上がる。


兵士たちが狭い裂け目へ向かって走り始めた。


最後尾の兵士が振り返る。


「上はもう道じゃない! 北側の監視塔が落ちて、そこから光が入っている!」


「北側?」


「風が来る方だ! 俺たちは抜け道を使う。お前の身体じゃ通れない!」


土埃の中に、冷たく乾いた空気が混ざっている。


地下に溜まっていた風ではない。


「分かった」


「セドは連れていく!」


兵士たちは担架を運び、裂け目の奥へ消えた。


私は、あの人を最後まで運ぶ必要はない。


あの人たちが運ぶ。


外へ出れば、治療班へ渡せる。


なら、任せるだけでいい。


白夜の肩を壁から離した。


直後、通路全体が潰れた。岩と土煙が押し寄せる。


赤黒い翼を開き、白夜の身体を浮かせる。


翼骨が巨体の重量を受けて軋んだ。


壊れたわけではない。


けれど、背部推進器なしでは十分な上昇力を得られない。


噴射を短く重ね、姿勢を戻した。


兵士が示した方向へ進む。


風の来る方。


光のある方。


そこが地上へ続いている保証はない。


けれど、ほかに残された道もなかった。


入り組んでいたはずの第二階層は、巨大な縦穴へ変わっていた。


壁と床の区別がない。


離れていた空洞が縦につながり、その中を岩塊が落ち続けている。


右側に残った細い足場を、別の避難者たちが走っていた。


兵士と負傷者を合わせて十人ほどいる。


彼らの頭上から岩が落ちる。


咄嗟に白夜の左腕で弾いた。


衝突する直前に前腕へ竜血装甲を集める。


赤黒い鱗の上で岩が砕け、破片が足場の両側へ落ちた。


人間たちは、その間を自分の足で走る。


一人が転び、別の人間が腕を掴んで引き起こした。


彼らは動ける。


互いに助けられる。


その先にあった別の生命反応へ向かおうとした時、空間そのものが沈んだ。


床だけではない。


壁も天井も、人間のいた足場も、一緒に落ちた。


複数の心拍が血液感知の中から消える。


――間に合わなかった。


戻ろうとしても、そこにはもう足場がない。


白夜は上昇を続けた。


止まれば、私もここから出られなくなる。


上へ進むしかなかった。


白夜の左肩へ、細長い物が落ちてきた。


岩ではない。


木材だった。


人の手で削られた柱。


先端に、割れた金具がついている。


次に落ちてきたのは、黒い瓦だった。


白夜の胸部へ当たり、竜血装甲の上で砕ける。


布。


椅子。


割れた器。


棚。


地面の下にあるはずのない物が、次々と奈落へ降ってきた。


割れた器を見て、食事の後に洗うものだと思った。


そこに何が盛られていたのかは分からない。


椅子は、人が座るためのものだった。


誰が座っていたのかも分からない。


物だけではない。


人の暮らしが、そのまま落ちてきている。


「地上の建物……」


上方に白い光があった。


円形の出口ではない。


岩盤と土砂の間に、巨大な亀裂が開いている。


その向こうに空が見えていた。


白夜が通れるほど大きい。


そんな入口は、以前の奈落にはなかった。


出口が広がったのではない。


出口の周囲にあったものが、なくなっている。


光の前を、大きな影が横切った。


石造りの建物だった。


屋根と壁を残したまま傾き、基礎ごと奈落へ滑り落ちてくる。


窓が割れる。


壁に亀裂が走る。


内部から机や寝台が放り出された。


人間の声が聞こえる。


生命反応は七つ。


建物を直接受け止めれば、白夜の手が触れた場所から床が潰れる。


横へ押せば、壁へ衝突した衝撃で中の人間が死ぬ。


背部の偏向障壁発生器へ接続する。


《偏向障壁発生器――出力導路断裂》


完全に壊れているわけではない。


発生器と出力部をつなぐ導路が、途中で切れている。


血糸を断裂した両端へ接触させた。


切れた導路を、私の血で一時的につなぐ。


修理ではない。


発生器が焼き切れるまでの短い間だけ、一度の起動を維持する。


《偏向障壁――限定起動》


建物の落下線上へ、障壁を斜めに展開した。


透明な面が建物の底へ触れる。


受け止めるのではない。


落下する力を横へ流し、速度を削る。


建物が障壁の上を滑った。


石壁が軋み、窓がまとめて割れる。


内部で床が抜け、重量の偏りが変わった。


建物が白夜の方へ傾く。


障壁の角度を変える。


傾いた側へ出力を集め、建物の回転を押さえた。


透明な面が大きく沈む。


それでも、砕けない。


背部の発生器から低い振動が伝わった。


障壁自体は保っている。


けれど、切れた導路をつないでいる血糸へ熱が集まり始めていた。


長くは維持できない。


窓から一人が飛び出した。


着地点はない。


白夜の左手を伸ばす。


指先が届く前に、人間の身体が手の横を落ちた。


血糸を伸ばし、腰へ巻きつける。


落下が止まった。


人間の身体が大きく揺れる。


心拍は残っている。


左手の甲へ引き上げた。


建物の中に残る生命反応は六つ。


「外へ出て」


外部音声を上げる。


割れた窓から二人が這い出した。


障壁に支えられて傾いた壁を伝い、白夜の左前腕へ飛び移る。


残る生命反応は四つ。


その奥で、一人が動けずにいた。


隣の兵士が腕を掴んでいるが、恐怖で身体を固めている。


「無理だ! 行けない!」


「床が落ちる! 来い!」


建物の内部で壁が崩れた。


生命反応の一つが、瓦礫の下で途切れた。


残る反応は三つ。


間に合わなかった。


障壁の一部へ荷重が集中する。


建物が再び傾きかけた。


出力の配分を変え、沈んだ場所だけを押し返す。


障壁発生器の振動が強くなった。


導路をつないでいる血糸が、白夜の内部で焼け始める。


動けなかった人間を、隣の兵士が抱えた。


二人が窓枠を越え、白夜の腕へ飛び移る。


建物の中に残る生命反応は一つ。


奥で倒れた梁の下だった。


血糸を内部へ入れる。


梁へ巻きつけ、横へ引く。


動かない。


障壁はまだ建物を支えている。


けれど、発生器と出力部をつなぐ血糸が限界に近づいていた。


もう一度引く。


梁がわずかに転がる。


下にいた人間が身体を抜き、床を這って窓へ向かう。


「急いで」


障壁発生器の内部で、何かが弾けた。


透明な面が一度だけ大きく揺れる。


それでも、消えなかった。


最後の人間が窓から飛び出した。


白夜の指先へ届かない。


導路をつなぐ血糸へ出力を回しているため、別の血糸は伸ばせなかった。


左腕を振る。


指先へ形成していた鉤爪を崩し、掌と手の甲へ竜血装甲を集める。


黒い鱗で覆った手の甲を、人間の下へ滑り込ませた。


身体を受け止める。


六人が白夜へ移ったことを確認する。


障壁への出力を切った。


透明な面が消え、石造りの建物が落下を再開した。


白夜は腕を引き、岩壁を蹴って横へ逃れる。


建物がすぐ脇を落ちていく。


背部の発生器から煙が上がった。


《偏向障壁発生器――出力導路焼損》


《再起動――不能》


白夜の左腕と肩に、六つの心拍が残っている。


建物の中にあった七つのうち、一つだけが消えた。


全員ではない。


それでも、六人は生きている。


近くの岩棚へ左腕を寄せる。


「壁へ移って」


人間たちは互いに引き上げながら、白夜の腕を降りた。


最後の一人が離れる。


背部の発生器から煙が上がった。


《偏向障壁発生器――焼損》


もう一度は使えない。


仮設翼は残っている。


翼骨にも、翼膜にも大きな損傷はない。


けれど、翼を動かす筋束と白夜をつなぐ場所へ負荷が蓄積していた。


修復用生体媒体も少ない。


次に同じ建物が落ちてきても、同じ方法では救えない。


上昇を続ける。


光へ近づくほど、落下物が増えていった。


石畳。


荷車。


城壁の破片。


観測設備の支柱。


奈落の周囲に作られていたものが、地面ごと崩れている。


外から冷たい風が吹き込む。


土煙と、人間の悲鳴も一緒に落ちてくる。


白夜の左手が、地表へ続く崩れた縁へ届いた。


指を食い込ませる。


岩盤が崩れ、手の下から落ちていく。


別の場所を掴む。


そこにも亀裂が走った。


地面へ身体を預ければ、一緒に落ちる。


二枚の翼を広げた。


翼骨が白夜の重量を受けて軋む。


壊れかけているわけではない。


けれど、背部推進器を使わなければ、この巨体を地上まで持ち上げられない。


短く噴射する。


翼膜が風を受け、白夜の身体を押し上げた。


一度。


二度。


翼と機体をつなぐ筋束へ痛みに似た負荷が重なる。


三度目の噴射で、白夜の頭部が奈落の外へ出た。


空が見えた。


灰色の雲。


土煙。


倒れる塔。


傾いた城壁。


地面を走る巨大な亀裂。


人々が奈落から離れようと走っている。


その後ろで、建物が一つずつ沈んでいた。


奈落から出られた。


そう思った直後、地面が大きく傾いた。


白夜が掴んでいた縁ごと、地上の一部が奈落へ落ち始める。


手を離す。


二枚の翼を大きく開き、背部推進器を噴射した。


白夜の身体が空中へ逃れる。


足元では、道路も、兵舎も、救護所も、人間が暮らしていた場所も、すべてが同じ穴へ呑み込まれていく。


地上が見えた。


出口が開いたのではない。


地上の方が、奈落へ落ちてきていた。


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