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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第五部《大崩落》

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第二話《血統顕装》

赤黒い血の群れが、白夜の周囲へ集まっていた。


深淵天竜の顎下から噴き出し、岩壁を濡らしながら落ちていた血。その身体から完全に切り離された血塊が途中で向きを変え、白夜を包むように広がっていった。


白夜は損傷した位相断裂刃を血糸で背部兵装架へ戻した。


仮設の右翼を保ち、血糸だけでつないだ左腕を引き戻し、露出した右肩へ装甲を重ねる。それらと同時に、縦穴の奥へ消えかけていた数百の血塊まで引き上げた。


《血液操作》Lv.8。


以前なら、一つへ集中するたびに別の操作が鈍っていた。


今は違う。


左腕、右翼、右肩、空中を漂う血。そのすべてを、別々の指先のように動かせた。


けれど、深淵天竜の血に残っていたのは、液体としての性質だけではなかった。


黒い鱗の配列。長大な身体を動かす筋肉。巨大な翼を支える骨格と血管。胸部から口腔へ魔力を集め、赤白い光として吐き出す経路。


血へ意識を伸ばした瞬間、それらが私の中へ流れ込んできた。


見たことのない構造なのに、どの筋肉で翼を開き、どこへ魔力を流せば鱗が硬化するのかが分かった。


《血統捕食》が反応していた。


読み取っているのは、血に含まれた魔力だけではない。その血がどのような肉体を作り、どの性質を次の個体へ受け継がせるのか。深淵天竜という種族を成立させている構造そのものが、血の中に残っていた。


本来、その反映先は私自身の肉体に限られていた。


けれど、今の私は白夜と接続している。


機体内部を巡る戦闘循環液も、破損部を満たす修復用生体媒体も、私が与えた一滴の血を核として《血液操作》へ同期していた。


白夜の骨格と、外側を漂う竜血が、一つの操作領域へ重なっていった。


さっき作った右翼は、血を翼の形へ固め、魔力で動かしているだけだった。血管も筋肉も骨格もない。ただの盾と舵だった。


けれど、血が覚えている翼そのものを再現し、白夜へ接続できるなら。


鱗も、筋肉も、鉤爪も、兵装として使える。


視界へ表示が開いた。


《血統捕食――外部血統解析完了》


《対象個体――深淵天竜》


《深淵因子――高濃度》


《血統因子との分離――不能》


《血液操作 Lv.8――取得血統構造の並列再現可能》


《白夜管理者接続――外部血統反映可能》


《既存技能複合運用――成立》


深淵因子を白夜の内部循環へ流し込むことはできない。


だから竜血は外側へ残す。


取得した構造を外部へ顕し、兵装としてまとう。


《派生運用名称――血統顕装》


赤い警告が重なった。


《異種血統の外部展開には、自己認識領域の拡張が必要です》


《人間としての自己境界が大幅に損なわれます》


《実行時――人間性大幅低下》


白夜そのものを自分の身体として動かし、無数の血塊まで手足として扱う。そのすべてへ、別の生物の構造を重ねる。


何が私で、どこからが私ではないのか。


その境界を削らなければ、この力は動かせなかった。


深淵天竜は、第二階層を突き破った縦穴から、頭部と胸部、二本の前脚までをせり上げていた。長大な胴体の後半は、まだ下層へ続いている。


その右前脚が持ち上がった。


黒い爪に押された空気が第二階層を下へ叩いた。岩盤の亀裂が開き、第一階層へ続く通路から岩片が降った。


探索隊の生命反応は、まだ上方へ移動していた。


あの爪の届く場所にいた。


《人間性》がどこまで下がるのかも、失ったものが戻るのかも分からない。


それでも、迷っている時間はなかった。


「血統顕装」


《血統顕装――実行》


《人間性――大幅低下》


《外部血統構造――兵装領域へ展開》


四本の爪が落ちた。


白夜の両脚を中心に階層床が沈み、衝撃が縦穴を駆け下りた。


それでも、白夜は吹き飛ばされなかった。


血糸だけでつながっていた左腕を、竜血の筋肉が外側から束ねていた。その先端には、胸部装甲に迫る大きさの黒い鉤爪が形成されていた。


その鉤爪が、深淵天竜の右前脚を受け止めていた。


支えているのは全身ではない。


第二階層へ乗り上げようと伸ばされた右前脚。その一点へ、白夜の両脚と背部推進器の出力を集中させていた。


それでも、先ほどまでは動かすことさえできなかった爪だった。


《血統顕装・深淵天竜》


白夜を覆っていた血が弾けた。


仮設の右翼が崩れ、その内側から太い翼骨が伸びた。骨格へ血管と筋肉が巻きつき、骨の間へ翼膜が張られていく。


残っていた左翼にも、黒い鱗と竜血の筋肉が重なった。


翼の形をした血ではない。


開くための筋肉と魔力を運ぶ血管を持った器官が、白夜の背に接続されていた。


砕けた胸部と右肩にも黒い鱗が並び、外装の隙間を赤黒い筋肉が埋めていった。


白夜は修復されたのではない。


傷を残したまま、深淵天竜の血統をまとっていた。


巨竜が右前脚へさらに力を込めた。


白夜の両脚が岩床へ沈み、左腕を覆う鱗が砕けていった。それでも鉤爪は下がらない。


顎下から飛び散った血が傷口を離れ、白夜の左肩へ殺到した。千切れかけた筋肉へ巻きつき、腕を支える太い支柱へ変わった。


背部推進器が開いた。


白夜が一歩、前へ出た。


受け止めていた深淵天竜の右前脚が、わずかに押し戻された。


巨竜の左前脚が白夜の側面へ振り下ろされた。


白夜は右翼を開き、深淵天竜の右前脚と頭部の間へ滑り込んだ。直後、左前脚の爪が背後の岩壁へ突き刺さり、建物ほどの岩塊を縦穴へ落とした。


白夜はその隙に、左鉤爪を深淵天竜の右前脚、その一本の指へ絡ませた。


鱗を砕くのではない。


関節を、曲がらない方向へ折る。


左右の翼を反対方向へ開き、背部推進器を横へ噴かした。白夜の全身が、つかんだ指へ巻きつくように回転した。


深淵天竜が右前脚を引いた。


その力まで、指関節を捻る回転へ変えた。


鱗の奥で骨が軋んだ。


岩盤が割れるような音とともに、深淵天竜の指が一本、逆方向へ折れた。


巨竜が咆哮し、右前脚を振り払った。


白夜は壁面へ叩きつけられた。背面外装が砕け、搭乗槽の固定具が私の身体へ食い込んだ。


折れた指から血が噴き出した。


傷口を離れた飛沫だけを引き寄せ、引き裂かれた白夜の左肩へ巻きつけた。竜血の筋肉が破断部を束ね直す間にも、観測欄の生命反応は上方へ移動していた。


まだ近い。


ここで戦い続ければ、深淵天竜の爪もブレスも撤退路へ届く。


白夜は壁面を蹴った。


深淵天竜へ向かうのではない。


崩れた第二階層の縁を越え、中層の大空洞へ身を投げた。


巨竜の眼が、落下する白夜を追った。


「こっち」


竜血の右翼を打ち、白夜は深淵天竜の眼前を掠めるように通過した。


交差の瞬間、左鉤爪を顎下の傷へ突き立てる。鱗の継ぎ目から肉を抉り、引き抜く勢いのまま離脱した。


噴き上がった血が、遠ざかる白夜の背後へ赤黒い軌跡を描いた。


深淵天竜が口を開いた。


白夜を噛み砕こうと伸びた顎が、第二階層の縁をまとめて破壊した。


白夜はさらに下へ落ちた。


背後で岩盤が崩れた。


深淵天竜の頭部が大空洞へ突き出し、首が続いた。胸部、胴体、後脚、長い尾が、砕けた縦穴から次々に引き抜かれていった。


巨竜の全身が、中層上空へ現れた。


二枚の翼が開いた。


羽ばたき一つで、空洞を漂っていた岩塊が吹き飛んだ。翼を広げられる空間へ出た瞬間、長大な竜身が落下を止めた。


深淵天竜が白夜を追って降下した。


速い。


白夜は背部推進器を噴射し、崩れた階層の間を縫って飛んだ。


進路の先では、崩壊した中層階の断壁が左右からせり出し、細長い裂け目を作っていた。


白夜なら抜けられる。


深淵天竜の胴体も通る。


けれど、広げた両翼までは通らない。


白夜が右へ曲がれば、深淵天竜も右へ傾いた。高度を落とせば、巨大な翼が空気を叩き、すぐ後ろまで迫った。


逃げ切る必要はない。


私だけを追わせればいい。


上方の生命反応が、少しずつ遠ざかっていった。


深淵天竜の左前脚が伸びた。


白夜は身体を捻ったが、四本の爪の一本が竜血の右翼を捉えた。


翼骨が折れた。


翼膜が裂け、白夜の機体が回転した。


損傷率。


姿勢回復までの時間。


再形成に必要な血液量。


痛みより先に、それだけが浮かんだ。


《血統顕装――同調率低下》


《外部血統制御――負荷上昇》


裂けた右翼へ血を集めた。


傷口を離れたばかりの竜血が、深淵天竜の身体へ戻ろうとするように暴れた。


再形成が間に合わない。


深淵天竜が白夜の上方で口を開いた。


胸部から首へ、赤白い魔力が駆け上がった。


《高密度魔力反応――前回観測値超過》


避けろ。


白夜から警告が来た。


深淵天竜がブレスを放った。


赤白い光が、中層の大空洞を下方へ貫いた。


白夜は両翼を畳み、背部推進器を止めた。


機体が一気に落下した。


ブレスが白夜の頭上を通過し、下層の岩壁を赤白く焼き切った。


深淵天竜が首を下へ振り、光の軌道で白夜を追った。


白夜は残っていた左翼を開いた。


落下していた機体が横へ傾いた。背部推進器を片側だけ噴射し、迫るブレスの縁をなぞるように旋回した。


逃げる方向ではない。


光を吐き続ける深淵天竜の正面へ、下方から回り込んだ。


白夜は左翼と、骨組みだけになった右翼を前へ閉じた。


赤白い光へ突っ込んだ。


黒い鱗が焼け落ちた。


翼膜が蒸発した。


周囲の血が穴を塞いでも、次の瞬間には再形成した部分ごと消し飛ばされた。


《右翼血統構造――再形成不能》


それでも、白夜の速度は落ちなかった。


巨竜の頭部が迫った。


背部推進器を最大まで開いた。


赤白い光の中央から、白夜の右腕が突き出した。


右腕に残る竜血を圧縮し、関節ごと一つの塊へ固めた。


拳が、深淵天竜の下顎へ直撃した。


空気が消えた。


下顎が跳ね上がり、開いていた口が閉じた。


行き場を失ったブレスが牙の隙間から噴き出し、巨竜の頭部を内側から赤白く照らした。


反動が白夜の右腕へ返った。


拳を覆っていた血が消し飛び、右肘が外側へ折れた。前腕が垂れ下がり、砕けた骨格が装甲を突き破った。


《右肘関節――構造破断》


《右腕部――機能停止》


深淵天竜の左前脚が横から迫った。


白夜は焼け残った左翼を打ち、巨竜の爪を越えた。


そのまま二本の角の間を抜け、深淵天竜の首へ着地した。


両脚の鉤爪を、鱗の隙間へ食い込ませた。


深淵天竜は白夜を振り落とそうと首を捻った。


白夜は離れなかった。


狙っていた断壁の裂け目が、深淵天竜の正面へ迫った。


巨竜は翼を畳み、飛行の勢いを保ったまま狭間へ突入した。長大な胴体が左右の断壁をかすめ、岩石を削り落としていった。


白夜は首へしがみついたまま、背部兵装架を開いた。


裂け目の出口が近づいた。


そこを抜ければ、深淵天竜は再び翼を開く。


巨竜の頭部が断壁の外へ出た。


胸部が続いた。


折り畳まれていた両翼が、左右へ開き始めた。


《天杭二番――射出》


《天杭三番――射出》


二本の天杭が同時に走った。


天杭二番が、開きかけた深淵天竜の左翼、その付け根の内側を貫き、すぐ脇の断壁へ沈んだ。


天杭三番も右翼の内側を貫き、反対側の断壁へ突き刺さった。


《天杭二番――空間固定成立》


《天杭三番――空間固定成立》


深淵天竜は止まれなかった。


飛行の勢いを残した巨体が、そのまま前へ進んだ。


胴体だけが動いた。


両翼は、断壁へ残った。


翼膜が一斉に張り詰めた。


左翼が中央から裂けた。


右翼の付け根では筋肉と腱が引き伸ばされ、その奥の翼骨が身体の動きに取り残された。


咆哮とともに、骨が折れた。


深淵天竜の巨体が傾いた。


羽ばたきは空をつかまなかった。


左翼は根元近くまで裂け、右翼も一部を天杭へ残して崩れた。


飛行能力を失った深淵天竜が、中層下方へ落ちた。


白夜は首へしがみついたまま、巨竜とともに降下した。


深淵天竜が右前脚を伸ばした。


崩れた中層階の縁へ、残る三本の爪が突き刺さった。


岩盤が砕けた。


落下していた巨体が止まった。


落下する長躯の荷重が、伸び切った右前脚一本へ集中した。


深淵天竜の右肩で、重なっていた鱗の継ぎ目が開いた。


その奥にある筋肉と関節の位置が分かった。


白夜は深淵天竜の首から跳んだ。


左腕へ竜血を集めた。


五本の鉤爪が閉じ、互いに噛み合いながら一枚の大刃へ変わった。


深淵天竜の左前脚が白夜を追った。


黒い爪が背部装甲を削り、残っていた左翼を引き裂いた。


それでも、落下軌道は変えなかった。


白夜は背部推進器を噴射し、竜血の大刃を深淵天竜の右肩へ振り下ろした。


一枚目の鱗が割れた。


二枚目が砕けた。


三枚目の継ぎ目へ刃が入り、奥の筋肉を断ち切った。


刃は、右前脚の付け根を支える骨へ食い込んだところで止まった。


骨までは断てない。


それでも、十分だった。


縁へぶら下がる深淵天竜の巨体が、自らの右前脚を下へ引いた。


切断された筋肉が裂け、肩関節が外れた。


白夜は大刃を食い込ませたまま、背部推進器を最大まで開いた。


深淵天竜自身の重みと、白夜の一撃が同じ方向へ重なった。


右前脚の付け根を支えていた骨が折れた。


巨大な前脚が肩口から切断された。


爪を岩床へ食い込ませた右前脚だけが、中層階の縁へ残った。


深淵天竜の身体が再び落下した。


残った左前脚が岩壁を掻いた。


二本の後脚が岩盤へ突き刺さった。


それでも勢いは止まらなかった。


両翼を使えなくなった巨体が回転し、背中から下層の岩壁へ激突した。


岩盤が陥没し、深淵天竜の身体が跳ね返った。


巨竜は残った左前脚と二本の後脚を改めて壁面へ突き立て、岩を長く削った末に、ようやく落下を止めた。


鱗が連続して砕けた。


赤黒い血が、大空洞を降る雨へ変わった。


身体を離れた血が白夜へ引かれかけた。


だが、量が多すぎた。


無数の血塊が深淵天竜の形へ戻ろうとし、私の操作を押し返した。大刃を保つだけで意識が軋んだ。


白夜は刃を崩した。


一枚の大刃が五本の鉤爪へ分かれ、左手の形へ戻った。


背部推進器を噴射し、切断された右前脚が残る中層階の縁へ着地した。


右腕は動かなかった。


左翼はほとんど残っていない。


竜血の右翼も骨組みだけになっていた。


それでも、白夜は立っていた。


観測欄に残っていた最後の生命反応が、上方の観測範囲から消えた。


少なくとも、探索隊は深淵天竜の攻撃が届く戦域を離れた。


「間に合ったよ、白夜」


胸部装甲の奥から、低い振動が返ってきた。


接続の奥で繰り返されていた衝動が、一瞬だけ止まった。


戻れ。


救え。


間に合わない。


白夜を駆り立てていた焦燥が、今だけは途切れていた。


けれど、その静けさを喜ぶ感覚は長く続かなかった。


眼下へ落ちたものを《深淵天竜》と認識するより先に、情報が浮かんだ。


《敵性個体――活動継続》


《右前脚――喪失》


《左右飛行器官――重大損傷》


《再上昇能力――低下》


《処理続行可能》


胸部装甲の奥から返った振動を、以前なら何と呼んだのか思い出せなかった。


喜びだった気がした。


けれど、その言葉は観測結果より遠い場所にあった。


中層の下方で、赤白い光が灯った。


深淵天竜が、残った左前脚と二本の後脚を岩壁へ突き刺していた。


切断された右肩から血を噴き出し、引き裂かれた両翼を垂らしながら、それでも頭部を持ち上げていた。


巨竜の胸部から首へ、膨大な魔力が流れ込んだ。


顎下の傷から漏れた光が黒い鱗の隙間を走り、口腔へ集束する経路を赤白く照らした。


《口腔内魔力反応――急上昇》


《過去最大出力予測》


《回避推奨》


避けろ。


白夜から衝動が来た。


私は動かなくなった白夜の右腕へ竜血を巻きつけ、一本の刃台として固定した。


再形成した左手で、背部兵装架から損傷した位相断裂刃を引き抜いた。固定した右前腕へ載せ、左手で基部を支えた。


深淵天竜の血統をまとった今なら、胸部から口腔へ魔力が流れる位置まで分かった。


顎下には傷があった。


飛行能力は失われていた。


這い上がるための右前脚もなかった。


「避けない」


白夜の両脚を、中層階の縁へ沈めた。


位相断裂刃の切っ先を、下方で光る深淵天竜の喉へ向けた。


「次は、その光ごと喉を断つ」

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