第二十五話《目的》
壁面には、白夜を囲む五つの反応が残っていた。
どれも輪郭が欠けている。
大きさも、形も、使っていた兵装も分からない。
同じレムナへ登録された決戦兵装だったということだけが表示されていた。
「交戦が始まる前の記録は?」
《該当記録――欠損》
「白夜が先に攻撃した?」
《回答不能》
「五機が先?」
《回答不能》
「誰かを守ってた?」
《回答不能》
何を聞いても、返ってくる言葉は同じだった。
交戦したという結果だけが残り、理由が消えている。
視界の端では、奈落の下から届く要求が点滅していた。
《外部認証照合要求――複数継続》
《要求元――識別不能》
帰還状況の分からない五機。
白夜が最後に戦った五機。
下から届いている複数の要求。
同じものかもしれないし、違うかもしれない。
「応答したら、どうなる?」
《要求元との管理者生体鍵照合を実行します》
「私の血を使う?」
《肯定》
「そのあと、何が起きる?」
《要求元識別不能につき、予測不能》
応答すれば、相手と私の鍵を照合する。
一致したあと、何が許可されるのかは分からない。
《応答許可――待機》
「まだ、応答しないで」
《応答保留――継続》
白夜を囲んでいた五つの反応が消える。
交戦記録も閉じた。
理由の分からない戦いより、先に決めなければならないことがあった。
私は艦内統合修復計画を開いた。
《白夜・全修復工程再編――実行可能》
《運用目的を設定してください》
複数の項目が表示される。
《地上防衛》
《奈落内戦闘》
《広域救難》
《深層長距離航行》
《深層封鎖座標到達》
白夜を完全に直すなら、八日以上。
けれど、目的を絞れば、必要な場所から先に修復できる。
「地上防衛と広域救難を優先したら?」
白夜の輪郭へ、修復対象が重ねて表示された。
両脚、背部推進機構、左肩。
偏向障壁発生器。
右腕と位相断層刃。
胸部の収容区画。
《必要機能――自立歩行》
《必要機能――短距離機動》
《必要機能――偏向障壁展開》
《必要機能――右腕兵装運用》
《必要機能――救難収容》
《現行修復資材及び動力供給継続時》
《緊急起動可能予測――四日以上》
続いて、使用できない機能が表示された。
《深層長距離航行――不能》
《連続戦闘能力――制限》
完全に直るわけではない。
長時間は戦えない。
深層へも行けない。
損傷が増えれば、地上へ戻れなくなる可能性もある。
それでも、歩ける。短い距離なら動ける。
地上へ向かうものを止め、人を運び、障壁で守ることができる。
「深層まで行けるようにしたら?」
修復対象が広がった。
背部推進機構の全域。
内部循環路。
深層圧力へ耐えるための外装。
長距離運用に必要な動力系統。
《緊急起動可能予測――八日以上》
深淵潮汐の正体を調べるなら、深くへ行く必要がある。
帰還状況の分からない五機を探すとしても、同じだった。
けれど、地上では人間が街を出始めている。
兵士たちは、次の波を地上で待たないために奈落へ入ろうとしていた。
白夜が最初にすることは、五機を探すことではなかった。
「運用目的を設定する」
《設定内容を指定してください》
「地上防衛」
一つ目の項目が固定される。
「広域救難」
二つ目の項目が、その下へ並んだ。
《主運用目的――地上防衛》
《副運用目的――広域救難》
《緊急起動構成を作成しますか》
この選択をすれば、深層へ降りるための修復は後回しになる。
白夜が五機と戦った理由も、すぐには調べられない。
四日後に動けたとしても、長くは戦えない。
それでも、今守る相手は決まっていた。
「作って」
《緊急起動構成――作成》
《修復優先順位――再編》
《現行修復資材及び動力供給継続時》
《緊急起動可能予測――四日以上》
《全修復工程完了予測――八日以上》
第一主層の壁面で、白夜の修復箇所が並び替わった。
完全修復までの時間は変わらない。
ただ、立ち上がる順番だけが変わった。
―――――
第六主層へ戻る途中で、レオンの接触印を開いた。
『例の場所には入れたのか』
「入れた」
『何があった』
「白夜を八日より早く動かせるようになった」
一度、声が途切れた。
『どれくらいだ?』
「今のまま資材と動力が届けば、四日以上」
『四日か』
短く息を吐く音がした。
十分に早いとは言わなかった。
四日を待てる保証もない。
「地上を守って、人を助けるための構成にした」
『深層へは行けるのか』
「行けない。長く戦うこともできない」
『それでも四日』
「うん」
接触印の向こうでは、人の声が続いている。
荷車が止まり、別の車輪が動き始めた。
「あと、白夜の記録を見つけた」
『どんな記録だ』
「白夜は、ほかの決戦兵装と戦ってた」
向こうが静かになった。
人の声も、鎧の音も聞こえている。
レオンだけが答えなかった。
「五機と戦ってた」
『理由は』
「消えてた」
『結果は?』
「それも消えてる」
少しして、レオンが答えた。
『記録が欠けてるなら、それだけで敵と決めるな』
「知ってるの?」
『今の五機がどこにいるのかも、どうなっているのかも知らない』
嘘をついているようには聞こえなかった。
けれど、何も知らない人間の答えにも聞こえない。
「下から来てる認証要求も、五機かもしれない」
『応答したのか』
「してない」
『そのままにしろ』
「うん、そうする」
今度は、すぐに返事がなかった。
「レオン」
『何だ』
「五機が本当に敵だったら?」
『止める』
「白夜で?」
『白夜だけじゃない』
声の向こうで、鎧が重なる音がした。
人間が列を作っている。
『今度は、こっちにも人がいる』
白夜一機で、五機と戦わせるとは言わなかった。
―――――
第六主層へ戻ると、修復の流れが変わっていた。
第五主層から運ばれてきた循環液は、左肩と両脚へ分けられている。
架工守の一部は右腕へ移動し、位相断層刃の接続具を確認していた。
別の個体が、第二主層から運んだ偏向障壁発生器を左腕の近くへ固定している。
深層航行に使う背部機構の一部は、修復対象から外されていた。
動かすために必要な部分と、後回しにされた部分が、白夜の全身へ線で示されている。
胸部では、これまで閉じていた区画の一部が開かれていた。
《救難収容区画――修復開始》
内部には、人を横たえられる固定台が並んでいる。
衝撃を抑えるための支持具。
治療区画へ生命反応を送る接続部。
白夜の中へ、人を入れるための場所だった。
戦うためだけの兵装ではない。
怪我人を運び、崩れる場所から連れ出す機能が、最初から作られている。
「白夜は、人を運ぶためにも作られたの?」
《第一機動決戦兵装・白夜》
《広域救難運用――対応》
白夜から返事はない。
けれど、修復を続ける組織の振動が、足元から身体へ伝わっていた。
接触印の向こうで、誰かがレオンを呼んだ。
『そろそろ切る』
「どこに行くの?」
『先遣隊が動く。まず第一階層の旧中継拠点を再確保する』
人を戻したばかりの場所だった。
観測機構と、私の血だけが残っている。
『今度は工兵と護衛を増やして入る。拠点を守る人間と、中央経路を進む人間も分ける』
「レオンも行く?」
『ああ』
「危なくなったら戻って」
『お前に言われたくない』
「私は戻れる場所を確認した」
『俺も確認してくる』
「何を?」
答えが返る前に、向こうで出発の声が上がった。
接触印が閉じる。
白夜の修復表示が更新された。
《主運用目的――地上防衛》
《副運用目的――広域救難》
《現行修復資材及び動力供給継続時》
《緊急起動可能予測――四日以上》
白夜が立ち上がれるまで、四日以上。
人間は、その四日さえ待たずに奈落へ降り始めていた。




