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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第四部《奈落艦レムナ》

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第二十一話《応答》

《第一修復工程――進行率三一%》


《左肩内部骨格――損傷範囲を測定中》


《右膝荷重支持機構――安定》


《地上登録者生命反応――観測継続》


白夜の左肩内部では、架工守が足場を伸ばしていた。


折れた支持骨格の間へ細い梁を渡し、診工守が亀裂の深さを測定している。縫工守は裂けた組織の端を固定し、搬工守が交換用の支持材を運んでいた。


今のところ、修理は止まっていない。


視界の端には、作戦隊の生命反応を表示してある。


レオン。リノ。ガレス。エドガー。


ほかにも、第一層へ入った人間の名前が並んでいた。


作戦参加者は、出発前に救難網へ登録してある。


救難網で分かるのは、登録者の大まかな位置と生命反応だけだった。奈落の干渉が強い場所では、表示が途切れることもある。


それでも、今のところ全員の反応は残っている。少しずつ、地上から下へ移動していた。


その中でも、連絡役のレオン、リノ、ガレス、エドガーには、一時的な接触印を与えてある。


救難網で位置と生命反応を確認し、必要な時だけ直接声を交わすためだった。


けれど、今は誰からも連絡がない。


作戦中なのだから、その方がいい。少なくとも、怪我人や異常を知らせる連絡は来ていない。


そう考えていると、接触印が震えた。


『エルセリアさん』


リノの声だった。


「いる」


『第一層へ入ったわ』


「怪我人は?」


『今のところ、自分で歩けない人はいない』


「レオンは?」


短い間が空いた。


『先行班にいる。生きてるわよ』


「聞いてない」


『聞く顔をしてると思ったから』


姿は見えていない。


「今、顔は見えない」


『見えなくても分かることはあるの』


リノの近くで、金属を床へ下ろす音がした。複数の声も聞こえる。


『観測機構を一度仮設するみたい。少し待って』


接触印が切れた。


視界の端で、作戦隊の反応が止まる。


旧中継拠点より手前。第一採取路へ入ったばかりの場所だった。


私は白夜の左肩へ意識を戻した。


《損傷範囲測定――六二%》


《支持材仮配置――継続》


まだ、私の判断は必要ない。


作業個体へ任せたまま、作戦隊の反応を見続ける。


しばらくして、別の接触印が開いた。


『エルセリア』


レオンだった。


「いる」


『観測機構が動いた』


周囲では、研究員が何かを読み上げている。声が遠く、すべては聞き取れない。


『上向きの生体移動を三系統で確認した。高密度の反応が、第一採取路の東側へ近づいている』


「どれくらい?」


『数は確定できない。少なくとも、今の先行班より規模が大きい』


視界へ、出発前に共有された第一層の旧地図を開く。


東側には、崩れた採掘路が記されている。西側には、狭い保守通路が残っていた。


封鎖前の地図だから、今も通れる保証はない。


「東へ行かないで」


『西は狭い』


「荷車は通らない。でも、人は通れるかもしれない」


『工兵に確認する』


連絡の向こうで、レオンが誰かへ指示を伝えた。


少しして、作戦隊の反応が二つに分かれる。工兵が先に西側を確認し、その後を先行班が進み始めた。


東側へ向かう反応はない。


『保守通路は残っていた。進路を変える』


「群れは?」


『まだ見えない』


「見えないうちに離れて」


『そのつもりだ』


接触印が閉じる。


数分後、再びレオンから連絡が入った。声の向こうで、研究員が何かを叫んでいる。


『高密度反応が、先ほどまで先行班のいた場所を通過した』


「どこへ向かってる?」


『上層側だ。こちらへの接近はない』


戦闘は起きなかった。


私の血が動かした装置が、誰かが魔物を見る前に危険を知らせた。


---


《左肩内部骨格――損傷範囲測定完了》


《修復手順の選択を要求します》


表示へ、三つの案が現れた。


外側から固定する方法。内側の骨格を先に持ち上げる方法。破損した一部を切り離してから交換する方法。


それぞれに必要な時間と、組織への追加負荷が表示されている。


確認しようとした時、救難網に新しい信号が入った。


《救難対象候補を確認》


《登録名――ダリオ・メルク》


《所属――王国工兵隊》


《位置――奈落第1層・第一採取路》


《右下肢損傷》


《自力離脱――不能》


《周辺救助到達可能性――あり》


視界へ位置を開く。


作戦隊の後方。少し前まで複数の工兵がいた場所から、一つだけ反応が下へ落ちている。


ダリオは、床下に残った空間へ落ちていた。けれど、崩れた壁材と床に遮られ、通路側からは姿が見えない。


収容判定のために取得された周辺構造を、生命反応へ重ねて表示する。


精密に見えるのは、救難対象の周囲だけだった。


崩れた床。床下に残った空間。通路との間を塞ぐ壁材。横倒しになった太い柱。


ダリオの右脚は、その下に挟まれている。


《管理者判断を要する異常を確認》


《左肩内部骨格――修復手順を選択してください》


《判断待機により修復工程を停止》


白夜は待てる。落ちた工兵は待てない。


「左肩の状態を保持して。全作業を停止」


《肯定》


《第一修復工程――待機》


接触印を開く。


「ガレス」


返事はすぐに来た。


『聞こえてる』


「後ろで工兵が一人落ちた」


『どこだ』


「今いる場所から戻って。崩れた足場の近く」


『こっちでは見えん』


「床下に空間が残ってる。壁材に塞がれて、通路からは見えない」


視界へ位置を重ねる。


ガレスの反応が戻り始めた。その後ろを二人が追っている。


「止まって」


『止まった』


「右側。崩れた床の近く」


『瓦礫しかないぞ』


「三歩下がって。床を叩いて」


鈍い音が、接触印の向こうから聞こえた。


一度。二度。三度目だけ、音が少し低い。


『下に空間がある』


「そこ。床を壊して」


『崩れないか?』


周辺構造を確認する。


空洞の上には、太い梁の残骸が横たわっていた。床の中央は薄い。端から壊せば、梁まで落ちる。


「中央だけ。広げすぎないで」


『分かった』


石を砕く音が続く。


その間にも、ダリオの生命反応が少しずつ弱くなっていた。


《呼吸状態――低下》


《胸部圧迫の可能性》


「急いで」


『やってる』


穴が開いたらしい。人の声が重なる。


『いたぞ!』


『脚が挟まってる!』


『縄を下ろせ!』


ガレスの声が近づく。


『エルセリア、下はどれくらいある』


「四メートルくらい。右側に崩れた柱がある。脚はその下」


『柱を持ち上げる』


「先に身体を固定して。急に動かすと落ちる」


『聞いたな! 腰へ縄を回せ!』


ガレス以外の返事が聞こえた。


救難対象の周囲へ、複数の反応が集まる。


一人が下へ降りる。二人が上から縄を支える。ガレスは穴の縁に残った。


『引くぞ』


「まだ」


『何だ』


「右脚の位置が変わってない。柱が残ってる」


『見えてるのか』


「位置だけ」


『なら、信じる』


石が擦れる音がした。誰かが呻く。


少しして、ダリオの反応が上へ動き始めた。


四メートル。三メートル。二メートル。


救助者たちの反応と重なる。


《周辺救助者との接触を確認》


《自力離脱不能状態――継続》


《死亡予測――低下》


「リノ」


『もう向かってる』


「右脚。胸も圧迫されてた」


『分かった。意識は?』


ガレスの向こうで、誰かが名前を呼んでいる。弱い返事が聞こえた。


「ある」


『なら、まだ間に合う』


視界の表示が変わる。


《周辺救助者による離脱を確認》


《環境要因による死亡予測――解除》


《緊急収容条件――不成立》


《現地治療を継続》


赤かった文字が、通常の白へ戻った。


息を吐く。


必要だったのかは分からない。今の身体は、息を止めても苦しくならない。


それでも、表示が戻るまで吸っていなかった。


---


白夜へ意識を戻す。


《第一修復工程――二十七分間停止》


《左肩内部骨格――状態維持》


壊れてはいない。作業個体も、指定した位置で待っている。


「修復を再開する」


《修復手順を選択してください》


三つの案を確認する。


切断は追加損傷が大きい。外側から固定すると時間がかかる。


内側の骨格を先に持ち上げ、残った組織を後から固定する。


「第二案。内側から支えて」


《選択を確認》


《左肩内部骨格――支持処理を開始》


止まっていた架工守が動き始める。搬工守が支持材を運び、縫工守が固定位置へ移動した。


救助はできた。白夜も壊れていない。


けれど、一つを選んだ時間だけ、もう一つは止まっていた。


今日は一人だった。


救難信号が十件なら。百件なら。


同じようには進まない。


表示の端では、ダリオの生命反応が治療班と一緒に移動している。


白夜の修復率は、まだ三一%のままだった。


---


第一層から次の連絡が来たのは、それから一時間ほど後だった。


『観測結果が更新された』


エドガーの声だった。


「何が分かったの?」


『複数の反応群が、近接したまま上方へ移動している』


後ろで研究員が表示を読み上げる。


『反応群が交差しても、大きな分散や長時間の停滞は確認できません。規模と移動速度の異なる反応が、ほぼ同じ方向へ進んでいます』


「追いかけてる?」


『その可能性はあります。ただ、一つの反応群がほかを追跡している動きには見えません』


先ほど報告された反応群を思い出す。


規模も、移動速度も違っていた。それでも、すべてが同じように上へ向かっていた。


「上へ行きたいんじゃない」


『どういうことだ』


「下から逃げてる」


接触印の向こうが静かになった。


別の声が入る。


『エルセリア』


レオンだった。


「いる」


『俺もそう思う』


「知ってた?」


少し間が空いた。


『こうなる可能性は知っていた』


「ここまで?」


『ここまで上へ広がっているとは思っていなかった』


今度の声には、迷いがなかった。知らないことを、知らないと言っている。


近くで研究員が声を上げた。


『東側の支路を下れば、移動の起点へ近づける可能性があります』


別の男が応じる。


『予定にはない。第一採取路を確保する方が先だ』


レオンだった。


研究員が食い下がる。


『原因を調べなければ、また流入します』


『今日の目的は原因の特定じゃない』


『ですが――』


『第一採取路と旧中継拠点を確保する。下には行かない』


「調べないの?」


私が聞く。


『今はな』


「原因があるかもしれない」


『あるだろう』


「なら」


『原因を見つけるために、帰る人間を減らすつもりはない』


短く言い切った。


『調べるなら、帰って準備してからだ』


「レオンは行かない?」


『今は行かない』


言葉の前に、ほとんど間がなかった。


何かを確かめることより、戻ることを選んでいた。


接触印の向こうで、エドガーが指示を引き継ぐ。


『第一採取路の障害物を撤去する。旧中継拠点まで進み、予定どおり仮設灯を設置する』


作戦隊の反応が再び動き始めた。


下ではなく、前へ。最初に決めた目的へ向かって。


---


日が高くなる頃、旧中継拠点から連絡が入った。


『拠点内部を確保した』


エドガーの声に、周囲の騒音が重なっている。


木材を打つ音。石を移動させる音。誰かが仮設灯へ魔力を流している。


『負傷者は七名。重傷者はダリオ一名だが、生命に危険はないとリノが判断している』


「歩ける?」


『今日は無理だそうだ。担架で運ぶ』


ガレスが二つ用意していたうちの、一つを使うらしい。


『第一採取路の一部を通行可能にした。旧中継拠点へ治療班と物資を置ける』


「作戦は終わり?」


『最低限の目標は達成した。残りは帰路の確認と観測機構の移設だ』


誰かが帰るための場所を確保した。


まだ、奪還と呼べる範囲は小さい。それでも、封鎖されていた奈落へ一つ灯りが戻った。


荷物を動かす音が続く。


『仮設していた観測機構を、旧中継拠点へ移す。ここなら俺たちが撤収したあとも観測を続けられる』


レオンの声だった。


「血も残すの?」


『装置を動かしている分は、そのままだ』


「予備は?」


『リノが持っているものと、研究班の箱に入れたものは持ち帰る』


三つに分けた血のうち、一つだけが奈落へ残る。残りの二つは、作戦隊と一緒に地上へ戻る。


しばらくして、研究員の声が聞こえた。


『観測機構を固定する』


金具を締める音が続く。


『生体鍵認証、継続。観測出力、安定』


次の瞬間、白夜の内部で警告音が鳴った。


《外部認証照合要求を受信》


《要求元――識別不能》


《要求された認証鍵――管理者生体情報と部分適合》


《応答許可――待機》


「レムナ」


《待機しています》


「何が起きてる?」


《外部設備より、生体認証照合要求を受信しています》


「第一層の装置?」


《否定》


《要求発信位置――観測可能範囲外》


同時に、接触印の向こうで研究員が声を上げた。


『表示が増えた!』


『読み上げろ!』


『生体鍵認証は継続。外部生体照合要求を検出。要求元、複数』


エドガーの声が入る。


『複数とはいくつだ』


『数を確定できません。位置は観測範囲外。要求内容も解析不能です』


私の血を入れた観測機構が、奈落の下から何かを受け取っている。


レムナ側にも、同じ要求が届いていた。


「どこから来てるの」


《奈落下方》


「第一層より下?」


《肯定》


「どのくらい下?」


《測定不能》


表示には、応答許可の選択が残っている。


許可。拒否。保留。


何が待っているのか分からない。


白夜の名前を知っていたレオンも、今の奈落の状態までは知らなかった。未知の設備を起動させる理由はない。


「まだ応答しないで」


《肯定》


《外部認証照合要求――保留》


けれど、表示は消えなかった。


《外部認証照合要求――継続》


第一層側の観測機構も、同じ要求を受信している。


『エルセリア』


レオンの声だった。


「いる」


『そっちにも届いたのか』


「届いてる」


『応答したか?』


「してない。保留にした」


『そのままでいい』


「知ってるもの?」


短い沈黙。


『知らない』


その答えも、本当のように聞こえた。


『血を入れたことで、下にある設備が反応した可能性がある』


「私の血を探してる?」


『分からない』


「レオンにも分からない?」


『ああ』


「そう」


接触印は切れなかった。


互いに話さないまま、別々の場所で消えない要求を見ていた。


レオンたちは第一層にいる。私は白夜の内部にいる。


その間には、地上からでは測れない深さがある。


私の代わりに奈落へ向かったのは、血だけだった。


その血が観測機構を動かし、人間を危険から遠ざけた。今度は、さらに下にある何かが、その血へ応えている。


《外部認証照合要求――継続》


私は応答を許可していない。


それでも、奈落の下から届く要求は消えなかった。


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