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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第四部《奈落艦レムナ》

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第七話 《患者と侵入者》

「王国軍参謀局です」


ローデンの言葉が、崩れた観測塔の中へ落ちた。


血糸に包んだ座標杭は、淡い光を繰り返している。


《未登録座標固定術式》


《対象座標の取得を試行中》


《取得失敗》


《再試行まで――十二秒》


「何を命令されたの」


「あなたと接触したあと、観測塔の内部で杭を起動するよう命じられました」


「私の場所を調べるため?」


「正確には、あなたの周囲に存在する古代艦艇反応を捉えるためです」


「同じ」


ローデンは否定しなかった。


イレーナが壁へ手をつきながら立ち上がる。治療した右脚はまだ固定したばかりで、体重をかけるたびに顔が僅かに歪んだ。


「武器を置きなさい」


「調査官」


「今すぐです、ローデン」


ローデンは腰の剣を鞘ごと外し、床へ置いた。


予備の短剣。


小型の弩。


外套の内側に隠していた信号具。


一つずつ地面へ並べる。


「座標杭を渡された時の命令書は」


「携帯しています」


胸元から、王国軍の印が刻まれた薄い金属板を取り出す。


イレーナが受け取り、表面へ指を触れた。


古い文字ではなく、王国で使われている術式が浮かぶ。


《接触対象――通称・奈落の姫》


《対象との交戦を禁止》


《古代艦艇反応の捕捉を最優先》


《座標取得後、直接接触を避けて帰還せよ》


「捕まえる命令じゃない?」


「ありません」


「殺す命令も?」


「ありません」


「なら、家の場所を盗んでもいい?」


「王国にとって、正体不明の古代艦を放置することはできません」


「それは王国の都合」


「承知しています」


「承知して、やったの?」


ローデンの視線が僅かに下がった。


「軍人として命令に従いました」


「約束を破る命令でも?」


「私自身は、あなたと約束を交わしていません」


「イレーナが約束した」


「私は遺物院ではなく、王国軍の護衛です」


イレーナが命令板を握る指へ力を込める。


「私の調査隊として同行した以上、私の約束に従う義務があります」


「軍からは、あなたが調査を中止する可能性も想定するよう命じられました」


「だから私にも隠したのですか」


「はい」


言い訳はしなかった。


その態度が正しいわけではない。


ただ、自分のしたことを誤魔化すつもりもないらしい。


私は座標杭へ意識を戻した。


《再試行を開始》


《対象反応――取得不能》


《外部通信経路――未確立》


《位置情報流出――確認されず》


まだ見つかっていない。


杭が何度試しても、レムナの座標には届いていない。


「壊す」


イレーナがこちらを見る。


「お待ちください。それは参謀局の命令を証明する物証です」


「また動く」


「動力を切断した状態で封印します」


「嫌」


血糸を座標杭の隙間へ入り込ませる。


内部には、小さな制御核と何重にも折り畳まれた術式板が入っていた。


制御核を引き抜く。


術式板を切断する。


黄色い光が消え、座標杭から魔力の反応が失われた。


《座標固定術式――停止》


《再起動不能》


外殻だけは壊さず、イレーナの足元へ置く。


王国軍の紋章と製造番号は残っている。


「証拠はこれ」


「内部術式が失われれば、参謀局が自分たちの物ではないと否定するかもしれません」


「動くまま持って帰る方が嫌」


イレーナは壊れた外殻を拾った。


「分かりました。命令板とローデン本人もいます。これで追及します」


「イレーナが知らなかったって、証明できる?」


「できません」


すぐに返ってきた。


「では、私も疑ってください。信用しろと求めるつもりはありません」


「疑ったままにする」


「それで構いません」


ローデンは拘束するため、残っていた縄を取り出した。


しかし、イレーナが彼の両手を縛ろうとしたところで、床へ横たわっていたもう一人の護衛が大きく咳き込んだ。


口元から血が流れる。


「待って」


側へ膝をつき、胸部へ手を触れる。


呼吸が浅い。


先ほど閉じた肺の傷が、再び開いている。


血液感知を広げると、折れた肋骨の一部が内側へずれ、傷ついた肺へ触れていた。


胸の中にも血が溜まり始めている。


《対象生命反応――急速低下》


《右肺再損傷》


《胸腔内出血――進行》


《現地での継続処置では生存率が低下します》


「また出血してる」


イレーナが負傷者の側へ来る。


「最寄りの治療院まで、馬でも半日以上かかります」


「間に合わない」


「では、どうすれば」


「連れていく」


イレーナの目が私へ向いた。


「どこへですか」


「言わない」


「私たちも同行できますか」


「できない」


「彼だけを?」


「治療が必要なのは、この人」


技術者とイレーナも怪我をしているが、今すぐ死ぬ状態ではない。


移動に耐えられる程度には処置を終えている。


護衛だけは違う。


もう一度ここで胸を開いても、清潔な環境も器具も足りない。処置の途中で塔が崩れる可能性も残っている。


「連れていったあと、必ず帰してもらえますか」


「治ったら帰す」


「彼は王国軍の人間です」


「知ってる」


「あなたの居場所を探ろうとした組織の人間でもあります」


「この人が杭を持ってきたの?」


イレーナがローデンを見る。


ローデンは首を横に振った。


「密命を受けたのは私だけです。彼は知りません」


「なら、関係ない」


「関係があったとしても、治療するのですか」


「今は患者」


言い終えると同時に、救命転送網へ接続する。


《緊急収容候補を確認》


《対象は自力離脱不能》


《現地治療のみでは死亡する可能性が高いと判定》


《収容条件――成立》


「この人を収容」


《緊急収容を開始します》


護衛の身体を光が包む。


イレーナが名を呼んだが、返事はなかった。


胸部へ刺さった血糸を維持したまま、身体が光の中へ沈んでいく。


数秒後、護衛の姿は消えた。


血も、折れた装備の一部も残っていない。


「どこへ転送されたのですか」


「教えない」


「連絡手段は」


「セラフィナを通して伝える」


「分かりました」


イレーナは追及しなかった。


「治療が終わるまで、ローデンを遺物院の管理下へ置きます。命令板についても調査します」


「逃がさない?」


「逃がしません」


「軍に返さない?」


「少なくとも、事情を聞き終えるまでは」


完全に信用はできない。


それでも、ここに残ってローデンを監視することはできない。


負傷した護衛を治さなければならない。


「次に会うかは、治療が終わってから決める」


「承知しました」


私は現地派遣の終了を指示する。


身体を光が包む直前、ローデンがこちらを見た。


「参謀局では、奈落の姫は古代艦を守るためなら、王国の人間を切り捨てると説明されました」


「今は話さない」


「あなたは、私たちを敵と見なしているのではないのですか」


「約束を破ったから怒ってる」


「それでも、彼を助ける?」


「患者だから」


転送の光が視界を覆う。


最後に見えたのは、答えを失ったローデンと、壊れた座標杭を握るイレーナの姿だった。


---


第七層へ戻ると、護衛はすでに重症治療台へ運ばれていた。


診工守が胸部を走査している。


《患者識別名――不明》


《右肺裂傷》


《胸腔内出血量――増加中》


《肋骨複数骨折》


《血中酸素濃度――低下》


《緊急処置を推奨します》


「服と装備を外して」


搬工守が鎧を切り離す。


胸当ての内側には、現地で見えなかった出血が広がっていた。


肺を閉じた場所だけではない。


落下した時に折れた肋骨がさらにずれ、別の場所を傷つけている。


「麻酔。呼吸を補助して」


《処置を開始します》


意識を完全に落とす。


胸部を開き、内部へ溜まった血を抜く。


回収した血のうち、異物や汚れの入っていないものだけを分離する。


《返血可能量――六百四十ミリリットル》


「先に戻して」


血糸を静脈へつなぎ、処理した血を循環へ返す。


血圧が少し上がる。


ずれた肋骨を元の位置へ戻し、傷ついた肺を確認する。


破れた箇所は二つ。


血管の損傷は四箇所。


現地で閉じた場所も、縫合部分の周辺が崩れていた。


「順番に閉じる」


血糸を細く分ける。


血管。


肺。


胸膜。


一本ずつ、流れを確認しながら閉じていく。


診工守が表示する数値が少しずつ戻る。


《胸腔内出血――減少》


《呼吸効率――改善》


《生命危険度――低下中》


肋骨を固定し、胸部を閉じようとした時、搬工守が外した装備から微弱な反応が出た。


《外部通信反応を検出》


「また?」


治療を止めず、反応の場所だけを表示させる。


護衛の軍服。


胸元の所属章の裏側に、小さな金属片が埋め込まれていた。


《王国軍個体識別具》


《機能――所属情報送信》


《機能――生命反応送信》


《位置情報送信――限定的》


《外部通信先――接続不能》


座標杭とは違う。


軍人が生存しているか、どの部隊に所属しているかを伝えるための装備らしい。


護衛自身が密命として持ち込んだものではない可能性が高い。


それでも、外部とつながるものを艦内へ入れたことには変わりない。


「遮断して。壊さなくていい」


《外部通信遮断容器へ隔離します》


診工守が識別具を収納する。


「これから患者を入れる時、外と通信するものを先に調べて」


《収容対象の装備検査項目を更新します》


《位置追跡》


《座標固定》


《遠隔観測》


《外部通信》


《該当機能を検出した場合、収容時に自動隔離します》


これで、同じ方法で家の場所を探られる危険は減る。


患者を助けるために収容するたび、服をすべて捨てさせるわけにはいかない。


けれど、通信具だけは別だった。


治療へ戻る。


胸部を閉じ、血流と呼吸を確認する。


《患者の生命危険状態を解除》


《継続的な呼吸補助を推奨します》


《推定覚醒時間――十六時間後》


「終わり」


手についた血を洗う。


現地派遣を含めれば、ほとんど一日動き続けていた。


それでも、眠る前にレムナの状態を確認する。


《外部座標固定信号による位置情報流出――確認されず》


《艦艇識別系統――手動停止状態》


《艦体座標――秘匿維持》


「見つかってない?」


《肯定》


ようやく息を吐く。


患者の呼吸音が安定していることを確認し、隣の軽症用寝台へ横になった。


---


護衛が目を覚ましたのは、翌日の昼だった。


私は治療台の横で、白夜へ供給する血液量を確認していた。


「ここは……」


「動かないで」


護衛が身体を起こそうとする。


胸部の固定具が反応し、警告が表示された。


《患者の起き上がりを制限します》


「観測塔は」


「イレーナたちは生きてる」


「ローデンは?」


「拘束された」


護衛は天井を見た。


「ここは、どこですか」


「言わない」


「奈落の地下ですか」


「それも言わない」


「王国内では」


「聞いても答えない」


護衛は周囲を見ようとしたが、治療室には窓がない。


扉も閉じている。


レムナの名前を示す表示はすべて消してある。


第七層という呼び方も、彼の前では使わない。


「あなたが治療したのですか」


「うん」


「なぜ」


「死にそうだったから」


「王国軍は、あなたの居場所を探ろうとしました」


「杭を持ってきたのはローデン」


「私は知りませんでした」


「そう聞いた」


「信じるのですか」


「まだ決めてない」


信じることと、治療することも別だった。


護衛は少し黙ったあと、胸へ触れようとして手を止めた。


「傷が、ほとんど痛まない」


「中はまだ治ってない。二日は動かないで」


「本当に、帰すつもりですか」


「治ったら」


「尋問は?」


「しない」


「レムナについても聞かないのですか」


名前を聞いても、反応しないようにする。


「知らないから」


「参謀局は、あなたとレムナが関係していると考えています」


「勝手に考えればいい」


「中央教会も、同じものを探している可能性があります」


「教会からは聞いてない」


「軍が恐れているのは、古代艦だけではありません。教会があなたを通して、それを先に手に入れることです」


「私は教会のものじゃない」


「王国のものでもない」


「うん」


「今は、それを信じます」


「今は?」


「目を覚ました時、私は生きていました」


護衛は閉じられた胸部を見下ろす。


「もしあなたが教会の命令で動いているなら、王国軍の人間をここまで治療する必要はありません」


「患者だったから」


「イレーナ調査官から聞いていた話と同じですね」


「何を?」


「あなたは、敵であっても治療すると」


「敵かどうかは、治ってから決める」


護衛は初めて、僅かに笑った。


すぐに胸が痛んだらしく、顔をしかめる。


「笑わないで」


「善処します」


「今は寝て」


「分かりました」


目を閉じるまで待ち、私は格納庫へ向かった。


白夜へ十二ミリリットルの血を渡し、すぐに治療室へ戻る。


患者がいる間は、長く離れられない。


---


二日後、護衛の肺は正常に膨らみ、胸腔内の出血も止まっていた。


固定していた肋骨も、移動へ耐えられる状態になっている。


《患者の治療完了を確認》


《個別治療報酬――SP+2》


《保有SP――18》


「帰せる」


「観測塔へですか」


「違う」


観測塔の周囲には、王国軍の別部隊が来ている可能性がある。


帰還の瞬間を観測されれば、転送の性質を調べられるかもしれない。


セラフィナを通じて、教会が管理する治療院を一つ指定してもらった。


王国と教会の双方が立ち会えるが、周囲へ大規模な追跡術式を展開できない場所だった。


「イレーナとセラフィナが待ってる」


「ローデンは」


「イレーナが連れてる」


「私も事情を聞かれるでしょう」


「それは治療じゃないから知らない」


「そうですか」


護衛へ軍服を返す。


外部通信機能を持つ識別具は、遮断容器へ入れたまま別に渡すことにした。


「これ、外とつながる」


「所属識別具です」


「私の場所を調べられるかもしれないから、止めた」


「軍の規定装備です。私も、位置を送る機能までは知りませんでした」


「持って帰っていい。でも、転送が終わるまで動かさない」


「承知しました」


帰還を起動する。


《患者帰還地点》


《中央教会管理・北西治療院》


《指定座標周辺に追跡術式なし》


《帰還を開始します》


「もう怪我しないで」


「努力します」


「杭を持ってくる人とも一緒に来ないで」


「それは、私だけでは約束できません」


「なら来ないで」


護衛は一瞬困った顔をしたあと、頭を下げた。


「助けていただき、ありがとうございました」


転送の光が身体を包み、護衛の姿が消える。


視界の一部へ、帰還地点の映像が短く表示された。


治療院の中庭。


杖を持ったセラフィナ。


足を固定したイレーナ。


その後ろには、両手を拘束されたローデンが立っている。


護衛が現れると、イレーナがすぐに駆け寄ろうとして、傷めた脚を押さえた。


『聞こえますか』


接触印を通じて、イレーナの声が届く。


「聞こえる」


『彼を治療し、帰還させてくださったことに感謝します』


「患者だったから」


『ローデンは現在、古代遺物院の監視下にあります。参謀局からの命令板も確保しました』


「軍に返したら、また来る?」


『少なくとも、調査が終わるまでは返しません』


セラフィナが続ける。


『王国軍参謀局から教会へ、正式な説明要求を送った。今回の座標固定について、教会も許容しない』


「王国の問題じゃないの?」


『お前との仮接触規約には、治療拠点の捜索を行わないという内容も含まれている。王国軍の行動でも、見過ごすことはできない』


イレーナが記録板を開いた。


『今後の接触条件を、王国側の正式記録として残したいと思います』


「条件?」


『あなた自身、治療を受けた者、または転送経路を追跡しない』


『位置固定術式を使用しない』


『《レムナ》への艦籍照会を行わない』


『あなたとの対話が必要な場合は、私かセラフィナ審問官を通じて要請する』


「王国の全員が守る?」


『私一人で、王国に属する全員の行動を保証することはできません』


「また同じ」


『ただし、正式な取り決めとして記録します。今後これを破る者が出た場合、知らなかった、事故だったという主張は認められません』


「破ったら?」


『あなたとの取り決めを承知したうえでの、明確な敵対行為として扱われます』


完全に安全になるわけではない。


それでも、次に同じことをする人間は、約束を知らなかったとは言えなくなる。


「分かった」


『条件を受け入れていただけますか』


「一回だけ」


『一回だけ、とは』


「もう一度破ったら、王国とは話さない」


イレーナは僅かに目を伏せた。


『受け入れます』


「イレーナも疑ったまま」


『それも受け入れます』


通信を切る。


治療院の映像が消え、第七層へ静けさが戻る。


王国との問題が終わったわけではない。


ローデンを拘束しても、命令を出した人間は王都にいる。


座標杭を一つ壊しても、同じものがほかに存在する可能性はある。


「家の場所は?」


《外部座標固定信号による位置情報流出――確認されず》


《艦体座標――秘匿状態を維持》


「よかった」


表示を閉じようとすると、新しい報告が開いた。


《外部座標固定信号への受動反応を確認》


「反応した?」


《信号送信は実行していません》


《停止中の船体監視設備が一時的に再起動しました》


艦内図が表示される。


第七層。


第六層。


その上に並ぶ、情報の失われた五つの主層。


今まで黒く塗り潰されていた第五層の一部に、細い線が浮かんでいる。


《第五主層》


《部分監視機能――一時復旧》


《艦内重力軸制御――停止》


《正規床面と外部重力方向の偏差――89.7度》


第五層では、本来の床がほとんど垂直になっている。


レムナが地中へ突き刺さった姿勢のまま、自然の重力だけが働いているためだ。


廊下を歩くことはできない。


壁が床になり、本来の通路は巨大な縦穴のようになっている。


《外殻損傷――複数》


《非正規外部開口部――三箇所》


「外につながってる?」


《肯定》


エルセリアがこれまで使っていた出入口とは別に、三つの亀裂がある。


そのうち一つから、細い反応線が内部へ伸びていた。


《未登録生命反応を検出》


「人?」


《判別不能》


《登録個体との一致――なし》


《救命転送による収容記録――なし》


生命反応は一つ。


第五層の横倒しになった区画を、ゆっくりと移動している。


《未登録生命反応――移動中》


《進行方向――第六主層境界》


《推定距離――1.8キロメートル》


王国の調査隊ではない。


転送した患者でもない。


いつから入り込んでいたのかも分からない。


表示の上で、生命反応を示す小さな点が再び動いた。


下へ。


白夜のいる第六層へ近づいている。


「誰か、家に入ってる」


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