第六話 《地上からの声》
レムナの艦艇識別信号が外へ漏れてから、七日が過ぎた。
その間も、広域緊急救命転送網は止まらなかった。
《救難対象候補を検出》
《同行者による救助行動を確認》
《収容条件――未成立》
崖から落ちて脚を折った狩人は、同行していた二人に背負われて村へ戻った。
魔物に襲われた巡礼者の一団には、近くを巡回していた教会の騎士が間に合った。
雪の残る山中で倒れた老人も、偶然通りかかった薬師に発見され、救難対象候補から外れた。
七日間に見つけた候補は十一人。
そのうち九人は、私が手を出さなくても助かった。
第七層へ収容されたのは二人だけだった。
一人目は、崩れた坑道の奥へ取り残された鉱夫。
落石で骨盤と右脚を折り、仲間が救出路を掘っている途中で坑道へ水が流れ込んだ。救助する側まで退避しなければならなくなったところで、収容条件が成立した。
二人目は、街道で魔物に襲われた旅商人。
護衛を失い、腹部を裂かれたまま荷車の下へ隠れていた。魔物が離れたあとも助けは来ず、一人で血を流し続けていた。
二人とも第七層へ届いた時には意識を失っていた。
鉱夫の骨を戻し、骨盤の内側で続いていた出血を止める。
旅商人の腹部を洗浄し、傷ついた臓器と血管を閉じる。
服や床へ流れた血の中から、汚れや異物の混じっていないものだけを集め、それぞれの身体へ《返血》で戻した。
以前より、処置の順番を迷わなくなっている。
診工守が損傷を表示する前から、血液感知だけで危険な出血箇所をある程度絞り込めた。
《患者二名の生命危険状態を解除》
《治療継続》
鉱夫は三日後、仲間の待つ鉱山町の治療院へ帰した。
旅商人は二日後、生き残った御者が滞在している宿場町へ戻した。
二人とも最後まで私を完全には信用していなかった。
それでも転送の光へ包まれる直前には、寝台の上から頭を下げた。
《新規患者二名の治療完了を確認》
《個別治療報酬――SP+4》
《保有SP――16》
増えたSPは使わずに残した。
白夜へ大量の血を渡したことで、血液操作を強くしても、身体の中にある血そのものが増えるわけではないと改めて分かった。
血を作る速度。
失った血液を補う力。
白夜との接続に耐える身体。
何が必要になるのか分かるまで、今は選ばない方がいい。
患者の治療と並行して、毎日一度だけ第六層へ向かった。
昇降路で重力の向きがゆっくり切り替わり、第六層へ到着する。
格納庫の中央では、白夜が膝をついたまま動かずにいる。
脚部の供給口へ手を触れ、左手首を僅かに切る。
《生体鍵血液の定期供給を受け付けます》
《供給量――十二ミリリットル》
《循環基準――維持》
傷を閉じると、白夜の装甲の内側を赤い光が一度だけ走った。
頭部の灯りはつかない。
指も動かない。
それでも血液感知を広げれば、胸部の奥から巨大な循環が返ってくる。
私の血を基準として再び動き始めた、人工の血液。
「今日も大丈夫」
返事はなかった。
この七日間、白夜のことは誰にも話していない。
セラフィナにも、エドガーにも、教会にも。
第六層に巨大な人型兵装があることも、白夜という名前も、私の血がその中を巡っていることも知られていない。
レムナについても同じだった。
外の人間が知っているのは、奈落地下のどこかから《レムナ》という艦艇識別信号が一度だけ観測されたことだけ。
《奈落の姫》がどこに住み、患者をどこへ連れていくのかは、誰も知らない。
二つを結びつける証拠はなかった。
少なくとも、今は。
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七日目の夕方、銀色の接触印が光った。
《送信者――セラフィナ・レイヴェル》
《対話要請》
待機区画へ移動し、通信を承認する。
壁にセラフィナの姿が映った。
左脚の固定具は外れているが、まだ杖を使っている。腹部にも薄い帯が巻かれていた。
『救命転送網に異常はないか』
「ない。二人来て、治して帰した」
『身体の状態は』
「普通」
『なら本題に入る』
セラフィナの隣へ、新しい映像が開いた。
白髪の混じった暗い金髪。
四十代ほどの痩せた女性で、濃紺の外套の胸元には見慣れない銀色の紋章が留められている。
女性は私の赤い目を見ても、驚いた様子を見せなかった。
『王立古代遺物院所属、第一調査官のイレーナ・ヴァルツです』
「王国の人?」
『はい。先日、奈落地下から検出された古代信号について調査しています』
「レムナのこと?」
『名称をご存じなのですね』
「セラフィナから聞いた」
セラフィナは否定しなかった。
実際、信号を観測したという連絡を受けた時に名前も聞いている。
『では、改めて伺います。奈落地下から《レムナ》という艦艇識別信号が発信されました。何か心当たりはありますか』
「ない」
短く答えた。
本当は、その中で暮らしている。
第七層を直し、第六層へ通い、白夜へ毎日血を渡している。
それでも言わなかった。
患者を治すことと、自分の家を教えることは別だった。
『信号の推定発信地域は、あなたが活動している奈落周辺と重なっています』
「奈落は広い」
『あなたの治療拠点も、奈落地下に存在するのではありませんか』
「場所は教えない」
『《レムナ》と関係があるかどうかも?』
「知らない」
イレーナは私の顔をしばらく見つめた。
嘘を見抜こうとしているのかもしれない。
「場所を探るなら、もう話さない」
『そのつもりはありません』
「前は何回も照会してきた」
『その件について、先に謝罪します』
イレーナが姿勢を正した。
『私の指示により、古代観測塔から艦籍照会を送信しました。ただし、照会項目に正確な位置情報と管理者情報が含まれていることを、事前に確認できていませんでした』
「知らなかった?」
『応答する古代艦が発見された前例がありません。残存記録に従って照会手順を再現した結果です』
「返事しなかったら、何回も来た」
『自動再送機能によるものです。現在は停止させました』
セラフィナが続ける。
『中継設備が停止していることは、教会側でも確認した』
「もう使わない?」
『あなたの同意を得ず、《レムナ》へ艦籍照会を送ることはしません』
「位置を探る術式も」
『使いません』
「座標を固定するものも」
僅かな間があった。
『持ち込みません。使用もしないと約束します』
「なら話は聞く」
イレーナが手元の記録板を操作する。
壁へ、欠けた黒い石板の映像が現れた。
表面には細い古代文字が並んでいる。
私には読めなかったが、レムナの管理機能が文字を認識し、視界へ翻訳を表示した。
《外部古代文字を認識》
《復元可能部分を翻訳します》
《レムナは白き夜を収め》
《終わりの空へ向かった》
白き夜。
第六層に膝をつく白い巨体が浮かんだ。
名称も、そのままだった。
白夜。
けれど、顔には出さなかった。
『この一文に心当たりはありますか』
「ない」
『“白き夜”が何を示すかも?』
「分からない」
イレーナは視線を石板へ戻した。
『この記録は、約六百年前に滅びた都市の地下から発見されました。《レムナ》の艦種、所属、建造年代については何も残っていません』
「王国にも分からない?」
『船の名前だった可能性が高いというだけです。今回の信号で、初めて実在した艦名だと確認されました』
『私たちが確認したいのは、《レムナ》が現在も活動可能かどうか。そして、奈落周辺の住民へ危険を与える可能性があるかどうかです』
「知らない」
『すべて同じ答えですね』
「知らないものは知らない」
レムナが動けないことは知っている。
主機関も推進機関も停止し、艦体すべてが地中へ埋まっている。
それを伝えれば、内部情報を知っていると認めることになる。
何も渡さない。
『王国内には、正体不明の古代艦を国が管理すべきだと考える者もいます』
「見つけたら取る?」
『そう主張する者はいるでしょう』
「イレーナは?」
『私は、まず実態を確認すべきだと考えています。何も分からないまま軍を送れば、取り返しのつかないことになる』
「管理者がいたら?」
『対話します』
「嫌だって言われたら?」
『危険が確認されない限り、強制的な接触には反対します』
完全に信用はできない。
それでも、話す相手にはなりそうだった。
『通信越しでは判断できないことがあります。直接お会いできませんか』
「私の家には入れない」
『伺うつもりはありません』
イレーナが奈落周辺の地図を表示した。
北西部に、小さな印がついている。
『艦艇信号を受信した古代観測塔です。すでに中継設備の主制御部は停止させました。あなたが望むなら、目の前で制御核を取り外します』
「何人いる?」
『私を含め四人です。技術者一名と護衛二名』
「武器は?」
『護衛は携帯します。奈落周辺を非武装で移動することはできません』
「私に向けたら止める」
『構いません』
「位置を探るものは持ってこない」
『約束します』
「レムナへの照会もしない」
『行いません』
「なら行く」
セラフィナがこちらを見る。
『本当に会うのか』
「家の近くで何するか、聞く」
『危険だと判断したら、すぐに戻れ』
「一回は警告する」
『今回は警告せず戻っても構わない』
「分かった」
『明日、日の出から日没まで観測塔で待ちます』
通信が切れる。
待機区画へ静けさが戻った。
壁には、古代石板の一文だけが残っている。
《レムナは白き夜を収め》
《終わりの空へ向かった》
「知ってるけど、言わない」
表示を閉じ、現地へ持っていくものを影蔵へ入れた。
水。
食料。
止血材。
薬。
清浄布。
救命転送網の状態も確認する。
《現在の受入患者数――0》
《救難対象候補――0》
《現地派遣可能時間――24時間》
《派遣地点候補》
《奈落北西部・旧古代観測塔》
《位置追跡術式――検出なし》
《外部座標固定術式――検出なし》
《艦籍照会信号――検出なし》
今のところ、イレーナは約束を守っている。
その夜、第六層へ向かい、白夜へ十二ミリリットルの血を渡した。
白い装甲の内側で、赤い線が一度だけ光る。
「明日、王国の人に会う」
白夜は動かない。
「レムナのこと、知らないって言った」
巨大な脚へ手を触れる。
「白夜のことも言わない」
血液感知の中で、巨大な循環がゆっくりと脈打った。
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翌朝、治療室の受入準備を整えてから、現地派遣を起動した。
《現地派遣対象地点》
《奈落北西部・旧古代観測塔》
《最大活動可能時間――24時間》
《転送を開始します》
床の感触が消える。
次に足が触れたのは、冷たい石だった。
奈落北西部の空は曇っていた。
崩れかけた石造りの塔が、森と岩山の境に立っている。上半分は失われ、黒い石壁だけが歪んだ形で残っていた。
周囲に四人の生命反応がある。
塔の前に立っていたイレーナが、転送の光に気づいて顔を上げた。
その後ろには、小柄な男性の技術者と、王国の装備を着けた護衛が二人いる。
全員が武器を携帯していたが、手は柄から離れている。
「エルセリアさんですね」
通信の時とは違い、イレーナの声には僅かな緊張が混じっていた。
「うん」
護衛二人の視線が、私の赤い目と背中を行き来する。
翼は出していない。
血も影も使っていない。
それでも、奈落の姫という噂を知っているのだと思う。
「約束したもの、持ってない?」
「荷物を確認していただいて構いません」
イレーナが調査隊の荷物を地面へ並べさせる。
食料。
水。
野営道具。
古代設備を調べるための器具。
魔物避け。
治療用品。
位置追跡術式や外部座標を固定する反応は見つからなかった。
「今はない」
「到着後に追加した物もありません」
「塔の中は?」
「照会設備を停止したままです。先にご確認ください」
イレーナに案内され、崩れた塔の内部へ入る。
一階部分の中央には、床から生えたような黒い円柱があった。
レムナへ艦籍照会を送った装置らしい。
表面には細い文字が並んでいるが、光は完全に消えていた。
技術者が円柱の下部を開く。
「こちらが主制御核です。現在は接続を切っています」
中から、掌より少し大きい黒い結晶体が現れた。
イレーナがそれを受け取り、私へ見せる。
「これを取り外せば、この観測塔から通常の艦籍照会を送ることはできません」
「別の方法は?」
「地下に補助系統が残っている可能性はありますが、私たちが把握している限り、単独で送信する機能はありません」
「分からないものがある?」
「六百年以上前の設備です。すべてを保証することはできません」
正直ではあった。
イレーナは制御核を円柱から完全に抜き、保護箱へ収納した。
「これで、少なくとも私たちが使った照会機能は停止しました」
「別の塔からは?」
「私の権限で止めます。ただし、王国全体が従うとは断言できません」
「教会と同じ」
「組織とは、そういうものです」
塔の奥には小さな机が置かれていた。
イレーナが古代石板の写しと、信号の観測記録を広げる。
「直接会いたかった理由は、あなたの活動地域が信号の推定範囲と重なっているからです」
「偶然かもしれない」
「その可能性もあります」
「私を追えばレムナが見つかると思ってる?」
「そう考える者はいます」
「イレーナは?」
「あなたが関係している可能性は疑っています」
隠さなかった。
「でも、追わない?」
「今のところは」
「今のところ」
「あなたが奈落周辺の住民へ危害を加えているという報告はありません。むしろ、救われたという報告ばかりです」
「なら放っておいて」
「レムナが治療設備だけなら、それでもいいでしょう」
白夜の姿が頭へ浮かぶ。
表情には出さない。
「兵器だったら?」
「危険性を確認する必要があります」
「奪う?」
「私は反対します。ただし、王国が同じ判断をするとは約束できません」
「やっぱり教えない」
「予想していました」
イレーナは怒らなかった。
「それでも、今日は会っていただけた。少なくとも、会話を拒絶しているわけではないと分かりました」
「勝手に探さなければ話す」
「その条件は理解しています」
「破ったら、もう会わない」
「承知しました」
話せる相手ではある。
味方ではない。
そのくらいが今はよかった。
「石板の実物は?」
「王都の古代遺物院で保管しています。持ち出すことはできませんが、写しならお渡しできます」
「いらない」
レムナの中で翻訳できるなら役立つかもしれない。
けれど、写しを受け取れば、私がレムナへ関心を持っていると判断される。
今は何も持ち帰らない方がいい。
「そうですか」
イレーナが記録を片づけようとした時、塔の地下から低い音が響いた。
石の床が僅かに震える。
技術者が円柱へ振り向いた。
「主制御核は外したはずです」
黒い円柱の表面に、一本の青白い線が灯った。
《古代設備の起動反応を検出》
レムナの表示が視界へ開く。
《外部通信規格を照合》
《艦籍照会系統とは異なる信号です》
「何が動いたの?」
イレーナには表示が見えていない。
「分からない。地下」
技術者が床へ器具を当てる。
「補助動力路に反応があります。ですが、この塔の地下設備は停止していたはずです」
石の隙間から青い光が漏れる。
直後、地下で何かが破裂した。
床が大きく持ち上がり、中央から割れる。
「下がって!」
血糸を伸ばす。
イレーナの腰へ巻きつけ、こちらへ引く。
技術者と護衛の一人が崩れた床へ落ちる。
もう一人の護衛が手を伸ばしたが、足元の石まで崩れた。
影を広げ、落下する瓦礫の下へ入り込ませる。
すべては止められない。
血糸を二人へ伸ばし、身体へ巻きつける。
重い。
瓦礫と一緒に落ちた護衛の胸には、折れた金属材が突き刺さっていた。
技術者も左腕が不自然に曲がり、頭部から血を流している。
「引く」
血糸を縮める。
二人を崩れた床の縁まで引き上げる途中、塔の壁がさらに軋んだ。
イレーナの足元へ石柱の一部が倒れる。
避けきれず、右脚が瓦礫の下へ挟まった。
「イレーナ!」
残った護衛が駆け寄る。
「私は後です。二人を!」
「話はあと。怪我してる人から」
影で天井の崩落を押さえ、血糸で二人を安全な場所へ引き上げる。
護衛の胸に刺さった金属材は、右肺を貫いていた。
抜けば出血が増える。
そのまま周囲の服を切り、傷口と内部の血管を確認する。
「動かないで」
意識があるのかも分からない。
血液操作で出血を押さえ、金属材の周囲へ細い血糸を通す。
破れた肺。
損傷した肋間血管。
胸腔へ溜まり始めた血。
先に血管を閉じる。
呼吸を保ちながら金属材をゆっくり抜き、裂けた肺を閉じた。
《対象の急速出血を抑制》
《呼吸状態――改善》
次に技術者。
頭部の傷は深くない。
左前腕が二箇所で折れているが、血管と神経は切れていなかった。
頭部を止血し、骨を正しい位置へ戻して固定する。
最後にイレーナの脚を挟む瓦礫を血糸で持ち上げた。
残った護衛が彼女の身体を引き出す。
右脛が裂け、骨にも亀裂が入っている。
「座って」
「二人は?」
「生きてる」
「そうではなく、状態は」
「今は死なない」
それを聞いて、イレーナはようやく壁へ背中を預けた。
脚の傷を洗い、出血している血管を閉じる。
骨の亀裂を固定し、皮膚を縫合した。
「あなたは、私たちを疑っていたはずです」
「疑ってる」
「それでも治療するのですか」
「今は患者」
イレーナが何か言おうとして、やめた。
三人の状態をもう一度確認する。
《対象三名の生命危険状態を解除》
《継続的な安静および経過観察を推奨します》
「今日は帰った方がいい」
残った護衛が頷き、負傷した仲間を運ぶ準備を始める。
その時、崩れた地下から規則的な明滅が見えた。
青白い光とは違う。
淡い黄色の光が、短い間隔で点滅している。
《未承認外部信号を検出》
足を止める。
《信号種別――座標固定》
《対象座標の取得を試行中》
「位置固定?」
イレーナが顔を上げた。
「何ですか」
「誰かが場所を探ってる」
「塔の設備ですか?」
技術者が首を振る。
「主制御核は取り外しました。補助系統にも、座標固定機能は記録されていません」
信号の方向を探る。
地下ではない。
調査隊が外から持ち込んだ荷物の中。
血糸を伸ばし、崩れた机の脇に落ちていた革袋を持ち上げる。
中身を床へ出す。
水。
保存食。
予備の包帯。
小さな金属杭。
掌ほどの長さしかない。
表面には、塔の設備と同じ古代文字が刻まれている。
《未登録座標固定術式》
《外部座標への接続を試行中》
《対象――取得不能》
《再試行まで――十八秒》
血糸で金属杭を包み込み、魔力の流れを遮断する。
点滅が止まった。
「持ってこないって約束した」
イレーナの顔から血の気が引いた。
「私は許可していません」
「でも、ここにある」
「その袋は誰のものです」
残った護衛が答えない。
負傷して横たわる護衛も、目を閉じたままだった。
技術者は座標杭を見て、本気で困惑している。
イレーナの視線が、立っている護衛へ向いた。
「ローデン」
呼ばれた護衛がゆっくりと目を伏せた。
「答えなさい」
男の右手が僅かに動く。
剣へ伸びたわけではない。
胸元の王国紋章へ触れ、そのまま拳を握った。
「遺物院の命令ではありません」
「誰の命令です」
男は私を見た。
敵意よりも、覚悟に近いものがあった。
「王国軍参謀局です」
塔の中へ、短い沈黙が落ちる。
「レムナの位置を確定しろと命じられました」
血糸に包まれた座標杭が、もう一度だけ弱く光った。
《接続失敗》
《対象座標――取得不能》
家の位置は、まだ知られていない。
けれど、王国はすでに、話し合いだけで終わらせるつもりではなかった。




