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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第四部《奈落艦レムナ》

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第三話 《白夜の血》

第七層へ戻ってからも、白夜の状態表示は消えなかった。


《第一機動決戦兵装・白夜》


《機体維持機能――停止》


《生体兵装循環系統――機能低下》


《構造劣化――進行中》


昨日までは、第六層から届く信号が何を意味しているのか分からなかった。


今は違う。


あれは助けを求める声ではない。


壊れ続けている自分の状態を、残っている機能で繰り返し送っていただけだった。


「直し方を教えて」


《機体維持機能の復旧条件を検索します》


第六層の簡易図が表示され、格納庫を囲む三つの設備が明るくなる。


《第六主層環境維持機能》


《生体兵装循環液製造設備》


《生体兵装循環制御設備》


その横へ、白夜の機体図が開いた。


大半は黒く欠けているが、胸部を中心として全身へ無数の管路が伸びていることは分かる。


頭部。


両腕。


背部。


腰部。


両脚。


人間の血管によく似ていた。


「白夜にも血があるの?」


《生体兵装循環液は、血液に類似した機能を有します》


《魔力、熱、制御情報および生体組織維持成分を機体各部へ供給します》


「機械じゃない?」


《第一機動決戦兵装・白夜は、機械構造および生体構造を複合した兵装です》


《詳細構造情報は欠損しています》


白夜の左肩から露出していたものを思い出す。


太い管。


金属の骨格。


その間に挟まっていた、筋肉のような黒い組織。


壊れた機械にしては、生き物に近すぎた。


「循環液を入れれば直る?」


《残存循環液を照合します》


《格納庫内備蓄――劣化》


《循環液製造設備――停止》


《機体内部残存量――必要量の18.6%》


《主要循環路三十二箇所に断裂を確認》


足りない。


残っているものも使える状態ではない。


「新しく作れない?」


《製造設備の復旧には、第五主層からの専用材料供給が必要です》


《第五主層――応答なし》


今は第六層より上へ行くこともできない。


製造設備だけ直しても、材料がなければ循環液を作れない。


「ほかのもので代わりにできる?」


《代替循環媒体を検索します》


長い間、表示が動かなかった。


《現在、適合可能な代替媒体は確認できません》


「じゃあ、どうするの」


《残存循環液を回収し、循環圧を限定的に再確立してください》


《急速な劣化を停止できる可能性があります》


完全に直すことはできない。


それでも、白夜の中に残っているものを集めて流し直せば、壊れる速度を止められるかもしれない。


「やる」


《第六主層への移動を確認します》


《推奨作業個体》


《炉工守》


《管路守》


《架工守》


《搬工守》


四体を呼び、必要な部品を集める。


第七層と第六層の昇降路はまだ停止しているため、前回と同じ連絡通路を使うことになる。


ただし今回は、白夜の肩まで上がるための足場が必要だった。


架工守が持ち込める金属材だけでは足りない。


第六層の格納庫に残っている整備足場を再利用し、壊れた部分だけを補う必要がある。


私は水と食料、照明具を影蔵へ入れた。


血液量も確認する。


《マスターユーザー血液量――正常》


《再生機能――正常》


《連続活動可能時間――基準値以上》


「行こう」


作業個体を連れ、第六層へ向かった。


---


格納庫に入ると、白夜の周囲へ最低限の整備灯が点いた。


前回来た時よりも暗い。


通信を復旧したことで白夜の状態を詳しく取得できるようになった代わりに、残っていた維持電力がさらに低下しているらしい。


《第六主層環境維持機能――停止》


《格納庫内温度――基準値以下》


《生体構造凍結損傷――進行》


《湿度制御――停止》


《機体表面腐食――進行》


「先に部屋から直す」


白夜そのものへ触れる前に、格納庫の環境を安定させる。


管路守が壁沿いの管を調べ、炉工守が停止した環境維持装置へ入る動力を確認した。


装置は完全に壊れてはいない。


主電源を失い、制御器の一部が焼けたことで停止しているだけだった。


第七層から持ってきた小型蓄積器を接続し、最低限の制御だけを戻す。


《第六主層環境維持機能》


《限定再起動》


《格納庫内温度の調整を開始》


《湿度制御――部分復旧》


《急速な腐食および凍結損傷を抑制します》


格納庫に流れていた冷たい空気が、少しずつ変わった。


白夜の装甲に付着していた霜が溶け、白い表面を細い水滴が流れていく。


「次は循環」


白夜の左肩へ向かって、架工守が古い整備足場をつなぎ直す。


巨大な機体の足元から肩まで、真っ直ぐ上がれる構造ではない。


足首を回り、腰部の外装へ沿い、背部の壊れた足場を渡っていく。


私だけなら飛べるが、交換部品と作業個体を運ぶには足場がいる。


架工守が固定した場所へ血糸を重ね、崩れた時にも落ちないよう補強する。


白夜の腰まで上がった頃には、格納庫の床が遠くなっていた。


白い装甲の一枚だけでも、家の壁より大きい。


表面には戦闘で焼けたような黒い跡が残り、深い亀裂から内部構造が見えている。


左肩へ着くと、損傷の大きさがよく分かった。


装甲の一部が完全に失われている。


内部から露出した骨格の周囲には、黒ずんだ赤い組織が張りついていた。


それを縫うように、何本もの循環管が通っている。


細いものでも私の腕ほどある。


太いものは人間の胴より大きかった。


断裂した先端から、暗い赤色の液体が僅かに滲んでいる。


血液感知を広げる。


人間の血ではない。


魔物の血とも違う。


それでも、液体の中には微弱な魔力と、組織を維持するための流れが残っていた。


「まだ生きてる」


《残存生体組織の活動を確認》


《循環停止により、活動率は低下しています》


白夜は意識を持っているわけではない。


少なくとも、今の情報からは分からない。


けれど、内部の一部はまだ死んでいなかった。


管路守が断裂した管を調べる。


《主要循環路六番》


《完全断裂》


《接続用部品の規格不一致》


持ってきた部品では大きさが足りない。


「周りの管は使える?」


《補助循環路十九番を転用可能です》


《ただし、左腕部への循環量が低下します》


「今は動かさないから、それでいい」


管路守が補助循環路を取り外す。


搬工守が管を支え、架工守が新しい固定具を設置する。


私は血糸を断裂部へ入り込ませ、内部に残った循環液を引き寄せた。


液体は重く、反応が鈍い。


血液操作の対象にはできる。


しかし、人間の血を動かす時のようには従わなかった。


流れそのものが崩れている。


内部に沈殿物が増え、魔力を伝える力もほとんど失われていた。


「固まってる」


《循環液劣化率――76.4%》


《現状のままでは安定した再循環は困難です》


それでも、残っているものを集めるしかない。


血糸を何十本にも分け、離れた管路に残る液体を一箇所へ集めていく。


管路守が仮設管を接続した。


《主要循環路六番――仮接続》


《循環制御設備から低圧送液を開始します》


白夜の奥から、低い振動が伝わってきた。


古い循環液がゆっくり動き始める。


最初の管を通過し、胸部から左肩へ届く。


仮設管が赤黒く満たされた。


「流れてる」


《生体循環圧――3.1%》


《必要最低循環圧に達していません》


「ほかもつなぐ」


二本目。


三本目。


切れている管を確認し、使えるものを転用する。


白夜全体に三十二箇所ある断裂のすべてを、今ここで直すことはできない。


生命維持に近い主要経路だけを優先する。


胸部。


頭部。


背部の中枢。


両脚の基部。


機体を動かすためではなく、生体組織を死なせないための流れだった。


五本目を接続したところで、白夜の内部から大きな音がした。


金属が折れた音とは違う。


太い管が内側から裂けるような、湿った破裂音だった。


足元の装甲の隙間から、赤黒い液体が噴き上がる。


「止めて!」


血液操作を広げ、流れ出した循環液を空中で受け止める。


管路守が送液を停止しようとする。


しかし、循環制御設備側の弁が閉じない。


《主要循環路二番――破裂》


《循環制御弁――応答なし》


《生体循環圧――急速低下》


《2.4%》


《1.2%》


《機体生体組織の壊死進行を確認》


《保存限界まで――推定十一分二十六秒》


流れ出した循環液を管へ戻す。


けれど、戻しても圧力が保てない。


劣化した液体そのものが、流れを作れなくなっていた。


「別の管をつないで」


管路守と搬工守が動く。


破裂した場所は装甲のさらに奥にある。


新しい管を運び込むまでに時間がかかる。


架工守の足場も、内部までは伸びていない。


《保存限界まで――九分五十八秒》


「残ってる液を全部集めたら?」


《量的には不足しています》


「水や薬は?」


《循環媒体として不適合》


「魔物の血」


《生体構造拒絶反応が予測されます》


「私の血は?」


表示が止まった。


《代替循環媒体を検索します》


《生体鍵候補を検出》


《個体名――エルセリア》


《血液因子を照合》


《適合率――測定上限超過》


《代替循環媒体として使用可能です》


「使える?」


《肯定》


《生体循環系統の再起動に、対象血液の供給を要求します》


「どれくらい」


《推奨初期供給量――二千四百ミリリットル》


多い。


人間なら、失えば死ぬかもしれない量だった。


私には再生能力がある。


それでも一度に失えば、何も起きないわけではない。


「少なくできない?」


《供給量を低下させた場合、循環系統再起動の成功率が低下します》


《現在の推定成功率》


《二千四百ミリリットル供給時――72%》


《千二百ミリリットル供給時――31%》


《六百ミリリットル供給時――8%》


《保存限界まで――八分四十一秒》


迷っている時間も減っていく。


白夜を動かしたいわけではない。


何のために作られたのかも分からない。


私とどういう関係があるのかも知らない。


それでも、ここまで来て、目の前で壊れるのを見ているだけにはしたくなかった。


「入れる場所は?」


白夜の左肩にある整備用の接続口が点灯する。


《緊急循環媒体注入口》


《生体鍵血液を接続してください》


私は左手首へ右手の爪を立てた。


皮膚を切る。


赤い血が流れ出す前に血液操作で浮かせ、注入口まで一本の太い血糸としてつなげた。


「二千四百だけ」


《供給量を監視します》


血を流す。


最初は何も起きなかった。


私の血が白夜の内部へ入り、劣化した循環液と混ざる。


暗く濁っていた液体へ、赤い色が広がった。


《代替循環媒体を受入》


《生体鍵血液を基準媒体として仮登録》


《残存循環液の再活性化を開始》


白夜の白い装甲に、細い赤い線が浮かんだ。


私が触れている左肩から胸部へ。


胸部から首へ。


背中から右腕へ。


眠っていた血管へ血が戻るように、赤い光が少しずつ広がっていく。


《供給量――四百ミリリットル》


《八百ミリリットル》


《千二百ミリリットル》


身体から血が抜ける感覚は、傷ついた時とは違った。


痛みは少ない。


代わりに、指先から温度が失われていく。


心臓の動きが強くなり、足元が少し揺れた。


「まだ平気」


《供給を継続します》


血液操作で白夜の内部を探る。


私の血が入った場所だけ、残っていた循環液が僅かに反応を取り戻していた。


沈んでいた魔力が浮かび、止まっていた流れが動き始める。


人間の身体と比べれば大きすぎる。


それでも、流れの形は似ていた。


胸部に中枢がある。


そこから各部へ送り、戻ってきたものを再び巡らせる。


「大きいだけで、同じ」


《供給量――千六百ミリリットル》


《二千ミリリットル》


視界の端が暗くなる。


足に力が入りにくい。


血糸を足場へ巻き、身体が倒れないように固定した。


《マスターユーザー血液量――警戒域》


《供給継続は推奨されません》


「必要なのは二千四百」


《肯定》


「なら続ける」


《供給量――二千四百ミリリットル》


血の流れを止める。


切った手首の傷を再生させ、注入口へつないだ血糸だけを残した。


「終わった?」


《生体循環系統の再起動を試行します》


《循環圧――1.4%》


《2.7%》


《4.1%》


白夜の内部から、低い音が響いた。


一度。


長い間を空け、もう一度。


巨大な心臓の鼓動に似ている。


しかし、表示は安定しなかった。


《主要循環路二番――流量不足》


《中枢生体組織への供給量が基準値へ達していません》


《再起動停止まで――三分四十七秒》


「足りない?」


《追加供給を要求します》


「どれくらい」


《推定六百ミリリットル》


もう二千四百流している。


さらに六百。


合計三千。


立っているだけでも苦しくなり始めていた。


「ほかの方法は?」


《現時点では確認できません》


《再起動停止後、機体生体組織の壊死が再開します》


白夜の頭部へ続く赤い線が、途中で点滅している。


ここで止めれば、今まで流した血も無駄になるかもしれない。


私はもう一度、左手首を切った。


「六百だけ」


《追加供給を開始します》


血糸を注入口へつなぎ直す。


今度は、最初から身体が重かった。


百。


二百。


赤い線が頭部まで伸びる。


三百。


四百。


白夜の胸部から聞こえる音が少しずつ強くなる。


五百。


膝から力が抜けた。


足場へ片膝をつき、右手で白夜の装甲を支える。


《マスターユーザー血液量――危険域接近》


《供給停止を推奨します》


「あと百」


《供給継続》


《追加供給量――六百ミリリットル》


「止めて」


血の流れが切れる。


傷口を閉じた瞬間、身体が横へ傾いた。


血糸で支えなければ、そのまま足場へ倒れていた。


冷たい白夜の装甲へ背中を預け、座り込む。


《生体循環圧――5.8%》


《7.4%》


《9.1%》


《主要循環路二番――流量確立》


《中枢生体組織への供給を確認》


《機体生体組織の壊死進行――停止》


白夜の全身を走っていた赤い線が、一度強く光った。


頭部の奥にも青白い光が灯る。


前回のようにすぐには消えない。


暗い格納庫の中で、白夜の顔が僅かに照らされた。


閉じていると思っていた頭部の一部が、細い光を帯びている。


《第一機動決戦兵装・白夜》


《生体兵装循環系統――限定再起動》


《生体鍵血液による循環基準を確立》


《登録血統――エルセリア》


《機体構造劣化の進行――停止》


《緊急起動準備率――12%》


《主動力供給――なし》


《戦闘起動――不能》


動かない。


指も、頭部も、前のようには反応しなかった。


ただ、白夜の内部では、ゆっくりと循環音が続いている。


私の心臓よりずっと遅い。


格納庫全体へ響くほど大きい。


「これからも血がいる?」


《現在の循環基準を維持するため、微量の定期供給を推奨します》


《必要量――現在の出力では一日あたり推定十二ミリリットル》


それなら問題ない。


「戦う時は?」


《戦闘起動時の必要血液量――算出不能》


「いっぱい?」


《主動力状態、機体損傷率および起動兵装数により変動します》


少なくはないのだと思う。


今は動かすつもりもない。


起動する理由もない。


「今日は、壊れなければいい」


《現在の供給状態が維持される限り、急速な構造劣化は発生しません》


「よかった」


立とうとしたが、足へ力が入らなかった。


血液量が戻るまで、このまま休むしかない。


影蔵から水と食料を出す。


水を飲み、携帯用に用意していた肉を食べる。


再生を早めるためには、もっと栄養がいる。


格納庫の床まで降りるのも、今は危ない。


作業個体へ残りの修復を任せる。


管路守が破裂した循環管を交換し、搬工守が漏れた古い循環液を集める。架工守は私のいる足場を補強し、炉工守が循環制御設備への供給を安定させていた。


私は白夜の装甲へ手を触れた。


血液感知を広げる。


今まで何も返さなかった巨大な機体の奥から、弱い流れが返ってくる。


私の血。


再び動き始めた循環液。


生きた組織へ送られる魔力。


それらが白夜の内部をゆっくりと巡っていた。


「私の血、流れてる」


《生体鍵血液を基準媒体として循環しています》


「返してって言ったら返せる?」


《現時点で回収した場合、循環機能が停止します》


「じゃあ、置いておく」


患者へ使った血とは違う。


白夜から取り戻せば、白夜がまた壊れ始める。


それなら、ここに残した方がいい。


白夜が何なのかは分からない。


何と戦うために作られたのかも知らない。


私が本当に操縦者なのか、生体鍵でしかないのかも分からなかった。


けれど、白夜の中には私の血が流れている。


完全に無関係なものではなくなった。


頭部の光が、ゆっくりと消えていく。


循環音だけは残った。


私は白い装甲へ身体を預け、血液量が戻るのを待った。


白夜を起こしたわけではない。


ただ、止まりかけていた血の代わりに、私の血を流した。


白い巨体の奥で、私とは別の巨大な循環が、ゆっくりと動き始めていた。


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