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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第四部《奈落艦レムナ》

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第二話 《生体兵装》

翌朝、私は治療室の壁へ艦内情報を表示させた。


《終末対処戦略兵装運用母艦》


《艦名――レムナ》


《現在の管理権限――第七主層管理者》


表示される文字は、昨日と変わらない。


けれど、レムナが一隻の船だと知ったあとでは、第七層の景色も少し違って見えた。


壁だと思っていたものが、本来どの方向を向いていたのか。


床の下には何があるのか。


重力軸安定機構が止まれば、処置台や薬品棚がどちらへ落ちるのか。


考え始めると落ち着かない。


それ以上に気になっている言葉があった。


《第七主層》


《生体兵装維持・広域救難医療区画》


「生体兵装って、何」


昨日は上位管理情報が欠損していると返された。


艦内統合管理系統へ接続した今なら、少しは分かるかもしれない。


《用語情報を検索します》


《生体兵装》


《生体組織、生体因子、血統因子、または生体鍵を中核として運用される兵装区分》


《通常の機械兵装とは異なる維持、修復および適合管理を必要とします》


「生き物を武器にするの?」


《質問に対する完全な回答情報が不足しています》


「人間も?」


《生体兵装の対象種別情報は制限されています》


答えになっていない。


けれど、生体兵装が単なる治療対象の呼び方ではないことは分かった。


第七層は患者を治すためだけの場所ではない。


兵装として登録された何かを、生きた状態で維持し、壊れた時には直すための区画でもある。


私が目覚めた石棺のような設備を思い出す。


身体の状態を調べ、血統を判定し、技能まで表示した場所。


「私と関係ある?」


少し長い間が空いた。


《マスターユーザー個体情報を検索します》


《登録情報――破損》


《製造記録――参照不能》


《搬入記録――参照不能》


《生体兵装登録情報――権限不足》


表示が止まる。


否定はされなかった。


「あるの?」


《現在の権限では回答できません》


「私が生体兵装?」


《現在の権限では回答できません》


同じ返事だった。


私が何者なのかは、まだ分からない。


けれど、情報そのものが存在しないのではなく、見る権限がない。


それは少しだけ前進していた。


「どこなら分かる?」


《生体兵装関連情報を検索します》


全体図のうち、二つの主層が点滅する。


《第五主層――応答なし》


《第六主層――断続信号を検出》


《第七主層との通信損傷により詳細取得不能》


第五層には、生体兵装に関する記録がある。


けれど、今は第六層より上へ安全に入る方法がない。


第六層から届いている断続信号なら、主層間通信を直せば調べられる。


「あの白いのから?」


《発信源の詳細座標を取得できません》


《第六主層内部からの信号であることのみ確認できます》


信号は、昨日と同じ間隔で続いていた。


弱くなる。


途切れる。


しばらくして、また同じ反応が届く。


呼んでいるようにも見える。


「先に通信を直す」


《復旧作業の開始を確認します》


《広域緊急救命転送網への影響を計算します》


《作業中、一時的な出力制限が必要です》


《新規現地派遣を停止》


《緊急収容機能は維持可能》


「収容は止めない」


《指示を反映します》


救命転送網を完全に止める必要はない。


ただし、大人数の収容や現地派遣はできなくなる。


作業中に重篤患者が来た場合は、すぐ第七層へ戻る。


治療の方が優先だった。


炉工守、管路守、搬工守、架工守を呼ぶ。


四体は治療室の入口へ集まり、必要な工具と部品を積み始めた。


架工守には、まだ八パーセントの損傷が残っている。


連続稼働できるのは四時間。


通信区画までの移動と足場の構築を考えると、余裕は少なかった。


私は影蔵へ水と食料、照明具、交換用の管を入れる。


血液量も確認した。


修復作業で血を多く使う予定はないが、崩落や重力異常が起きた場合は、血糸で作業個体を支える必要がある。


準備を終え、治療室の奥にある管理通路へ入った。


---


主層間通信区画は、第七層の外縁に近い場所にあった。


これまで使っていた医療区画からは遠く、途中には照明の消えた通路がいくつも続いている。


艦内図が復旧したことで道に迷うことはない。


それでも、図と実際の通路が一致しない場所があった。


崩れた壁。


押し潰された扉。


床から突き出した太い管。


墜落した時の衝撃が、そのまま残っている。


《前方通路に構造損傷》


《迂回経路――取得不能》


「通れるようにする」


架工守が前へ出る。


壊れた床の縁へ固定具を打ち込み、折り畳まれた金属材を伸ばしていく。細い足場が、崩れた区間の向こう側へ少しずつ渡された。


私だけなら飛べる。


けれど、作業個体と部品を運ぶには足場が必要だった。


架工守の動きが遅い。


損傷した脚部が、金属材を固定するたびに僅かに震えている。


「無理しないで」


返事はない。


それでも、稼働限界へ近づくと自動的に動きを止めるよう設定してある。


完成した足場を、搬工守が最初に渡った。


大量の部品を載せた身体が中央へ到達すると、金属材が低く軋む。


血糸を伸ばし、搬工守と足場の両方へ絡めた。


「ゆっくり」


作業個体は一定の速度で進み、向こう側へ到達する。


残りの三体も渡らせ、最後に私が続いた。


通信区画へ着いた時には、移動を始めてから一時間以上が過ぎていた。


扉は半分だけ開いている。


隙間から中へ入ると、壁一面に細い管と黒い板が並んでいた。


そのほとんどが割れ、焦げ、床へ落ちている。


中央には、二本の太い柱が立っていた。


片方は第七層。


もう片方は上層との通信を管理するものらしい。


《主層間通信中継器》


《損傷率――63%》


《第六主層側回線――断線》


《第七主層側制御器――部分稼働》


「全部直す必要ある?」


《第六主層との限定通信復旧には、主要回線二本の接続が必要です》


《完全復旧には上位主層側からの作業が必要です》


今できるのは、第六層までの通信だけ。


それで十分だった。


「始めて」


管路守が床へ這う管を調べ、炉工守が動力の流れを確認する。


搬工守は壊れた部品を取り外し、新しい管を運んだ。


架工守は中継器の上部へ届く足場を組み始める。


私は表示される損傷箇所を確認し、必要な部品を指示する。


最初の一本は、比較的簡単につながった。


焦げた部分を切り離し、新しい管へ交換する。


固定具を締め、炉工守が僅かな動力を流した。


《第一主要回線――接続》


《通信容量――不足》


残る一本は、中継器の上部で完全に断裂していた。


しかも、周囲の足場が崩れ、管路の一部が壁の中へ引き込まれている。


架工守が足場を伸ばす。


私はその上へ乗り、血糸を壁の隙間へ差し込んだ。


奥にある断線箇所を探す。


細い線。


太い管。


動力を運ぶもの。


情報を運ぶもの。


似た形が何本も重なっている。


「どれ?」


《対象管路を表示します》


視界の中で一本だけが明るく示された。


壁の奥、三メートルほど先。


血糸を絡ませ、ゆっくりと引く。


途中で何かへ引っかかった。


力を強めると、壁の内部から金属が軋む。


「壊れる?」


《対象管路の追加損傷確率――18%》


「高い?」


《復旧作業として許容範囲外です》


引くのを止める。


架工守が足場から細い作業腕を伸ばすが、奥まで届かない。


壁を開く必要がある。


炉工守に確認させる。


内部に動力が残っていないことを確かめてから、血刃で壁の表面を切った。


一度に大きく開かず、管の位置を避けながら少しずつ剥がす。


暗い空間の奥に、折れ曲がった通信管が見えた。


搬工守から交換部品を受け取り、古い部分を外す。


新しい管をつなごうとした時、床が揺れた。


最初は、遠くで何かが崩れたのだと思った。


違った。


身体の重さが、僅かに横へ引かれている。


足場の上に置いてあった工具が滑り始めた。


《艦内重力軸安定機構――出力低下》


《主層間通信系統への一時供給に伴い、重力軸補正が不安定化》


「重力は減らさないって言った」


《緊急収容機能および生命維持機能を維持した結果、供給余力が不足しました》


足場が傾いたように感じる。


実際には足場が動いたのではない。


下の方向が、少しずつ壁へ移っている。


搬工守の身体が横へ滑った。


血糸を伸ばし、四体の作業個体と工具箱へ絡める。


「止まって」


作業個体の動作が一斉に停止する。


自分の足にも血糸を巻き、足場へ固定した。


壁に置かれていた部品が浮き上がり、横方向へ落ちる。


別の血糸で受け止める。


《艦内基準重力方向――十二度偏差》


《十七度》


《二十一度》


このままでは、治療室の寝台や薬品棚も滑る。


患者はいない。


それでも、設備が壊れれば次の救助へ影響する。


「通信への供給を止めて」


《復旧中の第二主要回線が再切断される可能性があります》


「重力が先」


《指示を受理しました》


中継器の光が消える。


横へ引く力が弱まり、少しずつ元の方向へ戻った。


《重力軸補正を再開》


《基準重力方向――正常化》


血糸で支えていた工具と作業個体を足場へ戻す。


「危なかった」


《艦内重力軸安定機構――限定稼働を継続》


《同時復旧作業時の動力不足を記録しました》


通信をつなぐために、重力を不安定にするわけにはいかない。


限られた動力を流す順番を変える必要がある。


炉工守に、中継器の内部へ残っている小型蓄積器を調べさせる。


完全に壊れているものが多い。


けれど、一基だけ僅かに反応していた。


《通信中継用局所蓄積器》


《蓄積率――3%》


《充電機能――限定稼働》


「ここへ少しずつ溜めれば?」


《局所蓄積後に通信回線へ供給することで、重力軸安定機構への影響を軽減できます》


時間はかかる。


それでも安全だった。


炉工守へ蓄積器の接続を任せる。


低い出力で充電し、その間に断線した管路を固定する。


架工守の残り稼働時間が一時間を切った。


動きを止め、足場だけを残させる。


ここから先は私と残り三体で進める。


局所蓄積器が必要量へ達したところで、二本の回線へ同時に動力を流した。


《第一主要回線――接続》


《第二主要回線――接続》


《第七主層―第六主層間通信系統》


《限定復旧を開始します》


中継器の黒い板へ、淡い光が戻る。


表示が何度も乱れた。


読めない文字。


欠けた図。


壊れた音。


その中から、同じ信号だけが繰り返し拾い上げられる。


《第六主層からの断続信号を再解析》


《発信源――決戦兵装格納座標》


やはり、白い巨体がいる場所だった。


《格納対象――存続》


《外装損傷率――取得失敗》


《主動力供給――停止》


《操縦者――不在》


《保存機能――停止》


《機体劣化――進行中》


「機体?」


情報がさらに復元される。


《兵装区分――第一機動決戦兵装》


その下で文字が乱れた。


一度消え、また現れる。


《固有呼称――白夜》


「白夜」


暗い格納庫にいた白い巨体の名前。


白い夜。


見た目には合っていた。


《第一機動決戦兵装・白夜》


《機体維持機能の復旧を要請》


《生体鍵候補を検出》


「生体鍵?」


《兵装起動、操縦者認証および生体機能接続に使用される個体情報です》


《候補位置――第七主層》


第七層にいるのは、私と作業個体だけだった。


作業個体が生体鍵とは思えない。


「私?」


《遠隔照合では判定できません》


《格納対象への近接を推奨します》


白夜のところへ行けば、私との関係が少し分かるかもしれない。


生体兵装という言葉。


第七層の正式用途。


私の欠損した登録情報。


白夜が求めている生体鍵。


全部が少しずつつながり始めている。


「会いに行く」


《第七主層―第六主層間昇降路は停止しています》


「前の道を使う」


《第六主層基準重力が不安定です》


《単独移動時は飛行技能の使用を推奨します》


作業個体を第七層へ戻す。


架工守は停止したまま搬工守へ載せ、修復した通信区画を離れた。


帰り道で救命転送網に異常がないことも確認する。


《緊急収容機能――正常》


《新規救難対象――検出なし》


治療室へ戻ったあと、食事を取り、血液量と飛行技能の状態を確認した。


通信修復だけで半日近く使っている。


第六層へ向かうなら、一度休んだ方が安全だった。


それでも、白夜の信号は弱まり続けていた。


《機体劣化――進行中》


《保存機能復旧までの推定猶予――算出不能》


あと何日もつのか分からない。


完全に壊れてからでは遅い。


「見るだけ。危なかったら戻る」


誰に言ったわけでもない。


白い服の上から簡単な道具を身につけ、飛行を起動する。


黒い翼が背中から広がった。


以前使った第六層連絡通路へ入る。


通信がつながったことで、通路の損傷情報が以前より詳しく表示された。


崩落箇所。


重力のずれ。


残っている足場。


危険な区間を避けながら上へ進む。


第六層へ入ると、身体が僅かに斜めへ引かれた。


《第六主層基準重力――七度偏差》


翼で姿勢を調整し、暗い通路を進む。


以前来た時には反応しなかった壁灯が、一つずつ点灯した。


弱い白色光が、私の前だけを照らしていく。


「白夜がつけてる?」


《第六主層通信系統による誘導信号を確認》


返事の代わりに、次の灯りが点いた。


それを追って格納庫へ入る。


一キロメートル近い暗闇が、目の前に広がった。


天井は見えない。


壁も遠すぎる。


床には壊れた整備足場や巨大な管が散らばっていた。


その中央に、白いものが膝をついている。


以前より多くの整備灯がついたことで、輪郭が少しだけ分かった。


一本の脚だけでも、治療室の天井より大きい。


膝をついた姿勢でも、頭部は遥か上にある。


片手が床へつき、指の一本が私の身体より太かった。


装甲は白い。


けれど、表面には無数の亀裂と黒い焦げ跡が残っている。


左肩の一部は失われ、内部の管と骨格のような構造が露出していた。


《第六主層》


《決戦兵装格納・発進運用区画》


《第一機動決戦兵装》


《固有呼称――白夜》


《主動力供給――停止》


《機体維持機能――停止》


《発進経路――重大損傷》


《操縦権限――未登録》


「大きい」


前に見た時と同じ言葉しか出なかった。


白夜へ近づく。


格納庫の床に埋め込まれた誘導灯が、私の進む方向へ順番に点灯していく。


《生体鍵候補――接近》


《遠隔照合を開始》


《血液因子――部分一致》


《神経接続規格――部分一致》


《魔力波形――部分一致》


《操縦者適合判定――情報不足》


「私が乗るの?」


《操縦者登録情報が欠損しています》


「違う可能性もある?」


《生体鍵候補と操縦者が同一個体であるとは限りません》


まだ分からない。


白夜を動かすための鍵なのか。


中へ入る人間なのか。


修理するために必要な存在なのか。


私は白夜の右手まで進んだ。


床へついた指先へ、自分の手を重ねる。


冷たい。


石ではない。


金属とも少し違う。


白い表面の奥から、微かな血のような反応が返ってきた。


生き物ではない。


けれど、完全な機械でもなかった。


《直接照合を開始します》


指先の下で、白い装甲へ細い赤い線が走る。


私の手の形を囲み、腕の方へ伸びていく。


《血液因子――適合》


《生体鍵認証――暫定承認》


《神経接続規格――部分適合》


格納庫の奥で、何かが動いた。


低い振動が床を伝う。


頭上。


暗闇に沈んでいた白夜の頭部で、一点だけ青白い光が灯った。


巨大な目のようにも見えた。


私は思わず翼を広げ、後ろへ下がる。


白夜の右手。


私が触れていた人差し指が、ほんの僅かに持ち上がった。


床に積もった埃が落ちる。


それ以上は動かない。


頭部の光もすぐに消えた。


「今、動いた」


《第一機動決戦兵装・白夜》


《起動条件を満たしていません》


《主動力――停止》


《操縦者登録――未完了》


《機体維持機能――停止》


《継続的な構造劣化を確認》


《機体維持機能の復旧を要請します》


白夜が目を覚ましたわけではなかった。


私を認識し、わずかに反応しただけ。


それでも、完全に死んでいるものではない。


私は暗くなった頭部を見上げた。


「直せば、また動く?」


《現状では判定できません》


「壊れないようにはできる?」


《第六主層への安定した電力供給》


《格納庫維持機能の復旧》


《生体兵装循環系統の再起動》


《以上の処置により、劣化進行を停止できる可能性があります》


動かすためではない。


これ以上、壊さないため。


第七層を直し始めた時と同じだった。


今すぐ何のために使うのか分からなくても、完全に壊れてからでは遅い。


「分かった。先に治す」


白夜から返事はない。


けれど、白い指の表面には、私の手を囲んだ赤い線が僅かに残っていた。


巨大な兵装は目を覚ましたのではない。


ただ、壊れながら、誰かが来るのを待っていた。


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