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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第四部《奈落艦レムナ》

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第一話 《艦籍》

壁に残った文字は、治療室を片づけ終えても消えなかった。


その下には、今まで見たことのない巨大な図が表示されている。


一番下にあるのが、私のいる第七層。


その上へ六つの区画が重なり、細い通路や昇降路でつながっていた。


以前入った第六層でさえ、全体図の中では一部分にすぎない。


図の大半は暗い。


区画名も、内部構造も、損傷して読み取れない場所が多かった。


「もう少し分かる?」


《艦籍情報の復元を継続します》


文字が流れる。


途中で何度も乱れ、読めない記号へ変わった。


《艦種》


《終末対処戦略兵装運用母艦》


《艦名》


《レムナ》


《主層数――七》


《所属情報――欠損》


《建造記録――欠損》


《艦長登録――欠損》


《現在の管理権限――主層管理者》


「艦長じゃない?」


《マスターユーザーに艦長権限は付与されていません》


《現在の権限では、艦内基礎情報の一部のみ照会可能です》


家だと思っていた場所が船だった。


けれど、船の持ち主になったわけではないらしい。


私は全体図へ触れる。


第七層の表示だけが明るい。


その上の第六層は僅かに反応しているが、それより上はほとんど黒いままだった。


「動くの?」


《航行状態を照会します》


《主機関――停止》


《補助動力――稼働中》


《推進機関――応答なし》


《姿勢制御機構――応答なし》


《航行能力――喪失》


「船なのに、動かない」


《現在の出力では航行できません》


《船体外部の拘束状態により、航行再開は不可能です》


「拘束?」


全体図が縮み、その周囲へ暗い輪郭が追加された。


最初は外壁だと思った。


違った。


レムナの外側を埋め尽くしているものだった。


《外部走査情報を復元します》


《艦体埋没率――100.0%》


《船体姿勢――垂直固定》


《周辺構造――岩盤および圧縮土層》


《外部開放経路――確認不能》


「全部、埋まってる」


《艦体外部の露出箇所は確認できません》


今まで通った洞窟も、地上へ続く通路も、レムナの正規出入口ではなかったらしい。


壊れた船体の隙間。


墜落した時にできた空洞。


崩れた岩盤の亀裂。


そうした場所が、偶然外へつながっているだけだった。


表示されたレムナは、地面へほとんど垂直に突き刺さっている。


第七層が最も深い。


第一層が地上に近い。


けれど、第一層の上にも厚い岩盤がある。


《第一主層上部から地表までの距離――測定不能》


《外部岩盤厚――推定値算出不能》


「上まで行っても、外じゃない?」


《その可能性が高いと推定されます》


船が縦に埋まっているなら、今まで歩いてきた床の向きがおかしい。


第七層から第六層へは、上へ向かって進んだ。


格納庫でも、普通に床へ立っていた。


船体が縦なら、本当は壁だった場所を床として歩いていることになる。


「どうして落ちないの?」


《艦内重力軸安定機構を照会します》


《艦内重力軸安定機構――限定稼働中》


《第七主層基準重力――正常》


《第六主層基準重力――不安定》


《第一主層から第五主層――情報取得不能》


「重力を変えてる?」


《船体姿勢にかかわらず、主層ごとの基準重力方向を維持します》


飛んでいる途中で船が傾いても、内部の人間が天井や壁へ投げ出されないための機能らしい。


今は船体が地面へ縦に刺さっている。


それでも重力軸安定機構が動き続けているから、私には各層が普通の建物のように感じられていた。


「これ、止まったら?」


表示が一度暗くなる。


《艦内重力軸安定機構が完全停止した場合》


《艦内物体は外部重力方向へ従います》


全体図の横に矢印が表示された。


今まで私が下だと思っていた方向ではない。


治療室の壁の方角へ向いている。


「全部、横に落ちる?」


《現在の船体姿勢では、その可能性があります》


処置台。


薬品棚。


寝台。


水槽。


患者。


何も固定していなければ、全部が壁へ落ちる。


私は治療室を見回した。


今まで床だと思っていた場所が、本来の船では壁なのかもしれない。


少し考えると、急に落ち着かなくなった。


「止めないで」


《艦内重力軸安定機構は、最優先維持対象に指定されています》


《マスターユーザー権限による停止は推奨されません》


「しない」


停止方法を知っても、触るつもりはなかった。


現在使われている補助動力の配分が表示される。


《補助動力総出力――6.2%》


《第七主層生命維持――優先供給》


《広域緊急救命転送網――優先供給》


《艦内重力軸安定機構――最優先供給》


《第六主層維持機能――限定供給》


《その他主層――供給停止》


出力が低いのに、第七層で生活できていた理由が分かった。


残っている力の多くを、治療室と重力へ使っている。


船を動かす余裕はない。


上層へ送る余裕もない。


「もっと増やせる?」


《補助動力供給経路の一部が損傷しています》


《稼働中の補助動力炉は一基のみです》


《主動力系統との接続は失われています》


《現在の権限で実行可能な復旧候補を検索します》


図の中で、三つの場所が明るくなった。


《復旧候補一》


《主層間通信系統》


《復旧候補二》


《主層間電力分配系統》


《復旧候補三》


《艦内昇降路・第七第六主層間》


「全部、直したらどうなる?」


《第六主層との情報接続が改善します》


《第六主層への安定した電力供給が可能になります》


《第七主層と第六主層間の安全な移動経路が確保されます》


以前は、壊れた通路を通って第六層へ入った。


足場は不安定で、途中には崩れた場所も多い。


物資を運ぶにも時間がかかる。


正式な昇降路が使えるなら、往復は簡単になる。


「どれから?」


《主層間通信系統の復旧を推奨します》


《通信系統の復旧により、他設備の損傷情報を取得できる可能性があります》


最初に目を直す。


そのあとで、どこを直すか決める。


治療と同じだった。


「必要なものは?」


《現地調査が必要です》


《作業個体の同行を推奨します》


《推奨個体》


《炉工守》


《管路守》


《搬工守》


《架工守》


炉工守は動力設備。


管路守は配線や管路。


搬工守は壊れた部品の運搬。


架工守は足場と作業台を作る。


架工守は限定復旧したばかりで、連続稼働できる時間は短い。


四体すべてを連れていくなら、途中で停止させる場所も必要になる。


「今日すぐは行かない」


《復旧作業の開始時刻に制限はありません》


「先に準備する」


第七層を直してきた時と同じだった。


壊れているからといって、すぐに触ればいいわけではない。


道具。


交換部品。


照明。


水。


自分の食事。


作業個体が止まった場合に運び戻す方法。


必要なものを確認してから行く。


全体図を閉じようとすると、第六層の一部が点滅した。


「何?」


《第六主層から断続信号を受信しました》


《主層間通信系統の損傷により、内容を復元できません》


以前入った巨大な格納庫。


その暗闇に、膝をついていた白い輪郭を思い出す。


人間のような形。


閉じた頭部。


周囲を覆う足場。


見上げても全体が分からないほどの大きさ。


「あの白いの?」


《信号発生源を特定できません》


《第六主層内部からの発信であることのみ確認できます》


信号はすぐに途切れた。


けれど、完全に消えたわけではない。


一定の間隔を空け、微弱な反応が繰り返されている。


何かを知らせようとしているようにも見えた。


《断続信号を記録します》


《主層間通信系統の復旧後、再照合を実行します》


「分かった」


壁の表示を閉じる。


広い治療室へ静けさが戻った。


診工守は処置台の横へ戻り、薬工守は薬品棚の確認を再開する。


何も変わっていないように見える。


それでも、知ってしまった。


ここは地下に造られた施設ではない。


地中へ垂直に埋まり、残った力だけで重力と治療室を維持している、動かない母艦だった。


私は生活区画へ戻り、机の上へ必要な物を書き出していく。


照明具。


補修用の管。


携帯用の動力容器。


作業個体用の交換部品。


崩れた場所へ渡す足場。


第六層までの食料と水。


一つずつ準備すればいい。


第七層も、最初は何もなかった。


それでも直せた。


船全体は大きすぎる。


今の私には、ほんの一部分しか触れない。


それでも、次に直す場所は決まった。


主層間通信系統。


第六層から届く、壊れた信号。


私は最後にもう一度、壁へ艦名を表示させた。


《終末対処戦略兵装運用母艦》


《艦名――レムナ》


「レムナ」


呼んでも返事はない。


それでも、名前を知らなかった時より、少しだけ近く感じた。


「まず、話せるようにする」


動かない船を直す最初の仕事が決まった。


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