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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第三部 《二十四時間の境界》

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第二十八話 《救助要請》

中央教会から届いた救助要請は、待機区画での話し合いが終わった直後にも消えずに残っていた。


《送信元:中央教会北部巡回隊》


《負傷者:23》


《重篤患者を複数確認》


《周辺に大型魔獣群が滞留》


《現地派遣による介入が可能です》


《推定救命可能数:18から23》


エドガーが表示を見ることはできないため、分かる範囲で状況を伝えた。


「北部巡回隊。怪我人が二十三人。魔獣に囲まれてる」


「場所は分かるか」


「北の山道。壊れた建物に集まってる」


エドガーは机の上へ広げた簡易地図を指でたどった。


「旧街道沿いの礼拝所だろう。北部巡回隊は周辺の村を回りながら、治療と魔物の討伐を行っている。崖に挟まれた場所で、退路は南側の一本だけだ」


「そこも塞がってる」


「巡回隊だけでなく、避難中の村人がいる可能性もある」


セラフィナは椅子へ座ったまま、銀の接触印を見た。


「仮接触規約を登録した直後に救助要請が送られたということは、現地の指揮官は通常の救援が間に合わないと判断したのだろう」


「私を呼んだ?」


「少なくとも、中央教会の誰かが、この接触印を北部隊へ共有した」


ついさっきまで、教会は私を捕らえるための命令を出していた。


今は、その教会から人間を助けてほしいと言われている。


「行く」


エドガーが椅子から立とうとした。


腹部の傷を押さえて動きを止める。


「私も現地へ戻る。巡回隊へ事情を説明する者が必要だ」


「怪我してる」


「歩ける」


「痛そう」


「問題ない」


「問題ある。二人は帰って」


エドガーは反論しようとしたが、セラフィナが先に杖を持ち上げた。


「我々が同行しても、救助の妨げになる。現地派遣で運べる物資にも限りがあるのだろう」


「影蔵に入る分だけ」


「ならば患者へ使うべきだ」


セラフィナは自分から帰還位置の指定を求めた。


中央聖療院へ二人を戻し、救助要請を正式に受理したことを教会へ伝えるという。


《任意集団帰還》


《帰還対象:2》


《目的地:中央聖療院・西中庭》


白い光が二人の足元へ広がる。


エドガーは最後まで納得していない顔をしていた。


「現地の指揮官が武器を向けた場合は、私の名を出せ」


「影縛する」


「その前に話せ」


「一回だけ言う」


セラフィナが小さく息を吐いた。


「交渉時の条件と同じだな」


「一回で聞いてくれたら縛らない」


「そのように伝える」


二人の姿が光の中へ消える。


帰還先で安全が確認されると、すぐに救助の準備を始めた。


軽症患者用にまとめていた物資箱を二つ開く。


清浄布。


止血材。


固定具。


感染を抑える薬。


鎮痛薬。


循環維持液。


飲料水。


すべてを《影蔵》へ入れる。


容量には限界があり、二十三人分を持ち込むことはできなかった。重篤患者を優先すれば、十人ほどには使える。


残りは現地の神官と巡回隊が持っている物資で補うしかない。


「診工守。留守を任せる」


《現地派遣中の第七層管理を代行します》


《現在の収容患者数:0》


《救命転送網の新規収容機能を制限します》


《現地派遣可能時間:24時間》


治療室の中央へ立つ。


《救助要請を受理しますか?》


「受理」


《現地派遣を開始します》


《派遣地点周辺に敵性反応を確認》


《到着直後の戦闘に備えてください》


白い光が視界を埋めた。


---


転送が終わる前から、人の叫び声と獣の咆哮が聞こえた。


足元へ地面の感触が戻る。


目の前には崩れた石壁があり、その奥に古い礼拝所が建っていた。屋根の半分は落ち、窓と入口は荷車や木材で塞がれている。


周囲の山道には、大型の魔獣が何十頭も集まっていた。


灰色の甲殻に覆われた四足の獣。


頭部から前方へ曲がった二本の角が伸び、口元から白い蒸気を吐いている。小さいものでも馬より大きく、群れの中央には、その倍近い個体がいた。


《敵性個体を確認》


《灰甲獣:27》


《上位個体:1》


《礼拝所内生命反応:51》


《負傷者:23》


着地した場所は礼拝所の屋根だった。


転送の光に反応し、周囲の灰甲獣が一斉にこちらを見る。


礼拝所の中からも声が上がった。


「上だ!」


「黒い翼……」


《飛行》を使ったまま転送されたため、背中には大きな黒い翼が現れている。


壁の隙間から弓や杖が向けられた。


「吸血種だ!」


「武器、下げて」


私の声は周囲の咆哮にかき消された。


一本の矢が飛んでくる。


影を伸ばして矢を受け止め、屋根の上へ落とした。


二本目が放たれる前に、礼拝所の内部から別の声が響いた。


「撃つな! こちらが送った救助要請への応答だ!」


若い女性神官が、壊れた窓から銀色の印を掲げている。


印にはセラフィナから受け取った接触印と同じ術式が刻まれていた。


弓を構えていた騎士たちは、すぐには武器を下ろさない。


「要請に吸血種が応じるなど聞いていない!」


「中央から届いた指示には、黒い翼の治療者が来る可能性があると記されている!」


「治療者?」


「今話してる時間ない」


灰甲獣の一頭が石壁へ突進した。


角が積み上げられた荷車へ食い込み、入口を塞いでいた木材が大きく揺れる。


二度目で壊れる。


私は屋根から飛び降り、突進した灰甲獣の足元へ影を伸ばした。


「《影縛》」


四本の脚が地面へ固定される。


巨体の勢いまでは消えず、前脚が土を削りながら数歩進んだが、入口へ届く前に止まった。


右手を向ける。


指先から伸びた血が、複数の細い刃へ変わった。


前脚の腱。


首の血管。


甲殻の隙間。


別々の位置へ同時に血刃を通す。


灰甲獣の身体が崩れ、地面へ大量の血が流れた。


その血を浮かせる。


《深血適合》によって一度身体から離れた血液なら、自分の血を補助する素材として扱える。


灰甲獣の血を何十本もの血針へ変え、群れへ向けた。


「礼拝所から出ないで」


針を放つ。


最初の列へいた灰甲獣の目と脚へ、血針が同時に突き刺さった。


すべてを殺す必要はない。


動きを止め、礼拝所から離せばいい。


けれど、群れは逃げなかった。


傷ついた個体を踏み越え、次の列が押し寄せる。


《灰甲獣群の興奮状態を確認》


《上位個体による統制下にあります》


「大きいのを止めればいい?」


《群れの行動変化が予測されます》


上位個体は山道の中央にいた。


ほかの獣より甲殻が厚く、頭部には二本ではなく四本の角が生えている。


私は翼を広げ、群れの上へ飛び上がった。


下から角と石が飛んでくる。


身体を捻って避けながら、右手から血糸を伸ばす。一本の糸を数十本へ分け、倒した灰甲獣の血とつないだ。


赤黒い血が地面を走り、群れの足元へ広がる。


上位個体の影へ自分の影を重ねた。


「《影縛》」


巨体が一瞬だけ止まる。


格上の個体を完全に拘束する力はない。


それでも、頭を上げる動きが遅れた。


十分だった。


翼を畳み、真上から落下する。


右手へ集めた魔獣の血を、一本の長い血刃へ変えた。


四本の角の間へ刃を突き込み、頭蓋の奥まで貫く。


上位個体の身体が激しく跳ねた。


影縛が破られ、頭が持ち上がる。


刃を抜かず、血液操作で内部へ枝分かれさせる。細い刃が脳と首へ広がり、暴れていた巨体から力が抜けた。


私は頭部を蹴って離れ、翼を開く。


上位個体は数歩よろめき、山道へ倒れた。


地面が揺れる。


群れの動きが止まった。


すぐに逃げる個体もいれば、上位個体の周囲を回るものもいる。礼拝所へ向かっていた統一された動きは崩れていた。


残る個体の足元へ血の針を放ち、山道の奥へ追い立てる。


数頭は向かってきたため倒したが、ほとんどは群れの仲間を追って逃げていった。


《周辺敵性反応:減少》


《灰甲獣:撤退中》


《礼拝所への直接脅威:一時解除》


自分の血はほとんど使っていない。


最初の一頭を倒したあとは、流れた魔獣の血を操作に利用した。魔力にも余裕がある。


翼を動かし、礼拝所の前へ降りる。


入口を塞いでいた騎士たちは、今度は武器を向けなかった。


それでも警戒は消えていない。


若い女性神官だけが銀の印を持ち、壁の隙間から外へ出てきた。


白い法衣の肩は破れ、額から血が流れている。


「中央教会北部巡回隊、従軍神官のマリエです。救助要請へ応じていただき、感謝します」


「怪我してる」


「私は軽傷です。中にもっと重い者がいます」


「二十三人?」


「はい。巡回隊員が十一名、避難民が十二名。うち六名は、今夜を越えられない可能性があります」


「先に六人を見る」


入口の障害物を必要な分だけ動かす。


中へ入ると、壊れた長椅子と布の上へ負傷者が並べられていた。


血と薬草の匂いが充満している。


腕や脚を失った者。


腹部を裂かれた者。


角に胸を貫かれ、呼吸ができなくなっている者。


その周囲で、三人の神官が必死に傷を押さえていた。


《負傷者23名を確認》


《重篤:6》


《中等症:9》


《軽症:8》


《現地物資のみでの推定生存数:17》


《マスターユーザー介入時の推定生存数:23》


「全員、助けられる」


私の声を聞いたマリエが、驚いたように顔を上げた。


「本当ですか」


「今のままなら」


《影蔵》から物資箱を出す。


清浄布と薬を床へ並べ、神官たちへ役割を伝えた。


「呼吸してない人をこっち。血が止まらない人はその隣。歩ける人は壁側へ移動して」


騎士の一人が尋ねる。


「我々に何をさせる」


「武器を置いて、患者を運んで」


「魔獣が戻った場合は」


「分かる。私が止める」


騎士は外と私を見比べた。


倒れた上位個体と、地面へ残った大量の血が見えている。


やがて剣を壁へ立てかけ、負傷者を持ち上げた。


「どこへ運べばいい」


「ここ」


最初の患者は、胸を角で貫かれた若い男性だった。


右肺が潰れ、胸腔へ血が溜まっている。


二人目は腹部の血管が切れ、意識を失っていた。


三人目は脚を失い、止血帯だけで出血を抑えている。


六人分の血流を同時に広げる。


《血液操作 Lv.6》によって、一人ずつ意識を切り替える必要はなかった。


六つの心拍。


六人分の出血箇所。


誰の血が、どこへ流れているのか。


それぞれを別々に捉えながら、指先から伸ばした血糸を傷口へ通す。


「《返血》」


床や布へ流れた血のうち、汚染されていない新しいものだけを集める。


誰の血かを識別し、それぞれの身体へ戻す。


六人へ同時に返しても、流量は心拍と血圧に合わせて調整されていた。


「血が……戻っている?」


マリエが呟く。


「自分の血だけ」


「吸血種が血を返すなど、聞いたことがありません」


「私もほかの吸血鬼は知らない」


話しながら、潰れた肺を閉じる。


切れた血管を血糸で塞ぐ。


失われた脚の断端を洗い、縫合できる形へ整える。


治療を始めて一時間ほど経つと、最初は消えかけていた六つの心拍が、少しずつ強くなった。


《重篤患者6名》


《緊急止血:完了》


《呼吸状態:安定傾向》


《失血性ショック:改善》


《死亡予測:一時解除》


礼拝所の中にいた者たちは、もう私へ武器を向けていなかった。


代わりに、水を運び、清浄布を交換し、指示した通りに患者を並べている。


まだ治療は終わっていない。


二十三人のうち四人は、第七層の設備で再処置をしなければ危険だった。残る者も、歩けるようになるまでには時間がかかる。


けれど、全員の心臓は動いている。


外から、遠く鐘の音が聞こえた。


北の山道を、教会の救援隊が近づいている。


「増援です」


マリエが入口の外を見た。


「魔獣が撤退したことで、こちらまで来られたようです」


「十九人は任せられる?」


「安全な場所まで運び、聖療院へ送れます」


私は重篤患者のうち、現地での移送に耐えられない四人を確認した。


《第七層での継続治療を推奨します》


《同行保護対象として登録可能》


「四人は私が連れて帰る」


「どこへですか」


「私の治療室」


マリエは何かを尋ねようとしたが、患者の呼吸を確かめると、質問を飲み込んだ。


「お願いします」


「うん」


礼拝所の外へ出る。


山道の向こうから救援隊が近づき、倒れた灰甲獣と、翼を広げた私の姿を見て足を止めていた。


騎士。


神官。


避難していた村人。


何十人もの視線が集まる。


赤い目と牙を見て、武器へ手をかける者もいた。


けれど、礼拝所の中からマリエが叫んだ。


「武器を下ろしてください! この方が巡回隊と避難民を救いました!」


騎士たちの動きが止まる。


私は翼を畳み、四人の患者を乗せた簡易台へ血糸をつないだ。


これから第七層へ連れ帰り、治療を続ける。


その前に、救援隊の一人が恐る恐る尋ねた。


「あなたは、何者なのですか」


少し考える。


吸血鬼。


施設の管理者。


深血心核へ適合した存在。


教会の敵性指定を受けていた個体。


どれも間違いではないが、今ここで必要な答えではなかった。


「治療する人」


それだけ答え、四人の患者へ帰還用の血糸をつないだ。


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