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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第三部 《二十四時間の境界》

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第二十六話 《二人の審問官》

救命転送網を再開して最初に見つけた患者は、私を捕らえるために地下聖堂へ入った人間だった。


《救難対象候補》


《個体名:セラフィナ・レイヴェル》


《所属:中央教会異端審問局》


《対象はマスターユーザーに対する第一級敵性指定を保有しています》


《自力離脱:不能》


《同行者による救助可能性:低下中》


地下通路には、セラフィナ以外にも十六人の生命反応があった。


そのうち四人が彼女のそばへ残り、崩れた石材を動かそうとしている。腹部の傷を押さえる者もいたが、内部の出血は止まらず、心拍は少しずつ弱くなっていた。


まだ仲間が助けようとしている。


「そのまま出られるなら、それでいい」


私は処置台を空け、診工守と薬工守を待機させた。


水、薬、清浄布、循環維持液はそろっている。軽症治療区画にも空きがあり、救命転送網を再開した直後に患者が来ても、今度は床へ寝かせる必要はなかった。


《推定死亡まで》


00:31:06


やがて、セラフィナの周囲で隔離術式が起動した。


彼女を救おうとしていた三人が離れ、一人だけが最後まで傷口を押さえていた。それでも閉じていく隔壁から逃れるため、数秒遅れて後退する。


セラフィナだけが、深血因子の反応が満ちる区画へ取り残された。


《同行者による救助行動:終了》


《救助可能性:0%》


《周辺環境の致死性:確定》


《救難対象として認定します》


「収容」


処置台の上へ白い光が集まる。


血に濡れた白銀の外套とともに、鎧を身につけた女性が落ちてきた。長い灰色の髪が頬へ張りつき、割れた仮面が顔の左半分を覆っている。


右脇腹には黒い金属片が深く刺さっていた。


左脚は膝の上で不自然に曲がり、鎧の隙間から骨が見えている。


意識はほとんどなかったが、右手には銀色の短剣が握られていた。


女性は薄く目を開き、私を見る。


「吸血……種……」


短剣を持ち上げようとした腕は、処置台からほとんど離れなかった。


「武器、離して」


血糸で短剣を抜き取り、袖と腰に隠されていた刃も外す。


「診工守。診断」


《患者情報を取得》


《セラフィナ・レイヴェル》


《人間種・女性》


《腹部穿通創》


《肝損傷》


《右腎損傷》


《腹腔内大量出血》


《左大腿骨開放骨折》


《骨盤亀裂》


《失血性ショック》


《異種血統因子侵入》


《生命危険度:極めて高い》


「処置する」


鎧を切り開き、金属片の位置を調べる。


《血液操作 Lv.6》によって、腹部の中を流れる血が以前より明確に分かった。


傷ついた肝臓。


裂けた血管。


腹腔へ溜まった新しい血。


黒い金属片の表面から広がる深血因子。


それぞれを別のものとして認識しながら、同時に血糸を動かせる。


腹腔へ流れた血を回収し、異物が混じったものを除く。


「《返血》」


《返血対象:セラフィナ・レイヴェル》


《異物混入血液を除外》


《流量補正を開始します》


本人へ戻せる血だけが、心拍と血圧に合わせて身体へ戻っていく。


その間に別の血糸で肝臓の出血を押さえ、金属片を数ミリずつ抜いた。


動かす。


増えた出血を止める。


循環が安定してから、また動かす。


黒い金属片が完全に抜けた瞬間、傷口から赤黒い液体が溢れた。


《深血因子侵入率:8.3%》


「これも取る」


《深血適合》を使い、患者の血液へ混ざった因子を従属させる。


黒く染まった血糸の先だけを切り離し、隔離容器へ落とした。


《深血因子侵入率:5.1%》


《2.6%》


《0.8%》


危険域を下回ったところで、肝臓と右腎の傷を閉じ、腹腔を洗浄する。


左脚の骨も位置を戻し、樹脂と固定具で動かないようにした。


処置が終わるまで四時間以上かかった。


《患者セラフィナ・レイヴェル》


《腹腔内出血:停止》


《循環状態:安定》


《異種血統因子:危険域以下》


《生命危険状態:解除》


所持品を調べると、銀色の命令板が出てきた。


《中央教会異端審問局》


《第一級収容命令》


《対象:未登録高位血統個体》


《識別名:エルセリア》


《推定種族:吸血種》


《生存状態での確保を最優先》


《抵抗時、四肢および飛行器官の破壊を許可》


《古代施設への経路確保後、対象を教会管理下へ移送すること》


「翼、普段はないのに」


命令を書いた者は知らないらしい。


私を捕らえるために来た人間を治した。


それでも、患者だったことは変わらない。


命令板を武器と一緒に箱へ入れ、蓋を閉じた。


---


セラフィナが目を覚ましたのは、それから五時間後だった。


右目だけを開き、照明、出入口、診工守の順に確認する。自分の腹部と左脚が固定されていると分かると、次に腰へ手を伸ばした。


「武器は全部外した」


セラフィナの視線が私へ向く。


すぐに身体を起こそうとした。


「動かないで」


「未登録高位血統個体、エルセリア……」


腹部へ力が入り、閉じた傷から僅かに血が滲んだ。


「また開いてる」


「中央教会異端審問局、第一審問官セラフィナ・レイヴェル。貴様を拘束し、この施設を教会の管理下へ――」


最後まで言い切る前に呼吸が乱れた。


それでも処置台の縁をつかみ、身体を起こそうとする。


私は処置台の下へ落ちる影へ、自分の影を重ねた。


「《影縛》」


セラフィナの腕と身体が止まる。


傷つけない程度の弱い拘束でも、今の彼女には十分だった。


「離せ」


「動いたら、また縫う」


「なぜ私をここへ運んだ」


「死にそうだったから」


「私はお前を収容するために来た」


「命令書は見た」


「なら、なぜ助けた」


「死にそうだったから」


セラフィナは理解できないものを見るように、私を見つめた。


「私は敵だぞ」


「今は患者」


薬工守に水を用意させ、処置台の背を少し起こす。


セラフィナは最初、毒を疑って口をつけなかった。私が同じ器から飲んでも、吸血種と人間では毒性が異なると言って警戒を解かない。


別の容器へ新しく水を入れ、成分表示まで出させたところで、ようやく少量を飲んだ。


「もっと」


「急に飲むと吐く」


「自分の限界は分かる」


「死にそうなのに任務を続けようとした人の判断は信用しない」


セラフィナは何も言わず、器を持つ手を止めた。


傷の状態を説明すると、彼女は深血因子を除去できることへ強く反応した。


「深血因子を取り除く力を、どこで得た」


「深血心核の血が少し混ざった」


「取り込んだのか」


「入ってきたから返した。でも少し残った」


「血統適合が起きている可能性がある」


「起きてる」


「適合率は」


「十二パーセントくらい」


セラフィナの心拍が速くなった。


「中央教会が知れば、最上級収容指定が下る」


「もう捕まえる命令は出てる」


箱から命令板を取り出し、手の届かない位置へ浮かせる。


「返せ。それは教会の機密だ」


「私の名前が書いてある」


「お前の所有物という意味ではない」


「武器と一緒に置いておく」


命令板を箱へ戻すと、セラフィナは不満そうに眉を寄せた。


「お前は、この施設で何をしている」


「患者を治す」


「それだけか」


「生活もしてる」


「眷属の形成や勢力拡大は」


「してない」


「人間社会へ浸透する意図は」


「患者が増えたから、寝台は増やした」


「そういう意味ではない」


「じゃあ分からない」


質問を重ねるほど、セラフィナの表情は険しくなった。


吸血鬼が治療室を管理し、人間の血を飲まず、傷ついた敵へ水を渡している。


教会の記録にある吸血種の行動と、私が一致しないらしい。


「患者の血を飲むのか」


「飲まない」


「血を欲しないのか」


「欲しい時はある。でも患者からは飲まない」


「なぜだ」


「治すために足りない血を、私が減らしたら困る。嫌がる人からも飲まない」


セラフィナはしばらく黙った。


薬工守が運んできた食事にも警戒したが、自分で匙を持てるほど力は戻っていない。


「食べさせられるつもりはない」


「なら置いておく」


離れようとすると、セラフィナが小さく息を吐いた。


「……手を貸せ」


「最初から言えばいい」


匙へ少量を取り、口元へ運ぶ。


セラフィナが半分ほど食べたところで、救命転送網の表示が赤く変わった。


《救難対象候補を検出》


《個体名:ユリウス・ハーゼン》


《所属:中央教会異端審問局》


《重篤》


《右胸部および右上肢に深血因子侵食を確認》


セラフィナの表情が初めて大きく崩れた。


「知ってる?」


「私の副官だ」


ユリウスは、隔離壁が閉じる直前までセラフィナのそばへ残っていた人間だった。


《同行者による救助可能性:31%》


まだ収容条件は確定していない。


「戻せ。私は現地へ戻る」


「歩けない」


「ユリウスは私を救うために残った」


「今はほかの人が助けてる。邪魔しない」


「間に合わなければ」


「その時は連れてくる」


セラフィナは右手を強く握った。


「助けろ」


命令ではなく、初めて頼む声だった。


「患者になったら」


「必要なら現地へ行け」


「今は食べて。治す人が二人になるかもしれない」


セラフィナはもう拒まず、口を開けた。


その間にも、ユリウスの救助可能性は下がり続けた。


彼を運んでいた二人が負傷し、やがてユリウスから離れる。


地下通路の奥から、深血因子を持つ防衛個体が近づいていた。


《対象は同行者へ退避命令を発していると推定されます》


「ユリウスなら、そうする」


セラフィナが呟く。


残っていた二人の反応が遠ざかり、救助行動が終了した。


《同行者による救助可能性:0%》


《自力離脱:不能》


《周辺敵性反応の接近を確認》


《救難対象として認定します》


「収容」


空いている処置台へ白い光が集まる。


現れた男性は、膝をついた姿勢のまま台へ崩れ落ちた。濃紺の外套は右半分が裂け、胸から腕へ黒い結晶のようなものが広がっている。


右手の指先は、硬い爪へ変わり始めていた。


左手には長剣を握っている。


転送された直後、ユリウスは状況を確認するより先に剣を振った。


「《影縛》」


剣を握った腕が途中で止まる。


刃先は私の首から少し離れた場所にあった。


「敵性……個体……」


「またそれ」


血糸で剣を取り上げる。


ユリウスは抵抗しようとしたが、胸の傷から血が流れ、すぐに力が抜けた。


「セラフィナ……様を……」


「ここにいる」


処置台の間を遮る布を開かせる。


セラフィナを見つけた瞬間、ユリウスの目が大きく開いた。


「生きて……」


「ユリウス。なぜ戻った」


「封鎖解除を待ちました。命令が出なかったため、別経路から……」


長く話せる状態ではない。


右肺が傷つき、呼吸も浅い。声を出すたびに唇から血がこぼれた。


「話さないで。今から治す」


「信用……できない」


「しなくていい。眠って」


診工守の光がユリウスの身体を走る。


《右胸部裂創》


《右肺損傷》


《鎖骨および肋骨骨折》


《右上肢血統変質》


《深血因子侵入率:34.8%》


《失血性ショック》


《生命危険度:極めて高い》


「右腕を切る必要はあるか」


セラフィナが尋ねる。


「まだ切らない」


外套と鎧を開き、最初に肺の傷を閉じる。


折れた肋骨を元の位置へ戻し、胸腔へ溜まった血を回収する。異物のない血だけを《返血》で戻しながら、別の血糸で右肩の循環を維持した。


《右肺損傷:閉鎖》


《呼吸状態:改善》


次は右腕だった。


深血因子は血管だけではなく、筋肉と骨の表面にも定着し始めている。無理にすべて取り除けば、腕そのものが壊れる。


「少し残す」


「変質が再開するのではないか」


「動ける因子だけ先に取る。身体になりかけたところは、少しずつ戻す」


《深血適合》を広げる。


黒い因子が私の血統へ反応し、ユリウスの右腕が硬く跳ねた。伸びた爪が処置台の布を裂く。


影縛を強め、腕を固定する。


「動かないで」


「意識がない。本人へ言っても意味はない」


「因子に言ってる」


血液へ戻せる因子を血管へ集め、血糸から体外へ排出する。


深く定着した部分は、増殖する力だけを抑えた。


《深血因子侵入率:34.8%》


《26.1%》


《17.3%》


《8.6%》


黒い爪が元の形へ戻り、腕の硬化も少しずつ弱くなる。


肩の奥には黒い筋が残ったが、切断する必要はなくなった。


《活動性深血因子:危険域以下》


《右上肢切断:不要》


《段階的除去を推奨します》


「腕は残る」


セラフィナは目を閉じ、強く握っていた手を緩めた。


「そうか」


胸部の傷を洗い、閉じる。


右腕には感知用の細い血糸を残し、変質が再開した場合はすぐ分かるようにした。


《患者ユリウス・ハーゼン》


《生命危険状態:解除》


《呼吸状態:安定》


《深血因子:継続監視》


治療が終わる頃には、長い時間が過ぎていた。


セラフィナは眠らず、ずっと処置を見ていた。


「ユリウスの治療は終わったのか」


「危ないところは。右腕は何回か治す」


「教会へ戻れば、汚染個体として隔離される可能性が高い」


「全部取れるまで帰さない」


「私たちは、お前を収容するために来た」


「知ってる」


「ユリウスも回復すれば任務へ戻ろうとする」


「その時は影で止める」


「それでは解決にならない」


「じゃあ、話す?」


セラフィナの右目がこちらを向く。


「誰とだ」


「教会の偉い人。武器を持ってこなくて、話を聞く人」


「お前は交渉を理解しているのか」


「命令を聞くだけじゃないなら、少し」


私は眠るユリウスの右腕を確認した。


黒い変色は広がっていない。


「治した人が、また私を捕まえに来て傷つくのは嫌」


セラフィナは答えなかった。


「私がここにいる理由。教会が私を欲しがる理由。深血心核へ何をしたいのか。にちゃんと話して」


「拒否すれば?」


「二人とも治して帰す。でも次に武器を持ってきた人は、治す前に止める」


「殺すのか」


「影縛で。治療室では武器を使わせない」


セラフィナは診工守や薬工守が動く治療室を見回した。


自分の固定された脚。


眠っている副官。


患者用に用意された水と食事。


箱へ収められた武器と命令板。


それらを確かめたあと、ようやく口を開いた。


「中央教会は一つではない」


「分かれてる?」


「お前を即時封印すべきだと考える者、生存状態で収容し研究すべきだと考える者、救助記録を重視し対話を求める者がいる」


「セラフィナは?」


「危険性を確認し、必要なら収容する。それが任務だった」


「今も?」


返事はすぐにはなかった。


「判断を保留する」


「敵じゃなくなった?」


「敵性指定は解除されていない。ただし、お前を無条件で収容すべきだとも考えていない」


完全に味方になったわけではない。


それでも、最初よりは変わっていた。


「話す人、選べる?」


「条件がある」


「何?」


「ユリウスの治療が終わるまで、私もここに残すこと。交渉相手は私が選ぶ」


「武器はなし」


「同行者は二人まで認めろ」


「治療区画には入れない」


「別室で構わない」


「場所を探る術式も禁止」


「認める」


「武器を抜いたら影縛」


「先に警告しろ」


少し考える。


「一回だけ言う」


「十分だ」


最初の交渉条件が決まった。


《患者セラフィナ・レイヴェル》


《治療継続中》


《患者ユリウス・ハーゼン》


《治療継続中》


私を捕らえるために来た二人は、同じ治療室で眠ることになった。


次に第七層へ来る教会の人間は、患者ではなく、話をするための相手になるかもしれなかった。


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