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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第三部 《二十四時間の境界》

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第二十四話 《誰もいない朝》

救出機能が停止すると、第七層からかすかに続いていた低い駆動音が消えた。


診工守や搬工守は動いている。換気も照明も止まっていない。それでも、遠くの生命反応を探し続けていた救命転送網だけが沈黙したことで、施設全体が眠りに入ったように感じられた。


《広域緊急救命転送網:一時停止中》


《再開権限:マスターユーザー》


《確定済み救難対象:0》


表示をもう一度確かめる。


どこかで死にかけている人間がいても、今はここへ来ない。


その事実は胸の奥へ重く残ったが、停止を取り消す気にはならなかった。


二日間、ほとんど眠っていない。


魔力にはまだ余裕がある。血も魔獣から補ったため、すぐに倒れるほど不足してはいない。


それでも、六人分の血液を同時に識別し、十一人の心拍を監視し続けた頭は、考えようとするたびに鈍く沈んだ。指先も思った通りには動かず、歩く速度まで普段より遅くなっている。


この状態で新しい患者が来れば、間違えるかもしれない。


誰かの血を別の人間へ返す。


傷つけてはいけない血管へ糸を通す。


必要な出血まで止め、身体の中へ悪い血を残す。


失敗の形はいくらでも考えられた。


「今は、誰も助けない」


声にすると、少しだけ息がしやすくなった。


助けたくないわけではない。


次に来た人を、間違えずに助けるためだった。


生活区画へ向かったが、寝台へ行く前に自分の身体から血と薬の匂いがすることへ気づいた。


服にも、地下聖堂の埃と乾いた血が残っている。


「先に風呂」


炉工守へ湯を頼み、自分で浴室へ向かう。


湯が溜まるまで壁際へ座って待っていると、気づかないうちに目を閉じていた。頭が前へ落ち、額が膝へ触れたところで目を覚ます。


《入浴用水温:適正》


《マスターユーザーの反応低下を確認》


《休息を推奨します》


「洗ってから寝る」


服を脱ぎ、翼が残っていない背中を確かめる。


深血心核の血が入り込んだ足にも、目立つ変化はなかった。血管の色も皮膚の感触も以前と同じで、表示がなければ血統適合が進んでいるとは思わない。


身体へ湯をかける。


髪を洗い、腕や脚へこびりついた血を落としたところまでは覚えていた。


浴槽へ入れば、そのまま眠るかもしれない。


今日は湯へ浸かるのを諦め、身体だけを布で拭いて生活区画へ戻った。


寝台へ横になる。


髪はまだ少し濡れていたが、乾かすために起きている力が残っていない。


救命転送網の停止表示を最後に確認する。


《新規救難対象探索:停止》


「起きるまで、そのまま」


返事を待つ前に、意識が途切れた。


---


次に目を開けた時、照明は夜間用の弱い光へ変わっていた。


どれだけ眠ったのか分からない。


身体を起こそうとすると、背中と腰が固まったように痛んだ。長く同じ姿勢で眠っていたらしい。


《マスターユーザーの覚醒を確認》


《連続休眠時間:39時間12分》


「寝すぎた」


救命転送網は止まったままだった。


確定済みの救難対象もいない。


その表示を見て安心した直後、強い空腹を感じた。喉の渇きよりも、身体の中が空になっている感覚の方が大きい。


《影蔵》から保存していた魔獣肉を取り出し、炉工守へ火を入れさせる。


十一人分を作った大鍋は、洗浄を終えて壁際へ置かれていた。今の自分一人には大きすぎる。


いつもの鍋を使い、肉と根菜を入れる。


煮えるまで待ちきれず、薄く切った肉を何枚か焼いて先に食べた。焦げる前に裏返すこともでき、二日前より手の動きも戻っている。


煮込みが完成すると、器を三つ並べた。


一つ目を食べる。


足りない。


二つ目も空にする。


三つ目を食べ終えたところで、ようやく身体の中へ熱が戻った。


「次はもっと保存する」


患者だけではなく、自分が動き続けるための食料も必要だった。


食事のあと、今度こそ浴槽へ湯を張った。


髪まで湯へ沈めないよう縁へ頭を預け、目を閉じる。患者の心拍を追う必要も、血糸を維持する必要もない。


何も聞こえない。


第七層は、十一人が来る前と同じ静けさへ戻っていた。


けれど、同じ場所には見えなかった。


治療室には増設した簡易寝台が並び、待機室にも清浄布の箱が積まれている。洗浄区画には大量の器が乾かされ、壁際には大鍋が置かれていた。


薬品棚の一部は空になり、循環維持液の在庫も大きく減っている。


患者がいなくなっても、十一人がいた痕跡は残っていた。


風呂を出たあと、治療室へ向かう。


診工守へ今回の記録を開かせると、地下聖堂で行った処置と、帰還後の診断結果が順番に表示された。


《現地派遣中の問題点を抽出します》


《携行医療物資:不足》


《現地診断精度:不足》


《患者収容設備:不足》


《経口摂取用物資:不足》


《マスターユーザーの連続活動時間:許容範囲超過》


《複数患者監視手段:不足》


《救出機能停止判断:遅延》


最後の項目を見つめる。


停止できることは最初から分かっていた。


それでも、止めている間に誰かが死ぬと考えると、使えなかった。


結果として、限界に近い状態まで動き続けた。


「次は先に止める」


患者数が一定を超えた時。


自分の集中力が下がった時。


薬や血液保存容器が不足した時。


救命転送網を止める条件を、感覚ではなく決まりとして作る必要がある。


記録を閉じると、視界の端に保留していた表示が現れた。


《保有SP:34》


《技能強化が可能です》


戦うための技能。


治療するための技能。


施設を扱う技能。


いくつもの候補が並ぶ。


私は最初に《血液操作》を選んだ。


地下聖堂では六人分の血を同時に扱えた。


魔力が足りなかったわけではない。問題は、誰の血をどの糸で動かしているのかを常に意識しなければならなかったことだった。


血の量。


流れる方向。


心拍。


圧力。


血糸の太さ。


すべてを別々に考え続けたせいで、集中力が削られた。


「もっと細かく。間違えないように」


《血液操作 Lv.4》


《必要SP:6》


《取得しますか?》


「取得」


《血液操作 Lv.4を取得しました》


《同時操作数が上昇します》


《遠隔操作時の精度低下が軽減されます》


《血液形成速度が上昇します》


続けて次の段階を開く。


《血液操作 Lv.5》


《必要SP:8》


《取得しますか?》


「取得」


《血液操作 Lv.5を取得しました》


《極細血糸の強度維持が可能になりました》


《血液操作圧の調整範囲が拡張されます》


《複数形状の同時形成が安定します》


血針を作る。


右手の指先から出した血が、二十本の細い針へ分かれた。


今までなら、それぞれの位置を意識して動かしていた。


今は一つの群れとして前へ飛ばしながら、その中の一本だけを遅らせ、残る十九本を別の方向へ曲げられる。


針を崩し、今度は血糸へ変える。


糸を細く分ける。


十本。


二十本。


五十本。


それぞれを治療台の異なる位置へ伸ばしても、どの糸が何へ触れているのかが自然に分かった。


さらに上の段階を選ぶ。


《血液操作 Lv.6》


《必要SP:10》


《取得しますか?》


少しだけ迷った。


ここまで血液操作へ使えば、残るSPは少なくなる。


けれど、今回最も必要だったのは血を扱う力だった。


敵を殺す時にも使う。


傷を閉じる時にも使う。


心臓が止まった患者の血を動かす時にも使う。


「取得」


《血液操作 Lv.6を取得しました》


《複数個体の血流を並行認識できます》


《治療操作と戦闘操作の並行精度が上昇します》


《血液感知との統合処理を開始します》


《注意》


《操作可能な血液量は増加しません》


《自血を使用した場合、消費した血液は失われます》


《健康な対象の体内血液を無条件で支配することはできません》


制限は変わらない。


魔力がいくらあっても、自分の血が無限になるわけではない。


生きている人間の血を、外から勝手に動かせるわけでもなかった。


それでいい。


次に《返血》を開く。


《返血 Lv.2》


《必要SP:6》


《取得しますか?》


「取得」


《返血 Lv.2を取得しました》


《複数対象への同時返血が可能になりました》


《対象固有血液の識別精度が上昇します》


《返血時の流量補正を取得しました》


《短時間の循環補助が安定します》


《血液操作 Lv.6との連携を確認》


《並行処理可能数が上昇します》


診工守に保存されていた少量の血液標本を三つ用意させる。


すべて以前の患者から検査用に採取し、本人の治療記録へ登録されているものだった。


容器を並べ、《返血》を使う。


誰の血かが、以前より明確に分かる。


名前を読まなくても、一つ目と二つ目が別人のものであり、三つ目には少量の異物が混ざっていることまで感じ取れた。


血を戻す相手がいないため、実際には流さない。


識別だけを終えて容器へ返す。


残るSPは四。


最後に選んだのは、血の攻撃技能ではなかった。


《影縛 Lv.1》


《必要SP:4》


《対象の影へ干渉し、身体行動を制限します》


《非殺傷制圧に適性があります》


《取得しますか?》


人間が武器を向けてきた時、殺さずに止める方法が必要だった。


セイルを影へ沈めた時のように、今までも影で動きを妨げることはできた。ただし、そのたびに自分で影の形と拘束位置を細かく調整していた。


戦いながら患者を治療する場合、そこへ意識を割き続ける余裕はない。


「取得」


《影縛 Lv.1を取得しました》


《単一対象への影拘束が可能になりました》


《複数対象へ分散した場合、拘束力が低下します》


《大型個体および高出力個体には完全拘束できない場合があります》


《影の希薄な環境では効果が低下します》


《保有SP:0》


すべて使った。


治療室の床へ立ち、自分の影を見下ろす。


少し離れた場所に搬工守を一体呼び、その足元へ影を伸ばした。


「動いて」


搬工守が前へ進もうとする。


影が足元へ絡みつき、車輪が床へ固定された。


機械相手なので抵抗の仕方は人間と違う。それでも、搬工守が出力を上げても、数秒間は位置を動かさずに止められた。


影縛を解除する。


搬工守は何事もなかったように移動を再開した。


「これなら止められる」


患者へ武器を向ける人間。


傷が開くのに勝手に歩こうとする患者。


捕らえて話を聞く必要がある敵。


すぐに殺す必要がない相手へ使える。


血液操作は六段階目。


返血は二段階目。


影縛は一段階目。


戦う力と、助ける力と、殺さずに止める力を得た。


それでも、第七層に足りないものは多い。


十一人分の患者を寝かせる正式な治療区画。


現地へ持ち込む薬と水。


自分が眠っていても、患者の異常を知らせる仕組み。


大量の食料。


何より、自分一人しか治療を判断できない状態を変える必要があった。


私は第六層から運び込んだ資材の一覧を開く。


清浄布。


固定具用樹脂。


循環補助液の原料。


空の保存容器。


大型設備用の部品。


そして、第六層中央区画で停止している大型作業個体。


《架工守》


《状態:休眠》


《主機構損傷率:38%》


《修復可能》


十一人の寝台を運び、治療区画を広げるには、今の搬工守だけでは時間がかかる。


「次は、これを直す」


救命転送網はまだ再開しない。


患者を探し始める前に、次の患者を受け入れられる場所を作る。


私は修復に必要な部品を選び、搬工守たちへ第六層へ向かう準備を命じた。


静かだった第七層に、作業個体の駆動音が戻り始めた。


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