第二十二話 《十一人分》
診工守の光が、治療室へ並ぶ十一人を順番に調べていく。
腹部に傷を負ったルークと、深血心核の補助から離れたばかりのニルスは、すぐに処置台へ移された。ほかの九人も負傷や衰弱の程度に合わせ、空いている医療台と簡易寝台へ分けられていく。
第七層へ患者が一度に十一人も入ったことはない。
医療台が足りないため、搬工守が保管区画から古い台を運び、縫工守が清浄布を張り直していた。治療室の中央だけでは収まらず、隣の待機室まで患者で埋まっている。
私は一人ずつの診断結果を確認した。
《同行保護対象:11》
《重篤:2》
《中等症:3》
《軽症および衰弱:6》
《脱水症状:全対象に確認》
《低栄養状態:9》
《長時間の絶食状態:7》
まず水が必要だった。
けれど、全員へ同じように飲ませていいわけではない。
《経口摂取可能:6》
《少量ずつの経口摂取を推奨:3》
《経口摂取禁止:2》
ルークとニルスは、今すぐ口から水を入れれば吐いたり、気道へ入ったりする危険がある。二人には薬工守が管をつなぎ、循環維持液と水分を少量ずつ送ることになった。
残りの九人には、温度を調整した水を用意する。
「搬工守。水、いっぱい」
一体では足りなかった。
待機していた搬工守を三体呼び、清潔な容器を運ばせる。薬工守には、水へ少量の塩と糖を加え、弱った身体へ吸収しやすいものを作らせた。
出来上がったものは、ただの水より僅かに味がついている。
最初に受け取ったのはセイルだった。
右脚を固定されたまま器を両手で持ち、警戒するように中身を覗き込む。
「薬ですか?」
「水。少し塩と甘いのが入ってる」
「毒では?」
「まだ疑うの?」
「職業柄です」
セイルが少量を口へ含む。
飲み込んだあとも、すぐには次へ進まなかった。身体の反応を確かめ、問題がないと判断してから、ようやくもう一口飲む。
「普通の水ですね」
「最初からそう言ってる」
「少し味があります」
「身体に必要だから」
その横ではミレアが容器を受け取ろうとしていたが、腕へ力が入らず、持ち上げた途端に傾いた。
落ちる前に血糸で支える。
「持つ」
「自分で飲めます」
「こぼす」
「今のは手が滑っただけです」
もう一度渡してみると、今度は指が震え、容器の縁から水が少しだけ溢れた。
私は何も言わず、血糸で底を支えた。
ミレアもそれ以上は反論せず、少しずつ水を飲む。
エナは息子のそばから離れようとしなかった。
自分のために渡された水も、先にニルスへ飲ませられないかと尋ねてきたが、今は口から入れられないと説明する。
「水は別の管から入れてる」
薬工守がつないだ管を示すと、エナはようやく自分の容器へ口をつけた。それでも一口飲むたび、ニルスの呼吸を確認している。
ガルドは壁際の簡易寝台で、右手だけを使って器を持った。
一気に飲み干そうとしたため、途中で取り上げる。
「少しずつ」
「喉が渇いている」
「急に飲むと吐く」
「この程度で吐くほど弱ってはいない」
「肋骨二本、左腕骨折、失血、脱水」
「並べられると重傷に聞こえるな」
「重傷だから寝てる」
ガルドは諦め、今度は言われた通りに少しずつ飲んだ。
十一人へ水分を行き渡らせたあと、次は食事だった。
《経口食事可能:5》
《流動食を推奨:4》
《経口摂取禁止:2》
全員分を一度に作る必要がある。
生活区画へ戻り、保存庫を確認した。
狩った魔獣の肉は十分に残っている。根菜や乾燥させた香草もある。けれど、十一人へそのまま焼いた肉を出すわけにはいかない。
身体が弱っている者でも食べられるよう、柔らかく煮込む必要があった。
「大きい鍋がいる」
普段使っている鍋では、二人か三人分しか作れない。
炉工守へ調理可能な容器を探させると、保管区画から丸い金属容器が運ばれてきた。私の腰より高く、両腕を広げても抱えきれないほど大きい。
《大量調理用加熱容器》
《内部洗浄済み》
《使用可能》
「最初からあったの?」
炉工守は答えない。
レオンやリノを治療していた時には、こんなに大きな鍋を使う必要がなかったため、候補へ出さなかったらしい。
魔獣肉を細かく切り、根菜と一緒に入れる。
水を多めに加え、塩と香草は少なくした。弱った身体へ濃い味を入れない方がいいと、薬工守の判定も出ている。
炉工守が鍋の下へ熱を入れた。
私一人で切るには量が多いため、縫工守にも刃物を持たせ、肉と根菜を一定の大きさへ切るよう命じる。
治療用の作業個体へ料理をさせることには少し抵抗があったが、器具は調理用に分け、事前にすべて洗浄した。
搬工守が切った材料を運び、炉工守が火を調整し、薬工守が味と栄養を確認する。
私は鍋の中身を大きな棒で混ぜた。
「多い」
自分のために作っていた食事とは量が違う。
肉を一枚焦がしても自分が食べれば終わるが、今は十一人分だった。失敗すれば、全員の食事がなくなる。
火を弱め、時間をかけて煮込む。
肉がほぐれ、根菜が指で潰せるほど柔らかくなったところで、経口食事が可能な五人分を別の器へ取り分けた。
残りはさらに煮崩し、流動食に近い状態へする。
薬工守が一人ごとの量を示した。
《ガルド・ヴェイン:通常軟食》
《ミレア・セイン:少量軟食》
《セイル・ロウ:通常軟食》
《エナ:少量軟食》
《ハンス:少量軟食》
《ほか4名:流動食》
《ルーク・フェイン:経口摂取禁止》
《ニルス:経口摂取禁止》
「十一人分、できた」
食事を並べるための盆も足りない。
搬工守に板を運ばせ、縫工守が器の滑り止めになる布を敷いた。即席の食事用台が何枚も作られ、治療室と待機室へ順番に運ばれていく。
最初に匂いへ反応したのはガルドだった。
「肉か」
「魔獣の肉」
器を受け取ろうとした右手が止まる。
「何の魔獣だ?」
「角がある四本脚」
「種類は?」
「知らない。食べられるって出た」
ガルドは料理と私を見比べた。
「毒見はしたのか」
「作りながら食べた」
「それは味見ではないのか」
「似てる」
セイルが先に一口食べた。
肉を噛み、僅かに眉を寄せる。
「かなり薄味ですね」
「弱ってるから」
「まずくはありません」
「おいしい?」
「まずくはありません」
同じ言葉を繰り返された。
レオンなら、もう少し分かりやすく感想を言ったかもしれない。
ミレアは匙を持つ手が安定しないため、血糸で手首を支えた。本人は最後まで自分で食べると言い張ったが、器へ落とす量の方が多くなったため、途中から私が匙を持つことになった。
「口、開けて」
「子供ではありません」
「でも自分で食べられない」
「もう少し回復すれば」
「今食べないと回復しない」
ミレアは少しだけ迷い、諦めたように口を開けた。
一口。
飲み込むのを待ってから、次を運ぶ。
「味は?」
「優しい味です」
「薄い?」
「今の私には、ちょうどいいと思います」
セイルより感想が分かりやすかった。
エナは食事を受け取っても、ニルスから目を離さなかった。
私は息子の横へ食事台を置き、彼女が手を握ったままでも食べられる位置へ器を動かした。
「エナも食べて。ニルスが起きた時、倒れてたら困る」
その言葉で、ようやく匙を取った。
一口食べ、しばらく目を閉じる。
「温かい……」
それだけ呟き、少しずつ食べ続けた。
深血心核に捕らえられていた間、まともな食事を取れていなかったはずだった。容器から流し込まれる血と液体だけで、身体を生かされていた。
温かいものを口から食べるのは、何日ぶりかも分からない。
途中で泣き始めたが、私は何も言わず、次の器を運んだ。
意識の戻っていない四人には、薬工守の指示に従い、少量の流動食を管から入れる。
一気には送らない。
胃の動きを確認しながら、時間をかけて少しずつ入れていく。
ルークとニルスには、まだ食事を与えられない。二人には水分と必要な栄養だけを、循環維持用の管から補う。
「二人だけ食べられない」
エナが心配そうにニルスを見る。
「今入れる方が危ない。起きて、飲み込めるようになったら作る」
「同じものを?」
「もっと柔らかいの」
「この子は肉が好きです」
「なら治ってから肉を焼く」
エナは小さく頷いた。
十一人へ水と食事を配り終えた頃には、大鍋の中身はほとんどなくなっていた。
自分の分を取り忘れている。
鍋の底を探すと、煮崩れた根菜と小さな肉が少しだけ残っていた。器へ移し、治療室の入口へ座って食べる。
冷めかけていたが、味は悪くない。
治療室からは、人が匙を器へ当てる音や、水を飲む音が聞こえていた。
今までは、診工守や搬工守の駆動音しかなかった場所だった。
一人でも静かだとは思わなかった。
レオンが帰ったあと、初めて静かだと感じた。
今は逆だった。
「多い」
患者が十一人。
エドガーまで数えれば、施設の中にいる人間は十二人になる。
食器も寝台も、清浄布も足りない。
明日も食事が必要になる。
水も、薬も、魔獣肉も補充しなければならない。
それでも、誰かが食べる音のする治療室は嫌ではなかった。
ガルドが空になった器を置き、こちらを見た。
「エルセリア」
「何?」
「もう一杯あるか」
鍋の底を見る。
「ない」
「そうか」
「明日は多く作る」
「明日も作るつもりなのか」
「患者が食べるから」
ガルドは少し黙り、治療室にいる仲間と、救出された村人たちを見回した。
「世話になる」
「うん。動かないで」
食事を終えた者から、薬工守が薬を配り始める。
私は空になった器を集め、搬工守へ洗浄区画まで運ばせた。
十一人分の水。
十一人分の食事。
作るだけで、思っていたより長い時間がかかった。
けれど、患者を生かすのは傷を閉じることだけではない。
飲ませる。
食べさせる。
眠らせる。
また目を覚ませるようにする。
治療室へ並ぶ十二人の心拍を確かめながら、私は次の食事に必要な量を記録へ追加した。




