↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第三部 《二十四時間の境界》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/99

第二十一話 《十二の鼓動》

帰還まで残り二十三時間。


礼拝室の中には、十二の心音が重なっていた。


十一人の患者と私。


強いものもあれば、途切れそうなほど弱いものもある。ニルスの鼓動は血糸の補助を弱めるとすぐに間隔が広がり、ルークは熱が上がるたびに呼吸を浅くした。


私は二人の間へ座り、片手でニルスの循環を支えながら、もう片方の手でルークの腹部へ触れていた。


眠ることはできない。


代わりに数分だけ目を閉じ、血液感知へ意識を残したまま身体を休ませる。それを何度も繰り返した。


「本当に寝なくて平気なのですか」


セイルが入口の防壁越しに通路を見張りながら尋ねた。


「平気ではない。でも動ける」


「それを平気とは言いません」


「みんな同じこと言う」


「あなたが毎回同じ答えをするからでしょう」


反論しようとしたが、ニルスの心拍が弱くなったため、血糸を収縮させて末端から戻る血を押し上げた。


一度。


二度。


自発的な鼓動が戻るまで補助する。


ニルスの母親であるエナは、息子の手を握ったまま、その様子をじっと見ていた。


彼女自身もまだ患者だった。身体には深血因子が残り、長時間容器へ入れられていたことで体力もほとんどない。それでも、目を覚ますたびに息子の呼吸を確認している。


「眠ってていい」


私が伝えると、エナは息子の手を離さないまま首を横へ振った。


「この子が目を覚ますまで」


「先にエナが倒れる」


「もう一度眠って、起きた時にこの子がいなかったらと思うと……」


言葉の途中で声が震えた。


私はニルスの胸元へ触れている血糸を少し持ち上げ、心拍に合わせて赤い光が動いていることを見せた。


「止まりそうになったら分かる。いなくならない」


エナは光を見つめたあと、ようやく身体を横へ倒した。それでも、息子の指だけは握ったままだった。


壁際ではガルドが眠っている。


折れた左腕と肋骨を固定されても、剣は右手の届くところへ置いていた。ミレアも魔力を使い切った影響で眠り続け、セイルだけが時折休みながら見張りを代わっている。


戦える状態なのは私一人だった。


それでも、最深部の深血心核が休眠してからは、新しい魔物の気配は現れていない。


このまま何も起きなければ、残り時間を耐えられる。


そう思った直後、礼拝室の中央から異なる心拍が聞こえた。


一度だけ、強く跳ねる。


続いて、二度目。


人間の心臓では出せないほど重い音が、救出した七人の身体からほぼ同時に伝わってきた。


「起きて」


私が声を上げると、セイルがすぐに弩を構えた。


ガルドも目を開き、剣へ手を伸ばす。ミレアは身体を起こそうとしたが、折れた脚へ力がかかる前に血糸で止めた。


「何が起きた」


「深血因子が動いてる」


救出した七人の血管が、皮膚の下で赤黒く浮かび始めていた。


最も定着率の高かった男は、眠ったまま背中を反らし、指を強く曲げる。黒く戻りかけていた爪が伸び、床へ食い込んだ。


別の女性も喉を押さえ、息ができないように身体を震わせている。


ニルスの心拍まで急に速くなった。


「心核は止まったのではなかったのですか」


ミレアが銀の印章を握りながら尋ねた。


「休眠しただけ。残ってる血を呼んでる」


最深部から、深血心核の鼓動が伝わってくる。


壁も床も隔てているはずなのに、その音は七人の体内へ残った因子だけを通じて、直接意識へ届いていた。


《深血因子の共鳴を確認》


《発信源:深血心核》


《対象群の血統変質が再開します》


《推定完全変質まで:2時間17分》


「二時間しかない」


帰還まではまだ十九時間以上残っている。


それまで変質を抑えるだけでは足りない。


体内に残った因子を、今度こそ自力で動けないところまで減らす必要があった。


最も変質の強い男が目を開いた。


両目が暗い赤へ染まり、焦点は合っていない。身体を起こそうとする力は、救出した直後とは比べものにならなかった。


セイルが弩を向ける。


「待って。まだ人間」


男が床を蹴った。


私は影を広げ、両腕と脚を床へ沈ませる。動きを完全には止められず、上半身が持ち上がったため、伸ばした手から血糸を放って胸と腰へ巻きつけた。


「離せ……」


声は出たが、本人の意思で話しているようには聞こえなかった。


男は血糸へ爪を立て、引きちぎろうとする。


「名前、分かる?」


返事はない。


エナが震えながら顔を上げた。


「ハンスさんです。私たちと同じ村の……」


「ハンス、聞こえる?」


赤い瞳が一度だけ私へ向いた。


「喉が……渇く」


その言葉とともに、ハンスの視線が近くにいるルークへ移った。


血の匂いへ反応している。


身体が変わり始めていても、まだ完全には失われていない。


「飲ませない。元に戻す」


私はハンスのそばへ膝をつき、首と腕へ血糸を触れさせた。


血液感知を深く広げる。


以前より、黒い因子の形がはっきりと分かった。


人間の血へ混ざっているだけではない。赤血球に似たものへ絡みつき、骨髄や臓器から新しい因子を作らせようとしている。


前に処置した時には、黒い血としてまとめて分けることしかできなかった。


今は、一つずつ違いが見える。


《血統適合率:6.82%》


《異種血統因子識別精度が上昇しました》


《深血因子の構造を解析します》


「返血だけじゃ足りない」


本人の血を戻しても、組織へ定着した因子が新しい黒い血を作り続ける。


なら、作られる前に止める。


私は血糸を細く分け、ハンスの血管を通じて骨髄へ近い場所まで意識を伸ばした。


直接組織を傷つけることはできない。


代わりに、深血因子だけへ自分の血統を触れさせる。


冷たい反応が返ってきた。


私を同じものだと認識し、取り込もうと近づいてくる。


「違う。従って」


拒絶するのではなく、自分の血統の下へ押さえ込む。


深血因子は抵抗した。


けれど、深血心核へ触れた時ほど強くない。人間の身体へ薄く定着した因子では、私の血統を上書きできなかった。


《外部血統の支配権を競合しています》


《マスターユーザー血統が優勢》


《深血因子の従属化を開始します》


ハンスの血管を走っていた赤黒い線が止まった。


黒い因子が血液から離れ、私の血糸へ集まってくる。


これまでのように、一つずつ血を抜いて分離する必要はない。身体の中にある状態のまま、異物だけを選び、血糸へ移せる。


血糸の先が黒く染まった。


自分の身体へ戻さず、その部分だけを切り離して回収容器へ落とす。


《血統因子定着率:23%》


《18%》


《11%》


ハンスの爪が短く戻り、硬くなっていた筋肉から力が抜けた。


赤く染まった瞳も、少しずつ元の茶色へ変わっていく。


「ハンス?」


エナが呼びかけると、男は苦しそうに息を吐いた。


「エナ……ニルスは……」


「生きています」


その返事を聞いたところで、ハンスは再び意識を失った。


変質は止まっている。


「戻った」


しかし、残る六人の因子も動き続けていた。


《血統適合率:9.37%》


《外部血統の従属化が進行しています》


《技能形成条件を満たしました》


《深血適合 Lv.1を獲得》


《効果》


《異種血統因子の識別精度を上昇》


《血統汚染への抵抗を強化》


《従属化した血統因子の分離および排出が可能》


《切り離された血液に限り、一時的な操作補助素材として利用可能》


新しい技能だった。


SPは消費していない。


深血心核の因子へ触れ、拒絶し、分離し、何度も返した結果、身体が自分で適応したらしい。


「残りもできる」


六人を一人ずつ処置する時間はない。


私は礼拝室の中央へ座り、救出した七人全員へ血糸を伸ばした。ハンスを含め、それぞれの首、腕、脚へ細い糸を触れさせる。


ニルスへつないでいた循環補助の糸は残す。


それとは別に、体内へ残る深血因子だけを探した。


七つの心拍。


七人分の血。


その中に混ざる、同じ異物。


魔力には余裕がある。


問題は精度だった。


一人へ集中した時と同じ細かさを、七人分同時に保たなければならない。


「話しかけないで」


ミレアたちへ先に伝え、目を閉じる。


深血因子が人間の血を真似ている。


それを一つずつ見分ける。


元からあった血。


あとから入れられた血。


身体の一部になりかけている因子。


完全には戻せないものもある。


それでも、変質を引き起こせる量だけは残さない。


「《深血適合》」


血糸を通じて、自分の血統を七人へ広げた。


黒い因子が反応する。


一斉に私へ向かってきたが、今度は取り込まない。従属させ、動けなくしたうえで、患者の身体から切り離す。


七人の血管から赤黒い色が引いていく。


血糸の先端だけが黒く染まり、次々に回収容器へ落ちた。


《対象一:血統変質停止》


《対象二:血統変質停止》


《対象三:血統変質停止》


表示が続く。


《対象四:停止》


《対象五:停止》


《対象六:停止》


《対象七:停止》


深血心核から伝わっていた鼓動が弱くなった。


七人の中に残っていた因子を通じても、もう呼び戻せない。


《深血心核との共鳴経路を遮断しました》


《全対象の血統変質予測を解除》


私は目を開いた。


六人の身体から黒い変色が消えている。


ニルスの心拍も、共鳴が始まる前より安定していた。深血因子が心臓の動きを妨げていた部分まで取り除けたらしい。


血糸による循環補助を弱める。


一度。


二度。


自分の力だけで鼓動を続けている。


《患者ニルス》


《自発循環:安定傾向》


《外部循環補助の解除が可能です》


最後まで残していた糸を外した。


エナが息子の胸元へ手を当てる。


「動いてる」


「もう私が動かさなくても平気」


エナの目から涙が落ちた。


今度は声を押さえず、息子の手を握ったまま泣いていた。


私は回収容器へ視線を向ける。


七人から取り除いた深血因子が、底で一つの黒い塊になっている。以前なら勝手に動き、人間の血へ戻ろうとしていた。


今は動かない。


《深血因子:従属状態》


《一時操作補助素材として利用可能》


血糸を一本伸ばす。


自分の血ではなく、容器の中にある黒い因子を少量だけ持ち上げる。細い糸の形へ変わったが、以前のように私へ入り込もうとはしなかった。


「使える」


ただし、患者の身体から抜いたものだった。


治療へ必要な場合を除き、武器に使う気はない。


黒い血糸を回収容器へ戻し、封を閉じる。


《血統適合率:12.04%》


《外部血統の従属化を確認》


《深血因子はマスターユーザー血統の下位因子として再構成されました》


《敵対的変質:なし》


《通常時の外見変化:なし》


身体を確かめる。


赤い目も牙も、肌も今までと変わらない。


翼も《飛行》を使わなければ現れない。


ただ、血液感知を広げた時に分かる範囲が以前より細かくなっていた。誰の血かだけではなく、その中へ混ざる異物や血統の違いまで輪郭を持って感じられる。


「大丈夫なのですか」


ミレアが心配そうに尋ねた。


「変わってない」


「先ほど、黒い血を操っていました」


「私の血の方が強かったから、従わせた」


「説明を聞いても安心できません」


「私は平気。七人も戻った」


ガルドが横になったまま、救出された者たちを見回した。


「教会がこの事実を知れば、必ず調査する」


「武器を持って家に来ないで」


「私に決定権はない」


「なら場所は言わないで」


「我々も場所を知っているのか?」


「知らない」


ガルドは少し考え、ようやく自分たちがどこへ運ばれるのかも知らないことに気づいたらしい。


「報告をしないとは約束できない」


「うん」


「だが、見たことを変えて報告するつもりもない。吸血鬼に襲われたとは言わない」


「治療したって言って」


「十一人を一人で治療した吸血鬼がいると報告すれば、それはそれで大事になると思うが」


「じゃあ、少なく言って」


「報告書に少なく書くという項目はない」


話しながらも、ガルドの声に最初の警戒はほとんど残っていなかった。


私が吸血鬼であることを忘れたわけではない。


それでも、目の前で十一人を治療した事実を無視することもできないのだと思う。


「エドガーと相談して」


「隊長が目を覚ましていればな」


「起きてるかも。でも勝手に動いてたら怒る」


「隊長にそう言える者は、教会にも多くない」


「患者なら言う」


ガルドは小さく笑い、その動きで肋骨が痛んだのか、すぐに顔をしかめた。


「笑わないで」


「お前が原因だ」


「知らない」


---


帰還まで残り六時間になる頃には、礼拝室の空気が少し変わっていた。


七人の行方不明者のうち、エナを含む三人が短い会話をできるまで回復した。ほかの四人も意識こそ戻っていないが、呼吸と心拍は安定している。


ルークの熱は残っている。


腹部の炎症も進み始めていた。


施設へ戻ればすぐに再処置が必要だったが、帰還まで維持できる範囲には収まっている。


ニルスは自分の心臓だけで循環を続けていた。


私はようやくニルスから離れ、礼拝室の壁へ背中を預けた。


少しだけ眠れる。


「一時間で起こして」


セイルへ頼むと、彼は弩を横へ置いて頷いた。


「異常があれば、すぐに起こします」


「誰かの心拍が変わっても」


「私には心拍までは分かりません」


「血糸を残す」


十一人へ細い血糸を触れさせ、脈拍が大きく乱れれば私の指へ伝わるようにする。


魔力には十分な余裕がある。


自分の血も魔獣の血で補っていたため、これくらいの細い糸なら長時間維持できる。


目を閉じる。


深く眠れば起きられないかもしれないと思ったが、意識はすぐに沈んだ。


次に目を開けた時、セイルの顔が近くにあった。


「一時間です」


「何かあった?」


「異常はありません。あなたが本当に起きるか確認していました」


「起きた」


身体は重いが、頭は少しだけ明瞭になっていた。


《帰還可能まで》


4:51:36


残り五時間。


全員を転送地点へ集める準備を始める。


施設へ確認すると、帰還経路の再形成が進み、私の周囲にいる保護対象も同行させられることが分かった。


《緊急再派遣終了時、同行保護対象の登録が可能です》


《登録条件》


《マスターユーザーとの接触経路を維持》


《帰還範囲内への配置》


《現在登録可能数:15》


十一人なら足りる。


移動台を礼拝室の中央へ並べ、歩けない者を乗せる。ガルドとセイルも自分で歩こうとしたが、帰還直前に傷を悪化させる意味はないため、壁際へ座らせたまま血糸をつないだ。


ミレアが銀の印章を握り、私を見上げる。


「本当に全員を運べるのですね」


「できるって出てる」


「失敗する可能性は?」


「書いてない」


「それは成功するという意味ではないのでは」


「今さら残る方が危ない」


その言葉には、ミレアも反論しなかった。


十一人すべてへ血糸をつなぎ、私を中心に円を作る。


患者の身体を拘束するためではない。


帰還経路へ接続するための印だった。


《同行保護対象を登録します》


《対象数:11》


《生命反応:全対象で維持》


《帰還経路完成まで》


00:03:00


残り三分。


ガルドが右手で剣の柄を握り直した。


「到着先に危険はないのだな」


「私の家。診工守たちがいる」


「作業個体というものか」


「すぐ治療できる」


エナはニルスの隣へ横になり、息子の手を握っている。


ミレアとセイルも目を閉じず、床へ広がり始めた白い光を見ていた。


数字が減っていく。


00:00:10


私は十一本の血糸を確かめた。


誰も外れていない。


00:00:05


「帰る」


白い光が礼拝室全体へ広がる。


00:00:01


足元の石床が消えた。


次の瞬間、見慣れた治療室の白い照明が視界を埋めた。


十一人分の移動台と清浄布が、私を中心に広がっている。


診工守と薬工守が一斉に起動し、搬工守たちが待機位置から動き始めた。


治療室の奥では、医療台から身体を起こそうとしているエドガーがいた。


腹部を押さえながら、突然現れた仲間たちを見て動きを止める。


ガルド。


ミレア。


セイル。


ルーク。


全員がそろっていることを、何度も確かめていた。


「戻った」


私が伝えると、エドガーの灰色の目がこちらへ向いた。


「四人を探しに行ったはずだが」


「七人増えた」


「なぜ増える」


「いたから」


エドガーは何かを言おうとしたが、治療室へ並ぶ十一人を見て、言葉を失った。


《緊急再派遣終了》


《マスターユーザーおよび同行保護対象の帰還を確認》


《広域緊急救命転送網:安全点検へ移行》


《患者群の診断を開始します》


診工守の光が、十一人を順番に走査していく。


私は血糸を外し、ようやく全員を機械へ任せた。


「診工守。全員診て」


治療室が一斉に動き始める。


作業個体が患者を運び、薬工守が必要な薬を準備し、搬工守が空いている処置台を並べていく。


エドガーは仲間が運ばれていく様子を見たあと、もう一度私へ視線を戻した。


「全員、生きているのか」


「うん。今は」


その返事を聞くと、エドガーは医療台へ背中を戻した。


「そうか」


声が僅かに震えていた。


私は診工守から送られてくる十一人分の診断結果を開く。


帰ってきた。


けれど、治療はまだ終わっていない。


「続き、やる」


両手を洗い、新しい血糸を作った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。