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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第三部 《二十四時間の境界》

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第十七話 《扉の向こう》

内陣を離れて間もなく、ガルドの歩調が乱れ始めた。


ルークを背負っているのは右腕だけでも、身体を支えるたびに折れた肋骨へ負担がかかる。呼吸は少しずつ浅くなり、額から流れる汗も増えていた。


「代わる」


「まだ歩ける」


「歩けるのと、運べるのは違う」


ガルドは何か言い返そうとしたが、その途中で足が止まった。背中のルークが僅かに傾き、腹部を固定している血糸が強く張る。


私はルークの身体を受け取り、両腕で抱えた。


「悪い」


「あとで治すから、先に自分で歩いて」


ガルドは折れた左腕を胸へ固定したまま、壁へ右手をついて進み始めた。


階段では翼を出せない。ルークを抱え、腹部を揺らさないよう一段ずつ上る。途中で何度か呼吸と心拍を確認したが、出血が再開した様子はなかった。


それでも顔色は悪い。


返血で戻せた量だけでは足りず、身体の中に残っている血も少なかった。


礼拝室の近くまで戻ると、扉の内側で弩の弦が引かれる音がした。


「私」


短く声をかけると、しばらくして扉が僅かに開いた。


隙間からセイルが顔を出し、最初に私の腕の中のルークを見た。その後ろでは、ミレアが長椅子へ身体を預けたままこちらを見ている。


「副隊長」


ガルドの姿を認めたミレアが立ち上がろうとしたため、私はすぐに止めた。


「脚、折れてる。座ってて」


「ですが」


「全員いるから。まず治す」


礼拝室へ入り、ルークを床へ敷いた清浄布の上へ寝かせる。


ガルドも壁際へ座らせ、入口の罠と血の目印を確認した。私たちが離れている間、魔物が近づいた形跡はない。


「隊長は無事なのですか」


ガルドが尋ねると、ミレアは頷いた。


「この方が治療し、安全な場所へ運んでくださったそうです」


「そう聞いた」


「隊長だけでなく、私とセイルも助けられました」


ガルドは私へ視線を向けた。


赤い目と牙を確認したあとも、礼拝室へ戻る途中で警戒が完全に消えたわけではない。それでも、今は疑問をぶつけるよりルークの治療を優先すると決めたらしい。


「ルークを頼む」


「そのつもり」


私はルークの傷をもう一度確認した。


移動中に出血は再開していない。ただし、現地で閉じたのは太い血管と脾臓付近の裂傷だけで、腹部の中に別の損傷が残っている可能性がある。


診工守はここにいない。


手で腹部を触れ、《血液感知》を狭く広げる。


血の流れ。


腸管の動き。


傷ついた組織。


外へ漏れる血は感じないが、一部の流れが不自然に遅くなっていた。血糸で寄せた場所へ圧力が集中している。


このまま強く固定し続ければ、その周囲の組織が弱る。


一度、血糸を緩める。


ルークの身体が僅かに震え、傷の内側から新しい血が滲んだ。


「開いたのですか」


ミレアが不安そうに尋ねた。


「閉じ方を変える。今のままの方が危ない」


糸の位置をずらし、傷の両端ではなく、その周囲を広く支えるように通し直す。


一箇所だけを強く引くのではなく、何本もの細い糸で力を分ける。脾臓へ流れる血を残しながら、裂けた場所へだけ圧力をかけた。


滲んでいた血が止まる。


その状態を保ったまま、傷の外側へ清浄布と固定具を重ねた。


「ルークは?」


セイルが弩を抱えたまま尋ねる。


「すぐには死なない。でも血が足りないし、中の傷が全部見えてるわけじゃない」


「治療室へ戻れば助けられますか」


「戻れれば、今よりちゃんと調べられる」


帰還できるまで、まだ三十八時間以上ある。


それまでルークの状態を維持しなければならない。


第六層で見つけた循環維持液を一本取り出し、少量ずつ投与する。すべて使えば急な悪化へ対応できなくなるため、心拍が安定する最低限に留めた。


呼吸の間隔が少し整う。


次にガルドの肋骨を固定し、ミレアとセイルの傷も確認した。


ミレアの左脚は腫れ始めていたが、骨の位置はずれていない。セイルの脚と脇腹にも、新しい出血はなかった。


四人とも生きている。


しかし、誰も戦える状態ではない。


「ここを拠点にする」


私は礼拝室を見回した。


入口は一つ。


壁と天井はまだ崩れておらず、セイルの罠も残っている。魔物が侵入しても、正面から迎え撃てる構造だった。


長椅子を血糸で動かし、入口の内側へ二重の防壁を作る。完全に塞ぐと逃げられなくなるため、一人が通れる隙間だけを残した。


外側へは、音を鳴らす罠と、石材を落とす仕掛けを配置する。


セイルが手元を見ながら、罠の位置を少し変えるよう指示してきた。


「その糸はもう少し低い方がいいです。裂口骸は足元を見ません」


「分かった」


「左の石は固定しすぎないでください。重さで落とすので、途中で引っかかります」


言われた通りに動かす。


私よりセイルの方が、この場所で魔物を迎える方法を知っている。


作業を終えると、礼拝室の入口は最初より守りやすくなった。


「これなら、少しは耐えられます」


セイルはそう言ったものの、弩を持つ腕にはまだ力が足りない。魔物が何体も来れば、私がいない間に守り切るのは難しかった。


「私はどこにも行くなとは言わない」


ガルドが壁へ背中を預けたまま口を開いた。


「だが、あの扉の先へ行くつもりなら、理由を聞かせてほしい」


「血の匂いがした」


「それだけか」


「高位血統因子って出た。何かは分からない」


ガルドたちは意味を理解できていない様子だった。


私にも分かっていない。


ただ、《血統捕食》が強く反応している。扉から離れても、喉の奥に残る熱が消えなかった。


「地下聖堂から魔物が出始めた理由も、その先にあるかもしれない」


セイルがゆっくり頷く。


「我々も、同じ結論に近づいていました。裂口骸は内陣を守っていたのではなく、内陣の奥から逃げていた可能性があります」


「葬殿守も、扉に近づくものを全部殺すよう壊れてた」


「封印が破損し、中にあるものが影響を広げているのでしょう」


ミレアは銀の印章を握り、暗い表情で俯いた。


「地下聖堂が閉鎖された理由は、教会の記録にも残っていません。私たちに与えられた任務も、周辺で起きた失踪と魔物の増加を調べることだけでした」


「消えた人は何人?」


「確認できているだけで七人です。近隣の村人と、街道を通った行商人でした」


七人。


生きているなら、扉の先にいる可能性がある。


血液感知を内陣の方向へ向けても、厚い壁と術式に遮られ、その先までは届かない。


「見に行く」


「一人でか」


「みんな歩けない」


「それはそうだが」


ガルドは止めようとする言葉を探していた。


けれど、ここへ来た目的が行方不明者の調査だった以上、自分たちが動けないから見なかったことにしろとは言えなかったらしい。


「戻る時間を決めろ」


「どれくらい?」


「二時間だ。それを過ぎても戻らなければ、我々はここを出る方法を考える」


「誰も歩けないのに?」


「だからこそ、戻れない状況になるまで待ち続けるわけにはいかない」


正しい。


私が死んだり、扉の奥へ閉じ込められたりすれば、四人はこの礼拝室で動けないままになる。


「二時間で戻る。無理なら引き返す」


「約束できるか」


「できる範囲で」


ガルドが眉を寄せる。


「そこは言い切れ」


「何があるか分からないから、嘘は言えない」


彼はしばらく私を見たあと、諦めたように息を吐いた。


「二時間で戻る努力をしろ。それでいい」


「分かった」


出発する前に、保存していた魔獣の血を飲む。


戦闘と治療で減っていた血が身体へ馴染み、指先の感覚が戻った。水と保存食も少し口へ入れ、残りを四人の手が届く場所へ置いた。


薬の使い方をミレアへ説明し、ルークの呼吸が乱れた場合に確認する場所を教える。


「傷から血が出たら、ここを押さえて。糸は触らないで」


「分かりました」


「ガルドも動かないで」


「善処する」


「動く返事」


「必要がなければ動かない」


完全には信用できなかった。


それでも、今は任せるしかない。


私は礼拝室を出て、内陣へ続く階段を下りた。


葬殿守は停止したまま、巨大な扉の前へ横たわっている。


制御核の光は消えているが、生命反応そのものは残っていた。命令を止めただけで、完全に死んではいない。


その背中を越え、扉の隙間へ近づく。


血の匂いが濃くなった。


喉の奥が熱を持ち、牙の付け根が疼く。


《血統捕食》


《未知の高位血統因子との距離が縮小しています》


《警告》


《対象の適合性および危険性を判定できません》


「食べない」


自分へ言い聞かせる。


匂いが強いからといって、何かも分からないものを口へ入れるつもりはなかった。


両手を扉へ当てる。


隙間は狭く、身体を横へ向ければ通れる程度しか開いていない。血糸を内部へ伸ばし、扉の固定具へ絡めた。


吸血鬼の力で引く。


重い音を立てながら、隙間が少しずつ広がった。


冷たい風が吹き出し、黒髪と白いシャツの裾を後ろへ揺らす。


人一人が通れる幅になったところで、手を離した。


扉の向こうは、内陣よりさらに広い空間だった。


石造りの聖堂ではない。


壁も床も黒い金属で作られ、そこへ赤い溝が何本も走っている。溝の中には乾いていない血のような液体が流れ、空間の中央へ集まっていた。


天井からは太い鎖が何十本も垂れ下がっている。


すべての鎖が、中央に浮かぶ巨大な塊へつながっていた。


心臓に似ている。


私の身体より大きな赤黒い器官が、鎖に吊られながらゆっくりと収縮していた。


一度縮むたび、床の溝へ赤い液体が送り出される。


その周囲には、人間が入る大きさの透明な容器が並んでいた。


一つ。


二つ。


暗闇の奥まで続いている。


中には黒い液体が満ち、何かの影が沈んでいた。


《血液感知》を広げる。


最初に感じたのは、中央の巨大な心臓だった。


古く、強く、人間とも魔物とも違う血の流れ。


その周囲に、もっと弱い心拍が重なっている。


一つではない。


私は容器の数を追った。


《人間種生命反応を確認》


《生命反応:7》


ミレアが話していた行方不明者の数と同じだった。


七つの容器。


七つの弱い心拍。


全員、生きている。


けれど、容器から伸びる管は中央の心臓へつながっていた。人間の血が抜かれているのではない。


反対だった。


巨大な心臓から送り出された赤黒い液体が、七人の身体へ少しずつ流し込まれている。


《対象群に未知の血統因子を確認》


《身体変質:進行中》


《推定完全変質まで》


11:42:16


「時間がない」


四人を助ければ終わりではなかった。


帰還まで残り三十八時間。


変質が完了するまで、十二時間も残っていない。


私は巨大な心臓と、その周囲に並ぶ七人の患者を見上げた。


助ける人数が、また増えた。


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