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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第三部 《二十四時間の境界》

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第十四話 《境界を超える》

地下聖堂から返ってきた生命反応は、一つだけだった。


表示を拡大すると、その周囲には三つの空白が残っている。何も存在しない場所ではなく、術式によって内部を観測できない領域だった。


《人間種と推定される生命反応:1》


《生死判定不能領域:3》


《聖属性遮断術式、空間歪曲および地下構造物の影響を確認》


《残る隊員の生死は判定できません》


一人だけが生き残ったのではない。


残りの三人が、見えない場所にいる可能性がある。


救命転送網の再充填時間を確認する。


《再充填完了まで:19時間48分》


十九時間待てば、確実に見つかっている一人は死ぬかもしれない。ほかの三人については、生きているかどうかを確かめることさえできなくなる。


「今すぐ行く方法は?」


問いかけると、しばらく返答がなかった。


通常の機能では存在しないのかと思った頃、警告を示す赤い表示が現れる。


《緊急再派遣機能を検索します》


《管理者権限による安全制限の強制解除が可能です》


《救命転送網の再充填を中断した場合、転送基盤に過剰な負荷が発生します》


《緊急再派遣後、帰還経路の再形成に48時間を要します》


《制限期間中、以下の機能を使用できません》


《マスターユーザー帰還》


《患者収容》


《任意帰還》


《広域緊急救命転送》


「四十八時間、帰れない」


《その認識で正しいです》


施設から離れている間に新しい患者が見つかっても、収容できない。


地下聖堂で負傷者を発見しても、治療室へ運ぶことはできず、現地で処置しなければならない。


そして、エドガーをここへ残すことになる。


医療台へ近づき、診工守が表示している状態を確認した。


《患者:エドガー・ローディス》


《自発呼吸:安定》


《腹腔内出血:再発なし》


《感染兆候:現時点で確認なし》


《循環状態:回復傾向》


《自動経過観察:実行可能》


《48時間以内の重篤化予測:低》


低いだけで、絶対に起きないわけではない。


「急変したら?」


《診工守および薬工守による保存的処置を実行します》


《再出血、縫合部離開および急性腹膜炎が発生した場合、マスターユーザーによる処置が必要となる可能性があります》


《緊急再派遣中は帰還できません》


ここに残れば、エドガーの安全を確保できる。


けれど、地下に残された四人を見捨てることになる。


私は医療台の横へ椅子を置き、エドガーの銀色の印章を手に取った。


太陽と長剣が刻まれた表面へ触れると、登録された部隊情報が施設の文字へ変換される。


《地下聖堂調査隊》


《隊長:エドガー・ローディス》


《副隊長:ガルド・ヴェイン》


《従軍神官:ミレア・セイン》


《聖堂騎士:ルーク・フェイン》


《斥候:セイル・ロウ》


全員の名前が分かった。


どれが確認できた生命反応なのかまでは判別できない。


私は薬工守へ、エドガーの意識を短時間だけ戻せるか確認した。


《覚醒可能》


《会話可能時間の推奨上限:3分》


「起こして」


薬の投与量が調整され、しばらくするとエドガーの瞼がゆっくり開いた。


意識は戻っているが、呼吸にはまだ力がない。私を認識すると、灰色の目が僅かに細められた。


「仲間の反応を見つけた」


その一言で、眠気の残っていた瞳に意識が戻る。


私は地下聖堂の図を医療台の上へ表示した。確認できた生命反応と、観測できない三つの領域を示す。


エドガーは左手を動かそうとしたが、腕を持ち上げるだけでも腹部へ負担がかかる。私は手首を支え、指先が図へ触れられる位置まで運んだ。


彼が最初に指したのは、生命反応のある場所だった。


「ミレア……祭具保管室へ向かった」


掠れた声を出すたび、呼吸が浅くなる。


次に、奥へ続く二つの通路を順番に示した。


「ガルドとルークは……内陣へ。セイルは退路を……確保していた」


四人は三つの方向へ分かれたらしい。


「今行くと、四十八時間帰れない。エドガーもここに置く」


彼は一度目を閉じた。


自分が急変しても、私が戻れないことまで理解しているのかもしれない。


それでも、次に目を開いた時には迷いがなかった。


「行け」


「エドガーが悪くなっても帰れない」


「私は……もう助けられた」


「まだ治ってない」


エドガーは短く息を吐き、指先で生命反応の表示へ触れた。


「私を助けたせいで……あいつらを見捨てるな」


それ以上話させれば、傷に障る。


私は彼の手を医療台へ戻した。


「見捨てない。でも、エドガーも死なせない」


「欲張りだな」


「全員患者だから」


エドガーの口元が僅かに動いた。


薬が再び効き始め、灰色の目が閉じていく。


完全に眠る前、彼は残った力で一言だけ付け加えた。


「ミレアを……最初に」


「分かった」


呼吸が安定したことを確認し、私は椅子から立ち上がった。


---


四十八時間、施設へ戻れない。


必要なものをすべて持っていかなければならなかった。


魔獣の血を保存容器へ分け、水と食料を二日分より多めに用意する。第六層から回収した清浄布、循環維持液、固定具、薬、縫合器具も《影蔵》へ入れた。


血液を回収する容器は五人分。


救助対象は四人だが、途中で別の人間を見つける可能性もある。


飛行を使い続ければ自分の血と体力を消耗するため、魔獣の血も普段より多く持った。


診工守と薬工守には、エドガーの状態ごとに行う処置を登録する。


熱が上がれば冷却と薬の調整。


血圧が低下すれば循環維持液を追加。


腹部の出血が再発した場合は、外側から圧迫し、私が戻るまで侵襲的な処置を避ける。


意識を取り戻しても、医療台から降ろさない。


「暴れても止めて」


診工守が命令を記録する。


エドガーが起きた時のため、机へ短い記録を残した。


《四人を探しに行く》


《四十八時間は戻れない》


《勝手に動かないで》


最後の一行は少し強く書いた。


意識が戻れば、仲間を追って自分も動こうとするかもしれない。腹部を切り開いたばかりの身体で、施設内を歩かれては困る。


準備を終え、治療室の中央へ立つ。


《緊急再派遣》


《安全制限を強制解除しますか?》


《実行後48時間、帰還および救命転送機能を使用できません》


「解除する」


《最終確認》


《現在収容中の患者へ重大な異常が発生しても、帰還できません》


エドガーを見る。


静かな呼吸に合わせて胸が動き、腹部の数値も安定している。


それでも、置いていくことが正しいのかは分からなかった。


正しい方を選べないなら、助けられる可能性が多い方を選ぶ。


「実行する」


《管理者権限を確認》


《救命転送網の再充填を強制中断します》


《緊急再派遣先:地下聖堂祭具保管区画》


《確認済み生命反応へ接続します》


《帰還経路再形成まで》


48:00:00


床へ白い光が広がる。


私は翼を出さず、すぐに血針を作れるよう右手を開いた。狭い場所へ転送された場合、黒い翼を展開すれば壁や天井へ当たる可能性がある。


「行ってくる」


エドガーから返事はない。


光が強まり、治療室の景色が消えた。


---


転送先には床がなかった。


足元へ何もないと気づいた瞬間、私は《飛行》を起動した。


黒い翼が背中から広がり、落下していた身体を途中で支える。翼の先が崩れた石壁へ触れたが、姿勢を立て直して暗闇の中へ浮かび上がった。


祭具保管区画は、中央から大きく崩落していた。


床の半分以上が下層へ落ち、残っている部分も斜めに傾いている。壊れた棚や金属製の箱が縦穴へ引っかかり、僅かな足場を作っていた。


確認された生命反応は、その下にある。


《緊急再派遣完了》


《帰還経路:再形成中》


《帰還可能まで》


47:59:41


四十八時間の数字が減り始める。


《血液感知》を広げると、崩れた床の下から弱い心拍を感じた。


一つ。


まだ消えていない。


私は翼を畳むように狭め、瓦礫の間を下へ降りた。


十五メートルほど下に、傾いた石床が残っている。その奥には半円形の白い光があり、魔物のような黒い影が何体も周囲を歩き回っていた。


白い光は防壁だった。


内側には、祭具棚へ背中を預けた女性がいる。


白い神官服は血と土で汚れ、左脚が崩れた石材の下へ挟まれていた。右手には短い杖を握っているが、腕は震え、光の防壁も消えかかっている。


周囲にいる魔物は四体。


裂口骸より小さく、黒い皮膚の上に人間の顔に似た白い仮面をつけていた。


《鑑定》


《喰祈鬼》


《聖属性の魔力を捕食します》


《脅威度:低》


防壁が少しずつ食われている。


女性の心拍も弱い。


「ミレア?」


私の声が届くと、女性が顔を上げた。


薄い緑色の目が私を捉え、次に黒い翼へ向けられる。驚きと警戒が浮かんだが、杖をこちらへ向ける力までは残っていなかった。


「エドガーに頼まれた。助けに来た」


名前を聞いた瞬間、ミレアの表情が変わった。


「隊長は……」


声が途切れ、防壁が大きく揺れる。


「生きてる。私の家で寝てる」


説明として正しいはずだったが、ミレアは理解できないという顔をした。


今はそれでいい。


私は翼を傾け、防壁の外側へ降りる。


四体の喰祈鬼が一斉に仮面をこちらへ向けた。


「そこから動かないで」


動ける状態ではないと思う。


右手から血糸を伸ばし、最も近い一体の首へ巻きつける。喰祈鬼が飛びかかるより先に糸を引き、瓦礫の角へ頭を叩きつけた。


残る三体が左右へ散る。


私は飛行を解除し、傾いた石床へ両足を着いた。


黒い翼が消える。


狭い足場では、飛ぶより地面で戦う方が早かった。


影を防壁の周囲へ広げ、二体の足元を沈ませる。動きが止まったところへ血針を撃ち、薄い胸部をまとめて貫いた。


最後の一体は防壁へ飛びついた。


白い光へ仮面を押しつけ、残っていた魔力を吸い始める。


ミレアの右手から杖が落ちた。


防壁が消える直前、私は喰祈鬼の背中へ手を伸ばした。


指先から血糸を放ち、四肢へ巻きつけて引き剥がす。そのまま身体を石床へ固定し、血刃で仮面の下を切り裂いた。


生命反応が消える。


白い防壁も、それを追うように崩れた。


ミレアは杖を拾おうとしたが、指先が届く前に身体が横へ倒れた。


私は頭が床へ当たる前に受け止める。


「エドガーは……本当に?」


「生きてる。腹を閉じて、寝かせてきた」


「あなたが……治したのですか」


「うん」


私の赤い目と牙を見たまま、ミレアは何かを判断しようとしていた。


けれど、警戒を続ける体力は残っていなかった。


「吸血鬼が……どうして」


「その話、今まで二人にも聞かれた」


ミレアの左脚を確認する。


膝より下が石材に挟まれ、骨が折れている。肩にも深い裂傷があり、長時間防壁を維持したことで魔力と体力の両方を使い果たしていた。


「先に治す」


血糸を瓦礫へ巻きつけ、少しずつ持ち上げる。


石材が脚から離れた瞬間、滞っていた血が流れ始め、ミレアの顔が痛みに歪んだ。


折れた骨の位置を整え、固定具を巻く。肩の傷を洗って閉じ、水と回復用の薬を少しずつ飲ませた。


施設へ連れて帰ることはできない。


ここから四十八時間は、私が治療室の代わりにならなければならなかった。


処置を終えると、ミレアの心拍は僅かに強くなった。


「歩ける?」


「左脚は……無理だと思います」


「なら運ぶ」


「ほかの三人がいます」


「知ってる。全員探す」


ミレアは目を閉じかけながら、地下聖堂の奥を指した。


「ガルド副隊長とルークは内陣へ向かいました。セイルは私たちを逃がすため、退路に残っています」


エドガーの説明と一致している。


「どっちが近い?」


「セイルです。ただ、退路は崩落して……」


声が弱くなり、最後まで続かなかった。


私はミレアを背中へ負担がかからない形で抱き上げる。


左脚を揺らさないよう血糸で固定し、《飛行》を起動した。黒い翼が形成されると、ミレアの身体が僅かに強張った。


「魔物じゃないから」


先に伝えると、彼女は私の横顔を見た。


「今は……信じます」


「今だけ?」


「隊長の名前を知っていました。それに、私を食べるつもりなら、治療する必要はありません」


「リノより話が早い」


「リノ..?」


「帰ったら話す」


帰れるのは、早くても四十七時間後だった。


私は瓦礫の隙間を上昇し、崩れた祭具保管区画へ戻る。


ミレアが示した退路の方向には、生命反応が表示されていない。


それでも、観測不能領域の一つがその先にあった。


《帰還可能まで》


46:52:18


一人目を見つけるまでに、一時間以上使った。


残りは三人。


私はミレアを抱えたまま、崩れた退路へ向かった。


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