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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第一部《一人で生きる》

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第三話 《血》

《血液操作》を取得した翌日から、私は毎日少しずつ血を動かす練習を始めた。


最初にできたのは、指先から出した一滴を浮かせることだけだった。


目の高さまで持ち上げる。


右へ動かす。


途中で形が崩れ、床へ落ちる。


新しい血を出し、今度は左へ動かす。


また落ちた。


「難しい」


床についた血を布で拭き取り、指先へ新しい傷を作る。


傷自体は《再生》によってすぐに塞がった。しかし、流した血までその場で戻ってくるわけではない。


十回ほど繰り返した頃には身体が重くなり、喉の奥へ渇きが戻り始めていた。


私は指先を押さえ、練習を中断した。


「私の血なんだ」


当たり前のことだった。


魔力だけで作られた赤い液体ではない。動かした分だけ減り、床へ落として回収できなければ、そのまま失われる。


血液操作は便利な能力だったが、使う材料は自分の身体だった。


一滴なら大きな問題にはならない。


何十滴、何百滴と使えば、いずれ動けなくなる。


「使いすぎたら死ぬ?」


《血液量が生命維持基準を下回った場合、死亡する可能性があります》


「やっぱり」


当然の答えだった。


それからは一度に使う量を決めた。


練習に使った血は、できる限り指先へ戻す。床へ落ちたものは諦めるしかなかったが、空中で操作している間なら、傷口へ戻して吸収させることもできた。


最初は半分も戻らなかった。


何度か試すうちに、一滴を失わず往復させられるようになった。


浮かせる。


動かす。


戻す。


それが安定してから、形を変える練習へ進んだ。


必要なのは刃物だった。


尖った石でも肉は切れるが、皮を剥ぐには時間がかかる。強く押せば滑り、指を傷つける。何度も使えば先端が欠け、別の石を探さなければならなかった。


私は浮かせた血を細長く伸ばした。


「薄く」


赤い滴が震え、楕円形に広がる。


「もっと長く」


形が崩れた。


血は液体だった。


細く伸ばせば千切れ、厚くすれば重さに耐えられず落ちる。


言葉で命令するだけでは足りない。


幅を狭くする感覚。


血を一か所へ押し固める感覚。


液体のまま動かす部分と、形を固定する部分を分ける感覚。


毎日試し、失敗するたびに少しずつ調整した。


数日後、指ほどの長さをした赤い板ができた。


私は崩さないように慎重に持ち、指で表面へ触れた。


柔らかい。


少し押しただけで曲がった。


「これじゃ切れない」


次は硬さだった。


血を液体ではなく、固まりかけた状態へ変える。


傷が塞がる時、流れていた血が粘り、固まっていく。私は指先へ小さな傷を作り、そこにできる血の塊を観察した。


流れている時と、固まった後では手触りが違う。


その変化を、血液操作で再現する。


圧縮する。


流れを止める。


形を固定する。


赤い板の表面が、僅かに光を反射した。


床へ落としても崩れなかった。


「できた」


拾い上げ、石へ当てる。


赤い板は簡単に折れた。


しばらく見つめてから、新しいものを作る。


厚くすれば折れにくいが、刃にはならない。


薄くすれば切れそうになるが、柔らかくなる。


硬くしすぎれば、今度は脆くなった。


水を汲み、火を起こし、肉を焼き、眠る。


その合間に血を出しては、形と硬さを変える。


何度も同じ形を作っていると、以前より少ない集中で維持できるようになった。


《技能熟練度の上昇を確認》


《血液操作 Lv.1》


《血液操作 Lv.2》


私は表示を見上げた。


「SPは使わないの?」


《技能レベルは、適切な使用経験および習熟によって上昇します》


「使えば強くなる?」


《単純な反復のみでは、熟練として認められない場合があります》


意味もなく血を上下させるだけでは駄目らしい。


目的を持ち、失敗し、調整した経験が必要になる。


「それなら、まだ使う」


血液操作がLv.2になると、形の維持が明らかに楽になった。


私は十五センチほどの細長い板を作り、片側だけを薄くする。


先端を尖らせ、反対側には指を添えられるだけの厚みを残した。


元の世界で使っていた包丁とは似ても似つかない。


握るための柄もなく、赤く半透明で、少しでも集中を乱せば形が崩れる。


それでも、必要なのは見た目ではなかった。


私は狩ってきた小型魔物の肉へ、赤い刃を当てた。


ゆっくり引く。


表面へ切れ目が入った。


もう一度。


今度は肉の中まで刃が通った。


「切れる」


尖った石よりも軽く、切る方向を自由に変えられる。


刃が欠けても、新しい血を少し加えれば形を直せる。


皮を剥ぎ、肉を分け、硬い筋へ刃を当てる。


骨までは切れなかったが、解体に使うには十分だった。


《技能構造を確認》


《新規技能候補を生成》


《血刃》


《血液を刃状に形成し、強度と切断力を維持する系統技能》


《必要SP――1》


私は保有SPを確認した。


《保有SP――0》


「足りない」


今作った刃は、《血刃》そのものではないらしい。


《血液操作》で無理に形を再現しているだけで、集中が切れれば崩れ、使い続ければすぐに鈍くなる。


《血刃》を取得すれば、より少ない血と負担で安定した刃を作れるのだと思う。


「候補は、どうやって出るの?」


《技能候補の生成条件には、個体適性、理解、使用経験、必要性および前提技能が含まれます》


火を必要としていたから《微火》が現れた。


水や食べ物を調べられなかったから《鑑定》が現れた。


刃物を求め、血を刃の形へ変え続けたことで、《血刃》が候補になった。


「何でも作れるわけじゃない?」


《適性または前提条件を満たさない技能は生成されません》


「そう」


必要だからと願うだけでは足りない。


その力を理解し、自分で近づかなければ候補にすらならない。


少し面倒だった。


けれど、何でも簡単に手に入るよりは信じられた。


《血刃》はまだ取得できない。


それでも、簡易的な刃を作れるようになったことで、日々の解体はかなり楽になった。


肉を切る。


皮を剥ぐ。


筋を断つ。


使うたびに形を調整し、切れ味が落ちれば作り直す。


生活のために作った刃だった。


それを初めて、戦うために使う日が来た。


その日は、水場から拠点へ戻る途中だった。


獣皮と細い筋を組み合わせて作った袋へ水を入れていたが、継ぎ目から少しずつ漏れている。


両腕で抱え、こぼさないように歩いていると、《血液感知》へ反応が入った。


正面。


一体。


これまで狩ってきた洞窟鼠より大きい。


私は足を止め、水袋を床へ置いた。


暗い通路の奥から、黒い四足獣が現れる。


犬に似ているが、前脚だけが異様に長い。頭部の半分近くを口が占め、閉じた状態でも牙の先端が外へ出ていた。


相手も私に気づいた。


身体を低くし、喉の奥で音を鳴らす。


「帰って」


通じるはずもなかった。


黒い獣が床を蹴る。


私は横へ跳び、水袋から離れた。


爪が腕を掠め、巻いていた布が裂ける。皮膚へ浅い傷が入り、血が滲んだ。


獣は通路の壁へ脚をつき、ほとんど速度を落とさず向きを変える。


速い。


私は床の石を拾い、投げた。


頭へ当たったが、獣は僅かに揺れただけだった。


「効かない」


逃げようとしても、水場へ続く通路は狭い。相手の方がこの場所の動き方を知っている。


戦うしかなかった。


腕の傷から流れた血を集める。


細長く伸ばし、片側を固める。


赤い簡易刃が右手へ形成された。


獣が再び跳びかかる。


避けきれず、左腕を噛まれた。


牙が皮膚を突き破り、骨の近くまで入る。


「痛い!」


腕を引いても離れない。


私は右手の刃を獣の首へ突き立てた。


刃が浅く入り、途中で形を崩す。


獣は首を振り、私の身体を壁へ叩きつけた。


背中へ衝撃が走る。


噛まれている左腕から、血が流れ続けていた。


獣の首にも傷がある。


《血液感知》を意識すると、自分の血と相手の血が別々の流れとして分かった。


私は獣の傷口へ意識を向ける。


流れ出ている血だけを、こちらへ引く。


僅かに動いた。


《他個体血液への干渉を確認》


《操作抵抗――高》


《体内血液への直接干渉――不能》


相手の身体の中にある血までは動かせない。


傷口から外へ出た分だけなら、少し方向を変えられる。


「それでもいい」


首の傷から流れる血を引き、視界へ飛ばす。


獣が反射的に顔を振った。


その瞬間、噛む力が緩む。


左腕を引き抜き、横へ回る。


新しい簡易刃を作り、後ろ脚へ振り下ろした。


刃が筋へ届く。


獣が体勢を崩した。


私はすぐに背後へ回り、首の傷へもう一度刃を入れた。


一度では足りない。


二度。


三度。


血が流れ、獣の動きが弱くなる。


最後に首の深い位置へ刃を押し込み、血の流れが止まるまで離れなかった。


やがて、獣の身体から力が抜けた。


私は少し離れ、壁へ背中を預けた。


左腕が痛い。


服代わりの布は血で濡れ、傷の周囲には牙の跡が残っている。


《再生――発動中》


《血液不足により再生速度が低下しています》


「怖かった」


誰も聞いていなかった。


言葉にしなければ、今起きたことをすぐに忘れてしまいそうだった。


黒い獣の死体を見る。


最初の鼠を殺した時ほど、動揺はしなかった。


それが少し気になった。


けれど、今は血を補わなければ腕が治らない。


「食べるから」


言い訳のように口にしてから、獣の首へ牙を立てた。


血を飲むと、身体の重さが少しずつ消えた。


左腕の傷も塞がり始める。


完全に治るまで待ち、簡易刃で獣を解体した。


皮も、肉も、骨も使える。


水袋は床へ倒れていたが、全部はこぼれていなかった。


私は獣の肉と残った水を持ち、拠点へ戻った。


その夜、火の前で左腕を確かめる。


傷は消えていた。


《再生》は強い。


身体も速く、普通の人間より力がある。


血まで動かせる。


それでも、噛まれた時は痛かった。


首を外されていたら、再生する前に死んでいたかもしれない。


近づかなければ攻撃できないのは危険だった。


「遠くから使えればいい」


指先から少量の血を出す。


細く伸ばし、短い針の形へ固める。


空中へ浮かべ、壁へ向ける。


押し出す。


血の針は一メートルほど飛び、壁へ当たって潰れた。


威力はない。


方向も少しずれている。


私は新しい針を作った。


今度は先端を細くし、後ろ側へ少し厚みを持たせる。


壁へ飛ばす。


最初より遠くへ進んだ。


「もう一回」


火の前で何度も試す。


作る。


飛ばす。


落ちる。


形を変える。


また飛ばす。


やがて、一本だけが石壁へ浅く刺さった。


《技能構造を確認》


《新規技能候補を生成》


《血針》


《少量の血液を針状に硬化し、高速射出する系統技能》


《必要SP――2》


私は壁に刺さった赤い針を見た。


まだ取得できない。


それでも、次に必要なものは見つかった。


近づかなければ戦えない私にとって、その二メートルは大きかった。

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