第二話 《最初の子》
音は、生活補助区から右へ延びる通路の奥から聞こえていた。
中央分岐に表示された区画名は、《外縁保守区》。
トイレや洗浄区画が並んでいた左側とは、雰囲気がかなり違う。
生活補助区が、現代日本の病院や宿泊施設の廊下に近いとすれば、こちらは工場の裏側にある機械室や作業通路に近かった。
通路は少し狭い。
壁の一部は外され、中には太さの違う管が何本も通っている。床もところどころ開き、下には細い配管と光を帯びた線が見えた。
天井の照明は消えている。
代わりに、壁の下部にある赤い光が、一定の間隔で弱く点滅していた。
非常灯に似ている。
「誰かいる?」
返事はない。
《血液感知》にも反応はなかった。
少なくとも、血を持つ生き物ではない。
血針を一つ作り、右肩の横へ浮かせる。
金属を引きずるような音が、もう一度聞こえた。
一定ではない。
少し動き、止まり、また擦れる。
私は足音を立てないように進んだ。
曲がり角の手前で立ち止まり、血針だけを先へ出す。何も飛んでこないことを確認してから、ゆっくり顔を覗かせた。
通路の中央に、何かが倒れていた。
大きさは、私の腰ほどまで。
細い四本の脚に、小さな胴体が載っている。その上から二本の腕が伸び、先端には指ではなく、細い道具のような部品が何本もついていた。
頭らしい部分はある。
けれど、人間の顔はなかった。
小さな丸いレンズと、横に細長い光の帯が並んでいる。
現代日本で見たものにたとえるなら、工場の作業用ロボットと、四本脚の小型運搬機を組み合わせたような形だった。
表面は錆びた鉄ではない。
施設の壁に似た灰白色の外装で覆われていたが、全体に傷が多い。右側の腕は途中から折れ、左後ろの脚は不自然な角度で曲がっていた。
《鑑定》を使う。
《休眠作業個体》
《用途分類――加工・補修系》
《主要損傷》
《右作業肢外装破断》
《左後方移動肢固定不良》
《内部供給系統――出力低下》
「機械だ」
詳しい材質や仕組みまでは分からない。
それでも、施設の中で働くために作られたものだということは分かった。
音の原因も、おそらくこれだった。
一歩近づく。
頭部にある丸いレンズが、弱く光った。
私は反射的に後ろへ跳び、血針を向けた。
作業個体の脚が動く。
床へ四本の脚をつき、身体を持ち上げようとした。
右前脚が滑る。
左後ろの脚が途中で折れ、胴体が再び床へ落ちた。
金属同士が擦れる音が響いた。
それでも、もう一度立とうとする。
同じ場所で傾き、倒れた。
「攻撃する?」
作業個体は腕をこちらへ向けなかった。
武器らしいものも見当たらない。
何度も立ち上がろうとして、そのたびに壊れた脚が身体を支えられず倒れている。
「弱ってる?」
機械に対して弱っているという言い方が正しいのかは分からない。
けれど、今すぐ襲ってくる状態ではなさそうだった。
近くへ落ちていた棒状の部品を拾い、少し離れた場所から胴体へ触れる。
反応はない。
もう一度、折れた右腕の近くへ棒を当てる。
作業個体の左腕が動き、棒を掴んだ。
私はすぐに手を離した。
棒は投げ返されなかった。
作業個体は、棒の先端を折れた右腕の下へ差し込んだ。
角度を変える。
一度外れる。
もう一度差し込み、腕を固定しようとする。
「自分で直してる?」
返事はない。
それでも、何をしようとしているのかは分かった。
私は床へ座り、血針を残したまま損傷部分を観察した。
右腕の外装が割れ、中の細い部品が何本か外れている。
電線に似たものもあった。
ただし、銅線ではない。半透明の細い管の内部を、弱い光が液体のように流れている。
仕組みは分からない。
それでも、外れた部品を元の場所へ戻し、折れた腕を固定する程度ならできるかもしれない。
「手伝う?」
作業個体は動かなかった。
理解していないのか、答える機能がないのかは分からない。
私は血糸を伸ばした。
外装の隙間から細い部品へ巻きつけ、ずれた位置を少しずつ戻す。
作業個体が突然腕を動かした。
すぐに血糸を緩める。
「動かないで」
作業個体の動きが止まった。
偶然かもしれない。
「そのまま」
数秒待つ。
動かない。
私は再び血糸を締めた。
外れていた部品を溝の中へ戻す。
割れた外装を閉じようとするが、一部が欠けているため噛み合わなかった。
「右腕を少し上げて」
作業個体の左腕が動いた。
「そっちじゃない」
左腕が止まる。
少し遅れて、損傷している右腕が僅かに持ち上がった。
完全に言葉を理解しているわけではない。
それでも、声の方向や簡単な動作は認識しているようだった。
「分かるんだ」
返事はない。
私は作業を続けた。
本来の部品は持っていない。
代わりに使ったのは、以前灰の森で倒した甲殻獣の外殻だった。
灰森主の素材ではない。
灰森主の死体と巨大な角は、倒した場所へ残したままだった。あの時は、自分が生きて帰るだけで精いっぱいだった。
後日、離れた場所から確認した時も、死体の周囲には小型魔物が集まっていた。
今の私一人では、大きな角や厚い外殻を運べない。
《影蔵》にも収まらない。
いつか回収できればとは思っているが、今は小型の甲殻獣から集めた素材で十分だった。
薄い外殻を簡易血刃で削り、折れた腕へ当てる。
人間の骨折に使う添え木のような形で、血糸を巻いて固定した。
本当の修理とは呼べない。
応急処置だった。
左後ろの脚も調べる。
接続部分がずれ、脚が外側へ開いていた。
血糸で引き寄せ、正しいと思える角度へ戻す。
腕ほど損傷は大きくない。
ただし、血糸を緩めれば、すぐ元の位置へずれそうだった。
「とりあえず、これで」
作業個体の胴体へ手を添え、起こす。
四本の脚が床へついた。
一度、大きく傾く。
私はすぐ胴体を支えた。
しばらく待つと、作業個体は倒れずに立っていた。
「歩ける?」
一歩。
右前脚が出る。
次に左前脚。
後ろの脚は少し遅れる。
動きは不自然だったが、転ばなかった。
二歩目。
三歩目。
そこで止まる。
私は少し笑った。
「できた」
完全には直っていない。
それでも、自分で立ち、歩けるようにはなった。
近くの壁に光が走る。
《休眠作業個体を検出》
《簡易復帰処理――実行権限不足》
「また不足」
入口を開けた時と同じだった。
この施設は、私を完全な侵入者として排除しない。
それでも、正式な管理者とも認めていないらしい。
表示が切り替わる。
《外部補助を伴う暫定稼働――実行可能》
《制限事項》
《低出力運用》
《自己診断機能の一部停止》
《管理系統への接続制限》
完全に起こすことはできない。
それでも、今よりは安定して動かせるようだった。
作業個体を見る。
「やる?」
当然、返事はない。
今のまま放置しても、再び倒れ、いずれ完全に動かなくなるだけかもしれない。
「暫定稼働を開始する」
《暫定稼働を開始》
作業個体の頭部へ光が入る。
丸いレンズが一つ。
続いて、横長の光が弱く点灯する。
胴体の中から、小さな駆動音が聞こえた。
作業個体が私を見る。
私も見返す。
数秒間、どちらも動かなかった。
壁へ識別情報が表示される。
《個体識別――縫工守》
「縫工守」
人間の名前というより、役割を示す呼び方だった。
縫う仕事を守るもの。
布や皮、細い素材の加工を担当する作業個体なのだと思う。
縫工守が一歩近づいた。
私は反射的に半歩下がる。
「何?」
頭部のレンズが、私の服へ向いている。
灰森主との戦いで裂け、その後も血糸で何度か直した獣皮の服だった。
縫工守が服の裾を掴んだ。
「待って」
攻撃ではない。
作業腕の先端から、細い針に似た部品が出る。
裂けた場所へ繊維を通し、縫い始めた。
私は動けなくなった。
作業が速い。
血糸で無理に閉じていた部分を一度ほどき、皮の端を揃え直している。
小さな穴を等間隔に作り、丈夫な繊維を通す。
縫い目の大きさも、間隔もほとんど同じだった。
数分後、縫工守が服から手を離す。
裂け目はきれいに閉じていた。
軽く引いても開かない。
「直したの?」
返事はない。
縫工守は、服の別の傷へレンズを向けている。
「すごい」
反応はなかった。
それでも、もう一度言う。
「すごい」
私は縫工守を生活補助区まで連れて戻った。
声だけでは、すぐについてこなかった。
歩き始めてから手で方向を示すと、少し遅れて動き出す。
「来て」
歩く。
「止まって」
今度は止まった。
言葉を完全に理解しているのではなく、声、動作、周囲の状況を合わせて判断しているらしい。
会話はできない。
何を考えているのかも分からない。
感情があるのかさえ判断できなかった。
それでも、自分以外の何かが同じ通路を歩いている。
そのことが、少し不思議だった。
生活補助区へ戻った時には、身体が血を求め始めていた。
血糸を長く使い、縫工守の身体を何度も支えたため、思っていたより消耗している。
縫工守を壁際へ止め、私は石棺の部屋へ戻った。
人工区画の入口から古い家までは遠くない。
扉と短い通路を通れば、すぐに火を置いた部屋へ出る。
まだ、食事と睡眠は石棺の部屋の方が楽だった。
火を起こす。
保存していた肉を薄く切り、表面を炙る。
石の器には水を入れ、食べられることを確認した白い根を煮た。
肉を少し加える。
香りの強い葉は一枚だけにする。
以前二枚入れた時は、苦すぎた。
「今日は大丈夫そう」
湯気を嗅ぐ。
内臓の臭みは少し残っているが、食べられないほどではない。
塩も調味料もない。
それでも、焼いた肉だけよりは温かい汁がある方がよかった。
食事を終えたあと、施設の洗浄区画へ戻る。
縫工守は、先ほどと同じ場所で動きを止めていた。
頭部の細い光だけが残っている。
「待ってた?」
反応はない。
私は服を脱ぎ、温かい水で身体を洗った。
髪についた煙の臭い。
修理中に付着した黒い汚れ。
使った血の跡。
すべて水で流す。
長い黒髪を洗い終わる頃には、身体の疲れも少し軽くなった。
「食事は向こう。お風呂はこっち」
二つの場所を何度も往復するのは面倒だった。
それでも、水を運び、石を熱して風呂を作っていた頃よりは楽だった。
その夜は、石棺の中で眠った。
新しい生活区画にも布を敷いているが、床が硬い。
石棺へ草と布を重ねて作った寝床の方が、今はまだ寝心地がよかった。
翌朝、火を起こし直す。
残っていた煮込みへ水を足し、肉を少し追加する。
味はさらに薄くなった。
「朝だからいい」
朝かどうかは分からない。
眠って起きたから朝。
それでいいことにしている。
食事を済ませ、《影蔵》へ水と保存肉を入れる。
今日は縫工守の修理を続ける前に、狩りへ行く必要があった。
自分の血を使うなら、補給する血も確保しなければならない。
灰の森の外側で、小型の四足獣を一頭見つけた。
血針で前脚を傷つけ、動きが鈍ったところへ近づく。
簡易血刃で首を切る。
灰森主ほどの相手ではない。
それでも、暴れる脚が当たれば怪我をする。
完全に動かなくなるまで、気を抜かなかった。
首へ牙を立て、血を飲む。
身体の渇きが満たされていく。
必要な肉と皮を切り分ける。
血を長く保存する技能は持っていない。時間が経てば固まり、《血液操作》にも使いにくくなる。
持ち帰るのは肉と皮を中心にした。
施設へ戻る前に、灰森主を倒した場所を遠くから見る。
巨大な角はまだ残っていた。
死体の一部は小型魔物に食べられ、表面が崩れている。
周囲には複数の血液反応があった。
「まだ行かない」
素材は欲しい。
けれど、無理に近づいて死ぬつもりはない。
運ぶ方法を見つけてからでいい。
狩った獲物を石棺の部屋へ置き、使う分だけ切り分ける。
残りは火から離れた場所へ吊るし、煙を当てた。
それから施設へ向かった。
縫工守へ近づくと、頭部の光が少し強くなる。
「おはよう」
昨日と同じく、返事はない。
それでも、何も言わないよりはよかった。
《鑑定》を使う。
《縫工守》
《総合稼働率――12%》
《右作業肢――仮固定》
《内部供給系統――出力不安定》
「まだ十二」
私の応急処置だけでは、完全には直らない。
本来の部品が必要だった。
外縁保守区を調べる。
棚の多くは空だった。
床へ散らばった部品も、破損や劣化が激しい。
それでも、奥の保管棚で細長い棒状の部品を見つけた。
見た目は、細い金属の骨に近い。
《鑑定》する。
《作業肢用可動支持材》
《状態――劣化》
「腕に使えそう」
長さは少し違う。
完全に同じ部品でもない。
けれど、甲殻を添えるだけよりは、本来の構造に近かった。
生活区画へ持ち帰り、縫工守の右腕へ合わせる。
長い部分を簡易血刃で削る。
切断には時間がかかった。
正式な《血刃》を取得していれば、もっと楽なのかもしれない。
部品を入れ、血糸で仮固定する。
縫工守の左腕が動く。
私が支えていた部品へ、細い作業器具を当てた。
弱い光が走り、部品の一部が外装へ固定される。
「自分でもできるんだ」
私が位置を合わせ、縫工守自身が取りつける。
一人で修理するより早かった。
作業を終えた頃には、また身体が重くなっていた。
食事の時間だった。
保存肉をそのまま食べようとして、少し考える。
「温かい方がいい」
石棺の部屋へ戻り、火を起こす。
往復するのは面倒だった。
施設の床や壁の上で、焚き火をしていいのか分からない。煙がどこへ流れるのかも不明だった。
「料理できる場所、ないの?」
施設から返事はない。
翌日は、縫工守の修理と並行して、食事を作れる設備も探すことにした。
生活補助区の奥に、腰ほどの高さをした平らな台が並ぶ部屋があった。
現代日本でいうなら、病院の給湯室と、小さな共同調理室を合わせたような場所だった。
大きな厨房ではない。
それでも、水の出る場所と、器を置けそうな平面がある。
《鑑定》を使う。
《簡易栄養調製設備》
《給水系統――使用可能》
《加熱調理板――限定稼働》
「料理に使える?」
石の器へ水を入れ、平らな台の上へ置いた。
表面に薄い赤い光が走る。
火は出ない。
しばらく待つ。
石の器だけが少しずつ温まり、水の底から小さな泡が上がり始めた。
「IHみたい」
電気を使っているのかは分からない。
それでも、元の世界にあった加熱調理器に近い。
出力が低いため、沸騰するまでには時間がかかった。
肉と根を入れ、そのまま煮込む。
完成したものを、生活区画へ運ぶ。
椅子も食卓もない。
床へ布を敷き、そこへ座って食べた。
縫工守は壁際にいる。
当然、食事はしない。
「台所はできた」
設備を見つけただけだった。
それでも、食事のたびに石棺の部屋へ戻らなくてよくなった。
三日目の夜、縫工守を《鑑定》する。
《総合稼働率――18%》
「上がった」
右腕の動きが、以前より滑らかになっている。
縫工守は、自分の左後ろ脚へ作業腕を伸ばした。
私が巻いた血糸の位置を調整する。
昨日まではできなかった動きだった。
「そこも直したい?」
縫工守は答えない。
それでも、次に直す場所は決まった。
四日目は、修理より狩りを優先した。
血と新しい肉を確保し、食べられる根も探す。
灰色の実も一つ持ち帰ったが、《鑑定》では安全と断定できなかった。
舌先へ僅かに触れたところ、強い苦みと痺れがあった。
すぐに吐き出す。
「これは駄目」
縫工守は食べ物を判定してくれない。
服を縫うのは得意でも、料理や毒の知識は担当外らしい。
夕食は肉と根の煮込みにした。
香りの強い葉を二枚入れた。
一口飲む。
「苦い」
一枚でよかった。
次から減らす。
五日目。
保守区画で見つけた部品を、縫工守の左後ろ脚へ取りつけた。
《総合稼働率――23%》
歩く速度が少し上がる。
生活区画の端から反対側まで歩かせても、途中で倒れなかった。
「速くなった」
縫工守は止まる。
褒められたことを理解しているのかは分からない。
その日の夕食は、前日の苦い煮込みへ水と肉を足したものだった。
苦みは薄くなった。
味も薄くなった。
「食べられる」
捨てるよりはよかった。
一週間ほど経つ。
《総合稼働率――31%》
右腕が安定し、細かな作業を途中で止めることが少なくなった。
縫工守は、私が置いていた水袋を持ち上げる。
表面を順番に調べ、縫い目の一か所で動きを止めた。
「そこ、漏れる」
私が指を向ける。
縫工守は同じ場所へ作業腕を当てた。
古い縫い目をほどき、皮の端を揃え直す。
新しい繊維を通して閉じる。
水を入れる。
今度は漏れなかった。
「ちゃんと分かってる」
完全な会話ではない。
それでも、最初に床へ倒れていた時より、私の言葉や動作を正確に判断できるようになっていた。
私の生活も、この一週間で変わった。
食事は新しい調理区画で作れる。
温かい水で毎日身体を洗える。
服や水袋の修理は、縫工守が手伝ってくれる。
まだ眠る時は石棺へ戻ることが多い。
ただ、新しい生活区画にも布や道具が増え、少しずつ自分の場所になってきた。
ある日、縫工守へ使えそうな布と、柔らかい獣皮を渡した。
「服、作れる?」
縫工守はすぐには作業を始めなかった。
頭部のレンズを私へ向ける。
肩。
腕。
腰。
脚。
身体の大きさを順番に確認しているらしい。
次に、渡した布と皮を何度か持ち替える。
しばらくして、作業を始めた。
完成したのは、簡単な上下の服だった。
派手な飾りはない。
上は身体へ巻いて固定する形で、下は動きやすい短いズボンに近い。
これまでのように獣皮を巻いただけのものではない。
洗浄区画の床へ少量の水を溜め、映った自分を見る。
長い黒髪。
赤い目。
縫い目の揃った服。
「ちゃんとしてる」
元の世界で着ていた服とは違う。
それでも、布を身体へ巻いていた頃よりは、ずっと人らしく見えた。
縫工守の頭部へ手を置く。
表面は冷たかった。
「最初の子」
口にしてから、自分でも少し止まった。
子どもではない。
小さいが、作られたのは私より遥かに昔かもしれない。
それでも、この施設で最初に見つけた。
最初に直した。
最初に一緒に暮らし始めた。
「最初の子でいい」
縫工守は答えない。
頭部の細い光が、一度だけ僅かに変化した。
それが反応だったのか、単なる明滅だったのかは分からなかった。
その夜、中央分岐の柱へ新しい表示が現れた。
《第七管理領域》
《暫定稼働作業個体――1》
壁際にいる縫工守を見る。
「一」
続けて、別の数字が表示される。
《休眠作業個体――183》
「百八十三?」
縫工守一体だけでも、生活はかなり変わった。
同じような作業個体が、ほかに百八十三体眠っている。
すべてが縫工守とは限らない。
運ぶもの。
掃除するもの。
設備を直すもの。
水や食事に関わるものもいるかもしれない。
中央の簡易図を見る。
今使っているのは、入口に近い僅かな範囲だけだった。
生活補助区。
外縁保守区。
その奥には、まだ閉ざされた区画がいくつも残っている。
「探す」
怖さよりも、興味の方が勝った。
この場所がどこまで続いているのか。
何のために作られた施設なのか。
どうして私を帰還対象と呼ぶのか。
まだ何も分からない。
ただ、一つだけ分かった。
私の家は、最初から空っぽだったわけではない。
長い間、すべてが眠っていただけだった。




