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奈落の底で、吸血鬼は人間をやめない ~転生TS吸血鬼は、死にかけた人間を救い、壊れた古代施設を家にする~  作者: 白峰ユラ
第一部《一人で生きる》

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第十話 《家の奥》

灰森主を倒したことで、森の中を以前より自由に歩けるようになった。


もちろん、灰の森そのものが安全になったわけではない。


領域主がいなくなっても、強い魔物はいる。


毒を持つ植物や、足を踏み入れていない場所も多い。


それでも、森へ入っただけで灰森主に狙われることはなくなった。


私は少しずつ探索範囲を広げた。


肉。


皮。


骨。


木材。


食べられる根。


毒のある実。


薬に使えそうだが、使い方の分からない草。


持ち帰りたいものが増え、《影蔵》はすぐにいっぱいになった。


「狭い」


《影蔵 Lv.1》


入れるものを小さく分け、形を揃える。


必要なものを取り出し、使い終われば戻す。


毎日の探索で使い続けていると、技能の反応が少しずつ滑らかになった。


《技能熟練度の上昇を確認》


《影蔵 Lv.1》


《影蔵 Lv.2》


内部の容量が広がる。


これまで入らなかった長さの骨や、複数の水袋を同時に保管できるようになった。


「もっと入る」


背負う荷物が減るだけで、探索はかなり楽になった。


灰森主を倒した報酬も残っている。


《保有SP――5》


候補一覧を開く。


《血刃――1SP》


《血針――2SP》


《血糸――2SP》


《闇幕――2SP》


《血液保存――2SP》


全部を取得するには足りない。


すぐには使わず、何が一番必要なのかを考えた。


灰森主に勝てたのは、正式な技能を持っていなくても、血を針や糸の形へ変えて使えたからだった。


しかし、血の消耗が大きく、形も不安定だった。


同じ程度の相手ともう一度戦えば、今度も生きて帰れるとは限らない。


最初に選んだのは《血針》だった。


「《血針》を取る」


《SPを2消費》


《保有SP――3》


《技能取得》


《血針 Lv.1》


指先から少量の血を出す。


細長い針へ変える。


これまで作っていたものより細く、形が整っていた。


壁へ向けて放つ。


赤い針はほとんど音を立てずに飛び、石の中へ深く刺さった。


「全然違う」


使用した血も少ない。


形を作るための集中も、以前より必要なかった。


正式な技能として取得する意味が、初めてはっきり分かった。


次に選んだのは《血糸》だった。


灰森主との戦いでは、位置を知る罠として使い、僅かでも動きを遅らせることができた。


戦闘以外にも、水袋や服を縫うために使える。


「《血糸》も取る」


《SPを2消費》


《保有SP――1》


《技能取得》


《血糸 Lv.1》


指先の血を細く伸ばす。


これまで作った簡易的な糸より、遥かに細い。


それでも簡単には切れなかった。


軽く引き、少し力を強める。


血の糸は伸びたが、形を失わない。


「すごい」


最初に試したのは戦闘ではなかった。


以前作った水袋を持ってきて、漏れている縫い目へ血糸を通す。


穴を塞ぎ、皮同士を細かく縫い合わせる。


水を入れても、以前のようにすぐ漏れなかった。


「便利」


その後も、布をつなぐ。


肉を吊るす。


皮を縫う。


道具を束ねる。


簡単な網を作る。


戦うために欲しかった技能が、生活の中でも役立った。


残ったSPは一だった。


《血刃》なら取得できる。


かなり欲しい。


しかし、簡易血刃でも解体や小型魔物との戦闘には使える。


今後、新しい技能候補が出る可能性もあった。


「残す」


初めて、使えるSPをすぐには使わないことにした。


少しずつ先のことを考えられるようになっていた。


ある日、灰森主から回収した素材を整理していた。


大きな角。


厚い皮。


太い骨。


どれも使い道はありそうだが、加工する道具と知識が足りない。


《影蔵》へ収まらないものも多く、何度かに分けて石棺の部屋へ運んだ。


素材が増えるたび、部屋が狭くなっていく。


「広げたい」


石棺のある部屋だけを家として使うには、限界が近かった。


通路の中にも使えそうな場所はある。


水場の近くへ別の保管場所を作る方法もある。


周囲を確かめるため、《領域同化》を使った。


自分の気配が部屋へ広がる。


火を置く場所。


石棺。


壁。


床。


普段使っている入口。


そこから続く通路。


水場の方向。


反対側にある、ほとんど調べていなかった壁。


その壁へ意識を伸ばした時、何かが返ってきた。


私は目を開いた。


「何?」


もう一度、《領域同化》を使う。


石の向こうに、空洞とは違う反応がある。


生き物ではない。


《血液感知》には何も映らない。


それでも、私の存在を広げると、壁の中にある何かが僅かに応答した。


立ち上がり、壁へ近づく。


見た目は普通の石だった。


指で触る。


冷たい。


少し位置を変え、手のひらを当てる。


低い音が鳴った。


壁の表面へ、細い光が走る。


《帰還対象の接近を確認》


「帰還?」


《個体識別を開始》


《登録情報――欠損》


《代替生体照合へ移行》


一歩下がる。


「怖い」


それでも、手を離さずに待った。


《生体適合率――規定値以上》


《環境馴化工程の完了を確認》


《緊急帰還経路を開放します》


壁の内部から、重いものが動く音がした。


石だと思っていた表面に、縦と横の線が浮かぶ。


一枚の壁にしか見えなかったものが、複数の部品へ分かれ、ゆっくりと左右へ開いていった。


私は血針を準備する。


向こうに魔物がいるかもしれない。


誰かが待っている可能性もある。


扉の奥は暗かった。


私の暗視でも、先まで見通せないほど広い。


しかし、そこにある床と壁は、洞窟のものではなかった。


まっすぐに整えられた床。


一定の間隔で並ぶ柱。


壁の中へ埋め込まれた管と、消えかけた細い照明。


古い空気が、開いた扉から流れてくる。


森とも、自然の洞窟とも違う。


人工的に作られた場所だった。


入口から中を覗く。


「誰かいる?」


返事はない。


血液反応もなかった。


背後を振り返る。


火。


石棺。


水袋。


壁の地図。


似ていないドラ○もん。


私がここで暮らし始めてから作ったものがある。


そして正面には、これまで知らなかった空間が続いていた。


「家の奥?」


答える者はいない。


それでも、開いた扉は私を拒まなかった。


私は血針を浮かべたまま、一歩だけ中へ入る。


足音が、長い通路の奥へ響いた。


《帰還対象の進入を確認》


《帰還経路を維持します》


帰還。


その言葉の意味は、まだ分からない。


けれど、一つだけ分かったことがある。


私が家だと思っていた石棺の部屋は、家のすべてではなかった。


その入口にすぎなかった。

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