第11話「新しい足音」
冷たく澄んだ風が、カサリと乾いた落ち葉を中庭の石畳の上で転がしていく。
「サラ様、ウシオさん! いってきます!」
神殿の正門。年長の孤児たちが、自分よりも少し大きな麻袋を背負い、誇らしげな顔で振り返った。
今日から彼らは、街の鍛冶工房や機織り工房へ、住み込みの見習いとして旅立つ。
新しい運営体制の一環とはいえ、それは彼らが自らの足で世界を歩き始める、確かな第一歩だった。
和装風の神官服に身を包んだサラは、彼らの目の前で静かに膝をつき、その小さな頭を優しく撫でた。
「……しっかり学ぶのだぞ。だが、もし辛くなったら、いつでも顔を見せに来い」
「うん!」
「親方には、よく頼んで手紙を渡してある。お前たちなら大丈夫だ」
隣に立つウシオも、少し猫背の姿勢を屈め、彼らの荷物の紐を直してやりながら穏やかに笑った。
子供たちが元気に手を振りながら、街へと続く坂道を下っていく。
サラとウシオは、その背中が小さくなるまで並んで見送った。
午後には、北の霊山へ還る魔物たちの檻も、業者の荷馬車に乗せられて出発していった。
子供たちが減り、動物たちの鳴き声も少なくなった神殿は、以前よりも確かに静かだった。
だが、すれ違う神官たちや残された子供たちの顔に、以前のようなすり減るような悲壮感はない。
皆が己の役割を持ち、無理のない範囲で、この場所を明日へ繋ぐために笑い合っている。
それが、彼ら全員で出した「現実の答え」だった。
昼下がりの執務室。
サラは机に向かい、教区からの報告書に目を通していた。
「……この薬草の配分だが、少し南区へ多く回した方がよいな。ウシオ、明日の手配を――」
無意識に横を振り向き、サラは言葉を切った。
隣の机には、整頓された帳簿が積まれているだけで、主の姿はない。
(……ああ。そうであったな)
今日は朝から、彼は里親制度の取り決めのために領主の館へ出向いているのだった。
サラは頭上の狼の獣耳を微かに伏せ、手にしていた羽ペンをそっとインク壺に戻した。
彼がいないと神殿が回らないわけではない。今の神殿は、皆で役割を分担し、しっかりと自立して動いている。
それなのに――
少しでも分からないことがあると、少しでも静寂が落ちると、サラは無意識にあの少し猫背な銀髪の青年の姿を探してしまう。
彼が叩く算盤の音。彼が淹れてくれるお茶の温度。
それが隣にないだけで、この執務室は、ひどく広く感じられた。
『ガチャリ』
不意に扉が開き、少し疲れた顔をしたウシオが入ってくる。
その瞬間、サラの伏せていた獣耳が、意思に反してピクリと跳ね上がった。
「……戻ったか」
「はい。ただいま戻りました」
ウシオは机に書類の束を置くと、ホッと息を吐き出した。
「監査官との話も、上手くまとまりましたよ。これで当分の資金の心配はしなくて済みそうです」
「そうか。ご苦労だったな」
サラが朱のアイラインを引いた切れ長の瞳を細めて労うと、ウシオは小さく頷き、ふとサラの机の端を見た。
そこには、手付かずのまま冷え切った昼食の麦粥が置かれている。
ウシオは小さくため息をつき、呆れたように目を細めた。
「サラ様。お昼、また抜きましたね?」
「な……なぜ分かった」
「新しく保護したあの子が、まだ神殿の食事に慣れずにぐずっていたでしょう。どうせ、付きっきりで看病していて自分の食事を後回しにしたんですね」
「……」
図星を突かれ、サラはバツの悪そうに視線を逸らした。
ウシオは微かに笑いながら、自身の外套のポケットから紙包みを取り出した。街のパン屋で買ってきた、まだほんのりと温かい丸パンだ。
彼はそれを手で半分に割り、片方をサラへと差し出した。
「無理をしない。一人で抱え込まない。……そう約束したはずですよ?」
「……すまぬ」
サラは少しだけ気まずそうに、けれど頬を柔らかく緩めて、その半分を受け取った。
窓の外では、北の山々から吹き下ろす冷風が、冬の訪れを告げている。
執務室の静寂は、以前よりずっと短くなった。
「――サラ様」
その声が聞こえただけで、胸の奥に張っていた糸がふっと緩む。
これから厳しくも寒い季節がやってくる。
だが、半分に割ったパンをかじる二人の時間は、気高き理想を掲げていた頃よりも、ずっと等身大で、ひどく温かかった。




