2-2・扉と頁
「『魂の研究者』……?」
黒衣の亡霊は、整然と並ぶ閲覧椅子のひとつに、長い脚を組ませて座っていた。
慌ただしく禁書庫に入り込んできたミラを一瞥し、すぐに手元の本へ視線を移す。
「もしかしたら、メラのことを調べにきたのかも……。メラは噂になっているから……。」
ミラの心配とは裏腹に、亡霊は、さも興味が無いといったように読書を続ける。
彼が「禁書庫への侵入者に腹を立てるであろう」と想像していたミラは、予想外の反応の薄さにうろたえた。
「嫌じゃないんですか?」
「研究者とやらが、私たちを『視る』とは限らない。それに……智識と真実を求める者は、本を荒らさない。」
本に視線を落としたまま応える。
「過去の記録に敬意を持たずして、研究者は名乗れまい。好奇心だけでそれを生業とする者は、研究者ではなく、芸術家か……。狂人といったところだ。王立図書館が招いたとあれば、後者ではないことは確かだな。」
頁をめくる。
「だから、貴様が気をやる必要はない。」
「そう、ですか……。あ、でも……。」
ミラが一歩、亡霊に近付く。
「私がここへ初めてやってきたときのように、研究者さんが鎧に襲われたりは……。」
「二度も言わせるな。」
「でも、怪我をしてしまったら……。」
亡霊は深く息を吐き、本を閉じた。散漫とした仕草でゆっくりと立ち上がり、その長身でミラを見下ろす。
「あれらは『無断の侵入者』に対する防衛機構。好奇心で忍び込んだ利用客、噂を確かめに来た職員、独断で掃除をしに来た馬鹿……。」
黒衣を揺らめかせ、亡霊は禁書庫を見渡す。つられて、ミラも周囲を見渡した。地上は昼間だが、ここは暗く冷たい。慌てて禁書庫へやってきたので、ランタンを持ち合わせていなかった。
「ここは、過去現在の法律で閲覧や所持を禁じられた本たちの墓場だ。宗教の否定、穢れた文化、過度な残虐描写、世間での評価が著しく低い犯罪者や指導者の著書……。貴様たち現代の人間が、現代の価値観で『悪』だと判断した本……。私が過ごす間に、禁書は次々増えてゆく。」
ミラは、ハッとした。
「あ、そうか。職員の出入りはあるんですね。禁書を収めに……。じゃあ、そのとき、鎧は……?」
「ただの鉄屑だ。禁書庫の鍵を持ち、正当に仕事をこなす職員を退ける必要はない。その職員も数年に一度来るか来ないか、だが……。そもそも……。」
亡霊は床を滑るように、禁書庫の奥へと進む。すぐに暗闇に溶けてしまった彼を、ミラは見失う。だが、彼の声は空間に響いていた。
「ここは『入口』にすぎない。」
「入口……?」
「地上に繋がる寂びれた扉からの侵入は容易いが……、最奥に繋がる扉は、正真正銘、誰も足を踏み入れていない。」
「禁書庫って、すごく広いんですね……。その扉は、どこに?」
ミラの問いかけには、暗闇に響く低い笑い声で返された。
「はは……、貴様に教えてどうする。」
「あ……、すみません。」
「戻らなくていいのか?」
「あっ……!」
すっかり話し込んでしまった。ミラは制服を翻し、禁書庫を出る。出入口の扉で一度立ち止まり、振り返った。暗闇に向かって、一言だけ投げかける。
「また、来ます……。夜に。」
返事は無かった。
ミラが去った後、禁書庫の暗闇から、頁をめくる音が再び響いた。




