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禁書庫のミラ  作者: 戸辺ブラシ
禁書庫の幽霊
3/8

1-2・噂と埃


数か月後。

王立図書館・早朝。


まだ外は薄暗く、館内に灯る明かりはわずか。職員たちが慌ただしく出勤する中、ミラはひとり、黙々と埃を払っている。彼女は、本を傷つけないように埃を払うことを、何より大切にしていた。


彼女は『清掃担当の臨時職員』という役割を手に入れていた。ミラが誰かと雑談することはほとんどなかったが、それでも彼女は、図書館が好きだった。


本の匂い、読書灯、沈黙。

家柄や財産を失っても、書物と静かな場所が好き。

そんな女性だった。


清掃職員の女たちが掃除の手を止め、軽口を叩き合う。


「今日も早いねぇ。……でも禁書庫の掃除はやめときなよ?」

「禁書庫って……。」

「ほら、例の『亡霊』……。」

「そう。地下の最奥にあるあの部屋。うちのお婆さんが若い頃から、亡霊が出るって有名なんだ。」


「手足が虫みたいに長くって、ひん剥いた目で睨みつけてきて、禁書庫に立ち入った職員や利用者を、暗闇に引きずり込むって……。ほら、こうやって!」


きゃあ、こわい!驚かさないでよ!と、噂話は盛り上がる。

ミラは、貸し出しの少ない本棚の埃をふき取りながら会話を聞いていた。軽く笑ってごまかす。


「子供じゃあるまいし。そんな迷信、信じませんよ。」


だが、その微笑みはどこか寂しげだった。

恐ろしい亡霊の噂よりも、『誰も足を踏み入れない禁書庫の本たち』が気がかりであった。


(……誰にも読まれないまま、埃に埋もれた本たちが可哀想。)

(放っておけないな……。)







夕方。

勤務が終わり、職員たちは我が家や寮へ帰っていく。


ミラはひとり、ランタンと掃除道具を抱え、地下の禁書庫へ向かっていた。無機質な石の階段を下り、重い扉をくぐる。長年動いていない空間特有の、重苦しい静寂と、埃で濁った空気。


「ほんとうに、誰も来ていないのね。」


本棚の列を見渡す。

どれも厚い埃を被り、あちこちに蜘蛛の巣が張り、灯りはひとつもついていない。それはまるで、背高い木の幹が立ち並ぶ深く暗い不気味な森のようでもあった。彼女はおもむろに、持参したランタンに火を灯す。広大な暗闇を照らすには弱すぎる灯が小さく揺れ、長い影を床に落とす。


「きゃっ……!」


突如として人影が現れ、ミラは声を上げる。


人影の正体は『鎧』であった。

幾数体も、等間隔で通路に並べられている。ランタンの光を鈍く反射する銀色の躰は、幼き日に何度も読んだおとぎ話に出てくる騎士のようだ。『彼ら』を囲む本棚と同じく、埃と蜘蛛の巣をかぶっている。


「ああ、おどろいた。」


胸を撫でおろす。


「どうして、禁書庫に鎧が……? 装飾にしては……。」


仰々しい。

ランタンを掲げ、改めて、本の森を見渡した。


「一晩じゃ、とうてい終わらないな。毎日、少しずつ掃除しないと……。」


その時、かすかに何かが動く音がした。


棚の奥の、そのまた奥。

吸い込まれるような、まったくの暗闇。

誰かの気配。


「……どなたか、いらっしゃるんですか?」


返事はない。

しかし、次の瞬間、背後から、低く乾いた男の声がした。






「貴様、どうやってここに入ってきた。」







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