1-1・雪と灯
雪が降っていた。
音のない白が、夜の王都を包みこんでいる。
どこからともなく、かすかな灯が瞬き、風に揺れた。
まるで、一本のマッチを擦ったような、弱弱しい光だった。
ミラは白く冷えきった手でランタンを携え、ひとりで石畳を歩いていた。肩にかけた鞄には、彼女の全てが詰まっている。もう戻らないかもしれない家の鍵、古びた筆記具、色褪せた日記帳。
そして、深緑色の表紙の本に挟まれた『王立図書館の採用通知』。
その紙切れだけが、彼女の「明日」だった。
「……おなかがすいた。」
彼女はふと立ち止まり、呟いた。
通りの向こうには豪奢な邸宅が並び、窓辺には暖かな光が揺れている。子供の笑い声。賑やかな食卓の音。幸福の色。それらすべてが、もう自分には遠いものだ。
ベンチに積もった雪を払いのけ、腰かける。
ランタンの揺れる火が、彼女の瞳を照らす。
一瞬、ミラは幻を見た。
両親の微笑み、弟の声、工場の灯、婚約者の手。けれどそれはあまりにも短く、ランタンの光はつよい北風にさらわれて、消えた。
暗闇が戻り、ミラは静かに微笑む。
「せめて、読書灯の下で眠れたら……。」
ランタンが消えたあとも、彼女の瞳には光が残っていた。ほんの僅かに。降り注ぐ雪の向こうに聳える王立図書館は未だ光が灯っており、職員が働いていることが見て取れた。
ミラは立ち上がり、再び歩き出す。
ゆっくり、雪を踏みしめる。
凍えて動かない指先を、光に伸ばした。
その光は暖かくて、まるで彼女を迎え入れるように、やさしくまたたいていた。




