唐突な出来事
探すのをやめる。
そう言ったのは、他の誰でもない。
私自身だ。
そう思っていた時だった。
「彼は知っているのか?(婚約の件)」
隣で黙っていた鴻が口を開いた。
男は一瞬だけ目を瞬かせる。
「失礼いたしました。お伝えし忘れておりましたが、婚約者様も本日こちらへお呼びしております」
「何?」
(…!?)
私は顔を上げた。
男は淡々と続ける。
「先程まで別室でお話をさせていただいておりました。現在、別の者がこちらへお連れしております。もう間もなく到着される事でしょう」
話が進む一方で。
私は頭から煙りがでそうだった。
理解が追い付かなかった。
婚約者候補。
婚約。
ユイト。
そして今ここへ来る。
それはつまり。
「……あの」
気付けば口が動いていて質問をしていた。
「彼は行方不明だったと聞いたのですが」
その言葉に男は僅かに首を傾げる。
「行方不明、ですか?」
まるで初めて聞いた話だと言わんばかりの反応だった。
「そのような話は聞いておりませんが」
男は穏やかな感じで流暢に答える。
「誰かが流した作り話ではないでしょうか。お気になさる必要はございませんよ」
「…そう、ですか」
「ええ」
男は軽く微笑む。
「ご安心くださいませ」
私は小さめに軽く頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
そう答えたものの。
胸の奥に残った違和感は消えなかった。
行方不明だった。
私はそう認識していた。
いや。
認識していただけではない。
探していたはずなんだ。
確かに。
探していた。
その記憶だけはなぜか残っている。
だが。
もし、それすら勘違いだったとしたら?
私は探してはいなかったのか。
最初から行方不明ではなかったのだったとしたら。
……いや。
そんなはずはない。
ないはず‥(多分)。
そう思うのに。
何故だか、確信も持てなかった。
彼はよく私の近くにいた感じがする。
隣にいた感覚が残っている。
それなのに。
何故なんだろう。
本当に離れていたことなどあるのだろうか。
分からないな。
何もかもが曖昧だった。
考えれば考え込むほどに、霧の中へ迷い込んでいくような霧に包まれていくようなそんな感覚になる。
その時。
コンコン。
と部屋にノック音が響いた。
全員の視線が扉へ向く。
「失礼いたします」
と声がして。
続いて扉がゆっくりと開かれた。
そして。
黒いタキシードを着た執事らしき人の後ろから一人の青年が姿を現す。
その瞬間。
頭の奥で何かが弾けた。
誰かの声。
そして…。
一瞬だけ何かが流れ込んできて――
次の瞬間には何もなかったかのように消えていた。
「…っ」
思わず眉を少し寄せる。
何だったんだ今のは。
分からない。
けれど。
気付けば私は彼を見ていた。
彼は静かに部屋へ入り、一礼する。
「お久しぶりです。お二人とも」
穏やかな声だった。
「久しぶりだな」
と鴻が短く少し仏頂面な顔と声で返す。
「声が沈むのも無理ありませんね。急な話でしたですしね。」
青年は薄く微笑んだ。
「私も先程聞き、驚きましたよ」
その微笑んだ顔を見て。
私は変な違和感を覚えた。
言葉は自然だった。
表情もおかしくない。
けれど。
何かが違う。
まるで。
台本に書かれた言葉を、そのまま読み上げているような。
感情が見えない。
どこか遠くから眺めているような。
そんな不自然さ変な言葉にならないそんな感じがあった。
探していたはずの人。
会いたかったはずの人。
無事で良かったと。
そう思うべきなのに。
喜ぶべきなのに。
胸は少しも軽くはならなかった。
それどころか。
見れば見るほど、気持ちは沈んでいく。
どうしてだろう。
何でなんだろう。
彼は目の前にいる。
確かにいる。
それなのに。
まるで別人が立っているような別人を見ているような気がした。
そして。
その顔を見ているはずなのに。
どうしてだろう。
視線を合わせ続けることができない。
目を向けるたびに、胸の奥が変な感じになる。
見ていたはずなのに。
どうしても懐かしいという感情が湧いてこない。
ただ。
胸の奥だけが静かに水をみたしていた。
その後。
屋敷に帰ったが彼の事と婚約が頭の隅から離れなかった。




