忘れていた事
外出禁止を言われてから五日そしてさらに四日が経った。
最初は退屈なだけだった。
だが、時間が経つにつれて別のものが目に入るようになった。
廊下ですれ違う使用人達。
以前とは変わらず頭を下げる。
けれど、どこか前よりも距離が長くなる。
視線が合えばすぐに逸らされる。
常に視線を下にしていた。
話し声は近づけば何事もなかったように止まる。
前からそうだったかもしれない。
ただ私は気付いていなかった。
いや。
気付かないように視線を逸らしていただけか。
そして。
横にミアがいたから。
ミアが自然に人と人の間へ入って、空気を和らげてくれていたから。
私は一人ではなかった。
「……」
静かな廊下を歩く。
あぁ、変な思いだ。喉元まで言葉が出かけているのに、形にならない。
嫌でも思い出してしまう。
でも、もう戻らない。
もういない。
受け入れたつもりだった。
けれど、屋敷にいたら思い出してしまう。
受け入れないと、と思うのに。
「…はぁ」
小さく息を吐いた。
立ち止まっていても何も変わらない。
今は目の前の事に集中だ。
情報を集める。
考える。
やれることをする。
そう決めて顔を上げた時だった。
「玲様」
背後から声が掛かった。
振り返ると侍女が立っていた。
その手には一通の白い封筒。
王家の紋章が刻まれている。
「王城より招待状が届いております」
「‥王城」
変な感じがするな。
次の日。
朝から馬車に揺られながら、王城まで。
一時間後。
王城に到着した。
王城の門前で降りると兵がおり、招待状を見せると場所まで案内をしてくれた。
外出禁止を言われてから五日そしてさらに四日が経った。
最初は退屈なだけだった。
だが、時間が経つにつれて別のものが目に入るようになった。
廊下ですれ違う使用人達。
以前とは変わらず頭を下げる。
けれど、どこか前よりも距離が長くなる。
視線が合えばすぐに逸らされる。
常に視線を下にしていた。
話し声は近づけば何事もなかったように止まる。
前からそうだったような。
ただ私は気付いていなかった。
いや。
気付かないように視線を逸らしていただけか。
そして。
横にミアがいたから。
ミアが自然に人と人の間へ入って、空気を和らげてくれていたから。
私は一人ではなかった。
「……」
静かな廊下を歩く。
あぁ、変な思いだ。喉元まで言葉が出かけているのに、形にならない。
嫌でも思い出してしまう。
でも、もう戻らない。
もういない。
受け入れたつもりだった。
けれど、屋敷にいたら思い出してしまう。
受け入れないと、と思うのに。
「…はぁ」
小さく息を吐いた。
立ち止まっていても何も変わらない。
今は目の前の事に集中だ。
情報を集める。
考える。
やれることをする。
そう決めて顔を上げた時だった。
「玲様」
背後から声が掛かった。
振り返ると侍女が立っていた。
その手には一通の白い封筒。
王家の紋章が刻まれている。
「王城より招待状が届いております」
「‥王城」
変な感じがするな。
次の日。
朝から馬車に揺られながら、王城まで。
一時間後。
王城に着いた。
馬車から降り、門前いた兵士に招待状を見せると。
兵士は一礼して部屋まで連れて行ってくれた。
王城の赤い色の絨毯がひかれた長い廊下を進み、突き当たりを曲がって、右手側。
案内された先は来客用の一室だった。
重厚な扉が閉まる。
私達は促されるままソファへ腰を下ろした。
横には鴻が座る。
「急な呼び出しだったな」
「そうですね」
王城からの招待状。
しかも王家の紋章入りだ。
重要な話なのだろうとは思っていたが、内容までは分からない。
「何か心当たりはあるか?」
「…いえ」
と言いながら首を横に振る。
ミアのことか。と思ったがミアのことは今忘れられている。
じゃあ、何だ?最近の出来事を思い返しても、王城から呼ばれる理由など‥。
しばらく他愛もない会話をしていると、扉の向こうから控えめなノック音が部屋に響いた。
「失礼いたします」
と言って扉が開く。
入ってきたのは王ではなかった。
王の側近の一人として知られる人物だった。
「待たせてしまい申し訳ございません」
深く一礼する。
私は思わず周りを見回した。
「陛下は…?」
その問いに、男は視線を下に向け、わずかに表情を曇らせた。
「王は現在、ご体調を崩されております」
静かなで落ち着いた声音が部屋に響く。
「本来であれば、このお話は陛下ご自身からお伝えする予定でした。」
男は続けて。
「しかし日を置きすぎるわけにもいかず、本日は私が代理を務めさせていただく事になりました。」
そう言うと男は懐から一枚の書類を取り出した。
「では、こちらをご確認ください」
差し出された紙を受け取る。
何気なく視線を落とし――
私は固まってしまった。
「え……」
思わず声が漏れる。
隣から鴻が身を乗り出した。
「玲、どうした?」
「…これを」
と書類を差し出す。
鴻は受け取ると、その内容(文章)を目で追っていく。
一行。
二行。
三行。
そして。
その顔がみるみるうちに強張った。
「……これは」
部屋の空気が張り詰める。
男は一度咳払いをした。
「正式な通達となります」
静かに告げる。
「王命により、玲様の婚約者候補の件を正式な婚約として認めることが決定されました」
一瞬。
頭の中が真っ白になった。
婚約者候補。
その文字を見た瞬間。
頭の奥で何かが引っ掛かった。
婚約者候補。
確かにいたはずだ。
私には。
だが――。
「誰だ……?」
思わず呟く。
おかしい。
婚約者候補なのだから知らないはずがない。
なのに顔が浮かばない。
名前も。
声も。
思い出そうとすれば、彼の姿がぼやける。
ただ、1つ分かるのは彼は隣にいた感覚だけだった。
それ以外は靄が掛かったように思い出せなかった。
けれど。
書類の最後に記された名前を見た瞬間。
心臓が大きく跳ねた。
ユイト。
その名前だけは読めた。
読めたはずなのに。
その人物がどんな顔をしていたのか。
どんな声だったのか。
どういう関係だったのか。
何一つ思い出せない。
「…なんでだ」
(何で‥)
背筋が冷える。
まるで最初から存在しなかったかのように。
その部分の記憶だけが綺麗に1つを残して抜け落ちているようだった。
そして。
そこで私はもう一つの事実を思い出した。
ユイトは――。
今、行方不明だ。
その事実を思い出した瞬間。
頭の奥で何かがフックみたいに引っ掛かった。
待て。
私は知っている。
知っているはずだ。
ユイトがいなくなった時。
私は探していた。
確かに探していたんだ。
なのに――。
そこから先が思い出せない。
どこを探した?
誰に話を聞いた?
何日探した?
何故やめた?
何も出てこない。
不自然なほど綺麗に。
その部分だけが抜け落ちている。
「……なんで」
思わず呟いた。
婚約者候補が行方不明だった。
それに彼は隣にいた感覚がするのに。
それなのに私は。
途中で探すのをやめている。
いや。
本当に自分の意思でやめたのか?
いいや、そうだとしても。
それでも自分の意思だったとしなくても。
誰かの思惑だったとしても。
探すのをやめる。
そう言ったのは。
他の誰でもない。
私自身だ。




