情報の話合い
席に座ると、先程までの軽い空気は消えていた。
向かいに座るカイは腕を組み、珍しく真面目な表情をしている。
「王は――何かがおかしい」
私は眉をひそめた。
「何かがって。確かに気になってるのは国王とは言った。」 「が、おかしいってもう断定していいのか?」
「あぁ」
カイは迷いなく頷く。
「ちょっとややこしいが、俺の中ではもうほぼ確定だな」
「濁しすぎじゃない?」
「濁してるんじゃなくて、説明するには順番があるんだよ」
「同じじゃない」
「ひでぇな」
カイは苦笑した。
だがすぐに表情を引き締める。
「ただ、俺が集めた情報を繋げると、どう考えても普通じゃない」
玲は黙って続きを待った。
「まず、王は最近ほとんど人前に出てこない」
「……」
「使用人ですら会う機会が減ってる。謁見や公務も明らかに減った」
カイは机を指先で軽く叩く。
「それだけなら体調不良でも説明はつく」
「でも違う?」
「あぁ。王宮内で王を見たって証言が妙に曖昧なんだ」
「曖昧?」
「遠目に見たとか、通路ですれ違ったとか、その程度ばっかりだ」
私は黙って聞く。
「さらに最近、王が正体不明の人物と接触していたって噂もある」
「噂だけなら当てにならない」
「分かってる。だから一つ一つは弱い」
カイは静かに言った。
「でも正直言って重なりすぎてる」
店内に短い沈黙が落ちた。
私は自分が舞踏会で集めた情報を頭の中で整理する。
「……私も話す」
「聞かせろ」
私は指を折りながら話し始めた。
「一つ目。最近は聖女が頻繁に人前へ出るよ
うになった」
「王の代わりみたいになってるな」
私は頷く。
「二つ目。舞踏会で王は短時間しか会場にいなかった」
「なら、挨拶だけして戻って感じか」
「あぁ。」
「三つ目。警備兵が少なかった」
カイの眉がわずかに動く。
「それは確かに妙だな」
「仮面舞踏会となるなら、本来もっと厳重なはず」
「いや、続けてくれ」
「四つ目。貴族達の中で勢力が分かれているらしい」
「誰がどちら側かも見えない」
「……五つ目。会場に怪しい人物がいた」
そこまで言って私は口を閉じた。
視線のこと。
聖女のこと。
そして、自分の中に残る説明できない違和感。
その三つは伏せた。
まだ完全には信用していなかった。
カイも追及はしなかった。
しばらく考え込んだ後、カイは小さく呟く。
「やっぱり変だ」
「何が?」
「全部だよ」
カイは椅子に深く座り直した。
「王は最近姿を見せない」
「使用人も会ってない」
「舞踏会でもすぐ消えた」
一つずつ並べる。
そして。
「みんな王がいると思ってる」
私は息を呑む。
カイの視線が真っ直ぐ向けられた。
「でも、本当に王を確認した奴はほとんどいない」
その言葉に、少し背筋が冷えた。
舞踏会で見た王の姿。
確かにそこにいた。
だが。
本当にあれは王か?と言われたら答えられる自信はないな。
「替え玉……?」
思わず口から零れる。
カイは首を横に振った。
「断定はできない」
「……」
「ただ、本物の王が人前から消えている可能性は高い」
玲は言葉を失った。
王がおかしい。
漠然としていた違和感が、初めて形を持ったそんな気がした。
その時だった。
(……何だろう)
ふと頭が重くなる。
少しだけ視界が揺れた。
疲れているだけだ。
そう思って気にしない。
だが話を続けているうちに、今度はカイの声が一瞬遠く聞こえた。
私は軽くこめかみを押さえる。
「大丈夫か?」
「平気」
そう答える。
実際、自分でもそう思っていた。
舞踏会の疲れが出ただけだと。
やがて話は終わった。
カイは立ち上がる。
「今日はここまでだな」
「そうだな」
私も席を立った。
店を出る前。
カイがふと足を止める。
「玲」
「何?」
カイは少しだけ真剣な顔になった。
「あまり時間は残されてないかもしれない」
「何の時間?」
カイはそう言ってから視線を逸らした。
「まだ確証はない」
カイはそれだけ言ってから背を向けた。
結局、詳しい説明はなかった。
残された私は胸の奥に小さな不安だけを抱えながら帰路につく。
屋敷へ向かう頃には、体調はさらに悪化していた。
頭がぼんやりする。
足が重い。
体も少し熱い気が。
(変だな…)
そう、思いつつも歩き続ける。
すると前方から二人の人影が見えた。
鴻とシオだった。
「玲?」
最初に気付いたのは鴻だった。
「どこに行ってたんだ」
近付いてきた鴻が玲の手を掴む。
その瞬間。
彼の表情が変わった。
「熱っ……!」
私は目を瞬かせる。
「え……?」
「玲、どうしたんだ」
心配そうな声。
答えようとする。
だが上手く力が入らない。
視界が少し揺れた。
鴻は即座に判断した。
「シオ」
「はい」
「玲を部屋まで連れて行く。手伝え」
「分かりました」
二人に支えられながら、私は屋敷へと戻った。
診察した医師の見立ては単純だった。
舞踏会による緊張。
連日の疲労。
そして睡眠不足。
それらが重なった発熱。
幸い重症ではないらしい。
私は部屋のベッドで静かに眠っていた。
窓の外では夜風が木々を揺らしている。
穏やかな夕日。
けれど。
その頃。
王宮では別の異変が静かにバタバタと進行していた。
外には気付かれないように。
闇の奥で。
確実に。




