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迷った後に

彼女は階段を降り切ると、会場を見渡した。

柔らかな笑みを失うことなく。

優しい声で。


「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」


静かな声なのに、不思議とよく広がって通る。

会場中が耳を傾けて聞いていた。


「どうか今宵をお楽しみくださいね」


と言いふんわりと微笑む。


その瞬間。

張り詰めてあった空気が少しだけ緩んだ。

さっきまであった聖女色が元の色に戻るみたいに。

まるで魔法がゆっくりと解けるみたいに。


皆が再び賑やかで華やかな会話を始める。

楽団も止まっていた演奏を続ける。

止まっていた舞踏会が、再び動き出した。


当然のように聖女の周囲には人だかりができ始める。


貴族達。


令嬢達。


騎士達。


誰もが少しでも言葉を交わしたり、繋がりをつくりたいのだろう。

私はその光景を見ながら考える。


(……近付くべき?)


聖女についてもう少し詳しく知りたい。

だが。

もし正体を知られていたら。

もしあの場で、


「玲様」


などと呼ばれたら。

先ほどまで積み重ねた情報通がなくなる。


私は小さく唸り考え込む。


(うーん…)


その時だった。


「おい」


低く響く声。


次の瞬間。

手首を掴まれた。


「え?」


となっているとぐいっと引かれる。


「ちょ、」


速い。

速すぎる。

中に浮いてるみたい。

私は人混みを抜けるようにして引っ張られていった。


そして中庭。


「玲」


聞き慣れた声。

私はそこでようやく相手の顔をちゃんと見る。


「……鴻?」


「いつ会場から消えた」


「え?」


「会場に入る前に言ったよな」


鴻が眉を寄せる。


「俺の視線が届く場所にいろって」


私は黙る。


(見えてないと思った)

だって。

夫人達に囲まれていたし。

完全に。

本当に。

囲まれていたし。


ここから約5分間の説教。

思ったより長く感じた。


「分かったな?」


「うん」


「勝手に離れるな」


「うん」


「次離れる時は一言言え」


「うん」


「絶対だぞ」


鴻は疑わしそうな顔をした。


私は頷く。

そして。


「じゃあ離れるね」


「は?」

「え?」

「今の話聞いてたか?」


鴻を背に私はその場を去る。


そして数分後。

私は立ち止まった。


「……」


静寂。


夜風。


庭園。


「……」


私は周囲を見る。


右。


左。


前。


後ろ。


同じ景色。


(……)


嫌な予感がした。


(今、どこにいるんだろう)


歩く。


曲がる。


歩く。


曲がる。


噴水。


歩く。


曲がる。


花壇。


歩く。


曲がる。


噴水。


(あれ?)


私は噴水を見る。

見覚えがある。

とてもある。


(さっきも見た気がする)


会場の音は聞こえる。

だから遠くはない。

なのに。

戻れない。


(迷った)


中庭に来るの初めてだった。


鴻が連れてきた道は覚えている。

だが。

反対方向に歩いた。

その結果。

現在地不明=迷子。


私は小さくため息を1つ吐く。


その時。

さぁ……。

と風が吹いた。

ドレスの裾が揺れる。


そして。

背後から声がした。


「どうしたんです?」


私は反射的に振り返る。

そこには。

三歩ほど離れた場所に、一人の少女が立っていた。

淡い金髪。

白いドレス。

二つの月明かりに照らされた姿。

私は目を見開く。

聖女だった。

少女は柔らかく微笑む。

まるで最初からそこにいたみたいに。


「……あ」


言葉が出てこない。

すると聖女は少し首を傾げた。


そして。


「お久しぶりです」


穏やかな声で。

当たり前のように。


「玲様」


そう呼んだ。

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