会話
玲は静かに会場を歩く。
深青のドレスの裾が、灯りを受けるたび夜色に揺れた。
周囲の視線は感じる。
だが、今は気にしている場合ではない。
(まずは情報)
急に核心へ触れれば怪しまれる。
だから、遠回しに。
私は近くで談笑していた数人の貴族へ歩み寄った。
「失礼します」
すると女性の一人が目を丸くする。
柔らかな声。
「まぁ……どなた?」
「少し、お聞きしたい事がありまして」
私は仮面越しに微笑む。
「聖女様へ贈り物を考えているのですが、好みが分からなくて」
「あら」
「王族の方々とも交流がおありでしょう? 普段どんな物を好まれるのか、お聞きできればと」
嘘ではない。
ただ、本当の目的を隠しているだけ。
貴婦人達は顔を見合わせた。
その後、自然と会話が波紋のように広がっていく。
「聖女様は花がお好きだったはずよ」
「でも最近はあまり受け取られないとか」
「国王陛下は紅茶を好まれるそうね」
「えぇ、特に東側の茶葉を」
「あ、それとこれは知っているかしら?」
(?)
「最近陛下はあまり外へ出ないのだそう」
「私も耳にしましたわ。」
「その代わり、聖女様は前より、よく町へ出るのだそう」
「それに最近、陛下に直接お会いした者はいないそうよ」
(…誰も?)手に少し指先に力が入る。
私は相槌を打ちながら、静かに情報を整理していく。
誰が聖女寄りか。
誰が王家側か。
誰が“何か”を知っていそうか。
言葉の端を拾うように。
その合間にも、社交辞令は忘れない。
「素敵な仮面ですね」
「ありがとうございます。貴女も、そのドレスもとても素敵です」
「まぁ、嬉しい」
貴族社会は会話そのものが戦場だ。
笑顔のまま、顔を隠して腹を探る。
そんな空気が、この会場にはあった。
私はグラスを受け取る。
淡い琥珀色の飲み物。
一口だけ含んだ、その時。
「――ぶっ」
吹きかけそうになったのを。
ギリギリで耐える。
危なかった。
玲は咳払いを一つして、視線を向ける。
(……何でいるの)
少し離れた柱の近く。
仮面を付けた男が立っていた。
黒と緑色の仮面。
だが、立ち方と空気で分かる。
カイだった。
私は静かにグラスを置く。
「失礼」
そう言い残し、人混みを抜ける。
近付くと、カイがこちらへ視線を向けた。
私は小声で尋ねる。
「……カイ様で合っていますか?」
すると、少し遅れて返事が来た。
「はい、そうですが……どちら様で?」
私は一瞬、黙る。
そうだ。
自分は分かっても、向こうは分からない。
以前、鴻とミアに聞いた時もそうだった。
『そんな記憶力はないな』
『私も分かりません』
そう返されたのを思い出す。
私は小さく息を吐いた。
「カイ様、お忘れですか?今年、 お茶をしましたでしょう?」
「……」
カイは少し瞬きをした。
一度、玲を見る。
もう一度見る。
そして、ゆっくりと銅像みたいに固まっていた。
数秒後。
それから、じわじわと目を見開いていく。
そして。
「……え?」
と間抜けな声。
「ま、まさかと思いますが……玲様ですか?」
「はい」
即答。
カイは仮面の奥で信じられないものを見る顔と目をした。
私はその隙に、ちらりと鴻の方を見る。
……まだ捕まっていた。
夫人達に囲まれている。
逃げられていない、というか逃げられなさそう。
玲は少しだけ視線を逸らす。
(大丈夫そう)
「少しこちらへ」
玲はカイを人の少ない廊下側へ連れていく。
灯りが少し落ちる。
楽団の音も遠い。
するとカイが開口一番、
「何でいる?って顔だな」
「実際そうだから」
私は即答した。
カイは肩を竦める。
「本当はもう一度、お前に“ついて行っていいか”聞こうと思ってたんだが」
「……」
「その前に、知り合いが連れて行ってくれるって言ってな。それに乗った」
私はじっと見る。
カイは悪びれないというか悪びれる様子がない。
「君一人だと情報収集が不安だからな」
(……一人でやるって気合い入れたのに)
「だが俺は少ししか居られない」
「は?」
「用事がある」
「じゃあ結局、私一人じゃない」
「まぁまぁ」
軽い。
軽すぎる。
私は思わず眉を少し寄せた。
だがカイは気にせず続ける。
「お前に情報収集頼んだが、誰に聞くか言ってなかっただろ」
「あぁ……そう言えば」
何とかするつもりではいた。
だが正直、手探りだった。
カイは周囲を確認してから、小声になる。
「覚えろよ」
と言い。
それから数人の名前を挙げた。
特徴。
派閥。
私は静かに聞く。
最後にカイは笑った。
「今、俺が言った事以外は君が調べてまた、教えてくれ。」
「じゃあな」
「……え、今?」
「あぁ、用事がある」
そして本当に、そのまま夜の人混みへ消えていった。
自由すぎる。
私は数秒、無言になる。
それから小さく息を'ふぅ'と吐いて会場へ戻った。
すると。
「……」
鴻がいた。
夫人達に囲まれながら。
だが仮面越しでも分かる。
ものすごくこちらを見ている。
しかも、目も合っている。
“どこへ行っていた”
そう書いてあるような視線だった。
ただし。
周囲を夫人達に完全包囲されているせいで動けない。
私は思わず少しだけ笑いそうになる。
鴻はさらに目を細めた。
私は何事もなかったような顔で視線を逸らす。
そして静かに次の情報収集へと向かった。




