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仮面舞踏会へ

夕暮れ。 空は群青へと沈みかけていた。


侯爵家の屋敷では、慌ただしく使用人たちが行き交っている。 今夜は、王宮主催の仮面舞踏会。

煌びやかでも真っ暗な夜。


そして屋敷の空気は、どこか張り詰めていた。


玲の部屋。


鏡の前に座る玲へ、侍女たちが最後の支度を施していく。


淡い銀糸を織り込んだ深青のドレス。 夜空を閉じ込めたような色だった。


裾には硝子細工のような刺繍が散りばめられ、端は黒い色のグラデーションになっていた。

動くたび、端々は月光みたいに静かに光を返す。


片側へ流した髪。 耳元で揺れる、小さな青硝子の飾り。


そして。 

白銀に少しグレーが混ざった仮面。


陶器のように滑らかな表面。


片側だけ、淡い青の硝子細工が埋め込まれている。


凍った涙みたいなガラスの雫。

冷たい湖面を削って作ったみたいな、不思議な光を宿していた。


「……」


私は鏡を見る。

知らない誰かみたいだった。


悪役令嬢。 そう呼ばれる存在。


けれど今だけは、 その輪郭さえ曖昧になる。



「玲様……とても、お綺麗です」


侍女が思わず呟く。


玲は少し困ったように笑った。


「ありがとう」


その声に、侍女たちは一瞬だけ目を見開く。


最近。 玲は変わった。

以前のような鋭さも、冷たい空気も薄れている。

なのに。何故か前より近寄り難い。

まるで、 触れればふゎと消えてしまいそうなほど静かで、儚げで 綺麗だった。


「……そろそろお時間です」


「分かった。ありがとう」


私は立ち上がる。

ドレスの裾が、さらりと床を撫でた。


屋敷の正面。

馬車の前では、使用人たちが慌ただしく最終確認をしていた。


シオは外套を羽織ったまま、静かに夜空を見上げる。


風が冷たい。

胸の奥が、妙にざわついていた。


仮面舞踏会。


何かが起きる。

そんな嫌な予感だけが頭の隅から消えない。


「シオ様、準備は整いました」


「あぁ」


短く返す。



その時。

屋敷の扉が、ゆっくりと開いた。


――瞬間。


その場の空気が止まった。

誰も、動かなかった。


階段の上。


玲様が立っていた。

深い青のドレス。 月光を溶かしたみたいな銀の装飾。 白銀の仮面。


夜そのものを纏ったみたいだった。


静かで。 冷たくて。

息を呑むほど綺麗だった。


そしてどこか消えそうなそんな雰囲気だった。


使用人のひとりが、小さく息を漏らす。


誰も言葉を出せない。

玲を恐れていたはずの者たちさえ、 ただ、ただ見上げていた。


何かがおかしい、と。 胸の奥がざわつく。


“玲は恐ろしい存在だ”


そう認識していたはずなのに。

今、目の前にいる姿は、 どうしてもそう見えなかった。


むしろ。

――どこか懐かしい。

そんな感覚が、一瞬だけ胸を掠める。


「……っ」


シオの呼吸が止まる。


脳裏に、一瞬だけ光景が走った。


花畑。


笑い声。


白い花冠。


けれど次の瞬間には、霧みたいに消える。


掴めない。


ミア様の事は思い出せたのに。


それに最近、玲様が”恐ろしくない“と、最初は少しの思いが最近、どんどん、と強くなり、感じ、思うようになった。


頭の奥が微かに痛む。


シオは気づけば、玲を見て少し口をポカンと開けたまま固まっていた。


その隣で。

鴻様もまた、動けずにいた。

玲様がゆっくりと階段を降りてくる。


昔と同じ歩き方だった。

静かで。 背筋が真っ直ぐで。


けれど、 どこか儚い。


鴻の喉が僅かに動く。

無意識に。


「……玲」


その名が零れかける。


玲は馬車の前まで来ると、階段上で不思議そうに周囲を見た。


「……どうしたの?」


静かな声。


「大丈夫?」


その瞬間。

止まっていた空気が、一気に動き出した。

使用人たちが慌てて目を逸らす。


誰かが「コホン」と咳払いをする。



鴻がはっとしたように視線を伏せた。


シオも我に返る。


「あ……」


珍しく言葉が詰まっていた。

それから小さく息を吐いて。


「……すみません。驚いてしまいまして」


シオは静かに頭を下げる。

そして、いつもの執事としての声音で続けた。


「では、お気をつけて」

「いってらっしゃいませ、玲様」


夜風が吹く。

玲は一瞬だけ目を細めた。

そして。

「……行ってくる」


小さくそう言って、馬車へ乗り込む。

扉が閉まる。


次の瞬間。

馬車がゆっくりと動き出した。

石畳を車輪が転がる音が、静かな夜へ響いていく。


シオは去っていく馬車を見つめたまま、動かなかった。


胸の奥が、妙にざわつく。


まるで。

今夜を境に、 何かが大きく変わってしまう気がして。

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― 新着の感想 ―
書籍化されて欲しい。玲のドレス姿見たい‼︎
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