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作戦会議

カイの言葉が落ちる。


「俺たちの目的だよ」


その瞬間だけ。 店のざわめきが、妙に遠く感じた。

私はコップを指先で回す。 水面が小さく揺れた。


「……具体的には?」


カイは背もたれへ体を預ける。


「まず、“修正”の条件を知る必要がある」


「条件」


「あぁ。世界は何に反応するのか。どこまでなら許容されるのか」


指先で机を二回叩く。

「例えば」


「原作にない行動をした時」


「原作人物が死ぬはずじゃない場面で死んだ時」


「逆に、死ぬはずの奴が生き残った時」


淡々と並べられる言葉。

でも。 そのどれもが妙に現実味を帯びていて、嫌だった。


「……不思議、実験みたい」


「実験だよ」

即答だった。


私は眉を少し寄せる。


「まさか、人で試す気?」


「必要なら」


空気が、一瞬だけ冷えた。


私は反射的にカイを見る。

冗談を言っている顔じゃなかった。


窓の外では子どもが笑っている。店の中では 店員が皿を運んでいる。 誰かがパンをちぎる音がする。

なのに。 この男だけ、そこから切り離されているみたいだった。



カイは私の視線に気づくと、ふっと笑う。


「そんな顔するな。別に無差別にやる気はない」


「今ので安心できると思う?」


「無理だな」


分かってる、と言いかけてやめた。

代わりに私は小さく息を吐いた。


「……でも、調べる必要があるのは分かる」


カイは少しだけ目を細めた。


「理解が早くて助かる」


「嬉しくない」


「褒めてるのに」


「その褒め方されると不安になる」


カイが喉の奥で笑う。



けれど次の瞬間。 彼の表情はすっと消えた。


「それで、本題だ」


低い声。


「五か月後。十一月に王宮で仮面舞踏会がある」


私は瞬きをした。


「……舞踏会?」


「あぁ。毎年開かれてる大規模な夜会だ」

「上位貴族、騎士団幹部、王族関係者」


「あと当然」


カイはそこで一度区切る。


「聖女も来る」


空気が止まった気がした。


私は無意識に指へ力を入れる。


「確定なの」


「ほぼな」


「……何で分かるの」


「情報網」


(便利な言葉)


「便利だろ?」


胡散臭い。

でも。 今はそこを突っ込むより先に気になることがあった。


「仮面舞踏会で何をするの」


「情報収集」


カイはテーブルへ肘をついた。


「貴族は酒が入ると口が軽くなる」


「特に、“仮面”がある夜はな」


その言い方に、私は少しだけ嫌なものを感じた。


顔を隠す夜。

誰が誰か分からない。 だから本音が漏れる。


秘密も。 欲望も。 悪意も。

全部。


「聖女について探るであってる?」


「それもある」


カイの視線がまっすぐ私へ向く。


「でも一番知りたいのは、“誰が修正を知ってるか”だ」


私は黙る。


「世界の歪みを認識してる奴が他にもいる可能性がある」


「……」


「もし王宮側が知ってるなら」


「聖女が特別扱いされてる理由も繋がるという事だ」


カップの中の水面が揺れる。


私はゆっくり目を伏せた。


「王宮」


口の中で転がす。

原作の中心。 物語が動く場所。


そして多分。 一番、“世界”に近い場所。


嫌な予感がした。

なぜか少しだけ。

カイはそんな私を見ながら、ぽつりと言った。


「まぁ、問題は」


「?」


「その舞踏会、招待制なんだよな」


私は顔を上げる。


「……つまり?」


「俺は入れない」


「はい?」


「貴族じゃないから」


当然みたいに言うな。


私は思わず額を押さえた。


「じゃあ何で今まで余裕そうだったの」


「玲がいるから」


「却下」

即答。


カイが笑う。


「早いな」


「当然でしょ」


「でもお前、侯爵令嬢だろ」


図星だった。

私は黙る。


カイはニヤリと楽しそうに続ける。


「同行者一人くらい、どうにかなるんじゃないのか?」


「ならない可能性もある」


「でもゼロじゃない」


「……」


「それに」


カイが少しだけ声を落とす。


「お前も知りたいんじゃないのか」


空気が静まる。


「聖女が、何を知っているのか」


心臓が、嫌な跳ね方をした。


私は視線を逸らす。


またも図星だった。


知りたい。


ミアを覚えていた理由。

世界に修正されない理由。


そして。

“聖女だけは知っている”

あの違和感の正体を。

沈黙のあと。 私は小さく呟いた。


「……仮面舞踏会って」


「ん?」


「皆、仮面をつけるんだよね」


「そうだな」


「顔が分からないくらい?」


「大抵は」


私は窓の外を見る。


昼の光。 行き交う人々。 笑い声。

でも頭の中には、もう別の景色が浮かんでいた。

シャンデリア。 仮面。 音楽。 笑っている貴族たち。


その中で。

誰が味方で、 誰が敵で、 誰が“人間じゃない側”なのか分からない空間。


ぞわり、と背筋が冷えた。

それと同じく仮面は自分にある意味、合っているかもしれないなとも思った。


その時だった。

カイが不意に、低く笑った。


「……まぁ」

「一番怖いのは、案外そこじゃないかもしれないけど」


私は眉をまた少し寄せた。


「何が」


カイは窓の外を見たまま言った。


「もし、修正が本当に存在するとするなら」


そこで止まる。


数秒の沈黙。

それから。


「原作から外れた俺たちが、“同じ場所に集まる”こと自体」

「既に向こうには想定外なんだ、それに気づかれてる可能性がある」


──ぞくり、とした。



その瞬間。

店の奥で。

ガシャン、と。 誰かが皿を落とした。

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