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突きつけられるもの

玲の目が覚めてから三日後。


屋敷の空気は、まだ冷えたままだった。

火は焚かれているのに、どこか温度が戻らない。

人の声も、足音も、すべてが少しだけ抑えられている。


まるで――


この屋敷そのものが、“何か”を恐れているみたいに。


二階の階段から右へ行った突き当たりの書斎室で。

鴻は、窓辺に立っていた。

外は晴れている。

けれど、その光はどこか遠い。


「……まだ、見つからないのか」


振り返らずに、言う。

背後で、護衛が一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「……はい。屋敷周辺、街道、森の入口まで範囲を広げましたが…」


そこまで言って、止まる。


“いない”。

その一言を、口にすることを避けるように。

鴻は、ゆっくりと目を伏せた。


(消えた)


あの日と同じ結論。


ただ違うのは――


今回は、“探しても見つからない”という事実が付いたこと。


「……もういい」


静かに言う。


「これ以上、人を割くな」


「ですが――」


「命令だ」

短く、切る。


反論は、そこで消えた。


部屋に、また静寂が落ちる。


鴻は、窓に映る自分の顔を見た。

感情は、ほとんど動いていないというか押し隠している今は…。


だが。


(二人)


胸の奥で、何かが小さく軋む。


必死に探しても見つからなかった。


ミアは王の兵が見つけてくれた。


(本当は…俺が、俺達が見つけたかった……。)


だが、あのユイト


だけはまだ、見つからない。

玲の目が覚めた時にはいたのに。


二人、どちらも、“いなくなった”。


一人はもう……

だがもう一人が生きていると信じたいが……


(あぁ、これは言い訳だ、探しに行き、真実を見るのが恐い……。)


だが――


(ある意味、同じじゃないかもな。)


そう思う。

理由は、言葉にできない。


ただ、確実に違う。


その違和感だけが、沈まずに残っている。


コン、コン、と扉が叩かれる。


「……鴻様。お時間です」


シオの声。


鴻は目を閉じ、一度だけ呼吸を整えた。


「行く」


――王城へ。


馬車の中は、静かだった。

揺れだけが、規則正しく体を揺らす。


誰も、口を開かない。

開けば、何かが壊れると分かっているみたいに。


シオは、窓の外を見ていた。


鴻は、目を閉じている。


そして玲は――

ただ、指先で膝を軽く叩いていた。

一定のリズム。

考えている時の癖。


(……崖)


(街に向かう途中)


(馬車ごと転落)


情報が、頭の中で並べられていく。


だが、噛み合わない。


どうしても、どこかに“余白”ができる。


そこに、何かが隠れている。



そんな感覚。

馬車が、止まる。


「……到着いたしました」



扉が開く。

外の空気は、屋敷よりも冷たく感じた。




王の間。

重い扉が閉まる音が、やけに大きく響く。

玉座に座る王は、穏やかな表情をしていた。


――穏やかすぎるほどに。


「よく来たな」


その声は、優しい。

だが。

どこか、温度がない。


「ミアの件だが――」


話は、淡々と進められた。


崖の下で発見されたこと。

馬車ごとだったこと。

街の近くの道だったこと。

地盤が緩んでいたこと。


「……事故だ」


王は、そう結論づける。


誰も、すぐには頷かなかった。


だが――否定もできない。


用意された答えは、あまりにも“整いすぎている”。


「……遺体については」


その言葉に、空気がわずかに張る。

王は、ほんの少しだけ視線を落とした。


「……見せられる状態ではない」


短い沈黙。


それだけで、十分だった。


それ以上、聞く必要はないと理解させるには。


シオの指が、ぎゅっと握られる。


鴻は、何も言わない。


玲は――

ただ、王を見ていた。

瞬きもせずに。


「それと」


王が続ける。


「馬車の中から、いくつかの品が見つかっている」


側近が、一歩前に出る。


「贈り物のようでな。丁寧に包まれていた」


「……贈り物?」


鴻が、わずかに眉を動かす。


「うむ。それぞれに名があった」


その瞬間。


玲の指先が、止まる。


「――お前たちの名だ」


静かに落とされる言葉。


「シオ。鴻。そして……玲」


一拍。


「……それと、もう一人」


空気が、わずかに歪む。


誰も、その名を知らないはずなのに。

なぜか、その“空白”が重く落ちる。


「現在、確認と点検を行っている。引き渡しは二週間後になるだろう」


王は、そこで言葉を切る。


「ただし――」


側近が、小さな箱を差し出した。


「身につけていた物が、いくつかあった。これは返そう」


五つ。


静かに並べられる。


そのどれもが、見覚えのあるものだった。


日常の中にあった、当たり前の欠片。


それが――


ここにある。

それだけで。


“いない”ことが、現実になる。

玲は、それを見下ろす。


そして、ひとつだけ手に取った。

指に、冷たい感触が伝わる。


(……これ)


知ってる。

見たことがある。

何度も。

だってこれは私がミアに誕生日プレゼントで送った物だから…。

世界にたった1つのものだから。


けれど。


「……どうして」


小さく、呟く。

誰に向けたものでもない。


だが――


確かに、疑問だった。

なぜ、それが“ここにある”のか。

なぜ、それだけが“無事”なのか。

点と点が、また増える。


だが。

まだ、線にならない。



帰りの馬車。

沈黙は、行きよりも重かった。


誰も、何も言わない。

言葉が、意味を持たないと分かっているみたいに。


車輪の音だけが、やけに大きく響く。


玲は、手の中のそれを見つめていた。

窓の外では、夕焼けが広がっている。

赤い。

やけに、赤い。


(……終わった?)


ふと、そんな考えがよぎる。

ミアは、もういない。

答えは出た。


理由も、説明された。


納得も――

できる形にはなっている。


なのに。


(違う)


胸の奥が、静かに否定する。

あまりにも、綺麗すぎる。

まるで最初から“そうなるように”並べられていたみたいに。


その時。

玲の視線が、ふと揺れる。

“もう一人”。

王が言った、その言葉。


(…彼か?)



あの日。


扉の前で。

振り返った、彼の顔。


言いかけて、やめた言葉。


消えた理由。

全部が、ひとつの影になる。



そして――

その影は、ミアへと繋がっている。

確信に近い何かが、形を取り始める。


静かに。


確実に。


逃げ場を塞ぐように。

馬車は、屋敷へと帰っていく。

何も知らないまま。


いや――


“知らされただけ”のまま。




そしてその頃。

ある場所の奥深く。

誰も立ち入らない、暗い部屋で。


「……予定通りだ」


低い声が、落ちる。

灯りは、ひとつだけ。

揺れる炎が、影を歪める。


「ひとつ、消えた」


その言葉は、まるで石を置くみたいに静かだった。


「次は――」


わずかな間。

誰かが、笑った気がした。


「……もう一つだ」


その視線の先にあるものを、


まだ誰も知らない。


物語は、もう戻れない場所まで沈んでいる。


静かに。


確実に。


そして――容赦なく。

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