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黒猫のマーチ  作者: 傘ゆき
第一章 『始まりの森』
10/13

理不尽

-side 猫人間アーチ-

 僕は干し肉を咥え、森の木から木へと飛び移っていく。


 なるべく早く干し肉をキツネに届けて早くアーチのところへ戻らないと。

 しかし、キツネに見つかると厄介なんだよな。

 何を言われるか……

 今問題なのはそこだ。

 キツネはどうも人間のことが嫌いで仕方ないようだ。

 人間からもらった干し肉だなんて食べてくれるかわからないし、まず僕が人間と出会っていたことに対してすごい怒るかもしれない。

 まぁ、キツネは近頃眠りっぽいし、多分今も寝ているだろう。

 寝ているうちにパッと干し肉を置いていこう。


 まぁ、帰った後説教されるのは覚悟しよう……




※ ※ ※




 僕はキツネのいる洞穴についた。

 日はまだ昇り切っていないから、そんなに距離はなかったようだ。

 まさかこんなに近くに森の出口があったとは……

 森の外を探検するのも悪くないかもしれない。


 洞穴の中はとても静かで、どうも不気味だ。

 いや、静かということはキツネが寝ている証拠なわけだからいいことなのだが。

 恐る恐る洞穴の中を覗いてみる。

 すると中には中には丸くなって寝ているキツネがいる。

 キツネはまだ寝ているようだ。


 僕はキツネに気づかれないようにそっと干し肉を置こうとすると、


(……黒猫、帰ってきたか)


 聞き慣れた声が頭の中に響く。

 あぁ、面倒なことになりそうな予感。


(その匂い……その匂いはなんだ)


 あ、干し肉がバレてしまったか?

 まずいな、どう言い訳しよう。

 あぁ、人間から盗んだとか言えば……


(えっと、この干し肉……)

(吾輩が聞いているのは、なぜ貴様からする人間の匂いの方だ!)


 その念話には魔力が明らかに怒りがこもっているのを感じる。

 流れる魔力の揺らぎは感情によって大きく変化する。その揺らぎは魔力を使う念話にも影響するため、念話から感情の激しさを感じ取ることもできる。

 以前に怒られた時も確かに念話から魔力の揺らぎが感じ取れたが、今感じているこの揺らぎはそれと似ているようで、とても禍々しいもののように感じられた。


 いや、魔力を感じ取る以前にも明らかにわかることだ。

 キツネは牙を剥き出しにし、眉間に皺が寄っている。尻尾は逆立っていて、「威嚇」のような生やさしいものでないのはわかる。

 今までキツネのこんな姿は見たことがない。


(人間と会ったのだな?)


 キツネは鋭い眼光で僕を睨みつける。

 その一言一言が激しく揺らぐ魔力がこもっていて、ひげで大気が微かに揺れ動いているのを感じる。

 その姿と魔力に僕は怖気付いて僕は声も出せない。


(人間と会ったのだな!答えろ!)

(は、はい!)


 咄嗟に本当のことを言ってしまった。

 とは言え、干し肉を人間から盗んだと言い訳すれば……

 いや、ここで下手に言い訳するのは得策ではない。

 「嘘をついたら殺される」、本能がそう叫んでいる。


(人間には関わるなと言ったはずだろう!)

(で、でも、アーチは悪い人間じゃないよ。僕を魔法で助けてくれたんだ。いい人間なんだ)

(ほう、名前を知るほど親しいと)


 しまった!

 咄嗟に反論しようとアーチの名前を出してしまった。

 しかし、アーチはとてもいい人間だ。僕の命の恩人だ。そして友人だ。

 それは間違いではない。


(人間と関わると碌なことがないのだ!何度も言ってきただろう!)

(で、でも!)

(その人間だって信用できたものじゃない。いても不幸になるだけだ)

(でも、本当に!)

(ええい!黙れ!)


 僕が何か言い返そうとすると、キツネは怒鳴って言葉を遮る。

 まるで人間を拒むように、何かを恐るように。


(でも「友達」で……)

(「友達」?はっ、吾輩が一番信用できぬ言葉だ。それに違う生き物と、しかも人間と友人になれるわけがなかろう。どうせその人間はお前を誑かそうとしているだけであろう。

 二度と人間に会うな!でなければ出ていけ!)


 そしてその言葉で、僕は何かがぷつりと切れたような気がした。


 どうやらキツネ、このキツネは、こちらの言い分すらも聞く気が全くないようだ。自分の事情も、こちらが説明をしようとしているのに。

 そう思うと、何か冷たくも、激しい感情が沸々と体の奥底から這い出してきた。

 そしてキツネが何か言っている気がするが、何を言っているのかよくわからなくなってきた。よくわからない単語の羅列を読み上げているようにしか聞こえない。


 そこで僕はこのキツネを初めて自分とは別の生物なのだと感じた。

 いや、当然のことだろう。

 僕は勘違いをしていたのかもしれない。僕を育て上げた張本人であるキツネが、僕と同じ生物なのだと。意思疎通ができても、所詮猫と狐の関係だということを。

 そう思うと、このキツネに対して何も思えなくなって、事情も知らないくせに怒っているキツネを、ただ「理不尽」だと、そう思った。

 なんでこちらの事情を知らないのに。アーチのことを知らないのに。僕の思いを知らないのに。なんでこんなにも、それら全てを否定してくるのか。怒りをぶつけてくるのか。一方的に怒鳴ってくるのか。

 ただ、人間が嫌いという理由だけで何故そんなに……


 その理不尽さにだんだんと怒りが込み上げてくる。

 そして僕は口から咄嗟に言葉が出る。


(わかったよ……

 キツネがそういうならもう二度とここに戻ってくるもんか!

 このわからずや!バーカ!)


 僕は感情に任せ、僕はその言葉を発した。

 すると僕は自分の発した言葉に対して驚いて、僕は呆気に取られる。キツネもキョトンとしている。

 それもそうだ。僕はこんなことをキツネに言ったことがない。

 するとだんだんと頭に登っていた血が抜けていく感覚がした。まるで現実に戻されるような感覚だ。そして同時に、自分の言った言葉に対してものすごい罪悪感が湧き出る。

 「バカ」は余計だっただろうか。いや、そういう話じゃない……


 するとキツネの顔は怒りの表情に戻っていく。


(なんだと!貴様!その言葉、撤回しろ!)


 僕は急に怖くなった。

 さっきまでの勇気はどこにいってしまったのだろうか。

 しかし、もう後には引けない。


(うるさい!バーカ!)


 すると見る見るキツネの顔は恐ろしくなっていく。


(出ていけ!二度と吾輩の前にその顔を見せるな!)


 キツネからの感じ取れる魔力はとんでもなく揺らいでいる。

 だというのに、


(言われなくても戻ってきてやんねーから!)


 僕は意地になって言い返した。

 そして僕はその洞穴から走って出ていった。


 最悪だ……


 しかし、不思議と体が軽くなった気がする。

 何かが言葉と一緒に放たれたような。

 一言で表すのなら、


 気持ちがいい


 後ろでキツネがギャーギャー言っていた気がするが、どうでもいい。

 ただ、このすっきりした気持ちで、走りたい気分だった。




※ ※ ※




 しばらく走っていると、急に喪失感が湧き出てくる。そして罪悪感と、虚しさが、押し寄せてくる。喉に違和感が残り、僕は冷静さを取り戻した……

 僕は後ろを振り返り、謝らなきゃいけないのではと思った。いや、でも、僕に謝る要素なんて一つもない。そのはずだ。

 なのになんでこんなにも罪悪感が増す?

 

 しかし、足が進まない。正確にいうなら、洞穴の方へと進まない。


 戻ってどうする?

 謝るか?

 謝ってどうする?

 キツネは許してくれるだろうか?

 

 頭の中で色々なことが巡る。

 しかし、僕の足は一向に止まったままだ。

 そして、僕は思い出す。


 アーチとの約束……


 僕はゆっくりと歩き始め、アーチの元へ向かった。

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