番外編 今はさよならと言わせて
別れを告げた時のゆう君サイドの話です。
別れを告げると決めたゆうの切っ掛けが分かります。
「…また、入ってる」
塾から帰った俺は鞄からテキストとかを取り出しながら1通の封筒を取り出した。
中身は見なくても分かっている。
中に書いてあるのは、俺がつきあっている彼女と別れろと書いてあるだけだ。
いつもなら見ないで捨ててしまうのだけど、今日は気になって俺は開いてしまった。
いつもと同じように、彼女と別れろと書いてある手紙にもうひと分書かれていた。
彼女を傷つけてもいいんだな…と。
「りんを…傷つける。それは…できない。どうしよう」
俺はポツリと呟いた。同じ学校に通っていない彼女を守ってやるにはどうしたらいい?
俺には彼女にしてやれることはないのだろうか?
明日は滑り止めの受験だというのに、それだけが頭の中でぐるぐる回る。
明日の受験校は俺から誘って彼女も受験する。
同じ受験校は明日の学校しかない。明日の朝に何かが起こるのか?
明日の学校は募集人数も多いから志願者数も多い。
学校に向かう途中で彼女が襲われたら、受験どころじゃなくなってしまう。
俺はともかく…彼女の人生が大幅に狂ってしまうことは分かりきっていた。
彼女が彼女として臨んだ進路に向かうにはどうしたらいいのか?
ゆっくりと今まで考えた事をまとめてみることにした。
一つ目は、彼女に真実を明かして、彼女にも注意して貰う。
これは簡単だけども、犯人が分かっていない分、神経をすり減らしてしまうだろう。
二つ目は、彼女を守る為に、彼女と距離を取る。
これは確実に、彼女を傷つける。
三つ目は、いつも通りに見なかったことにする。
俺は時計を見る時間は午後7時だ。
いつも電話をするときは午後8時って約束になっているから、決断するには後1時間。
とりあえず、夕飯を食べて、お風呂に入る。
湯船に入って体を伸ばす。さて…どうしようか…。
彼女を守りたい。それは譲れない所だ。その為には自分も彼女も犠牲にするしかない。
今までの事を説明したいが、時間が…もうない。
仕方ない。俺が悪者になって彼女を助けよう。
俺の公立試験が終わってから全てを明かせばいい。
彼女はきっと分かってくれる。
彼女は俺の事を好きなんだから。
2年前の冬の講習から今通っている塾に通いだした彼女。
途中からでもきちんと予習をしている彼女に好感を抱いたのが最初だった。
そのうち、彼女が俺の親友の秀紀のかつての彼女である事が分かった。
気が強いけれども、それ以上に気配りをする彼女。
自然と惹かれていくのには時間はかからなかった。
今の恋心を自覚したのは丁度1年位前の事。
「3年生も同じクラスになれたらいいなぁ」
と俺が彼女からノートを借りて返してくれたときにポツリと呟いた彼女に一言だった。
あまり自分の感情をあらわさない彼女が俺に見せた本音にドキリとしたんだ。
「それってどういう意味?」
俺はその言葉の真意を聞きたくて彼女に聞く。
「だって…皆仲がいいじゃない?上のクラスも下のクラスもギスギスしてるから」
「確かに…それはそうだな。納得。同じクラスになったらよろしくな」
「こっちこそ…よろしくな」
俺達はそんな会話をしながら徐々に互いの距離を狭めていたんだと思う。
ある時が学校の宿題。英検の対策問題集。塾の課題。
俺は何かにつけて彼女に聞く。彼女が苦手な数学を除いて。
「私の説明で分かるかな?分からなかったらごめんね」
って言いながら教えてくれる彼女。
彼女の対応から、少なくても嫌われていない事が分かった。
期末試験明けの週末の塾の時間に、テスト明けだからといって理科の先生が
天体観測に連れ出してくれた。
秀紀とつきあっていた彼女はいとも簡単に天の川も、夏の大三角形も指し示す。
その星座の示す方法も、秀紀と同じ順番だった。
その上、西の方向にあるであろう、春の星座も示したのだ。
俺の知らない二人の時間に密かに嫉妬心を抱いたのだった。
彼女は全てを知らない。俺の気持ちも、彼女を忘れられない秀紀の気持ちも。
夏休みの勉強合宿には参加しないという彼女。
戻ってきたら…告白しようと思っていた。
けれども、合宿中に俺が美紀に告白された。
断ろうと思ったのに、美紀の方が既成事実…恋人宣言をしてくれた。
そのお陰で俺は身動きが取れないまま、合宿の日程をこなした。
合宿後、俺が最初に見た彼女は…元気そうだねと寂しそうな顔をした彼女だった。
俺より先に美紀が教室にいたせいか、合宿であったことを自慢げに話していたらしい。
そんな美紀の態度は俺の態度を硬化させるのに十分だった。
断るタイミングを与えないで成立している関係だから。
俺の態度の微妙な変化に気がついた美紀は夏休みが終わる直前、別れると宣言した。
内心ホッとしたのもあるし、俺の本心がばれたのかと思った。
美紀にあの当時の俺の本心が知られてしまったが、今日の授業前。
どういうルートで知られたのかは分からない。
りんが俺と付き合うと言いふらすとは思えない。
この時期だから自然に知られたらいいよねって言っていたのだから。
俺達のいるクラス全員が知っているとも思えなかった位、慎重だったのだから。
皆の前で叩かれた彼女は美紀に向かって言い放った。
-美紀が付き合っていた時は、私は邪魔していない。言いがかりに過ぎない-
その通りだ。彼女は美紀といた期間は意図的に俺との距離を開けていた。
挨拶はしてくれるけど、分からない所を聞こうとするとやんわりと断られた。
-彼女がいるでしょう?私に聞いちゃだめだよ-
俺が彼女に告白したのだって、12月になって二人の志望校が決定してからだ。
確実に同じ学校に行ける可能性は少ない。でも…そばにいたかった。
彼女も俺の気持ちに応えてくれた。それだけでも幸せだった。
一応、受験生だから、デートは学校見学と勉強しかしていない。
それでも…幸せだった。寄りそって宿題を解いたり、手を取り合って散歩をしたり。
玄関から電話が鳴る音がする。彼女からの電話の時間になった。
俺は深呼吸一つしてから受話器を取った。
「もしもし?」
俺の取った行動が彼女の心を崩壊させるなんて…まだ知らなかった頃。
別れるけど、待ってて欲しいと言えば良かったと後悔することになるのはちょっと先の話。
俺らの恋がここから始まる騒動の源だと知ったのはもっと…もっと後の話。
けれども、それは騒動のきっかけにしか過ぎない事を彼は何も知らない。
全ての真相を知るのは、それから3年程経ってからの事。




