雪と沈黙
【突撃】
照明弾が、藍色の空で弾けた。
一拍おいて、渓谷の底が咆哮する。一万人分の鬨の声。軍靴が雪を叩く音。魔導砲の第一射。半年分の鬱憤が、夜明けの谷に雪崩れ込んでいく。
その光景を、リヴィアたちは横目に見ていた。
本隊とは逆の、渓谷の東斜面。岩陰から岩陰へ、黒い影が五つ、音もなく移動していく。
「本隊、接敵。予定通り」
先頭のカラムが、押し殺した声を出した。
「あの人たち、囮なんですよね……」
ネロが端末を抱えたまま、谷底を振り返る。
「囮じゃねえ。本命だ。……俺たちが上を黙らせるまで、死なずに粘ってもらう本命だ」
稜線が、白く光った。
波紋がひとつ、谷底へ向かって走る。突撃の先頭集団――魔導兵たちの放っていた援護の火球が、空中でふっと掻き消えた。防御の光膜が消え、隊列が雪に伏せる。そこへ、敵の銃火が浴びせられた。
「……っ」
リヴィアの手が、レイピアの柄を強く握る。見ているだけ、が、こんなに苦しい。
「見んな。前」
アシュだった。その声も、少し硬い。
「俺らが早く上がるほど、あいつらが死なずに済む。それだけだろ」
「……うん」
五つの影は、谷の喧騒に背を向けて、細い沢筋へ分け入った。
【氷瀑】
沢を三十分ほど詰めると、それは現れた。
凍った滝。高さ、およそ六十メートル。冬のあいだに滝が丸ごと凍りつき、青白い氷の柱が崖を一枚の壁にしている。
「うわ……」
リズが、顔を上げたまま固まった。
「地元じゃ『裏氷』って呼ぶらしい。猟師しか知らねえ道だ。……バロウ曹長の入れ知恵だよ」
カラムが背嚢からロープと氷用のハーケンを取り出す。
「ここを登れば、稜線の砲列の横に出る。ネロ、確認だ」
「は、はい。無効化パルスは、砲の正面――谷側に向けた扇形にだけ飛びます。稜線の背中側は、理論上は『影』です。ただ……」
ネロが氷壁を見上げた。
「この登攀ルートは、扇のいちばん端をかすめます。登ってる途中でパルスが来たら、その、数十秒間は……」
「魔法抜きの、ただの壁登りになる」
「……です」
「オーケー。だから登り方はこうだ」
カラムは雪面にハーケンを突き立てながら、淡々と続けた。
「全員、最初から魔法は使わない。補助も禁止。ロープと金具と、自分の腕だけで登る。……最初からアテにしてなけりゃ、消されても落ちねえ」
「正気かよ。六十メートルだぞ」
「正気だ。三刻を舐めんな。俺はガキの頃から、こうやって登ってきた」
カラムが先頭で取りつき、確保支点を打ちながら登っていく。その動きに迷いがなかった。氷のどこが硬く、どこが腐っているか、手が知っている。
二番手リヴィア、三番手ネロ、四番手リズ、最後尾アシュ。
登り始めてすぐに分かった。これは、しんどい。氷は鉄より冷たく、ハーケンを打つたびに衝撃が肘まで響く。手袋越しでも指の感覚が薄れ、呼気で睫毛が凍りついた。
「ネロ、ペース落とせ。息が上がってる」
「は……ひっ……む、むり、です、これぇ……」
「無理じゃない。あと二十メートル。数えろ。一手ずつだ」
半分を越えた、そこで。
「――来ます! パルス!」
ネロが叫んだ。
稜線の向こうが白く光る。波が、来る。
雪面の上を、灰色の「静けさ」が滑ってきた。沢に生えた魔光苔の淡い光が、波の通り道に沿って、すっ、すっ、と消えていく。
波が、氷壁を呑んだ。
音が、平たくなった。風の音も、氷の軋みも、鼓膜に届く前に一枚、膜がかかる。体の奥の井戸が、空になる。
(……大丈夫。最初から、使ってない)
リヴィアは氷に打ったハーケンだけを信じて、その場で静止した。全員、動きを止めている。カラムの指示通り。
――はずだった。
「あ」
小さな声がした。リズだった。
無意識だったのだろう。四刻の風使いは、生まれてからずっと、体の周りに薄い風をまとって生きてきた。バランスを取るための、呼吸みたいな風。
それが、消えた。
右足の氷が、パキ、と鳴って剥がれる。
「――リズ!!」
体が、壁から浮いた。
「や、むり、むりむり――」
落ちる。
最後尾のアシュが氷に爪を立てるように腕を伸ばし、リズの背嚢の肩紐を、指二本で引っかけた。
「ぐ……っ、おっも……!」
上からカラムのロープが唸りをあげて落ちてくる。輪になった先端が、正確にリズの左腕を捉えた。
「摑め! 右手、そこの青い氷! ――そう、そこ!」
リズの指が氷の凹みに掛かる。三点で、体が止まった。
平たい静寂の中、五人分の荒い息だけが白く上っては消えていった。
やがて、波が抜ける。風の音が、氷の軋みが、世界に帰ってきた。
「……生きてる」
リズが氷に額をつけたまま呟いた。
「よし。生きてるわ、私」
「次、落ちたら置いてくからな」
「アシュ、あんた今、指二本で私の命持ってたのよ。もうちょっと言い方あるでしょ」
「……重かった」
「一言多い!!」
張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。
「はい、深呼吸」
カラムが上から声を落とす。
「……全員、あと十五メートルだ。一手ずつ行くぞ」
【稜線】
氷壁を抜けると、風が変わった。
稜線の裏側。雪を被った岩の連なり。
三百メートルほど先の尾根筋に、黒い構造物が四つ、等間隔に並んでいた。
無効化砲。
思っていたより、ずっと不格好だった。黒い角ばった砲身に太い導線がぐるぐると巻きつき、砲座の後ろから何本ものケーブルが雪の下を這って、一箇所に集まっている。その集まる先――尾根の中央に、半地下の掩蔽壕。
「あれが心臓ですね」
双眼鏡を覗いていたネロが、そこで手を止めた。
「……あの壕の周り、雪がありません。溶けてます」
カラムが双眼鏡を受け取り、しばらく黙って覗いた。
「ずいぶんと、暖かい心臓だな」
彼は双眼鏡を返して、話を戻した。
「四門とも、あの中央壕から給電されてる。砲を一門ずつ潰すより――」
「線ごと、根っこを断つ。ですね」
「そうだ。敵兵、目視で二十……いや、二十四。砲座に四人ずつ、壕の周りに八。全員、山岳兵の装備だ。地元の兵だぞ。雪の上じゃ、俺たちより速いと思っとけ」
作戦は単純だった。
第一砲座を音を立てずに落とし、敵が気づく前に距離を詰める。気づかれたら正面はアシュとリズが受け持ち、カラムとリヴィアが壕へ走る。ネロは後方で「眼」。
「無線、確認」
耳の通信機から、ザ、と砂の音がした。魔導通信ではない。パイドが全員に持たせた、旧式の有線混じりの無線機だ。
『……聞こえてる。感度悪いのは我慢して』
基地からパイドの声。パルスの中でも、この骨董品だけは死なない。
「よし。――行くぞ」
第一砲座までの百メートルを、五人は雪に溶けるように詰めた。風下から。岩陰から。呼吸まで殺して。
砲座の縁で、見張りの兵が煙草に火を点けようとした。
リヴィアは、跳んだ。
抜き打ちの峰打ちが一人目の首筋へ。振り向いた二人目の顎を、カラムの肘が抜く。三人目が息を吸った口をリズの手が塞ぎ、雪に沈める。四人目は振り返る前に、アシュの銃把で崩れ落ちた。
六秒。声は、上がらなかった。
「……第一、確保」
山の兵は、山に敏かった。第二砲座の兵が双眼鏡ごしに「消えた見張り」に気づくまで、三十秒とかからない。
甲高い笛の音が、稜線を裂いた。
「バレた! 散開!」
銃声。雪の柱が、リヴィアのすぐ横で弾けた。
「正面もらう!」
アシュが岩に背を預け、二丁の銃を抜く。薬室のカートリッジが橙に灯った。
「リズ、右!」
「はいはいっと!」
リズが風をまとって雪面を滑走し、稜線の右手へ流れる。回り込もうとしていた敵の一隊が、彼女の投げた短剣の風圧に足を止めた。
「カラムさん、リヴィアさん、中央行けます! 第二と第三の間、いま手薄――」
ネロの声が無線に走る。
二人は雪煙の中を駆けた。
中央壕の屋根で、何かがぐるりと回った。
「……おい、まずい」
カラムが舌打ちする。
壕の上に据えられた五門目――ひと回り小さな可動式の無効化砲が、砲口を谷ではなく、こちらへ、稜線の内側へと向けていた。
「撃ってきます! 伏せ――」
白い波が、尾根を横薙ぎに走った。
リズの風が消える。滑走の勢いのまま、彼女は雪に転がった。アシュの撃った火弾が、飛翔の途中で、ただの光る石ころになって落ちる。
「マジかよ……っ」
波は数秒で抜ける。すぐ次が来る。また次が。可動砲は首を振りながら、稜線を灰色の波で掃き続けた。
波の中では、魔法が死ぬ。波の外では、敵の銃火が待っている。
五人は岩と雪溜まりに分断されたまま、釘付けになった。
「アシュ、弾は」
『銃はいける! カートリッジは波の中でも死なねえ……けど、残り十四! 湯水みたいには使えねえぞ!』
アシュの火弾だけが、波の中で唯一の火力だった。撃つ。敵が頭を下げる。その間に一人がひとつ、岩を進む。また撃つ。
「残り十一……ちっ、使わせやがる……!」
じり貧だった。
『――あ』
無線の向こうで、ネロが小さな声を出した。
『あった。……ありました。見つけました!』
「ネロ、短く」
『は、はい! 可動砲の波、十一回計測しました。波と波の間に、必ず切れ目があります。機構の再充填……つまり、息継ぎです! 間隔――二・八秒!』
「に、二・八……?」
『その間だけ、魔法が通ります! 確実です、十一回とも同じでした!』
岩陰で、カラムが尾根の先を見た。中央壕まで、およそ二百メートル。遮蔽の切れた、吹きさらしの尾根筋。
「二百。隠れる場所なし。波の中は素の体ひとつ。……俺が行きたいとこだが、俺の足じゃ、呑まれてからが――」
「私が行く」
カラムが、口を閉じた。
「……理由は」
「波の中を走ったことがあるのは、ここで私だけだから」
十年前。魔法の消えた王都を、彼女は走った。何ひとつ守れないまま、ただ走った。あの時と違うのは、今度は向かう先が決まっていることだけだ。
カラムはリヴィアの顔を二秒ほど見て、それから頷いた。
「ネロ、この子の耳になれ。アシュ、残弾ぜんぶ、彼女の道を空けるのに使え。リズ、立てるか」
『余裕。……ちょっと嘘。でも投げる腕は無事』
「上等だ」
カラムは、リヴィアの肩をぽんと叩いた。
「難しく考えんな。ネロが『今』って言ったら使う。言わない間は、走る。それだけだ」
【三秒】
岩陰で、息を整える。レイピアの鯉口を切った。吸って、長く吐く。
『……行きます。次の波、抜けたら――スタート』
灰色の帯が目の前を通り過ぎていく。魔光の消えた雪面が、波の背中で鈍く光った。
『今!』
跳び出した。
一歩目、雪が深い。二歩目で膝を上げ、三歩目から加速に乗る。左後方の岩陰でアシュの銃口が火を噴き、右手の尾根筋でリズの短剣が唸った。
右手前方、第二砲座の縁に敵兵ふたり。銃を上げる。
『二・八――今っ!』
井戸に、力が満ちる。
黒い火花が指先で爆ぜ、放たれた二発の銃弾が、見えない刃に弾かれて明後日へ逸れた。
消える。
波が、来た。
全身を灰色が通り抜ける。井戸が空になる。音が平たくなる。走る人間に、戻される。
(足。足だけ)
考えるな。数えろ。
いち。にい。
弾が頬の横で雪を弾いた。感覚のない耳が、遅れて銃声を拾う。
『撃たせねえよ……っ!』
アシュの火弾が波の中を橙色に貫いて、敵兵の足元で炸裂した。カートリッジの火だけが、この灰色の世界で生きている。
『残り七! 構わず走れ!』
さん。
『息継ぎ、来ます――今!』
井戸が、満ちる。
左、投擲された手榴弾。
黒閃を短く薙ぐ。空中で信管ごと両断された鉄塊が、後方で無音のまま雪を噴き上げた。
消える。走る。
波。息継ぎ。波。息継ぎ。
世界が灰色と色つきを交互に点滅し、その点滅のリズムが、ネロの声と完全に重なっていく。
『百メートル切りました! 次の波、長いです、我慢――』
長い灰色。
息が焼ける。太腿が悲鳴を上げる。空っぽの井戸の底で、なぜか胸元のペンダントだけが冷たくなかった。
考える余裕は、ない。
『――抜けた、今っ!!』
目の前、中央壕。土嚢の上から機銃がこちらへ旋回する。
その銃身の根元。給弾の繋ぎ目。射手の肩の力み。
見える。結び目が、ぜんぶ。
最後の一歩で雪を蹴り、低く、深く、レイピアを引き絞る。息を、止める。
「――黒閃」
音が、消えた。今度は、パルスのせいではない。
刃から放たれた黒い線が、世界の縫い目を裂いて走った。
機銃の給弾ベルトが千切れる。土嚢が斜めに滑り落ちる。壕の鉄扉が、蝶番ごと断たれた。
線はそのまま、雪の下を這う太いケーブルの束を――四門の砲へ血を送る、心臓の血管を――まとめて断ち切った。
一拍。
稜線の四つの砲座で、導線に灯っていた光が、端から順に消えていく。可動砲の唸りが力尽きたように低くなり、止まった。
灰色の波は、二度と来なかった。
最初に気づいたのは、谷底の兵たちだった。
突撃の途中、何度目かの「沈黙」に備えて身を固くしていた一万人の頭上に、いつまで経っても波が来ない。
誰かが恐る恐る、手の甲に魔力を灯した。
線が、浮かんだ。消えない。
「……砲が、止まってる」
「止まってるぞ!! 稜線の砲が、死んでる!!」
夜明けの谷底で、光が生まれた。ひとつ、ふたつ――やがて何千という手の甲の刻印と、援護魔法の輝きが、一斉に灯っていく。
雪の谷に、星空が落ちてきた。
半年分の咆哮とともに、一万の光が斜面を駆け上がり始めた。
【心臓】
稜線の掃討は、長くはかからなかった。心臓を失った砲座の兵たちは、あるいは投降し、あるいは山の斜面へ消えていった。
中央壕の鉄扉は、蝶番ごと落ちていた。
中は、暑かった。外は氷点下十度の山の上だというのに、その部屋だけが汗ばむほどの熱を持っている。壁を伝う結露が、床の溝を細く流れていた。
四本のケーブルが集まる先に、鉛の台座がある。台座の窪みに、砕けた黒い塊が三つ。
懐中電灯を向けると、光は表面で反射せず、吸い込まれるように沈んで消えた。
「……なんだ、こりゃ」
ネロが計器を向けた途端、端末が短い悲鳴のような電子音を上げて、数値が振り切れる。
「わ、わっ。……すみません、壊れました」
リヴィアは、一歩下がっていた。下がったことに、自分でも気づいていなかった。
皮膚の下で、魔力がその塊から距離を取ろうとしている。熱いものに触れる寸前の手が、勝手に引っ込むように。
カラムが、鉛の台座の縁を指でなぞった。
「……これが、心臓か」
彼はそれ以上、何も聞かなかった。壕を出るとき、扉のあった場所で一度だけ振り返っていた。
⸻
## 【雪の下】
外へ出ると、光が眩しかった。
壊れた第三砲座の陰で、リヴィアは足を止めた。
雪の上に、若い兵がひとり倒れている。まだ、少年だった。白い毛皮の外套。頬にそばかす。髭も生えていない。脇腹が、赤い。流れ弾か、破片か。
少年の右手は、胸の上で何かを握りしめていた。石を削った、小さなお守り。山の形をしている。
「……衛生兵を――」
呼びかけて、それが間に合わない色だと気づいた。
膝をつく。
少年の目が、彼女を見た。黒い軍服を。帝国の双翼を。その目には、憎しみよりも先に、途方に暮れたような色があった。
「……おれ、たち……」
掠れた声が、白い息と一緒に漏れる。
「なんも……して、ない……」
「……え」
「しゅうげき、なんて……だれも……」
少年の指が、お守りをいっそう強く握った。
「やま……ほらないで……たのむ……かみさま、の……」
最後まで、言えなかった。握られたお守りの上に、雪がひとひら落ちて、溶けた。
背後で、歓声が爆発した。
谷を登り切った帝国兵たちが、稜線に雪崩れ込んでくる。抱き合う者。座り込んで泣く者。空へ向けて祝砲を撃つ者。
「勝ったぞ!! 半年だ、半年ぶりに動いたぞ!!」
「黒翼だ! 黒翼がやったんだ!!」
あの三本指の兵が、涙でぐしゃぐしゃの顔で、リヴィアの方へ何度も敬礼していた。
リヴィアは、立ち上がれなかった。
少年の目を、閉じてやる。それから自分の右手を見た。黒い手袋。ところどころ、赤黒く汚れている。
(……何も、してない、って)
襲撃があったから始まった戦争のはずだった。
歓声は、いつまでも鳴り止まなかった。
【夜】
その晩、リヴィアは眠れなかった。
占領した稜線の陣地。焚き火のはぜる音と、兵たちの歌が遠くに聞こえる。彼女は輪から離れて、雪の上に座っていた。
足音。カラムが、湯気の立つカップをふたつ持って隣に腰を下ろした。
「白湯。……砂糖入り。ジンの隠し持ってたやつ、没収してきた」
「……ありがとう、ございます」
二人で、しばらく黙って飲んだ。
「食えたか、夕飯」
「……少しだけ」
「上等だ」
カラムはそれ以上聞かなかった。焚き火の方から、リズの笑い声と、アシュの「だから模擬戦は明日だっつってんだろ」という声が流れてくる。
「初めての晩は、だいたい眠れねえよ。……俺もそうだった」
「…………」
「無理に忘れようとするな。かといって、抱えて潰れるな。……ま、難しいこと言ってんのは分かってる」
彼は白湯を飲み干して、よっこいしょ、と立ち上がった。
「眠れなくても、横にはなっとけ。目ぇつぶってるだけでも、体は休まる」
去り際、カラムは渓谷の下の方を見て、足を止めた。
「……おい。あれ」
リヴィアも視線を追った。
夜の峠道を、光の列が登ってくる。トラックの前照灯だ。十、二十――もっと。幌をかけた大型車両と、その荷台から突き出た、削岩機の長い腕。
戦いが終わって、まだ半日。死んだ兵の名簿すら、できていない。
輸送隊は、粛々と山へ向かっていた。
「……ずいぶんと、手回しがいいことで」
カラムの声から、温度が抜けていた。
リヴィアは、握ったカップの中で白湯が冷えていくのを感じていた。雪の下の少年の声が、耳から離れなかった。
――やま、ほらないで。
光の列は、夜の底をまっすぐに登り続けていた。




