公開質疑
【抜け穴】
調査委員会の設置動議は、否決された。
――だが、議会には、抜け穴があった。
「第四十七条」
軍務省の面会室で、グレイが条文を読み上げた。
「『議員十名以上の連署をもって、行政または軍の任にある者を、公開の場に召喚し、質疑を行うことができる』」
「……十名?」
「十名だ」
彼は、書類を置いた。
「反戦派は、九人しかいない」
「じゃあ、足りないじゃない」
「一人、増えた」
リヴィアが、顔を上げた。
「誰?」
「ハイゼン議員だ」
「――は?」
彼女の声が裏返った。
「軍需委員の!? グロリア号の決裁印を押した!?」
「そうだ」
「なんで!?」
「怖くなったんだろう」
グレイは、あっさり言った。
「新聞が書き始めた。街が割れた。……このまま全部暴かれた時、自分の名前が一番上に来ると気づいた」
「……それで、寝返ったの」
「寝返りじゃない」
彼は、首を振った。
「保険だ。……『自分も真相を追及していた』という記録を作りたいだけだ」
リヴィアは、吐き気を感じた。
「……最低ね」
「最低だ」
グレイは頷いた。
「――だが、十人になった」
召喚状が出されたのは、その三日後だった。
対象は、一名。
『空挺部総括隊長 レイリット・バンス中将』
エルデナ開戦前後の、レムナス方面における作戦記録について。
――そして、公開質疑の日程が、五日後に決まった。
【前夜】
同じ頃。
レイリット・バンスは、自宅の書斎で震えていた。
目の前に、灰色の背広の男が立っている。ハルヴァ・ゼーレン。
「……冗談じゃない」
レイリットの声は掠れていた。
「なぜ私だけが呼ばれる。……作戦を承認したのは、私一人ではない」
「記録上は、貴官です」
「記録など、いくらでも――」
「――閣下」
ゼーレンが遮った。
「元帥閣下から、伝言です」
その一言で、レイリットの体がこわばった。
「……なんだ」
「『全て、被れ』と」
部屋が、静まり返った。
「……なん、だと」
「議場において、すべての責任を認めていただきたい。……独断であった、と」
「……ふざけるな!」
レイリットは、机を叩いた。
「私は命令されただけだ! 私が考えた作戦ではない!」
「存じております」
「じゃあ、なぜ!」
「閣下」
ゼーレンは、低い声で言った。
「――誰かが、被らねばならんのです」
「…………」
「そして閣下は、既に、被れる位置におられる」
レイリットの顔から、血の気が引いた。
「……私を、切るのか」
「切るとは、申しておりません」
「じゃあ、なんだ!」
「ご協力いただければ」
ゼーレンは、微笑んだ。
「――閣下のご家族は、安泰です」
その一言で、部屋の温度が下がった。
「……貴様」
「では、失礼いたします」
男は、頭を下げた。
「五日後、良いご判断を」
彼は、書斎を出ていった。
――残されたレイリットは、椅子に沈み込んだ。
この一年で、彼は二十キロ近く落としていた。軍服の襟が、首から浮いている。
その手が、震えていた。
やがて、彼は立ち上がり、書棚の裏へ回った。隠し扉を開ける。
その奥に、黒い革の鞄が入っていた。
彼は、それを取り出して抱えた。
――二十年、手放さなかったものだ。
列車が爆破された日も。国葬の壇上でも。
彼は、それを胸に抱えたまま、しばらく動かなかった。
「……被る、だと」
彼は、呟いた。
「私が、被るだと……」
その目に、何かが灯った。
【議場】
五日後。
元老評議会、大議場。
半円形の議場に、百二十の席が並んでいる。その全部が、埋まっていた。
二階の傍聴席も、満員だった。記者席には、帝都中の新聞社。
――そして、議場の外周に、警備が配置されていた。
黒翼分隊。
「……なんで、うちが」
アシュが、小声でぼやいた。
「議場の警備なんざ、憲兵の仕事だろ」
「議会からの、名指しの要請よ」
リヴィアが答えた。
「『特務課の精鋭を』って」
「なんでだよ」
「――信用できるのが、他にいないんじゃない?」
実際、そうだった。
九人の議員は、憲兵隊を信用していなかった。だから、彼らは黒翼を指名した。
二年前、聖都で英雄を失った部隊を。
議場の空気は、異様だった。
誰も、私語をしていない。なのに、緊張が音になって鳴っているようだった。
最前列の証人席は、まだ空いている。
――そして。
扉が、開いた。
レイリット・バンスが、入ってきた。
リヴィアは、その姿を見て、少し驚いた。
――さらに、痩せていた。
二年前、国葬の壇上で見た時は、勲章が胸を埋め尽くしていた。今は、その勲章の列が、余った布地の上でわずかに傾いでいる。
顔色は悪く、目の下には隈がある。
だが――背筋は、伸びていた。
そして。
――手に、黒い革の鞄を持っていた。
証人席に、それを置いた。
誰も、それに注意を払わなかった。
【質疑】
「――質疑を開始する」
議長役の老議員が、槌を鳴らした。
「レイリット・バンス中将。宣誓を」
「……はい」
彼は、宣誓の文言を読み上げた。声は、小さかった。
「では、第一問」
老議員が、書類をめくった。
「聖暦一〇二四年、レムナス方面において実施された、作戦名『白鴉』について」
議場が、ざわめいた。
――誰も、聞いたことのない作戦名だった。
「当該作戦の存在を、認めますか」
「……記憶に、ございません」
「ここに、命令書の写しがあります」
老議員は、書類を掲げた。
「発令者の欄に、貴官の署名があります」
「……古い書類です。真偽の判定が」
「筆跡鑑定を三箇所に依頼しました。三箇所とも、一致しています」
議場が、どよめいた。
レイリットは、応じなかった。
「では、第二問」
老議員は、次の書類を取った。
「作戦『白鴉』の内容は、こう記されています」
彼は、読み上げた。
「――『レムナス国内における、エルデナ国衛兵に扮した攪乱行動』」
――議場が、爆発した。
「静粛に!」
「静粛に!!」
槌が、何度も鳴った。
傍聴席で、誰かが叫んでいた。記者席で、ペンが走る音が嵐のようだった。
「――中将。この作戦の目的は、何でしたか」
レイリットは俯いていた。汗が、こめかみを伝っていた。
「……記憶に、ございません」
――質疑は、三時間続いた。
資料が、次々と出された。
聖堂放火の日時と、帝国工作員の移動記録の一致。要人暗殺の手口と、特務課の教範との一致。そして――エルデナへの使者が殺された地点と、当時の帝国部隊の配置。
どれも、決定的ではなかった。
積み上がりはした。
レイリットは、三時間、同じ答えを繰り返した。
「記憶に、ございません」
「記憶に、ございません」
「記憶に……ございません」
――その声が、少しずつ掠れていった。
リヴィアは、議場の壁際に立って、それを見ていた。
(……惨めね)
二年前、国葬の壇上で、この男は数万人を熱狂させた。
あの時、彼は輝いていた。カラムの名前を使って、開戦を叫ばせた。
今、その男が、証人席で汗をかいている。
(……いい気味だと、思うべき?)
彼女には、そう思えなかった。
この男は、道具だ。
――そして、切られようとしている。道具として。
【爆発】
三時間目の終わり。
老議員が、最後の書類を取った。
「――では、最後の問いです」
議場が、静まり返った。
「作戦『白鴉』の、立案者は誰ですか」
レイリットの肩が、跳ねた。
「…………」
「中将。答えてください」
「…………」
「立案者は」
「――私です」
小さな声だった。
議場が、どよめいた。
「私の、独断です」
彼は、俯いたまま言った。
「上層部の承認は、得ておりません。……全て、私の判断でした」
議場が、割れた。罵声。歓声。悲鳴。
――記者たちが、一斉に立ち上がった。
「静粛に!! 静粛に!!」
槌が、鳴り続けた。
――そして。
老議員が、最後の一言を発した。
それは、追い打ちではなかった。むしろ、確認だった。
「……中将。よろしいのですね」
「…………」
「この答弁は、記録に残ります。……そして、あなた一人の罪になります」
レイリットの顔が、上がった。
「――ご家族が、その名を背負うことになる」
――彼の目の色が、変わった。
議場が、静まった。
誰もが、その変化に気づいた。
レイリットの震えが、止まった。
彼は、立ち上がった。
「……中将?」
「――違う」
彼は、言った。
「私では、ない」
議場が、凍った。
「私は、命令に従っただけだ」
彼の声が、大きくなった。
「作戦『白鴉』を立案したのは、私ではない!」
「――中将!」
「聞け!!」
彼は、机を叩いた。
「私は、承認しただけだ! 立案書は、上から降りてきた!」
議場が、悲鳴のようなざわめきに満ちた。
「では、誰が!」
老議員が叫んだ。
「誰が立案したのですか!」
レイリット・バンスは、議場中央を見た。
百二十の議席を見回した。二階の傍聴席を、記者席を、見上げた。
そして――彼は、言った。
その一言を。
「――命じたのは」
彼の声が、議場に響き渡った。
「――元帥閣下だ」
議場を満たしたのは、完全な沈黙だった。
罵声も、歓声も、悲鳴も、なかった。
百二十人の議員が。二階の傍聴人が。記者たちが。
全員が、息を止めていた。
――リヴィアは、壁際で、その沈黙を見ていた。
背筋が、凍っていた。
(……言った)
言ってはいけない名前を、言った。
この国で、たった一人。誰も、口に出さない名前を。
沈黙を破ったのは、レイリット自身だった。
「――ヴァルグレイス・ルシオン元帥だ!!」
彼は、叫んだ。
「レムナスへの工作も! エルデナへの謀略も! 全部あの人が!」
「静粛に!!」
「私は道具だ!! 二十年、道具として使われた!!」
彼は、証人席の机を掴んだ。
「そして今、切り捨てられようとしている!! 冗談ではない!!」
議場が、爆発した。
議員たちが立ち上がり、記者たちが走り出し、傍聴席が騒然となる。
――その混乱の中で。
レイリットは、黒い革の鞄を掴んだ。
「証拠は、ここにある!!」
彼は、それを掲げた。
「二十年分だ!! 全部、ここに!!」
【護送】
――質疑は、中断された。
議長の判断で、レイリットの身柄は保護されることになった。
証人保護。この国で、それがどれほど意味を持つか、誰も分かっていなかった。
「――黒翼分隊」
議長が、リヴィアを呼んだ。
「中将を、軍務省の保護施設まで護送してほしい」
「……了解しました」
「頼む」
老議員の顔は、蒼白だった。
「あの鞄を、無事に届けてくれ。……それが、この国の最後の希望かもしれん」
護送車は、三台編成だった。
先頭にアシュとリズ。中央にリヴィア、ネロ、そしてレイリット。最後尾にミーナレイと憲兵。
議事堂を出たのは、夕方だった。
車内で、レイリットは鞄を胸に抱えていた。その手は、震えていた。
「……ノクス大尉、と言ったな」
「はい」
「――私を、覚えているか」
リヴィアは、彼を見た。
「覚えています」
「そうか」
彼は、乾いた声で笑った。
「二年前、私は君の隊長の弔辞を読んだ」
「……はい」
「あれは」
彼は、言葉を探した。
「……原稿を、渡された」
リヴィアは、応じなかった。
「私が書いたのではない。……渡されたものを、読んだだけだ」
「…………」
「私は、そういう男だ」
彼は、鞄を強く抱えた。
「二十年、そうやって生きてきた」
窓の外を、帝都の街が流れていく。
「……だが、今日だけは」
彼の声が、少し変わった。
「――今日だけは、自分で喋った」
リヴィアは、その横顔を見た。
醜い男だった。臆病で、卑怯で、保身しか考えてこなかった男だ。
――それでも。
今日、この男は、あの名前を口に出した。この国で、誰も言わなかった名前を。
「……中将」
「なんだ」
「その鞄には、何が」
「――全部だ」
彼は言った。
「私が承認した作戦の、原本の写し。……そして、それを渡してきた人間の、記録」
「…………」
「私は、馬鹿ではない」
彼は、少しだけ胸を張った。
「二十年、集めていた。……いつか切られる日のために」
護送車が、街区を二つ抜けた頃。
レイリットが、ふいに声を落とした。
「……大尉」
「はい」
「一つ、言っておく」
彼は、周囲を窺うように窓の外を見た。運転席との仕切りは、閉まっている。
「――この鞄は、空だ」
リヴィアの動きが、止まった。
「……え」
「白紙が入っているだけだ。二重底も、抜いてある」
彼は、革の表面を撫でた。
「今朝、詰め替えた」
「……なぜ」
「議場で掲げるためだ」
彼は、掠れた声で笑った。
「あそこで『証拠がある』と言えば、必ず、誰かが取りに来る。……取りに来る者は、これを狙う」
彼は、鞄を軽く叩いた。
「そのために、持ってきた」
リヴィアは、その顔を見た。
この男は、卑怯だ。臆病で、保身しか考えていない。
――だからこそ、二十年、生き延びてきた。
「本物は、どこにあるんですか」
「言わん」
彼は、首を振った。
「言えば、君が知っていることになる。……知っている人間は、殺される」
「私は、あなたを守るためにここにいます」
「そう思っておるから、言えんのだ」
彼は、窓の外を見た。
「――だが、私が死んだら」
「中将」
「その時は、君に」
【坂】
護送車が、中層区への長い坂に差しかかった。
――リヴィアの背筋が、粟立った。
「――止まって!!」
彼女が叫んだのと、同時だった。
先頭車が、爆ぜた。
地面から突き上げるような爆発。車体が横転し、坂を滑り落ちる。
「アシュ! リズ!」
『無事! 跳んだ!』
無線に、リズの声。
道は、塞がれた。
「後退! バックして――」
――最後尾の車も、爆発した。
挟まれた。
「……っ!」
リヴィアは、扉を蹴り開けた。
夕暮れの坂道。左右は石壁。
――上から、影が降ってきた。
三つ。黒い装束。顔を覆っている。
それは、二年前セドリック邸を襲った刺客と、同じ動きをしていた。
「ネロ! 中将を守って!」
「はいっ!」
ネロが、車内に障壁を張った。
リヴィアは、レイピアを抜いた。
黒閃。一人目の得物を断つ。
二人目の踏み込みを、絶空の小さいもので薙ぐ。
――速い。速いが、勝てない相手ではない。
(……おかしい)
彼女は、戦いながら思った。
(弱すぎる)
二年前の刺客より、明らかに練度が低い。これでは、黒翼を突破できない。
――そう考えた、そこで。
彼女の視界の端で、何かが動いた。
石壁の上。
――四人目。
その手に、細長い筒。
「――ネロ!! 上ォ!!」
叫んだ時には、遅かった。
筒から、光が走った。
魔導狙撃。
――ネロの障壁を、貫通した。
貫通した、のではない。障壁の継ぎ目を、正確に通ったのだ。
護送車の窓が割れ、車内で、鈍い音がした。
「――中将!!」
リヴィアが車に駆け寄った時。
レイリット・バンスは、座席に沈み込んでいた。
胸に、焼けた穴が一つ。まだ、目が開いていた。
「……中将!」
「……あ、あ……」
彼の口から、血が流れた。
彼の手は――まだ、鞄を掴んでいた。
「……もっ、て、け……」
「中将! 本物は! 本物はどこですか!」
彼の指が、鞄を押し出した。
それから、その手が、リヴィアの手首を掴んだ。
驚くほど、強く。
「……あ、……」
彼の口が、動いた。
音が、出なかった。血の泡が、それを潰した。
彼は、震える指で自分の胸ポケットを探った。探り当てて、引き出した。
――小さな、金属の札だった。
彼は、それをリヴィアの掌に押し込んだ。
それから、その上に彼女の指を折り曲げさせた。
「……ひと、りで……」
最後に、それだけ言った。
――レイリットの目から、光が消えた。
彼の手が、座席に落ちた。
「……中将」
返事は、なかった。
顔を上げた時、刺客たちは、既に消えていた。
――全員が。
「……逃げた?」
「隊長! 無事ですか!?」
リズが、駆け寄ってきた。
アシュも、ミーナレイも、無事だった。
――誰も、死んでいなかった。黒翼は、一人も欠けていない。
なのに。
「……中将が」
リヴィアは、その体を見下ろした。
守れなかった。
――二年前と、同じだった。
いや、二年前より、質が悪い。あの時は、守り抜いて、一週間後に殺された。
今回は――守れなかった。目の前で。自分たちが、そこにいたのに。
彼女は、掌を開いた。
金属の札。番号が一つ、打ってある。
――誰にも、見せなかった。
【六番】
その夜、軍務省で鞄が開けられた。
中に入っていたのは、書類の束だった。
だが。
「……白紙?」
ネロが、一枚ずつめくった。
全部、白紙だった。一枚残らず、何も書かれていなかった。
「そんな……」
「隊長、これ」
ネロが、鞄の底を指した。
二重底だった。開けると――そこも、空だった。
議員たちが、色を失った。誰かが、椅子を蹴って立ち上がった。
「――どういうことだ!」
「抜かれたのか! 誰が!」
リヴィアは、その騒ぎの中で立っていた。
――知っている。
抜かれたのではない。最初から、入っていない。
あの男が、今朝、自分で詰め替えた。
彼女は、それを言わなかった。
言えば、次に「では本物はどこだ」という問いが来る。その問いに答えられる人間は、この部屋で一人だけだ。
――知っている人間は、殺される。
「……分かりません」
彼女は、そう答えた。
初めて、上に向かって、はっきりと嘘をついた。
その夜、彼女は自室で、金属の札を灯りにかざした。
真鍮だった。長方形。角が丸い。表に、数字が一つ。
『六』
裏に、小さな刻印。
『帝都中央駅 手荷物一時預り所』
「……六番」
彼女は、それを握りしめた。
――行くべきか。
行けば、見られる。あの坂で自分たちを見ていた誰かが、まだ見ているかもしれない。
置いておけば、誰かが先に取る。
彼女は、夜明けを待たなかった。
中央駅の手荷物一時預り所は、始発の一時間前から開いていた。
眠そうな係員に札を渡すと、彼は棚の奥へ消え――すぐに戻ってきた。
「……ああ、六番ね」
「はい」
「それ、昨夜のうちに出されてるよ」
リヴィアの指が、止まった。
「……出された?」
「うん。同じ番号の札で」
係員は、あくびをした。
「二枚あったんだね、その札。……たまにあるよ、そういうの。連れの人が先に取っていくの」
「……何時ですか」
「二十時過ぎかな。まだ質疑の騒ぎで、駅が混んでた頃だ」
二十時。
――レイリットが撃たれたのは、十九時十分だった。
五十分。
彼女は、礼を言って、外へ出た。
始発前の駅前広場は、まだ暗かった。街灯が、等間隔に灯っている。
(……知ってた)
あの男は、札を二枚作っていた。
一枚を、自分の胸ポケットに。もう一枚を、どこかの誰かに。
――そして、自分が死んだ後の五十分で、それが動くように仕組んでいた。
(何重に、保険をかけてたの)
二十年、切られる日のために集め続けた男の、最後の細工だった。
【預かっている】
三日後。
リヴィアの部屋に、暗号の手紙が届いた。
いつもの筆跡とは、違っていた。
解読すると、こうあった。
『預かっている』
それだけだった。差出人の署名はない。
――だが、封筒の隅に、小さな印が押されていた。
三日月と、鍵。
リヴィアは、その紙を暖炉にくべた。
燃える紙を見ながら、彼女は呟いた。
「……あの人たち」
いつから、動いていたのか。いつから、あの鞄を追っていたのか。
――そして、レイリット・バンスは、それを知っていたのか。
答えは、もう、誰も知らない。その男は、坂道で死んだ。
彼女は、机の引き出しから真鍮の札を出した。
六番。もう、何も引き出せない札だ。
――それでも、彼女はそれを捨てなかった。
この国で、証拠の在り処を辿れる人間は、今、二人しかいない。
一人は、坂道で死んだ。
もう一人は、自分だ。
その証拠を実際に持っているのは――三日月と鍵の印を使う者たちだった。
(……もう、戻れないわね)
同盟は、もはや選択ではなくなっていた。
あの人たちの手を離れて、この国の真実に触れる道は、どこにもない。
翌日の新聞は、こう書いた。
『レイリット・バンス中将、暴徒に襲われ死亡』
『元帥閣下、深い哀悼の意を表明』




