↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の狭間で君を待つ 〜【すべてを失った私が、隠してきた闇の力で世界に抗う】〜  作者: Sou
ディナシア帝国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/53

静かな任務

【凱旋のあと】


 セルバから帝都に戻って、十日が経った。


 街の空気が、少しだけ変わっていた。中央駅の売店には『大河戦記・完全版』と銘打った特集誌が平積みされ、路地では子供たちが棒切れを振り回して「帝国軍ごっこ」をしている。


 バルドアの時、戦争は三行だった。セルバの今、戦争は売り物になっていた。


 その変化を、リヴィアは駅前の壁で立ち止まって見た。


 真新しい募兵ポスター。夜の河を背に、黒い軍服の兵士たちの影絵が剣を掲げている。顔は描かれていない。それでも、その立ち姿には見覚えがありすぎた。


『河を制した英雄たちに、続け』


 誰の許可も取られていない。誰の顔も描かれていない。あの夜の自分たちが、知らないうちに「絵」にされて壁に貼られている。


 リヴィアはポスターの前を離れた。振り返らなかったが、影絵の兵士たちの視線が背中についてくる気がした。


【日常】


「――九十秒」


 朝の訓練場に、カラムの声が響いた。


「一本、リヴィア。……アシュ、九十秒だ。前より四十秒、粘った」


「……っ、ぜ……」


 床に大の字になったアシュが、荒い息の合間に掠れた声を出した。


「四十秒……ってことは、あと三回で……追い抜く、計算だ……」


「その計算、毎回言ってるけど一回も合ってないわよ」


 リズが水筒を放ってやる。


 通算、七戦七敗。それでもアシュの装填は本当に一秒を切り始めていたし、床を爆ぜさせる位置は毎回、リヴィアの読みの半歩先に近づいていた。


「……次は、俺が勝つ」


「はいはい、八回目~」


 訓練場の壁際では、最近増えた新兵たちが遠巻きにこちらを見てひそひそやっている。


「あれが黒翼……」


「ヴェイル砕いたっていう……」


 視線は、もう好奇や嘲りではなかった。憧れに近い、熱っぽい色をしている。


 それが、リヴィアには少しだけ居心地が悪かった。




 昼、食堂。


 リズが一枚の絵葉書をひらひらと振っていた。


「ミンから来たの! 見てこの絵、下手すぎて逆に上手いでしょ」


 葉書には、赤いマフラーの棒人間とポニーテールの棒人間が、火と風で巨大な樽を爆破している絵が描かれていた。裏には一言。


『またいっしょにたたかおうね! つぎは樽じゃなくてもっとでかいやつ!』


「……元気そうね」


「元気元気。紅蓮掌、東の駐屯地に戻ったって。レイリンさんからアシュにも何か来てたわよね?」


「来てねえよ」


「え、じゃあこの『銃の兄さんへ 射程四百は嘘だと思う』って走り書きは」


「見せろ!!」


 笑い声の中、リヴィアはふと、宿舎の自分の部屋の壁を思い出していた。


 写真は、二枚に増えた。一枚は朝の食堂の一枚撮り。もう一枚は、セルバを発つ前にジンが撮った、黒と紅の十人の集合写真。誰も整列していない、ひどい写真だ。


 殺風景だった壁が、少しずつうるさくなっていく。




 その夜、リヴィアは資料室の灯りに気づいた。


 覗くと、ネロが端末の前で、一人で青い顔をしていた。


「……ネロ? まだ起きてたの」


「ひゃっ……り、リヴィアさん」


 彼の画面には、二つの波形が並んでいた。一つはバルドアの無効化パルス。一つはセルバのヴェイルの脈動。


「見て、ください。この……立ち上がりの癖。息継ぎの間隔の作り方。エネルギーの、節約の仕方……」


 ネロは、ごくりと唾を飲んだ。


「バルドアのパルスと、セルバのヴェイル……別の国の、別の兵器なのに、設計の癖が同じなんです。これって……」


 一拍。


「――同じ人が、作ったみたいに」


 資料室の空調の音だけが、しばらく響いた。


「……そのデータ、カラムさんには」


「わ、渡してあります。『表には出すな』って……」


「なら、それでいい。……早く寝なさい。顔、真っ青よ」


「は、はい……」


 部屋へ戻る廊下で、リヴィアは考えていた。


 バルドアに兵器を渡した誰か。セルバに兵器を渡した、同じ誰か。帝国と戦う小国にだけ最新の兵器を配って歩く技術者が、この世界のどこかにいる。




 格納庫には、もっと遅くまで灯りがついていた。


 カラムが一人、自分の装具を並べて手入れをしていた。


「よう。眠れねえのか、嬢ちゃん」


「……リーダーこそ」


「歳を取るとな、道具いじりが一番落ち着くのさ」


 リヴィアは隣の工具箱に腰掛けた。


 カラムの手はベルトの革を磨き、留め具の緩みをひとつずつ確かめていく。二十年物だという装具は、傷だらけで、どこも壊れていなかった。


「リーダーは……ずっと、前線に?」


「いんや。若い頃は、つまらん仕事もしたよ」


 カラムは革を磨く手を止めずに言った。


「田舎から出てきた三刻の小僧に回ってくる仕事なんざ知れてる。倉庫番、門番……一番長かったのは、研究所の警備だな」


「研究所?」


「帝都のな。白衣の先生様たちを、ぼけーっと眺めてるだけの仕事だ。……ま、あそこで色々、覚えたよ」


 それ以上は語らなかった。


 代わりに、カラムは磨き終えたベルトを締め、ぽんと膝を叩いた。


「なあ、嬢ちゃん。俺がなんで隊長やってるか、前に話したろ」


「……パルスの夜に。三刻だから、って」


「あれは半分だ。もう半分はな」


 彼は格納庫の天井を見上げた。


「うちの隊の連中はよ、全員、俺より強いんだ。リズも、アシュも、ネロも……お前さんは、言うまでもねえ。だから俺の仕事は、勝つことじゃねえ」


「――強いやつらを、一人残らず生きて帰す。それだけが、三刻の俺の専門分野ってわけだ」


 自慢でも、決意表明でもない。道具の使い方を説明するみたいな、当たり前の声だった。


 だからその言葉は、変に残った。


【密会】


 三日後の夕方、書類を届けに来たエレナが、去り際、リヴィアの机に一冊の整備手帳を置いた。


「――返却をお願いします。十九時までに」


 手帳に、借りた覚えはなかった。開くと、頁の間に小さな紙片が挟まっている。


『一九〇〇 中層区三番街・時計店ヴェスパー 裏口』


 その紙片から目を上げた時、エレナはもう廊下の角を曲がるところだった。脇に抱えた綴りが見えた。薄い、名簿らしき冊子。角がすり切れるほど持ち歩かれているのに、彼女がそれを開くところを、リヴィアは一度も見たことがなかった。




 中層区三番街へ向かう道は、思ったより暗かった。


 通りの魔導灯が、二本に一本しか点いていない。柱に貼られた告示に『節電のため間引点灯を実施中』とあった。日付は、先月から。


 時計店ヴェスパーは、路地の奥の古い小さな店だった。硝子戸の向こうで、売り物の振り子時計が三十いくつ並んでいる。どれも針が違う時刻を指したまま、一本も動いていなかった。


 裏口の階段を上がると、二階は分解された時計だらけの作業部屋だった。歯車。ぜんまい。文字盤だけになった円板。それらが小分けの木皿に几帳面に仕分けられて、机の端から端まで並んでいる。部屋のどこからも、秒を刻む音がしなかった。


 その真ん中に、私服のグレイが座っていた。


 軍服ではないグレイを見るのは、十年ぶりだった。肩の階級章がないだけで、背の高さの印象まで変わって見える。


「……悪いな、呼び立てて。ここなら耳がない」


「ずいぶん時計に囲まれてるのね」


「店主に借りてる。……止まった時計ってのは、耳障りがなくていい」


 グレイはリヴィアに椅子を勧め、前置きなしに始めた。


「まず――セルバの件。見事だった。ヴェイル攻略の戦術報告は、上でも相当な評判だ」


「……皮肉に聞こえるけど」


「半分は皮肉だ」


 グレイは机の上に、数枚の書類を並べた。


「お前たちが優秀すぎるおかげで、上は次もお前たちを使いたがってる。……その『次』の話をする前に、こっちの現状だ」


 彼の指が、書類を順に叩いていく。


「グロリア号の積荷目録。決裁印は、議会軍需委員のディルク・ハイゼン。バルドアの削岩機の発送記録。開戦の三週間前。黒い鉱石と、燃えた時に魔法が死ぬ現象。……そして、ヴァレン提督の遺した証拠一式」


「……全部、繋がってるのね」


「ああ。バルドアも、セルバも――始まりが作られてる。エルデナと、同じ手口でな」


 グレイは一度、目を閉じた。


「先が進まん。ハイゼンの周りは議会の壁だ。これ以上嗅ぎ回れば、こっちが調べてることが向こうに知れる」


「……それで。私に話したかったのは、それだけじゃないでしょう」


「察しが良くて助かる」


 グレイは、一番下の書類をリヴィアの前に滑らせた。


 諜報の集計資料だった。物資の流れ。人の移動。断片的な目撃情報。無数の矢印が、地図の上で一つの場所に吸い込まれている。


 大河ルーメルの、河口。


「――リバースオーダーの本拠は、レムナスだ」


 息が、止まった。


「巡礼路に紛れた物資の流れ。セルバで消えた『例の連中』の足取り。半年分の断片を重ねると、全部、聖都の周辺で消える。……ほぼ確定と見ていい」


「……レムナスに」


「ああ。そして――十中八九、セリウスも、そこにいる」


 リヴィアは膝の上で拳を握った。


 ――まだ、数ヶ月前だ。あの煙の中で会ってから。


 ずっと探していた居場所が、急に、地図の上の一点になった。


「喜ぶのは早いぞ、リヴィア」


 グレイの声が低くなった。


「考えてみろ。革命軍の本拠がレムナスだと俺が掴めるなら――上も、掴んでる」


「…………」


「レムナスは戦争を放棄した宗教国家だ。世界中の信徒を抱えてる。普通なら、絶対に手を出せない相手だ。……ところが、『テロ組織を匿っている』となれば?」


 リヴィアの背中を、冷たいものが伝った。


「次の戦争の名目が……」


「もう、組み上がりつつある。新聞の一面も、募兵ポスターも、全部その下拵えだ」


 グレイは、そこで書類を一枚めくった。


「それとな。妙なことが一つある」


「なに」


「バルドアとセルバ、両方の発令文書を遡った。どっちも、決裁欄が一つ空いたまま通ってる」


「……空欄で?」


「判のない紙が、この国で通るはずがない」


 グレイは、その紙をすぐに裏返した。


「誰かが、判を押さずに命令を出せる場所にいる。……名前も、階級も、書面には残らない場所だ」


「それは、誰なの」


「分かってりゃ、こんな時計屋の二階で会ってない」


 自嘲の混じった、正直な声だった。


「近いうちに、お前たちにも妙な命令が来るかもしれん。来たら――疑え。命令の中身よりも、『誰が、何のために出したか』をだ」


「……グレイ。あなたは、それを止められないの」


 グレイはすぐには答えず、机の上の止まった時計をひとつ、指で回した。


「いいか、リヴィア。今のこの国はな――お前たちの勝利も、お前たちの死も、等しく『使う』。何かあれば、それすら口実にされる。……それだけは、忘れるな」


 帰り際、階段の下でエレナが待っていた。


「……お疲れさまでした」


 それだけ言って、彼女は二階の窓を一度だけ見上げた。腕に抱えた綴りは、やはり閉じたままだった。


 その横顔の意味を、リヴィアはまだ聞けずにいた。


【封蝋】


 命令書は、五日後の朝に来た。


 作戦室。いつもの長机。いつもの封蝋。


 封を割ろうとしたカラムの親指が、一瞬止まった。封筒の隅の発令印を、彼はじっと見ている。


「……リーダー?」


「いや。……なんでもねえ」


 封が、割られる。


「特務課を経由しない直令だ。発令元、参謀本部最上層。――任務、レムナス神光国への隠密潜入」


 作戦室の音が、消えた。


「れ、レムナスって……あの、レムナスですか? 戦争放棄した……」


「巡礼と托鉢しかしてねえ国だぞ。潜入して、何をしろって……」


「――リバースオーダーの、潜伏状況の確認だ」


 カラムは命令書を読み上げた。


「『革命組織リバースオーダーが聖都周辺に潜伏している疑いあり。実態を確認し、証拠を収集せよ。交戦は厳に回避。偵察のみ。期限、侵入より七日』……以上だ」


 偵察のみ。交戦回避。文面だけ見れば、無茶な命令ではなかった。むしろ、慎重ですらある。


 なのに、リヴィアの耳の奥では、時計店の二階の声が鳴り続けていた。


 ――命令の中身よりも、誰が、何のために出したかを疑え。


「侵入経路は、こっちで詰めた。ネロ」


「は、はいっ。セルバ要塞の古文書庫から、面白いものを見つけました」


 机の上に、古い図面が広げられる。羊皮紙の写しだった。折り目が茶色く焼け、縁は虫に食われている。描かれているのは丘の断面と、その下を横切る一本の細い線だけだった。


「『旧聖廊』――百年以上前の、地下の巡礼道です。冬に河が荒れる季節、巡礼者が国境の丘の下を通るために掘られました。河の水運が発達してからは閉鎖されて、忘れられてます」


 図面の上を、ネロの指が辿る。灯りの下で、線は途中で二度、消えかけていた。写した者の手が震えたのか、元の図がそこだけ擦り切れていたのか。


「夜間、小舟で河を下って、国境手前の東岸で上陸。丘の斜面の入口から旧聖廊に入って、地下を約六キロ。抜けた先は――レムナス領の端、辺境の巡礼町オルセの外れです」


「無線はパイドの旧式を持ってく。地下じゃ届かねえから、定時連絡は地上でのみ、一日一回。ジンのヘリは国境を越えられねえ――越えた瞬間、それは『侵攻』になるからな。迎えも送りも、河だけだ」


 カラムは全員の顔を見回した。


「……偵察任務だ。見て、記録して、帰る。それだけだ。派手な仕事に慣れた体には、退屈かもしれねえがな」


 彼は、命令書を畳んだ。折り目に沿って一度、それから、もう一度。


「出立は三日後、新月の晩。――全員で、行って、全員で帰るぞ」




 解散のあと、リヴィアはカラムを呼び止めた。


「リーダー。……命令書、見せてもらえますか」


 カラムは少し彼女を見てから、胸ポケットの紙を差し出した。


 文面は、読み上げられた通りだった。問題は、末尾だ。


 決裁欄が、七つ並んでいる。判が、六つ。左端の一つが、空白のまま通っていた。


「……気づいたか」


「グレイに、聞きました」


「そうか」


 カラムは紙を受け取り、胸に戻した。


「聞いたなら、忘れとけ。……いや」


「忘れるな、ですね」


「覚えがいいな、嬢ちゃん」


 カラムは笑ったが、その笑い方は、褒めている顔ではなかった。


【前夜】


 出立の前の晩、リヴィアは自分の部屋で荷を詰め終えた。


 壁には、写真が二枚。窓辺には、名前を知らないままの緑の鉢植え。少し、背が伸びた。


 こん、こん。


 控えめなノック。開けると、リズが枕を抱えて立っていた。


「……眠れないんですけど」


「奇遇ね」


「でしょ。ちょっと喋って寝る」


 リズは勝手に入ってきて、床にぺたんと座った。


 とりとめのない話をした。ミンの絵葉書のこと。揚げパンの店に新作が出たこと。ネロが荷物に計器を詰めすぎて怒られたこと。


 やがて、リズがぽつりと言った。


「……ね。今回の任務、なんか変よね」


「……うん」


「でもさ。リーダーが『全員で帰るぞ』って言ったから」


 リズは枕に顎を乗せて、笑った。


「帰ってこれるのよ、うちの隊は。今までも、ずっとそうだったし」


「……そうね」


 リヴィアも笑って頷いた。


 リズが自分の部屋へ戻ってから、彼女は机の上にペンダントを置いて、しばらく眺めた。


 鎖の擦れた銀。中央に、六つに枝分かれした線と、それを囲む輪。孤児院の細工師も、白の塔の古代語の教官も、これがどの国の意匠なのか答えられなかった。三歳の時からずっと首にあるのに、彼女はこれについて何ひとつ知らない。


 見知らぬ紋様は、今夜も何も語らない。


(……レムナス)


 エルデナを滅ぼした側の国。十年間、憎むことすら避けてきた名前。


 その国のどこかに、セリウスがいる。


 ――何をしてるの、と聞いた。


 ――関わるな、と言われた。


 今度こそ、その先を聞く。


 窓の外では、月のない夜が深まっていった。


 その晩、リヴィアは、なかなか眠れなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。