↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の狭間で君を待つ 〜【すべてを失った私が、隠してきた闇の力で世界に抗う】〜  作者: Sou
ディナシア帝国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/53

炎と影の舞

【軍議】


 敗戦の翌朝、合同軍議の天幕は湿った熱気で満ちていた。長机を挟んで、黒い軍服と、紅いマント。


「――まず、昨日の収穫からだ。ネロ、報告」


 カラムに促され、ネロが端末を机の中央に置いた。青い光で、水の膜の観測波形が浮かび上がる。


「ヴェイルは、一枚の壁じゃありません。何千本もの水流を編んだ、その、織物みたいな構造です。それで……この織り目が、一定の周期で緩むんです。えぇっと、呼吸みたいに」


「バルドアのパルス砲と、同じだな」


 カラムがぽつりと言い、ネロの手が止まった。


「……そう、なんです。似てるんです。妙なくらい」


 誰も、それ以上は追わなかった。


「で、嬢ちゃん。あんたの目には、何が見えた」


 リュウ・ファンが腕を組んだまま、リヴィアを見た。


「水流と水流の、結び目です。膜を編んでる糸の交点。……そこを断てば、膜は一時的にほどけます」


「一時的に、ね」


 レイリンが脚を組み替えた。


「河の水は無限よ。裂いたそばから、編み直されるだけじゃないの」


「昨日、切っ先が膜の霧に触れました」


 リヴィアは河の方を指した。


「……蒸発しませんでした。止まったんです。半秒だけ」


「止まった?」


「掌ぐらいの範囲で、水がそこだけ流れなくなりました。すぐ塞がりましたけど」


 それまで一度も顔を上げなかったラン・ファが、目だけを動かした。


「……流れが、壁なら」


「止めた場所は、壁じゃなくなります」


 天幕が、少しの間、静まった。


「だから、裂いた瞬間に――全部の火力を、傷口へ叩き込む」


 リヴィアは机の上の地図に、指で一本の線を引いた。


「編み直す速さより、壊す速さが上回れば、膜は保てない」


 リュウが、ふ、と鼻から息を吐いた。


「……いいだろう。乗った」


「ちょ、隊長、即決!?」


「筋は通ってる。あとは埋めるだけだ。――おい、全員。手の内を晒せ。何ができて、何ができんか。今ここで、全部だ」


 最初に口を開いたのは、レイリンだった。


「うちは『飛ばす』のが仕事。火弾なら三百先まで外さない。数もいける。……そこの銃の兄さんと、同じ枠ね」


「一緒にすんな。俺の射程は四百だ」


「あら。じゃあ百分、あたしが火力で勝ってるってことね」


「……あ?」


「はいはい、次」


 カラムが流し、ラン・ファが指を一本立てた。その指先から、細い糸がするりと伸びる。


「……火を、纏わせる。糸でも、矢でも、樽でも。それと――時限式」


「時限式?」


「火を置いてこられる。燃えるタイミングは、こちらで決める」


 言いながら、彼女は机の端に糸をひと巻き置いた。


 三秒後、糸がぽっ、と音もなく燃え上がり、灰も残さず消えた。


「ひ……」


 ネロが小さく喉を鳴らし、それから眼鏡の奥の目をきらりと光らせた。


「あ、あの! ラン・ファさん! その糸って、水の上にも張れますか」


「……張れる」


「触れたものの位置、糸を通して分かりますか」


「……分かる」


「で、では! 河一面に張ってもらえたら、僕の計器と合わせて――機雷の位置、全部割り出せます!」


 天幕の温度が、少し上がった。


「割り出して、どうすんのよ。一個ずつ潜って外す?」


「浮かせちゃえば?」


 リズだった。


「風で。水ごと持ち上げれば、勝手に浮いてくるでしょ、機雷なんて」


「浮いたところを――」


 レイリンとアシュが同時に顔を上げ、同時に相手を睨んだ。


「「――遠距離で、撃つ」」


「……声、揃ったわね」


「揃えてねえ」


「はい決まり! じゃあ機雷の掃除は、感知がネロとラン、釣り上げがリズ、爆破がレイリンとアシュってことで!」


 ミン・シアが勝手にまとめ、勝手に拍手した。


「あたしは!? あたし何すればいい!?」


「お前はそのあとが出番だ」


「はーい……」


 最後に、リュウの視線が部屋の隅の小柄な影に向いた。


「グイ。お前は」


 前髪で片目を隠した女は、口を開かなかった。


 代わりに、すっと立ち上がり、音もなくリヴィアの隣まで歩いてきて、そこに立った。


「……えっと」


「『先陣は、あたしとあんた』だって!」


 ミン・シアが通訳する。


「グイは隊で一番速いの。火を纏って加速するから! 斬撃も飛ばせるよ、脚から!」


 リヴィアは、隣の横顔を見た。


 グイ・トンは前を向いたまま、小さくひとつ頷いた。


「……よろしく」


 それで、話は決まった。


「決行は明後日、新月の晩だ。――散会。飯を食ったら、岸で合わせるぞ」


【岸辺の稽古】


 午後の河岸に、空の樽が二十、浮かべられた。機雷に見立てた的だ。


「感知線、展開します……ラン・ファさん、お願いします!」


 ラン・ファの指先から、無数の細い糸が河面へ滑り出す。水面すれすれに張られた糸は、陽の光の下ではほとんど見えなかった。


「接触……三、七、十二……全部で二十、取れてます! 共有します!」


 ネロの付与で、全員の視界に樽の位置が光点で浮かぶ。


「リズ、頼んます!」


「はいよっと!」


 風が唸り、河面が渦を巻く。樽が三つまとめて、水柱ごと宙に持ち上がった。


「――撃て!」


 レイリンの火弾と、アシュの強化射撃がほぼ同時に飛んだ。空中で、樽が三つ続けざまに爆ぜる。


「十七」


「……十八だ」


 互いに落とした数を、言い合う。


「は? 今の右端、あたしの」


「寝言は的に当ててから言え」


「あんたねえ……!」


 二人の口喧嘩は、的が尽きるまで続いた。その間、二人の射線は一度も交錯せず、一発も無駄にならなかった。


 口は最悪で、手は完璧だった。


 その横では、ミン・シアとリズが妙な遊びを始めていた。


「ねーリズ! 風の道に火ぃ流したら、どうなるかな!」


「やってみる? ほら、通すわよ――」


 リズの風が細い回廊を作り、ミン・シアの拳から放たれた火が、その中を吸い込まれるように奔った。


 火は散らず、痩せず、風の道の出口で倍の勢いで弾けた。


「「…………」」


 二人は顔を見合わせ、それからカラムとリュウの方をばっと振り返った。


「「今の、本番で使えない!?」」


 指揮官二人は、顔を見合わせた。


「……使えるな」


「……使えるだろうな」


【酒と線香】


 決行前夜。


 焚き火のそばで、リュウとカラムが酒を酌み交わしていた。通りかかったリヴィアは、リュウの手招きで輪に加えられた。


「飲めるのか、嬢ちゃん」


「……少しなら」


 注がれたのは、焔華の強い酒だった。喉が焼けた。


 他愛のない話が、しばらく続いた。カラムの若い頃の失敗談。リュウの隊の、昔の悪童たち。


 その流れで、リヴィアは聞いてしまった。


「……グレイは、どんな隊員だったんですか」


 リュウは杯を止めた。


「……よく食い、よく吠え、よく強くなった。五年で、俺の右腕になった」


「じゃあ、なぜ」


「そこから先は」


 リュウは杯を干した。


「あいつの口から聞け。……人の傷は、人の口から語らせるもんだ」


 それきり、その話は終わった。


 帰り際、リヴィアはひとつだけ、別のことを聞いた。


「リュウ隊長は……なぜ、帝国のために戦うんですか。あなたの国を、滅ぼした国のために」


 リュウは焚き火を見たまま、少し黙った。


「……同胞が、まだその帝国の中で生きてるからだ」


 低い声だった。


「俺たちが武勲を立てるほど、焔華の民の扱いがましになる。……それだけの話だ」


 それだけの話、と言うには、あまりに重い声だった。


【夜間渡河】


 新月の晩。


 河は墨を流したように黒かった。岸に伏せた舟艇の列。機関は全艇停止。合図は無線と、ネロの付与視界だけ。


『――感知線、展開します』


 闇の河面へ、ラン・ファの糸が音もなく滑り出していく。ごくかすかな橙の燐光が、何十本、水面すれすれを走った。


『接触……四、九、十五……二十三。全部で二十三です! 位置、共有します!』


 全員の視界に、赤い光点が散る。渡河路のど真ん中に、屍伸が二十三匹眠っていた。


『リズ』


『はーい。……起こすわよ、伸ども』


 風が唸った。


 黒い河面が渦を巻き、水柱が次々と立ち上がる。その頂で、濡れた鋼の影がずるり、ずるりと夜気の中へ引きずり出された。


『――今ッ!!』


 夜が、爆ぜた。


 レイリンの火弾と、アシュの強化射撃。二筋の火線が交互に走り、宙吊りの機雷を片端から撃ち抜いていく。河の上に、二十三個の火球が連なって咲いた。


「十九!」


「……二十だ!」


「まだ言うか!」


 爆炎の残光の下、掃き清められた水路が一本、黒々と口を開けていた。


『先陣、出ます』


 高速艇が岸を蹴った。舳先に、リヴィアとグイ・トン。機関を全開にした艇が、機雷の消えた回廊を矢のように奔る。


 要塞が、目を覚ました。城壁に灯りが走り、弩と魔導砲が水路へ火を吹き始める。


『通しませんよ……っ!』


 艇の頭上に、ネロの光の天蓋。岸からはカラムの小さな防壁が斜めに、斜めに、着弾を河へ逸らし続ける。上空ではリズが風を纏って併走し、逸れた矢をまとめて薙ぎ払った。


 水の膜が、近づいてくる。


 夜目にもなお、それは巨大だった。流れ続ける水の聖堂。星のない夜を鈍く映して。


『脈動、読みます! 息継ぎまで、八……七……』


 ネロのカウントが走る。


『……え?』


 カウントが、止まった。


『パターンが……変わった!? 昨日までの周期と、違う……こ、これ、誰かが中で、手動で弄って――』


 膜の呼吸が、乱数になった。予測が、死んだ。


 艇は、もう止まれない距離まで来ている。


「……いい」


 リヴィアは、舳先で膝を沈めた。


「予測はいらない。――直接、視る」


 目を開く。


 流れる水。うねる光。幾千の水流の編み目。乱されたリズムの奥で、結び目は結び目のまま、そこにある。


 隣で、グイ・トンが低く身を沈めた。その右脚に、炎が細く、刃の形に凝っていく。


 言葉は、なかった。呼吸だけが重なった。


 吸って――


「――今」


 二つの刃が、同時に走った。


 リヴィアの黒閃が、縦に。グイの蹴撃から放たれた炎の斬撃が、横に。


 黒と紅の十字が、水の膜を裂いた。


 膜が、悲鳴のような水音を上げる。十字の傷口から水が崩れ、要塞の壁がひと月ぶりに夜気へ晒された。


 傷口の縁で、水流が渦を巻き始めた。千切れた糸が互いを探し、編み直しが始まる。


『閉じます! 再生、来てます!!』


『――全火力ッ!! 今だ、叩き込めェ!!』


 カラムとリュウの声が、同時に飛んだ。


 夜が、真昼になった。


 リュウ・ファンの炎帝拳。紅蓮の龍が、十字の傷のど真ん中へ喰らいついた。その脇を、レイリンの火弾の雨とアシュの残弾すべてが、傷口の縁を叩き続ける。


「風の道、通すわよ――ミン!!」


「まっかせて!!」


 リズの風の回廊が傷口までまっすぐに貫通し、ミン・シアの連打から放たれた火が、その道を倍速で駆け抜けて膜の内側で弾けた。


 編み直そうとする水流の結び目を、カラムの波動弾が一つ、また一つ、正確に潰していく。


 壊す速さが――編む速さを、追い越した。


 水の聖堂が、震えた。


 膜の全面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走り――


 要塞ロデルを包んでいた水のすべてが、支えを失って崩れ落ちた。


 それは、豪雨だった。河の上に一夜分の雨がまとめて降り、波が立ち、飛沫が霧になった。


 霧の向こうに、裸の要塞が立っていた。


『……ヴェイル、消失! 障壁、完全に消失!!』


『全隊――渡河ァ!!』


 後方で待機していた舟艇の群れが、一斉に岸を蹴った。


【グロリア】


 水門は、一時間で落ちた。


 膜を失った要塞の抵抗は激しかったが、もう、届かない場所はなかった。


 外郭を制圧した黒翼は、要塞の腹――河に面した巨大な格納区画へと踏み込んだ。


 松明の光が、闇の中のそれを浮かび上がらせる。


「……船?」


 リズが呟いた。


 ドックの中央に、半ば焼け焦げた商船が横たわっていた。船体は砲撃で裂け、マストは折れている。


 その船首に、煤に汚れた銘板が、まだ残っていた。


『グロリア』


「……拿捕された、帝国の商船」


 リヴィアの声が、格納庫に響いた。


「なんで……拿捕したはずの船が、こんな、沈められたみたいな姿で……」


 アシュが裂けた船腹を覗き込む。


 船倉には木箱が積まれたままだった。半分は焼け、半分は原形を留めている。


 リヴィアは灯りを近づけ、木箱の側面に顔を寄せた。


 輸送用のステンシル。品名。数量。発送元。


 その三行目を、彼女は雪の中で読んだことがあった。


「……帝都、第四工廠」


 ネロが顔を上げた。


「……ぼ、僕、そこの出荷台帳を照会したことがあります。バルドアの、削岩機の時に」


 彼は震える手で、箱の隅の刻印に灯りを向けた。


「この管理番号……輸出記録の、ない番号です」


 格納庫の闇の中で、五人はしばらく誰も動けなかった。


 拿捕されたはずの帝国の船が。記録にない帝国の兵器を積んで。セルバの要塞の腹の中で、沈められた姿で眠っている。


 ――この戦争は、何を隠すために始まったのか。


 遠くで、勝鬨の声が上がっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。