第7話 森の異変
翌朝。
まだ日が昇りきる前の時間だった。
レインとリリアはアストラ村を出発した。
目的地は北の森の最深部。
ギルドが指定した異常な魔力反応の発生地点だ。
朝露に濡れた草を踏みながら進む。
周囲は静かだった。
静かすぎるほどに。
「やっぱり変だな」
リリアが周囲を見回す。
「何が?」
「森の音だよ」
レインは耳を澄ませた。
確かに鳥の声がほとんど聞こえない。
動物の気配も少ない。
まるで何かを恐れているようだった。
「普通じゃない?」
「普通じゃない」
リリアは即答した。
彼女はこの森で育った。
だからこそ違和感に気付けるのだろう。
「嫌な予感がする」
その言葉にレインも頷いた。
自分も同じだった。
胸の奥がざわついている。
遺跡へ向かった時と似た感覚だった。
⸻
さらに二時間ほど進んだ頃。
突然。
ガサッ。
近くの茂みが揺れた。
「来るぞ!」
リリアが剣を抜く。
その瞬間。
森の中から飛び出してきたのは巨大な猪だった。
普通の猪ではない。
身体は二倍近く膨れ上がり、目は赤く染まっている。
「暴走してる!」
リリアが叫ぶ。
魔物化現象。
大量の魔力を浴びた動物が凶暴化する現象だ。
本来なら滅多に起きない。
しかし今の森では当たり前のように起きている。
猪は一直線に突進してくる。
地面が揺れた。
「速い!」
レインは横へ飛ぶ。
直後、猪が通り過ぎる。
木が一本へし折れた。
まともに受ければ危険だった。
「レイン!」
リリアが猪へ斬りかかる。
しかし。
ガキン!
剣が弾かれた。
「硬っ!?」
皮膚が異常なほど硬化している。
猪は向きを変え、再び突進を始めた。
今度はリリアを狙っている。
「まずい!」
レインは咄嗟に魔導書の知識を思い出す。
頭の中に術式が浮かぶ。
自然と手が前へ出た。
「風よ――」
魔力が集まる。
初めて使う魔法だった。
「《ウィンドカッター》!」
風の刃が放たれる。
透明な刃が猪の足を切り裂いた。
ギャアアア!!
悲鳴。
猪の体勢が崩れる。
その隙をリリアは見逃さなかった。
「はあああっ!」
渾身の一撃。
剣が首を切り裂く。
猪は大きな音を立てて倒れた。
静寂。
二人はしばらく動かなかった。
「終わったか……」
リリアが息を吐く。
レインも肩の力を抜いた。
「大丈夫か?」
「なんとか」
しかし問題はそこではない。
二人とも気付いていた。
「普通じゃないな」
リリアが真剣な顔で言う。
「ああ」
魔物化した動物。
増え続ける魔物。
異常な魔力。
全てが繋がっている。
「急ごう」
リリアが歩き出した。
「原因を見つけないと村も危ない」
レインも頷く。
⸻
昼過ぎ。
二人は森の最深部へ到着した。
そこで足を止める。
「なんだ……これ」
目の前に広がっていたのは巨大な空間だった。
木々が不自然に消えている。
まるで何かが地面ごと削り取ったような場所。
そして中央には――
巨大な黒い結晶が立っていた。
高さは十メートル近い。
禍々しい魔力を放っている。
空気が重い。
近づくだけで息苦しくなるほどだった。
「これが原因か……」
リリアが呟く。
レインは結晶を見つめる。
すると胸の奥が反応した。
始原の魔導書。
古代魔法。
何かが共鳴している。
そしてその時だった。
結晶の表面に亀裂が入る。
パキッ。
小さな音。
だが次の瞬間。
結晶全体が激しく震え始めた。
「下がれ!」
リリアが叫ぶ。
二人は距離を取る。
そして――
ドォォォォン!!
黒い結晶が砕け散った。
大量の魔力が吹き荒れる。
風が森を揺らす。
土煙が舞う。
やがて視界が晴れる。
そこにいたのは。
三メートルを超える巨大な魔物だった。
黒い鎧のような皮膚。
真紅の目。
異様な威圧感。
その姿を見た瞬間。
リリアの顔色が変わる。
「嘘だろ……」
震える声だった。
「なんでこんなところに……」
レインは唾を飲み込む。
本能が警告していた。
今まで戦った相手とは格が違う。
その魔物はゆっくりと口を開く。
そして咆哮した。
森全体が震えるほどの雄叫びだった。
第8話 黒鎧の魔物 へ続く。




