第6話 冒険者ギルドの依頼
シャドウウルフ討伐から二日後。
アストラ村には久しぶりに平穏な時間が流れていた。
村人たちは畑仕事に戻り、子どもたちは広場を走り回っている。
そんな中。
宿屋の食堂で、レインは一冊の本と向き合っていた。
もちろん、《始原の魔導書》だ。
表紙を開く。
相変わらず不思議な文字が並んでいる。
しかしレインには読めた。
まるで昔から知っていた言語のように。
「どうなってるんだ……」
何度読んでも信じられない。
古代魔法の理論。
魔力の流れ。
失われた術式。
どれも現代では存在しない知識ばかりだった。
「また勉強してるのか?」
向かいの席にリリアが座る。
朝から元気そうだった。
「少しな」
「真面目だな」
「自分でも何が起きてるか知りたいんだよ」
リリアは肩をすくめる。
「まあ、その気持ちは分かる」
その時だった。
宿の扉が勢いよく開く。
「誰かいないか!」
飛び込んできたのは村長だった。
六十代ほどの男性で、普段は穏やかな人だ。
しかし今は顔色が悪い。
「村長?」
リリアが立ち上がる。
「どうしたんだ?」
「ギルドから依頼が来た!」
その言葉に食堂がざわつく。
冒険者ギルド。
辺境の村ではあまり縁のない存在だ。
「依頼?」
レインも首を傾げる。
村長は息を整えながら説明した。
「北の森で魔物が増えているらしい」
「近くの街道にも被害が出始めている」
「原因調査と討伐をしてくれる冒険者を探しているそうだ」
リリアは腕を組む。
「確かに最近多いな」
シャドウウルフもそうだ。
普通ではありえない。
何かがおかしい。
「報酬は?」
リリアが現実的なことを聞く。
「金貨五枚」
食堂の空気が変わった。
村人たちがざわめく。
かなりの高額依頼だ。
それだけ危険ということでもある。
「受ける」
リリアは即答した。
迷いがない。
そしてレインを見る。
「お前も来るよな?」
「決定事項なのか?」
「当然」
相変わらずだった。
だがレインも断るつもりはない。
森で何が起きているのか。
気になっていた。
「分かった」
そう答える。
すると村長はほっとした表情を浮かべた。
「助かる」
「頼んだぞ」
⸻
その日の午後。
二人はギルドの簡易支部へ向かった。
支部と言っても、小さな建物だ。
辺境用の受付所らしい。
中に入ると受付の女性が笑顔で迎えてくれた。
「依頼を受けに来たんですね」
「はい」
リリアが頷く。
女性は書類を取り出した。
「最近、森の奥で異常な魔力反応が確認されています」
「魔力反応?」
レインが聞き返す。
「はい」
女性は真剣な顔になった。
「まるで何かが目覚めているような反応です」
レインとリリアは顔を見合わせる。
思い当たるものがあった。
遺跡だ。
だが口には出さない。
「場所は?」
リリアが尋ねる。
女性は地図を広げた。
そして森の奥を指差す。
そこは――
遺跡よりさらに北だった。
「ここ数日、魔物が集まっているんです」
「調査できる冒険者も少なくて……」
レインは地図を見つめる。
胸の奥がざわついた。
嫌な予感だった。
「分かりました」
リリアが依頼書を受け取る。
「引き受けます」
「ありがとうございます」
受付嬢は頭を下げた。
これで正式に依頼成立だ。
レインにとっては、追放後初めての依頼でもあった。
⸻
夕方。
宿へ戻る途中。
リリアが言った。
「緊張してるか?」
「少し」
正直だった。
初めての依頼。
しかも何が起きているか分からない。
不安がないわけではない。
「大丈夫だろ」
リリアは笑う。
「シャドウウルフ倒したんだから」
「たまたまだよ」
「そのたまたまがすごいんだ」
そう言われると返事に困る。
リリアは空を見上げた。
夕日が沈み始めている。
「明日の朝出発だ」
「早めに寝ろよ」
「リリアもな」
すると彼女は少しだけ笑った。
「言うようになったな」
レインもつられて笑う。
数日前までは知らない相手だった。
それなのに不思議だ。
少しずつ信頼が生まれている気がした。
しかし。
その夜。
森のさらに奥深く。
誰もいないはずの場所で。
巨大な魔法陣が静かに輝いていた。
青黒い光。
禍々しい魔力。
そして魔法陣の中心から、低い声が響く。
「……継承者」
「ついに現れたか」
その声は誰にも届かない。
だが確実に何かが動き始めていた。
レインの知らないところで。
運命の歯車は回り始めていた。
第7話 森の異変 へ続く。




