第46話 炎の使徒イグニス
ゴゴゴゴゴ……。
封印の扉が完全に開いた。
洞窟全体が激しく揺れ、天井から無数の岩が落ちてくる。
その奥に広がっていたのは、巨大な溶岩湖だった。
真っ赤に煮えたぎる溶岩が波打ち、灼熱の熱気が吹き荒れる。
そして、その中央に一人の男が立っていた。
燃えるような赤髪。
漆黒の鎧。
肩から揺らめく炎のマント。
閉じられていた瞳が、ゆっくりと開く。
黄金色の瞳。
だが、その奥には底知れない力が宿っていた。
「……久しいな。」
低く響く声が洞窟中へ広がる。
男は静かに周囲を見回す。
「ここは、今の時代か。」
黒翼教団の魔導士たちは一斉に跪いた。
「お待ちしておりました、炎の使徒イグニス様。」
イグニスは男たちを見ることもなく、ゆっくりとレインへ視線を向ける。
「お前が継承者か。」
その一言だけで、空気が震えた。
⸻
レインは無意識に魔導書を強く握る。
これまでの敵とは明らかに違う。
ただ立っているだけなのに、全身が震えるほどの威圧感だった。
リリアも剣を構える。
「気を抜いたら終わる。」
クロードは短剣を握りながら苦笑した。
「毎回そうだけど、今回は特にヤバそうだ。」
フェンリクもイグニスを見つめ、低く唸る。
闇から解放された狼王でさえ警戒していた。
⸻
イグニスはゆっくりと右手を上げる。
パチン。
指を鳴らしただけだった。
次の瞬間。
ドォォォン!!
巨大な火柱がレインたちの目の前で噴き上がる。
「避けろ!」
四人はとっさに飛び退いた。
ほんの一瞬前まで立っていた場所は、溶けた岩となっていた。
「指を鳴らしただけで……。」
レインは息をのむ。
イグニスは退屈そうにため息をつく。
「弱い。」
「本当にヴァルグを倒した者なのか?」
その言葉には失望すら混じっていた。
⸻
「ふざけるな!」
リリアが飛び出す。
全力の一撃。
剣がイグニスへ振り下ろされる。
しかし――。
カンッ。
イグニスは人差し指一本で剣を受け止めた。
「なっ……。」
リリアの表情が凍る。
「技は悪くない。」
「だが、軽い。」
イグニスは軽く指を弾いた。
ガァン!!
リリアは十メートル以上吹き飛ばされ、岩壁へ叩きつけられる。
「リリア!」
クロードが駆け寄る。
「大丈夫か!」
「まだ……立てる。」
だが腕は震え、剣を握るのもやっとだった。
⸻
レインは海神の宝珠を掲げる。
「《蒼海の激流》!」
大量の水が渦となってイグニスへ襲いかかる。
だがイグニスは笑った。
「水か。」
炎をまとった拳を前へ突き出す。
ゴォォッ!!
炎と水がぶつかる。
激しい水蒸気が洞窟を包み込んだ。
しかし蒸気が晴れた時、イグニスは無傷だった。
「悪くない。」
「だが、まだ届かん。」
⸻
その時だった。
魔導書が激しく光る。
ページが勝手にめくられ、古代文字が浮かぶ。
『現戦力では勝率一%未満。』
レインの表情が固まる。
一%。
ほぼ勝ち目がない。
さらに文字が続く。
『戦うな。継承者を守れ。』
「逃げろってことか……。」
レインは唇を噛む。
ここで戦えば全滅する。
だが、サラはまだ捕らわれたままだ。
⸻
イグニスは三人を見つめ、小さく笑った。
「安心しろ。」
「今日は殺さない。」
意外な言葉だった。
「お前は面白い。」
「七つの遺産を集め、もっと強くなれ。」
「その時に、我が本気で相手をしてやろう。」
レインは目を見開く。
「どういうつもりだ。」
イグニスは背を向ける。
「今のお前を倒しても退屈だからだ。」
その言葉には圧倒的な自信があった。
黒翼教団の魔導士が慌てて尋ねる。
「イグニス様、追撃は……。」
「不要。」
イグニスは静かに歩き出す。
「我は王都で待つ。」
「世界が炎に包まれる日を。」
そう言い残すと、巨大な炎の柱がイグニスを包んだ。
次の瞬間、その姿は消えていた。
静寂が戻る。
残されたのは熱気だけ。
レインは拳を強く握る。
「……負けた。」
誰一人反論できなかった。
初めて味わう、圧倒的な力の差。
だが、その敗北が三人の心に新たな決意を刻む。
「次は……。」
レインは静かに立ち上がる。
「必ず追いつく。」
その言葉を聞いたフェンリクは静かに頷いた。
そして洞窟のさらに奥では、黒翼教団の幹部が不敵な笑みを浮かべていた。
「計画は順調だ。」
その視線の先には、まだ誰も知らない第四の遺産の地図が広がっていた。
第47話 敗北の先に へ続く。




