第42話 砂嵐の先へ
王都を出発して五日目。
景色は完全に変わっていた。
緑は消え、地平線の果てまで赤茶色の砂が広がっている。
灼熱砂漠。
昼の太陽は容赦なく照りつけ、空気そのものが燃えているようだった。
「暑っ……。」
クロードが頭に巻いた布を直しながら呻く。
「海が恋しい。」
「まだ入口だぞ。」
サラは平然と前を歩いている。
褐色の肌と砂漠用の軽装が、この環境に驚くほど馴染んでいた。
リリアも額の汗を拭う。
「これで入口って、奥はどうなるんだ。」
「昼はもっと暑い。」
サラは短く答えた。
「だから砂漠では朝と夕方に移動する。」
レインは周囲を見回す。
風が吹くたび、細かな砂が舞い上がる。
海とはまるで違う世界だった。
昼前。
四人は岩陰で休憩を取っていた。
サラが水袋を確認する。
「一人一日三口まで。」
クロードが顔をしかめる。
「少なすぎないか?」
「飲みすぎると途中で尽きる。」
サラは真剣だった。
「砂漠で一番危険なのは魔物じゃない。」
「渇き。」
その言葉には重みがあった。
レインは少量の水を口に含み、慎重に飲み込む。
たったそれだけでも、身体が少し楽になる。
その時、魔導書が微かに震えた。
「……また反応してる。」
ページを開く。
そこには新しい地図が浮かび上がっていた。
砂漠の中央付近。
赤い印が一つ。
『炎獄神殿』
「これがイグニスの封印場所か。」
レインが呟くと、サラの表情が変わった。
「その場所、知ってる。」
全員が彼女を見る。
「砂漠の民の間では《炎獄》って呼ばれてる。」
「近づいた者は帰ってこない。」
クロードが苦笑する。
「最近そういう場所ばっかりだな。」
リリアは地図を見つめた。
「でも行くしかない。」
サラも静かに頷く。
「ただし、そこへ行くには《赤の回廊》を越える必要がある。」
「赤の回廊?」
「砂嵐が常に吹いてる地帯。」
「道を知ってる者しか通れない。」
レインは改めてサラを見た。
彼女がいなければ、砂漠に入った時点で詰んでいたかもしれない。
午後。
再び移動を始めて数時間後。
サラが突然足を止めた。
「静かに。」
風の音に混じって、低い唸り声が聞こえる。
砂丘の向こうから、黒い影がいくつも現れた。
巨大な蜥蜴のような魔物。
全長は三メートル以上。
赤い鱗が太陽を反射している。
「サンドリザード。」
サラが短剣を抜く。
「群れで来る。」
影は一つ、二つではない。
十体近くいた。
クロードが顔を引きつらせる。
「多くない?」
「かなり多い。」
リリアは剣を構えた。
「囲まれる前に突破する。」
その瞬間、サンドリザードたちが一斉に砂を蹴った。
ものすごい速度で迫ってくる。
「来た!」
レインは右手を前へ。
海神の宝珠が青く輝く。
「《水鎖》!」
空気中の水分が集まり、青い鎖となって先頭の魔物へ巻き付く。
砂漠では使えないと思っていた水魔法。
だが宝珠の力で、わずかな水分からでも術式を構築できた。
先頭が転倒する。
「ナイス!」
クロードが飛び込み、短剣で急所を狙う。
一方、リリアは二体を同時に相手取っていた。
剣筋は以前より明らかに鋭い。
天空神殿での戦いを経て、彼女も成長していた。
サラは驚いたようにレインを見る。
「砂漠で水魔法を……。」
「海神の宝珠のおかげ。」
「規格外ね。」
しかし戦いは終わらない。
後方からさらに大きな影が現れた。
群れの親玉だった。
全長五メートルを超える巨大個体。
口から熱い蒸気を吐き出している。
「まずい!」
サラの声に緊張が走る。
その時だった。
ゴォォォォッ——。
突然、空が暗くなった。
遠くの地平線から、巨大な砂の壁が迫ってくる。
「砂嵐!」
サラが叫ぶ。
「全員、岩陰へ!」
だが砂嵐の速度は想像以上だった。
わずか数十秒で視界が茶色に染まっていく。
サンドリザードたちも動きを止め、慌てたように逃げ始めた。
「急げ!」
四人は近くの岩場へ駆け込む。
直後。
轟音とともに、巨大な砂嵐が灼熱砂漠を飲み込んだ。
視界は完全にゼロ。
風が岩を削るほど強い。
レインは必死に仲間の姿を探す。
「リリア!」
「ここ!」
「クロード!」
「いる!」
「サラ!」
返事がない。
レインの胸が冷たくなる。
砂嵐の向こうで、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
そして次の瞬間。
赤い光が嵐の奥で一瞬だけ燃え上がる。
まるで炎そのものが、彼らを見つめているようだった。
第43話 砂漠に消えた仲間 へ続く。




