第35話 海に眠る少女
翌朝。
朝日に照らされた海の向こうに、小さな島が姿を現した。
「あれが……。」
レインは船首から目を細める。
リヴィア島。
緑豊かな森に囲まれた静かな島だった。
沖合から見る限り、人が暮らしている気配はほとんどない。
港だったと思われる桟橋は半分崩れ、建物も長い年月を感じさせた。
「本当に誰もいないんだな。」
クロードが周囲を見渡す。
ガレスは険しい表情で頷く。
「百年前までは賑わってたらしい。」
「今じゃ、近づく船もほとんどない。」
シーウィンド号はゆっくりと島へ近づいていく。
その時だった。
「船長!」
見張りの船員が叫ぶ。
「海に誰かいます!」
全員が海へ目を向ける。
波の上に、一人の少女が立っていた。
青白い長い髪。
白いワンピースのような服。
裸足のまま、水面へ立っている。
昨夜レインが見た女性と同じ姿だった。
「……。」
少女は何も言わない。
ただ静かにこちらを見つめている。
「海の魔女だ!」
一人の船員が震えながら後退る。
「あれを見るな!」
「目を合わせるな!」
船員たちは顔を伏せ始めた。
しかしレインだけは少女から目を離さなかった。
少女の瞳には敵意がない。
むしろ、何かを必死に伝えようとしているように見えた。
「待って!」
レインは船の縁まで駆け寄る。
少女はゆっくりと右手を上げた。
そして島の反対側を指差す。
次の瞬間。
姿は朝霧のように消えてしまった。
「消えた……。」
クロードが呆然と呟く。
レインは魔導書を開く。
ページがひとりでにめくられ、新しい文字が浮かぶ。
『導き手を追え。』
昨日現れた言葉と同じだった。
「導き手って……。」
レインは確信する。
「あの子のことだ。」
⸻
船は島へ上陸した。
足を踏み入れると、静寂が辺りを包む。
鳥の鳴き声すら聞こえない。
「妙に静かだな。」
リリアは剣の柄に手を添えた。
崩れた石畳。
朽ちた家々。
かつて人々が暮らしていた面影だけが残っている。
クロードは倒れた看板を起こした。
「読める。」
文字はかすれていたが、まだ判別できた。
『ようこそ リヴィア港へ』
その下には子どもが描いたような絵も残っていた。
笑顔で魚を持つ家族。
港祭りの風景。
「……普通の島だったんだな。」
クロードが静かに呟く。
その言葉が妙に胸へ刺さった。
⸻
島の中央へ向かう途中。
レインは一軒だけ形を保っている建物を見つけた。
小さな教会だった。
扉を開けると、中には古びた祭壇がある。
祭壇の上には、一冊の日記が置かれていた。
埃は積もっていない。
まるで誰かが最近まで大切にしていたようだった。
レインはページをめくる。
最後の数ページだけが残っている。
島の人たちは毎日歌を捧げています。
海の精霊様が、この島を守ってくれるから。
でも最近、海の底から黒い影が現れるようになりました。
精霊様は一人で戦っています。
お願いです。
誰か、あの子を助けてください。
最後のページには名前だけが残っていた。
――ミリア 16歳
レインは静かに本を閉じる。
「あの子は……。」
リリアも気づいたようだった。
「精霊か。」
「だから百年以上経っても姿が変わらない。」
クロードは外を見つめる。
「つまり、あの子は島を守り続けてるってことか。」
レインは頷く。
「ずっと一人で。」
その時だった。
島全体が突然揺れた。
ゴゴゴゴ……。
地面の下から鈍い音が響く。
海の方を見ると、沖合の海面が大きく渦を巻き始めていた。
そして、その中心から青白い光が空へ伸びる。
魔導書が激しく輝く。
ページには新たな文字が浮かび上がる。
『海底神殿への門が開く。』
レインはゆっくり顔を上げる。
「……行こう。」
海の底で待つ真実を知るために。
そして、百年以上も孤独に戦い続けてきた少女を救うために。
三人は光が立ち上る海岸へ向かって走り出した。
第36話 海底への入口 へ続く。




