第34話 海魔クラーケン
巨大な触手が海面を突き破る。
轟音とともに海水が甲板へ降り注ぎ、船が大きく傾いた。
「うわっ!」
クロードが手すりにしがみつく。
「全員、踏ん張れ!」
船長ガレスの怒鳴り声が響く。
乗組員たちは必死に帆を押さえ、船の体勢を立て直そうとしていた。
だが、海の底から現れた影は一つではない。
二本、三本と巨大な触手が姿を現す。
「こんなの聞いてないぞ……。」
クロードが青ざめる。
レインも思わず息をのんだ。
海面の下には、船よりはるかに大きな影が見える。
「クラーケン……。」
ガレスが低く呟いた。
「この海域の主だ。」
⸻
一本の触手が勢いよく振り下ろされる。
ドォン!!
甲板が砕け、木片が飛び散った。
「右舷が壊れた!」
乗組員の叫び声が飛ぶ。
「《風刃》!」
レインが魔法を放つ。
青い風の刃が触手を切り裂いた。
しかし傷は浅い。
切れた部分はすぐに再生し始める。
「再生するのか!」
リリアは船縁を蹴って跳び上がる。
「だったら根元を狙う!」
剣が触手へ突き刺さる。
黒い血が飛び散るが、触手は勢いを止めない。
逆にリリアへ巻き付こうとする。
「危ない!」
クロードが短剣を投げる。
触手が一瞬だけ緩み、その隙にリリアは船へ飛び戻った。
「助かった。」
「あとで飯おごれよ。」
「考えとく。」
緊迫した状況でも、二人らしいやり取りだった。
⸻
突然、船が大きく揺れる。
「まずい!」
ガレスが海を見て叫ぶ。
船底へ別の触手が絡みついていた。
「沈める気だ!」
船全体がゆっくりと傾き始める。
レインは魔導書を開く。
「船底は見えない……。」
その時、右腕の《天空の腕輪》が淡く光った。
頭の中へ新しい魔法が流れ込む。
「これは……。」
レインは海へ向かって右手を伸ばす。
「《風眼》!」
青い光が海へ広がる。
透明だった海面の下が、まるで透けて見えるようになった。
「見えた!」
巨大なクラーケンの本体。
そして、船底へ巻き付く太い触手。
「左斜め下!」
レインが叫ぶ。
「そこが本体につながってる!」
ガレスはすぐに舵を切る。
「全員、左へ!」
船が大きく旋回する。
その一瞬。
リリアが跳んだ。
「はあっ!」
全力の一撃。
触手の付け根を狙う。
ガキィン!
硬い。
だが、少しだけ切れ込みが入る。
「クロード!」
「任せろ!」
クロードは腰の小型爆薬を取り出した。
旅の途中で非常用として買っていたものだ。
「これでどうだ!」
切れ込みへ爆薬を押し込み、すぐに船へ飛び戻る。
「伏せろ!」
ドォォン!!
爆発が海中へ響く。
巨大な触手が悲鳴のような音を上げた。
船底から離れていく。
「今だ!」
ガレスが叫ぶ。
「全速前進!」
帆いっぱいに風を受けたシーウィンド号が、一気に前へ進む。
クラーケンとの距離が少しずつ開いていく。
⸻
しばらく追ってきていた触手も、やがて海へ沈んでいった。
静かな波が戻る。
誰もが息を切らしていた。
「助かった……。」
クロードはその場へ座り込む。
ガレスも深く息を吐く。
「こんな大物に遭ったのは初めてだ。」
レインは海を見つめる。
「でも、変だった。」
「変?」
リリアが尋ねる。
「クラーケンは船を壊そうとはしたけど、人を襲おうとはしてなかった。」
言われてみればそうだった。
狙われたのは船だけ。
甲板にいる人間へ直接攻撃する場面は少なかった。
その時。
魔導書が小さく光る。
新しい文字が浮かび上がる。
『守護獣は、侵入者を試す。』
レインは目を見開く。
「守護獣……。」
あのクラーケンは、ただ暴れていたわけではない。
海底神殿を守る存在だったのかもしれない。
船は夕日を背に、ゆっくりとリヴィア島へ近づいていく。
水平線の先には、小さな島影が見え始めていた。
そして、その島の沖合では、昨夜見た青白い女性が静かに三人を見つめていた。
敵意のない、どこか悲しげな瞳で。
第35話 海に眠る少女 へ続く。




