第33話 出航
翌朝。
港町ベルクは朝早くから活気にあふれていた。
漁船が次々と港を出ていき、市場には魚を運ぶ人たちの声が響いている。
だが、港の一角だけはどこか張り詰めた空気に包まれていた。
リヴィア島行きの帆船《シーウィンド号》。
乗組員たちは黙々と荷物を積み込んでいる。
「みんな、顔が硬いな。」
クロードが小声で言った。
「無理もない。」
リリアは海を見つめる。
「この海で何人も行方不明になってるんだから。」
レインも静かに頷いた。
昨夜見た女性の姿が頭から離れなかった。
あれは本当に”海の魔女”だったのだろうか。
⸻
「準備はいいか?」
船長のガレスが三人の前に立つ。
「出航したら、リヴィア島までは二日。」
「途中で引き返す場所はない。」
「はい。」
レインが答える。
「必ず戻ってきます。」
ガレスは小さく笑った。
「その言葉、嫌いじゃない。」
船の鐘が鳴る。
「出港だ!」
乗組員たちが一斉に動き始めた。
帆が広がり、風を受ける。
ゆっくりとシーウィンド号は港を離れていった。
⸻
最初の数時間は穏やかな航海だった。
青い海。
澄み切った空。
海鳥が船の上を飛んでいく。
「平和だな。」
クロードが船首にもたれかかる。
「昨日の話が嘘みたいだ。」
「油断しない方がいい。」
リリアは周囲を警戒していた。
レインは船尾で魔導書を開く。
海底神殿の地図は変わらず浮かんでいる。
しかし、その端には昨日までなかった印が現れていた。
「……この印は?」
小さな青い点。
海底神殿とは別の場所だった。
そこへ指を触れると、新しい文字が浮かび上がる。
『導き手を探せ』
「導き手?」
意味が分からない。
その時だった。
「レイン!」
クロードが大声で呼ぶ。
レインは急いで船首へ向かった。
⸻
船の前方に、小さな木造船が浮かんでいた。
ボロボロで、人の気配はない。
「漂流船か?」
ガレスが眉をひそめる。
「近づけ。」
シーウィンド号はゆっくりと漂流船へ近づいた。
船には争った跡が残っていた。
折れたオール。
割れた樽。
甲板には深い爪痕まで刻まれている。
「魔物か……?」
クロードが辺りを見回す。
レインは船へ飛び移った。
そこには、一冊の古びた航海日誌が落ちていた。
表紙には『探索船アルバトロス号』と書かれている。
レインはページをめくる。
最初は天候や航路が記録されていた。
だが最後のページだけ、文字が乱れていた。
歌が聞こえる。
海の底から呼んでいる。
彼女は魔女じゃない。
助けなければ——
そこで文章は途切れていた。
レインは日誌を閉じる。
「やっぱり。」
「助けを求めてる。」
リリアも日誌を読み、静かに頷く。
「昨日のお前の言う通りだったかもしれない。」
その時。
ゴンッ!!
船底に何かがぶつかった。
「何だ!?」
乗組員たちが慌てる。
再び衝撃。
ゴゴン!
海面が大きく波打つ。
「全員、戦闘準備!」
ガレスが叫ぶ。
海が大きく渦を巻き始める。
そして巨大な触手が海面を突き破り、シーウィンド号へ襲いかかった。
「海魔だ!」
乗組員の悲鳴が響く。
レインは魔導書を構え、リリアは剣を抜く。
クロードも短剣を握りしめた。
静かだった海は、一瞬で戦場へと変わる。
第34話 海魔クラーケン へ続く。




