第20話 山岳都市エルミナ
王都を出発してから四日。
街道は徐々に険しさを増していた。
平原はいつの間にか姿を消し、目の前には巨大な山々が連なっている。
ラグナ山脈。
王国東部を南北に貫く巨大な山脈であり、《天空神殿》が眠るとされる場所だ。
「寒くなってきたな」
レインが上着の襟を立てる。
まだ山の麓だというのに、吹く風は冷たい。
「これで麓かよ……」
クロードは肩をすくめた。
「山頂なんて想像したくないな」
「弱音?」
リリアが少し笑う。
「いや、現実的な感想」
クロードは苦笑いを返した。
三人で旅を始めて数日。
クロードは誰とでもすぐ打ち解ける性格で、無口なレインとリリアの間を自然につないでくれていた。
おかげで旅の空気も少し明るくなっている。
⸻
昼過ぎ。
山道を抜けると、大きな城壁が見えてきた。
山岳都市エルミナ。
ラグナ山脈への玄関口として栄える街だった。
高い石壁に囲まれた街の中には、多くの冒険者や商人が行き交っている。
「思ったより大きい町だ」
レインが周囲を見渡す。
「ああ」
クロードが頷く。
「山脈へ向かう冒険者はみんなここで準備するんだ」
「武器も食料も揃う」
街へ入ると、山ならではの活気が広がっていた。
防寒具を売る店。
登山用品の専門店。
雪山用の道具を扱う鍛冶屋。
王都とは違う雰囲気だった。
「まずは宿を探そう」
リリアが言う。
その時だった。
「レインさんですか?」
女性の声がした。
振り向くと、一人の女性が立っていた。
茶色の長い髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけている。
年齢は二十五歳ほど。
研究者のような落ち着いた雰囲気だった。
「私はミレイ・フォルンです」
「王都魔術研究院の協力者です」
レインは思い出す。
ノアから渡された紹介状。
「あっ」
慌てて封筒を取り出す。
ミレイは受け取ると、小さく笑った。
「紹介状は確認しました」
「皆さんをお待ちしていました」
⸻
ミレイに案内されたのは、街の外れにある二階建ての建物だった。
一階は資料室。
二階が住居になっているらしい。
壁一面には地図や古い文献が並んでいた。
「ここ十年間、天空神殿を調査しています」
ミレイは机の上に一枚の地図を広げる。
山脈の詳細な地図だった。
「ですが、神殿へ続く道だけが見つかりません」
赤い印がいくつも付けられている。
探索した場所なのだろう。
「こんなに探しても?」
レインが驚く。
ミレイは苦笑した。
「ええ」
「だから最近は『神殿そのものが存在しない』という説まで出ています」
クロードが腕を組む。
「でも古代文明の記録には残ってるんだろ?」
「はい」
ミレイは頷く。
「だから私も諦めていません」
その時。
レインの荷物の中で《始原の魔導書》が微かに光った。
「……?」
レインは本を取り出す。
誰も触れていない。
それなのに、ページがひとりでにめくられていく。
パラッ。
パラッ。
最後に一ページで止まった。
そこには昨日までなかった地図が浮かび上がっていた。
「これ……」
全員が息を呑む。
魔導書に描かれているのは、ラグナ山脈。
そして一点だけ、青く光る印があった。
ミレイが目を見開く。
「その場所は……」
地図を見比べる。
「私たちが一度も調査していない谷です」
「どうして?」
レインも驚いていた。
「分からない」
しかし直感が告げている。
ここへ行け、と。
リリアが笑った。
「魔導書が案内してくれるってことか」
「便利だな」
クロードも興奮した様子で身を乗り出す。
「これなら神殿を見つけられる!」
だが。
ミレイだけは険しい表情をしていた。
「その谷には近づく者がいません」
「なぜですか?」
レインが尋ねる。
ミレイは静かに答えた。
「昔から《白銀の竜》が住む場所だと言い伝えられているからです」
部屋の空気が変わる。
竜。
それは魔物の頂点に立つ存在。
Aランクどころではない。
一国を滅ぼす力を持つとされる伝説の生物だった。
レインは魔導書の光る地図を見つめる。
天空神殿へ続く道。
その入口には、伝説の竜が待っている。
第21話 白銀の谷 へ続く。




