第12話 王都への招待
「王都へ来ていただきます」
ノアの言葉が、広場に静かに落ちた。
レインはすぐに返事ができなかった。
王都。
つい数日前まで、自分がいた場所。
追放された場所でもある。
できれば、今はまだ戻りたくなかった。
「……理由を聞いてもいいですか」
レインは慎重に尋ねた。
ノアは砕けた水晶の欠片を見つめながら答える。
「先ほどの水晶は、魔力の量だけでなく、その性質も調べるものです」
「あなたの魔力は、現代の魔法体系には存在しない反応を示しました」
リリアが警戒するように前へ出た。
「だから王都に連れて行くのか?」
「強制するつもりはありません」
ノアは落ち着いた声で言う。
「ただし、このまま放置することもできません」
「あなたの力は、すでに複数の組織に気づかれ始めています」
レインの表情が変わる。
「複数の組織?」
「王都の貴族、魔術研究院、冒険者ギルド」
ノアは一つずつ指を折る。
「そして、おそらくは……あなたを追放したパーティーも」
胸が少し痛んだ。
カイルたち。
もう関わりたくないと思っていた。
しかし、自分の力が知られれば、そうもいかないのかもしれない。
「王都には、古代文明に関する資料が残っています」
ノアは続けた。
「あなたが何者なのか。なぜその力を持つのか」
「知りたいとは思いませんか」
レインは答えられなかった。
知りたい。
それは本当だった。
《始原の魔導書》のこと。
ブラックガーディアンが残した言葉。
魔王が目覚めるという警告。
自分一人で調べるには限界がある。
だが。
王都へ戻るのは怖かった。
「少し考えさせてください」
レインが言うと、ノアは頷いた。
「構いません」
「明日の朝までに返事をいただければ」
そう言って、彼は村長に宿を借りる手続きを頼み始めた。
⸻
その夜。
レインは宿屋の裏にある小さなベンチに座っていた。
空には星が出ている。
アストラ村の夜は静かだった。
王都とは違う。
人の声も少ない。
灯りも少ない。
でも、今の自分にはこの静けさが落ち着いた。
「悩んでる?」
後ろからリリアの声がした。
レインの隣に座る。
「分かる?」
「顔に出てる」
「そんなに?」
「かなり」
少し笑ってしまう。
リリアは空を見上げた。
「王都、嫌なのか?」
レインは少し迷ってから頷いた。
「追放されたばかりだから」
「そりゃそうだ」
リリアはあっさり言った。
「私でも嫌だと思う」
その言葉に少し救われる。
無理に前向きになれと言われないことが嬉しかった。
「でも」
リリアは続ける。
「逃げるだけなのも、レインらしくない気がする」
レインは黙る。
「自分のこと、知りたいんだろ?」
「……うん」
「なら行けばいい」
「私も一緒に行く」
レインは顔を上げた。
「リリアも?」
「当たり前だろ」
少し照れたように目を逸らす。
「一人で行かせたら、また変なことに巻き込まれそうだし」
「それ、心配してる?」
「違う」
即答だった。
だが耳が少し赤い。
レインは笑う。
「ありがとう」
「礼はいい」
リリアは立ち上がる。
「決めたなら寝ろ。明日早い」
「まだ決めてないけど」
「決める顔してる」
そう言い残して、宿へ戻っていった。
⸻
翌朝。
村の入口。
ノアの馬車の前に、レインとリリアは立っていた。
荷物はすでにまとめてある。
村長や宿屋のマリアも見送りに来てくれた。
「もう行くのかい」
マリアが少し寂しそうに言う。
「はい」
レインは頭を下げた。
「短い間でしたけど、お世話になりました」
「またいつでも戻っておいで」
その言葉が嬉しかった。
追放された時とは違う。
ここには、自分を送り出してくれる人がいる。
「返事は?」
ノアが静かに尋ねる。
レインは一度だけアストラ村を振り返った。
森。
宿屋。
小さな広場。
ここで出会った人たち。
そして、始まったばかりの自分の旅。
「王都へ行きます」
はっきりと言った。
「自分の力のことを知りたい」
「それに、魔王のことも」
ノアは満足そうに頷いた。
「賢明な判断です」
リリアも隣で頷く。
「私も行く」
ノアは少し驚いたようだった。
「あなたもですか」
「レインの仲間だから」
その言葉に、レインは少しだけ胸が温かくなる。
仲間。
以前の自分なら、その言葉を簡単には信じられなかった。
でも今は。
少しだけ信じてみたいと思った。
馬車が動き出す。
アストラ村が少しずつ遠ざかる。
そして。
王都アルディアが近づいてくる。
そこには過去がある。
苦い思い出もある。
だが同時に。
自分の未来を知るための答えもあるのかもしれない。
レインは揺れる馬車の中で、そっと《始原の魔導書》を抱えた。
旅はまだ始まったばかりだった。
第13話 王都の喧騒 へ続く。




